広瀬章人

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 広瀬 章人 八段
名前 広瀬 章人
生年月日 (1987-01-18) 1987年1月18日(30歳)
プロ入り年月日 2005年4月1日(18歳)
棋士番号 255
出身地 東京都江東区
師匠 勝浦修
段位 八段
戦績
タイトル獲得合計 1期
一般棋戦優勝回数 1回
2011年3月3日現在

広瀬 章人(ひろせ あきひと、1987年1月18日 - ) は、将棋棋士勝浦修九段門下。棋士番号は255。東京都江東区出身。王位1期。既婚。

棋歴[編集]

父と兄の影響から4歳ごろから将棋に興味を持ち[1]、小学3年から6年の4年間は、父の転勤により札幌市に在住し、将棋クラブに通い力をつける[2]小学生将棋名人戦では東日本大会に札幌市立澄川小学校4年生から連続して出場し、4年時は1勝を挙げるも同じ北海道代表で後奨励会員となる相手に敗れる[3]。 5年時は、初戦で東日本3位となり後に高校将棋選手権優勝などの活躍をする相手に敗れた[4]。6年時は東日本大会ベスト12に進出したが戸辺誠に敗れた[5]。小学6年時に、奨励会入りし、当初は飛行機に乗って将棋会館まで通ったという[6]。その後東京成徳高校高校1年で三段リーグ入り。高校の卒業式の翌日、2004年度後期の三段リーグ最終日に15勝3敗の成績で1位となり、2005年4月に早稲田大学入学と同時にプロ入り[7][1]。奨励会では戸籍名である旧字体の廣瀬であったが、入段と同時に新字体の広瀬を用いている[8]

糸谷哲郎佐藤天彦高崎一生、先述戸辺の4名は、広瀬と同じく1987年前後に生まれ、1998年に奨励会に入会したライバルであり、奨励会時代に「平成のチャイルドブランド」としてとりあげられたこともある。広瀬はこの中では最も早く順位戦昇級に伴い五段に昇段した[9]。初参加から2期目の第65期・2006年度のC級2組リーグで片上大輔に次ぐ2位の成績を収め[10][11]、翌年度(第66期・2007年度)のC級1組リーグでもトップを走る快進撃を見せたが、最後の2局で連敗してしまい[12][13]、2期連続での昇級を逃した。その翌年度(第67期・2008年度)も、自力昇級が見込める状態(2番手)で迎えた最終局で、休場明けの宮田敦史に敗れ、もう一人の昇級候補者であった窪田義行が勝ったことにより、再び昇級を逃した[14]。しかしながら、翌々年度(第69期・2010年度)に、9勝1敗・1位の成績を収め、最初の昇級から4年でB級2組への昇級を遂げた[15][16]

第58回(2008年度)NHK杯戦で、元タイトルホルダーの2名(高橋道雄丸山忠久)と阿久津主税に勝ち、ベスト8進出[17]

第35期(2009年度)棋王戦で本戦出場[18]

第40期(2009年度)新人王戦の決勝三番勝負で、早稲田大学の後輩・中村太地を2勝0敗で破り、棋戦初優勝2009年10月13日[19]。第22期(2009年度)竜王戦では、6組5位決定戦(1組在籍の中原誠十六世名人引退に伴う欠員補充、2009年10月30日)で大野八一雄に勝ち、5組昇級[20](竜王戦初昇級)。

第51期(2010年度)王位戦では、予選から勝ち進みリーグ入り[21]。リーグ戦(紅組)では最終局で渡辺明竜王との3勝1敗同士での決戦で勝利。さらに挑戦者決定戦では、白組優勝の羽生善治名人を破り、タイトル初挑戦[22](六段昇段[23])。深浦康市王位との七番勝負[24]においては得意戦法の四間飛車穴熊を多用し、4勝2敗2千日手で奪取に成功(2010年9月2日)。23歳にして初タイトル・王位を獲得した(七段昇段[25])。大学生のタイトル獲得は史上初である(当時4年生・在学6年目)。

なお、同年度、第36期棋王戦でも、挑戦者決定二番勝負まで無敗で進出し、広瀬に一度敗れた後に敗者組から勝ち上がってきた渡辺明と戦う。結果は広瀬の2連敗で、挑戦権を逸する[26]。戦法は、広瀬が3局中2局で四間飛車穴熊、渡辺は3局とも居飛車穴熊であった。王位戦の第6局(最終局)は、第38回将棋大賞の名局賞に選ばれ、また、敢闘賞も受賞した[27]

第23期(2010年度)竜王戦5組昇級者決定戦(3位決定戦)で勝ち[28]、さらに、第24期(2011年度)竜王戦4組では準優勝(優勝は佐藤秀司)し[29]、3期連続昇級で3組へ昇級。

第52期(2011年度)王位戦は、羽生善治二冠(王座・棋聖)の挑戦を受ける。第1局・第2局と勝つも、第3局・第4局と落とし第5局に勝ち、初防衛に王手をかける。第6局目を落とし、第7局目(9月12日9月13日、第6局と同じ神奈川県秦野市陣屋)を迎えることとなったが、敗れて失冠した[30]。第5回朝日杯将棋オープン戦は、決勝で、羽生二冠に敗れ、準優勝となる[31]。第70期順位戦において、9勝0敗となり、最終局を残してB級1組への昇級を決める(最終成績は10勝0敗で1位)[32]。そして2014年2月13日、第72期順位戦B級1組12回戦(自身11戦目)で丸山忠久を破り、9勝2敗として2位以内が確定しA級昇級を決める。これにより、同日付けで八段に昇段した。初めてA級に加わった第73期順位戦A級では、行方尚史、渡辺明、久保利明とともに6勝3敗で並び、プレーオフに進出したが、久保に敗れ、名人への挑戦権を得られなかった。第56期(2015年度)王位戦では、羽生善治王位への挑戦権を得たが、1勝4敗で敗れた。

初タイトル・王位獲得までの足跡
対局日 王位戦 勝敗 相手
(称号・段位は当時)
広瀬の
手番
広瀬の戦法 相手の戦法 備考
2009年8月19日 予選2回戦 佐藤和俊五段 先手 広瀬は2回戦から登場。
2009年11月16日 予選3回戦 郷田真隆九段 後手 タイトル歴3期の郷田に勝つ。
2009年12月21日 予選4回戦 横山泰明五段 後手
2010年1月7日 予選決勝 長岡裕也四段 先手 横歩取り8五飛
2010年2月5日 紅組リーグ1回戦 大石直嗣四段 後手 中飛車穴熊 居飛車穴熊
2010年3月3日 紅組リーグ2回戦 松尾歩七段 先手 竜王戦1組在籍の松尾に勝つ。
2010年4月9日 紅組リーグ3回戦 木村一基八段 先手 A級八段の木村に勝つ。
2010年5月6日 紅組リーグ4回戦 佐藤康光九段 後手 タイトル歴12期の佐藤(康)に敗れる。
2010年5月28日 紅組リーグ5回戦 渡辺明竜王 先手 中飛車穴熊 居飛車穴熊 3勝1敗同士の直接対決で勝利し、挑決進出。
2010年6月11日 挑戦者決定戦 羽生善治名人[33] 先手 四間飛車穴熊 居飛車穴熊 白組優勝の羽生に勝ち、挑戦権獲得。六段昇段
2010年7月13日 - 14日 七番勝負第1局 深浦康市王位 先手 四間飛車穴熊 居飛車穴熊 公式戦10連勝(5月21日 - 7月14日)。
2010年7月27日 - 28日 七番勝負第2局 深浦康市王位 後手 四間飛車穴熊 居飛車(8筋交換型)
2010年8月3日 - 4日 七番勝負第3局 深浦康市王位 先手 居飛車(左美濃 4手目3三角
向かい飛車穴熊
2010年8月10日 - 11日 七番勝負第4局 深浦康市王位 後手 四間飛車穴熊 居飛車穴熊
2010年8月24日 - 25日 七番勝負第5局 千日手 深浦康市王位 先手 四間飛車穴熊 居飛車穴熊模様
2010年8月25日 七番勝負第5局指し直し局 深浦康市王位 後手 四間飛車(美濃囲い 居飛車(串カツ囲い
2010年9月1日 - 9月2日 七番勝負第6局 千日手 深浦康市王位 後手 四間飛車穴熊 居飛車穴熊
2010年9月2日 七番勝負第6局指し直し局 深浦康市王位 先手 四間飛車穴熊 居飛車(左銀冠 奪取。七段昇段。第38回将棋大賞「名局賞」対象局。

棋風[編集]

居飛車振り飛車のどちらも指しこなすオールラウンドプレイヤーである。振り飛車穴熊戦法、中でも四間飛車穴熊を最も得意とし、初めてタイトル戦に登場した第51期王位戦では、指し直し局を含めた8局中6局で四間飛車穴熊を用いた。そのため、「穴熊王子」「振り穴王子」の異名を持つ[34]2012年頃からは矢倉角換わりなど居飛車の将棋が増え、振り飛車の採用数は減っている。

人物[編集]

  • 王位在位中の2011年3月に早稲田大学教育学部数学科[35]を卒業。プロ入りと同時の入学から6年をかけての卒業であった。サッカーサークルと将棋部に所属していた[36][37]
  • 勝浦門の兄弟子の一人に、十八世名人の資格を持つ森内俊之がいる。
  • 2010年1月1日放送の「大逆転将棋2010」で詰将棋の早解きに参戦し、宮田敦史に次いで2位となった(広瀬99問、宮田100問)。
  • 北海道在住の間、北海道将棋連盟事務局長で常任理事の新井田基信[38]から教えを受けた。新井田は早稲田大学出身で、広瀬は新井田の大学の後輩にもあたることになる。2010年2月19日に新井田は死去[39]。同年の王位戦は新井田に捧げるタイトルとなったと述べている[40][41]
  • 弟子に、2010年の小学生名人(2009年は準優勝)の山川泰熙がおり、2010年9月から奨励会で指している。
  • 2011年11月27日の『KONAMI Arcade Championship 2011』のイベントにて『天下一将棋会』を使用したドリームマッチが行われ、プロ雀士藤崎智二枚落ちで対局し敗戦を喫した。しかし、この後に行われた『麻雀格闘倶楽部』のドリームマッチでは、プロ棋士2名(広瀬・久保利明)・プロ雀士2名(和泉由希子白河雪菜)による対局が行われ、三暗刻跳満で広瀬が圧勝。久保も七対子を和了して2着に入ったため、プロ棋士のワンツーフィニッシュとなった。
  • 2016年には将棋・グルメ漫画『将棋めし』(松本渚コミックフラッパー連載)の監修を手がけている[42]

昇段履歴[編集]

昇段規定は、将棋の段級 を参照。

  • 1998年 6級 = 奨励会入会
  • 2000年 初段
  • 2002年7月 三段(2002年度後期より三段リーグ)
  • 2005年4月1日 四段 = プロ入り
  • 2007年4月1日 五段(順位戦C級1組昇級)
  • 2010年6月11日 六段(タイトル挑戦 = 第51期王位戦)
  • 2010年9月2日 七段(タイトル1期獲得 = 第51期王位戦)
  • 2014年2月13日 八段(順位戦A級昇級)

主な成績[編集]

獲得タイトル[編集]

  • 王位 1期 (2010年度=第51期)
登場回数3回 獲得1期

棋戦優勝[編集]

  • 新人王戦 1回(2009年度 = 第40期)
優勝合計1回

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

非公式戦[編集]

将棋大賞[編集]

  • 第38回(2010年度) 敢闘賞、名局賞

著書[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 早稲田大学ぴーぷる
  2. ^ 北海道新聞 2010年6月12日
  3. ^ 週刊将棋 1995年4月5日号
  4. ^ 週刊将棋 1996年4月10日号
  5. ^ 平成10年版「将棋年鑑」(日本将棋連盟)pp.436
  6. ^ 産経新聞 2010年10月3日
  7. ^ 東京成徳大学学生支援課Blog
  8. ^ 第35回奨励会三段リーグ
  9. ^ 2007年4月1日付昇段・昇級者(日本将棋連盟)
  10. ^ 第65期名人戦・順位戦 C級2組(日本将棋連盟)
  11. ^ この時点で、佐藤・戸辺は2006年度前期三段リーグでプロ入りを決めたばかりだったため、順位戦に参加しておらず、翌第66期・2007年度に広瀬と入れ違いでC級2組リーグに初参加となった。
  12. ^ 第66期名人戦・順位戦 C級1組(日本将棋連盟)
  13. ^ 敗北を喫した対局相手は、いずれも降級点取得の危機に瀕していた小倉久史西川慶二であった。最終的に小倉は降級点を喫したものの、西川は広瀬に勝ったことで降級点を回避した。
  14. ^ 第67期名人戦・順位戦 C級1組(日本将棋連盟)
  15. ^ 第69期名人戦・順位戦 C級1組(日本将棋連盟)
  16. ^ ちなみに最終局の対局相手は3年前に昇級を阻止された西川であり、西川はこの黒星によりC級1組で2個目の降級点を喫し、C級2組への降級が決定した。
  17. ^ 第58回NHK杯戦 <本 戦>(日本将棋連盟)
  18. ^ 第35期棋王戦予選(日本将棋連盟)
  19. ^ 第40期 新人王戦(日本将棋連盟)
  20. ^ 第22期竜王戦 6組ランキング戦(日本将棋連盟)
  21. ^ 第51期王位戦<予選>(日本将棋連盟)
  22. ^ 第51期王位戦七番勝負(日本将棋連盟)
  23. ^ 広瀬章人五段が六段に昇段(日本将棋連盟)
  24. ^ 第51期王位戦七番勝負(日本将棋連盟)
  25. ^ 広瀬章人六段が七段に昇段(日本将棋連盟)
  26. ^ 第36期棋王戦挑戦者決定トーナメント/五番勝負(日本将棋連盟)
  27. ^ 第38回将棋大賞が決まる!(日本将棋連盟)
  28. ^ 第23期竜王戦 5組ランキング戦(日本将棋連盟)
  29. ^ 第24期竜王戦 4組ランキング戦(日本将棋連盟)
  30. ^ 第52期王位戦七番勝負(日本将棋連盟)
  31. ^ 第5回朝日杯将棋オープン戦<本戦トーナメント>(日本将棋連盟)
  32. ^ 第70期名人戦・順位戦 B級2組(日本将棋連盟)
  33. ^ 名人・王座棋聖の三冠。
  34. ^ 「第51期王位戦中継blog」(2010年6月12日閲覧)
  35. ^ 早稲田大学ニュース(2010/9/3)
  36. ^ プロ棋士のキャンパスLIFE ブログ2005年10月12日
  37. ^ 夏季後半棋戦・イベント報告、9月17日
  38. ^ 新井田基信さんを偲んで(中野隆義)将棋ペンクラブ公式ブログより
  39. ^ 将棋ペンクラブログ
  40. ^ プロ棋士のキャンパスライフ 訃報 2010年02月19日
  41. ^ 将棋世界11月号 王位戦自戦記
  42. ^ 7/5(火)より月刊コミックフラッパーにて将棋マンガ「将棋めし」が連載スタート!監修は広瀬章人八段 - 日本将棋連盟・2016年7月4日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]