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北尾まどか

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 北尾まどか 女流二段
名前 北尾まどか
生年月日 (1980-01-21) 1980年1月21日(38歳)
プロ入り年月日 2000年10月1日(20歳)
棋士番号 43
出身地 日本の旗 日本東京都目黒区
師匠 西村一義九段
段位 女流二段
戦績
2013年1月29日現在

北尾 まどか(きたお まどか、1980年1月21日 - )は、日本将棋連盟に所属する将棋の女流棋士。東京都目黒区出身。西村一義九段門下。女流棋士番号は43。かつては日本女子プロ将棋協会(LPSA)に所属しており、所属時のLPSA番号は17。

人物

  • 得意戦法は居飛車穴熊玉頭位取り
  • 幼少時に父から将棋を教わる。和光学園高等学校進学以降に本格的に再開し、1年余りでアマチュア二段程度になった。
  • 2009年NHK教育テレビで放送された『先崎学のすぐわかる現代将棋』の聞き手を務めた。
  • 銀河戦の記録係を女流育成会時代の第7期より担当、第14期では決勝戦・羽生善治×小林裕士の記録係を務めた。
  • 2009年12月10日より、栃木県から「とちぎ未来大使」を委嘱されている[1]2009年(平成21年)から毎年行われている「とちぎ将棋まつり」の実行委員長を務める[2]
  • 2010年1月20日、将棋の普及関連業務を行う「株式会社ねこまど」を設立し、代表取締役に就任。「株式会社ねこまど」は、北尾が実行委員長を務める「とちぎ将棋まつり」の「協力」に名を連ね[3]、2012年1月8日に台湾台北市で開催された「駒doc.将棋フェスタin台北」を主催している[4]
  • 2012年現在、英語ベースのネット将棋サイト「81Dojo」で「Promotive Planning Partner」を務める[5]

棋歴

  • 1997年、女流育成会入会。
  • 2000年10月から、日本将棋連盟所属の現役女流棋士(女流2級・女流棋士番号49)。
  • 2007年LPSA(日本女子プロ将棋協会)に移籍し、LPSA所属の現役女流棋士となる(LPSA番号17)。LPSAでは教室事業や1dayトーナメントの企画・運営を担当。
  • 2008年5月21日、LPSA理事となる[6]
  • 2008年6月6日、1dayトーナメント(第13回)で優勝[7]
  • 2009年6月15日、LPSAを退会して「完全独立(フリー)の女流棋士」となった[8]。LPSAからの初の退会者であった。日本将棋連盟は、北尾の「女流棋士としての対局権利」を認めていく方針を示した[9]。北尾は同年12月には女流名人位戦A級リーグ昇格を果たした。
  • 2010年4月頃から、日本将棋連盟の「客員棋士」となった。なお、連盟からの公式発表はなく、客員棋士という地位の詳細も不明であった。
  • 2011年4月1日、日本将棋連盟女流棋士会に再入会し、連盟所属の現役女流棋士に復帰(女流棋士番号43)[10]

エピソード

  • 2005年バックギャモンのビギナーズ王位戦(現・王位戦インターミディエイト)で優勝した。なお、後に夫となる片上もこの年の王位戦で優勝し初タイトル・日本代表の座を獲得した。
  • LPSAに所属していた2008年3月頃に「どうぶつしょうぎ」のルールを考案。奥の深いゲーム性と藤田麻衣子のイラストが人気を呼んだ[要出典]。なお、日本将棋連盟に復帰後の2010年には、日本将棋連盟・考案の「ごろごろどうぶつしょうぎ」を監修した。2012年には、どうぶつしょうぎよりもさらに駒の数の少ない「アンパンマンはじめてしょうぎ」を監修している[11]
  • 2010年6月、子供時代に住んでいた世田谷区の全小学校と25児童館にどうぶつしょうぎを寄贈し、区から感謝状を贈られる。
  • 2011年4月、「ごいた」と将棋を組み合わせたカードゲーム「将棋ごいた」の監修(デザインはフジワラカイ)を行う[12]
  • 「81Dojo」で見出されたカロリーナ・ステチェンスカを席主より紹介され、日本へ招待し修行の世話をした[要出典]
  • 棋士の片上大輔は元夫。

昇段履歴

昇級・昇段規定は、将棋の段級 を参照。

脚注

関連項目

外部リンク