藤森奈津子
| 藤森奈津子 女流四段 | |
|---|---|
| 名前 | 藤森奈津子 |
| 生年月日 | 1961年8月2日(64歳) |
| 出身地 | 埼玉県志木市 |
| 棋士情報 | |
| プロ入り年月日 | 1979年1月(17歳) |
| 引退年月日 | 2010年3月31日(48歳) |
| LPSA番号 | 5 |
| 所属 | 日本女子プロ将棋協会 |
| 師匠 | 大内延介九段 |
| 段位 | 女流四段 |
| プロフィール | LPSA所属女流棋士 |
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藤森 奈津子(ふじもり なつこ、1961年8月2日 - )は、LPSA(日本女子プロ将棋協会)所属の女流棋士。2010年、引退。大内延介門下。LPSA棋士番号は5。以前は日本将棋連盟に所属し、当時の女流棋士番号は旧13。日本将棋連盟女流棋士会会長(2003年 - 2007年)。埼玉県志木市出身。旧姓は中瀬(なかせ)。
人物
[編集]「なっちゃん」の愛称で親しまれる。
1977年、筑波大学附属坂戸高等学校在学中[1]に第13回高校選手権女子個人戦で優勝。その翌年、1978年には同大会の団体戦で優勝するとともに、第10回女流アマ名人戦でも優勝[2]。
1979年に女流棋士2級(プロ)となる。当時最年少のデビュー記録であった。
三間飛車のスペシャリストで、デビュー以来ほとんど一貫して三間飛車(石田流、相振り飛車も含む)を指す。
1983年からの5年間、NHK教育テレビの『将棋の時間』で『将棋講座』のアシスタントとして出演。その後も1990年 - 2002年3月に『NHK杯テレビ将棋トーナメント』の司会や棋譜読み上げ役、あるいは再度の講座アシスタントなどを務め、長期にわたる出演で『将棋の時間』の顔となる。
1984年に結婚して藤森姓となり、プロとしての活動名も中瀬から藤森に変更する。
1991年度、女流名人位戦B級で8勝2敗の成績を収め、次期のA級に昇格。
2003年より2007年まで日本将棋連盟女流棋士会の会長を務める。
2007年、LPSA(日本女子プロ将棋協会)の旗揚げに参加。理事(総務担当)を務め、教室事業などを担当する。
2007年7月、第2回1dayトーナメント(LPSA独自の棋戦)で優勝。
2010年、引退。
師匠の大内延介が1999年から新橋駅SL広場で行っている、春の名人戦・秋の竜王戦の大盤解説会では、毎回聞き手を務めている。
家族
[編集]夫はアマ強豪[1]。長男の藤森哲也は2011年10月1日付で四段に昇段に伴いプロ入り。女流棋士の息子が棋士となったのは、将棋界では史上初のケース[3]。
昇段履歴
[編集]- 1979年1月 - 女流2級(女流プロ入り)
(女流1級、飛び級) - 1980年2月 - 女流初段
- 1989年5月22日 - 女流二段(贈昇段/第11期女流王将戦〈林葉直子女流王将〉就位式)[4]
- 2000年4月1日 - 女流三段(昇段規定改定による昇段[5][6])
- 2010年3月31日 - 引退
- 2010年4月1日 - 女流四段(LPSA理事会審議による)
主な成績
[編集]- 通算成績 186勝263敗
- 第2回1dayトーナメント 優勝(2007年7月)
- 第55回1dayトーナメント 優勝(2013年12月、団体戦リレー将棋)
- 女流名人位戦A級昇格(1992年)
脚注
[編集]- ^ a b 平成10年版「将棋年鑑」
- ^ 女流アマ名人戦歴代優勝者一覧(日本将棋連盟)
- ^ 逆の例(男性棋士の娘が女流棋士となった)は伊藤果(父)・明日香(娘)と飯野健二(父)・愛(娘)、塚田泰明(父)・恵梨花(娘)、久保利明(父)・翔子(娘)の4例がある。
- ^ 『近代将棋 1989年7月号』78頁。
- ^ 記録室より(日本将棋連盟)
- ^ 女流棋士昇段規定.(平成12年4月1日改定・補足)
関連項目
[編集]外部リンク
[編集]将棋 棋士番号・女流棋士番号 一覧 |
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| 番号一覧には退会者の番号を含む / 詳細は 将棋棋士一覧 および 将棋の女流棋士一覧 を参照 |