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室谷由紀

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 室谷由紀 女流二段
名前 室谷由紀
生年月日 (1993-03-06) 1993年3月6日(24歳)
プロ入り年月日 2010年7月17日(17歳)
棋士番号 42
出身地 大阪府大阪狭山市
師匠 森信雄七段
段位 女流二段
戦績
2016年10月12日現在

室谷 由紀(むろや ゆき、1993年3月6日 - )は、日本将棋連盟所属の女流棋士女流棋士番号は42。大阪府大阪狭山市出身。森信雄七段門下。同志社香里高等学校を経て、同志社大学に進んだが[1]、将棋に専念するために中退[2]

棋歴

女流プロになるまで

母親の友人の誘いで将棋教室に行ったのが将棋を始めたきっかけ[3]

2005年(第37回)、2006年(第38回)の女流アマ名人戦では、第38回(2006年)で準優勝、第39回(2007年)で優勝。第26回(2005年)全国中学生選抜将棋選手権大会(女子の部)でも準優勝。

2008年9月に女流育成会に入会し、12勝6敗で昇級点を獲得するも、この期をもって女流育成会制度が終了したため、2009年4月から関西研修会D1に参加。6月28日にC1に昇級して「女流3級」となる権利を取得[3]。資格申請を以って10月1日付での女流3級が内定した[4]。室谷は、2009年度以降の研修会から女流3級を経て女流棋士になる制度によって、最初に女流3級となった。

女流3級

2009年10月1日付で女流3級。女流棋戦の日程は一年の中で偏りがあるため、女流3級の権利を得てから初戦まで半年ほど待った。

2010年1月8日の初戦=第37期女流名人位戦予選1回戦で鹿野圭生に勝利。2月23日の第37期女流名人位戦予選2回戦で村田智穂にも勝利し、女流名人位戦B級リーグ入りと女流棋士昇格(女流2級への昇級規定「女流棋士の昇段級規定の 『女流1級へ』 に該当した場合」を満たす)まであと1勝としたが、3月17日の第37期女流名人位戦予選予選決勝で山田朱未に敗れた。

同年4月27日に行われた第32期女流王将戦予選では、1日に2つ勝ち上がれば、女流王将戦本戦入りと女流棋士昇格(女流2級への昇級規定「女流棋士の昇段級規定の 『女流1級へ』 に該当した場合」を満たす)のチャンスだった。1回戦は森安多恵子の反則で勝利したが、2回戦(予選決勝)で、再度、山田(朱)に敗れた。その後の第18期倉敷藤花戦では1勝1敗で、通算4勝3敗とする。

そして、同年7月17日に行われた第4期マイナビ女子オープン予選の1回戦で鹿野に勝って年間5勝目を挙げ、女流2級への昇級規定「1年間で参加公式棋戦数(5棋戦)と同数の勝星(5勝)を得る」を満たし、同日付で女流2級に昇級(プロ入り)。さらに、同日中に行われた予選決勝(2回戦)でも小野ゆかりアマに勝って女流棋士としての初勝利を挙げるとともに、女流1級昇級の規定の一つである「マイナビ女子オープン本戦入り」に該当したことにより、同日付で女流1級に昇級し、1日で2ランク昇級した[5]

女流プロ入り後

2010年度(2010年4月-2011年3月)の女流棋士としての成績は、対・小野アマ戦から数えて7勝2敗で勝率0.778[注釈 1]。2010年度(2011年1月-3月)に行われた第38期女流名人位戦予選を通過し、2011年度のB級リーグで戦うこととなった。女流棋士としての7勝のうちの3勝は、室谷の昇級を2回阻んだ山田(朱)から挙げた。負けた相手は里見香奈(当時女流三冠)と石橋幸緒(タイトル歴3期)のみ。女流初段昇段の規定の一つである「女流1級で指し分け以上(7勝以上)」に該当したことにより、2011年4月1日付で女流初段に昇段し[6]9ヶ月間で3ランク昇級昇段した。

2011年、第19期倉敷藤花戦準決勝で上田初美を破り、初めて挑戦者決定戦に進出。清水市代に勝利すれば里見香奈との「十代対決」が実現する所だったが、室谷が敗れ、タイトル初挑戦はならなかった。同年、第38期女流名人位戦B級リーグでは5勝4敗でB級リーグ残留。翌年度の第39期B級リーグでは4勝5敗で陥落した。2013年度、第41期女流名人戦で予選を通過し、女流名人リーグ入りを果たす。

2014年4月1日付で所属を関西から関東に移すことを発表[7]。関東への移籍は師匠との話し合いで「3年間の期間限定」となっており、3年経ったところでもう一度話し合うことになっているという[8]

2014年度、第26期女流王位戦で挑戦者決定リーグ入りを果たす。第41期女流名人リーグでは5勝4敗と勝ち越し、リーグ残留を果たした。

2015年度、8月25日、第42期女流名人リーグで中村真梨花に勝ち、女流初段昇段後60勝となり女流二段に昇段した[9]。3日後の8月28日には、第23期倉敷藤花戦準々決勝で、これまで5戦全敗と勝つことが出来なかった清水からようやく初白星を挙げた。9月15日の準決勝は里見香奈に敗れた。第42期女流名人リーグでは4勝5敗の6位タイとなり、残留決定戦で伊奈川愛菓に勝ち、2期連続でリーグ残留を果たした。第9期マイナビ女子オープンでは、準決勝で清水に勝ち、決勝では、奨励会三段リーグ昇段を果たしたばかりの西山朋佳に勝って、タイトル初挑戦となったが、五番勝負では加藤桃子女王に1勝3敗でタイトル奪取に失敗した。

2016年度、第24期倉敷藤花戦で中井広恵、上田らに勝って二度目のタイトル挑戦を決めた(相手は里見香奈)。三番勝負では第1局で勝利したものの、倉敷での対局で連敗し、タイトル獲得はならなかった。

昇段・昇級履歴

  • 2008年9月 女流育成会入会
  • 2009年4月 関西研修会入会
  • 2009年10月1日 女流3級(関西研修会C1昇級)
  • 2010年7月17日 女流2級(女流3級で年間で参加棋戦数と同数の勝ち星)=プロ入り
  • 2010年7月17日 女流1級(マイナビ女子オープン本戦入り) ※女流2級昇級と同日
  • 2011年4月1日 女流初段(女流1級で指し分け以上(7勝以上))
  • 2015年8月25日 女流二段(勝数規定)

主な成績

将棋大賞

  • 第43回(2015年度) 優秀女流賞・女流最多対局賞(33局)

人物

  • 振り飛車党。
  • 趣味はジャズダンス[3]
  • コブクロのファン[8]
  • 好物はグラタンと肉(特にタン塩)。ゲン担ぎを兼ねて対局前日に焼肉を食べるのが恒例で、一人焼肉に行くことも多い[8]
  • 姉の室谷早紀(さき)も将棋が強く、アマチュアではあるが「きしろ杯争奪関西女流メイショウ戦」(出場者の約半数がプロの女流棋士)の第1回(2006年)と第3回(2008年)に出場しており、第3回では植村真理女流三段に勝利している(第4回では由紀が植村に勝利)。
  • 関西時代は将棋連盟のバドミントン部、テニス部、フットサル部に参加していたことから、2014年に関東に移籍してからもフットサルを続けている[8]。2016年6月に日本将棋連盟フットサル部の関東・関西対抗戦があった際は、関西チームの一員として試合に参加した[10]

脚注

注釈

  1. ^ 日本将棋連盟のサイトでは女流3級時代の成績も通算されており、9勝4敗、0.692。

出典

  1. ^ 「将棋時評-棋道哀楽(青野照市)」、『将棋世界』、日本将棋連盟、2012年2月、 71頁。2011年11月24日の第38期女流名人位戦リーグ最終局の時点で、室谷が同志社大学1年生である旨の記述がある。
  2. ^ 「将棋時評-棋道哀楽(青野照市)」、『将棋世界』、日本将棋連盟、2012年9月、 62頁。2012年6月28日の第2期女流王座戦2次予選の時点で、室谷が同志社大学を中退して将棋一本に打ち込んでいる旨の記述がある。
  3. ^ a b c 室谷由紀研修会員が女流棋士仮会員の資格を取得”. 日本将棋連盟 (2009年6月30日). 2015年11月7日閲覧。
  4. ^ 室谷由紀さんが10月より女流3級に”. 日本将棋連盟 (2009年7月23日). 2015年11月7日閲覧。
  5. ^ 室谷由紀女流3級が女流1級に昇級”. 日本将棋連盟 (2010年7月20日). 2015年11月7日閲覧。
  6. ^ 2011年4月1日付昇級・昇段者”. 日本将棋連盟 (2011年3月31日). 2015年11月7日閲覧。
  7. ^ 室谷由紀本人ツイート”. Twitter (2014年2月23日). 2015年11月7日閲覧。
  8. ^ a b c d 第9期マイナビ女子オープン挑戦者インタビュー 室谷由紀女流二段「夢の舞台へ」 - マイナビ将棋情報局・2016年4月8日
  9. ^ 室谷由紀女流初段が二段に昇段”. 日本将棋連盟 (2015年8月26日). 2015年11月7日閲覧。
  10. ^ 前代未聞!?棋士によるフットサル大会を生中継。 - SoccerKING・2016年6月16日

関連項目

外部リンク