藤森奈津子

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藤森 奈津子(ふじもり なつこ、旧姓中瀬(なかせ)、1961年8月2日 - )は、LPSA(日本女子プロ将棋協会)所属の女流棋士。2010年、引退。大内延介門下。LPSA棋士番号は5。以前は日本将棋連盟に所属し、当時の女流棋士番号は旧13。日本将棋連盟女流棋士会会長(2003年 - 2007年)。埼玉県志木市出身。

人物[編集]

「なっちゃん」の愛称で親しまれる。

1977年筑波大学附属坂戸高等学校在学中[1]に第13回高校選手権女子個人戦で優勝。その翌年、1978年には同大会の団体戦で優勝するとともに、第10回女流アマ名人戦でも優勝[2]

1979年に女流棋士2級(プロ)となる。当時最年少のデビュー記録であった。

三間飛車のスペシャリストで、デビュー以来ほとんど一貫して三間飛車(石田流相振り飛車も含む)を指す。

1983年からの5年間、NHK教育テレビの『将棋の時間』で『将棋講座』のアシスタントとして出演。その後も1990年 - 2002年3月に『NHK杯テレビ将棋トーナメント』の司会や棋譜読み上げ役、あるいは再度の講座アシスタントなどを務め、長期にわたる出演で『将棋の時間』の顔となる。

1984年に結婚して藤森姓となり、プロとしての活動名も中瀬から藤森に変更する。

1991年度、女流名人位戦B級で8勝2敗の成績を収め、次期のA級に昇格。

2003年より2007年まで日本将棋連盟女流棋士会の会長を務める。

2007年、LPSA(日本女子プロ将棋協会)の旗揚げに参加。理事(総務担当)を務め、教室事業などを担当する。

2007年7月、第2回1dayトーナメント(LPSA独自の棋戦)で優勝。

2010年、引退。

師匠の大内延介が1999年から新橋駅SL広場で行っている、春の名人戦・秋の竜王戦の大盤解説会では、毎回聞き手を務めている。

家族[編集]

夫はアマ強豪[1]。長男の藤森哲也は2011年10月1日付で四段に昇段に伴いプロ入り。女流棋士の息子が棋士となったのは、将棋界では史上初のケース。[3]

昇段履歴[編集]

  • 1979年1月 女流2級(女流プロ入り)
  • 1980年2月 女流初段
  • 1989年5月 女流二段
  • 2000年4月 女流三段
  • 2010年3月31日 引退
  • 2010年4月1日 女流四段(LPSA理事会審議による)

主な成績[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 平成10年版「将棋年鑑」
  2. ^ 女流アマ名人戦歴代優勝者一覧(日本将棋連盟)
  3. ^ 逆の例(男性棋士の娘が女流棋士となった)は伊藤果(父)・明日香(娘)と飯野健二(父)・(娘)、塚田泰明(父)・恵梨花(娘)の3例がある。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]