藤森哲也

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
 藤森哲也 五段
名前 藤森哲也
生年月日 (1987-05-09) 1987年5月9日(29歳)
プロ入り年月日 2011年10月1日(24歳)
棋士番号 285
出身地 東京都大田区
師匠 塚田泰明
段位 五段
戦績
2017年3月24日現在

藤森 哲也(ふじもり てつや、1987年5月9日 - )は将棋棋士塚田泰明九段門下。棋士番号は285。東京都大田区出身(現在も居住)。

棋歴[編集]

父は多くのアマ棋戦で活躍、母はLPSA所属の女流棋士藤森奈津子女流四段(以下、本項では「奈津子」と記す)。幼少時代に母に教わって将棋を覚え[1]、その後は蒲田将棋クラブに通って腕を磨いた。

1999年9月、6級で奨励会に入会。5級・3級・2級・1級で1回、二段で2回、降級・降段の危機(段級位の昇降を参照)に瀕したが、これらを乗り越え、20歳の誕生日直前の2007年4月に三段昇段、同年10月(2007年度後期・第42回)より三段リーグに参加。以後、コンスタントな成績を挙げた。初参加から5期目(2009年度後期・第46回)及び7期目(2010年度後期・第48回)は、自身が連勝すれば他の参加者の勝敗結果次第で四段昇段の可能性がある状態で最終日を迎えたが、自身が連敗したため昇段に至らなかった。

8期目となる2011年度前期・第49回は昇段争いの7番手で最終日を迎えた。自身が連勝し、2番手から6番手の参加者が全員1敗以上すれば2位となる状態だったが、その通りとなり、高見泰地(1位)と共に2011年10月1日付けで四段に昇段(プロ入り)した。

プロ入り後は新人王戦で、第43期、第44期と2期連続で準優勝。第43期は永瀬拓矢、第44期は都成竜馬奨励会三段に、いずれも1勝2敗で敗れた。

2015年度の第65回NHK杯テレビ将棋トーナメントに初出場。 2017年3月23日、竜王戦6組昇級決定戦で大平武洋六段に勝ち、五段に昇段した。

棋風[編集]

本人によると、矢倉囲いの急戦を好んでいるという[1]

人物[編集]

  • 競馬とカルボナーラが好き[2]
  • 俳優の東出昌大と親交がある。月に数回東出の自宅を藤森が訪れ、将棋の指導を行うほどの仲[3]
  • 映画「3月のライオン」の将棋指導と監修を担当している。

逸話[編集]

  • 上述の通り母・奈津子は女流棋士。親子棋士は過去に複数例があるものの、女流棋士の息子が棋士となったのは、将棋界では史上初のケース[4]
  • 大師匠(師匠である塚田泰明の師匠)の大内延介が、毎年新橋駅SL広場にて開催する名人戦の大盤解説会では、大盤操作役を担う。(聞き手は奈津子)
  • 棋士としては塚田門下であり、塚田は奈津子と同じ大内門下であるため、将棋界における師弟関係で見ると、哲也は奈津子の甥弟子にあたる。
  • アマチュア強豪の遠藤正樹とは蒲田将棋クラブの顔なじみ。奨励会初段の頃から600局以上練習対局しており、2012年7月7日現在で遠藤の313勝311敗。当初は遠藤が大きく勝ち越していたが、藤森が三段に上がった頃から俄然藤森が勝つようになったという。公式戦では2012年7月7日、第6回朝日杯将棋オープン戦一次予選が唯一の対局で、藤森が勝った[5]

昇段履歴[編集]

昇段規定は、将棋の段級を参照。

  • 1999年9月 6級 = 奨励会入会
  • 2007年4月 三段
2007年度前期より三段リーグ参加

主な成績[編集]

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラスを参照。

脚注[編集]

  1. ^ a b c 髙見三段と藤森三段が新四段に!|将棋ニュース|日本将棋連盟
  2. ^ 藤森哲也(twitter@tetsu_59)プロフィールなど
  3. ^ 東出昌大さん、藤森哲也四段を自宅に招いて将棋。杏さんも一緒にいてたまに指す - 将棋ワンストップ・ニュース 2016年3月11日
  4. ^ 逆の例(男性棋士の娘が女流棋士となった)では、伊藤果(父)・明日香(娘)と飯野健二(父)・飯野愛(娘)の例がある。さらに男性棋士と女流棋士の娘が女流棋士となった例では塚田泰明(父)・高群佐知子(母)・塚田恵梨花(娘)であり、娘・恵梨花の師匠も父・泰明であるため藤森は兄弟子に当たる。
  5. ^ 2012年10月10日18時6分 625戦目の「師弟」対決 - 『朝日新聞』
  6. ^ 藤森哲也四段が五段に昇段|将棋ニュース|日本将棋連盟

関連項目[編集]

外部リンク[編集]