渡辺大夢

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
 渡辺大夢 五段
名前 渡辺大夢
生年月日 (1988-07-29) 1988年7月29日(29歳)
プロ入り年月日 2012年10月1日(24歳)
棋士番号 290
出身地 東京都江東区
師匠 石田和雄
段位 五段
戦績
2016年10月28日現在

渡辺 大夢(わたなべ ひろむ、1988年7月29日 - )は、日本将棋連盟所属の将棋棋士石田和雄九段門下。棋士番号は290。東京都江東区出身(現在も在住)。

棋歴[編集]

5歳の時に祖父から教わったのをきっかけとし、将棋を始める[1]

2001年9月、6級で奨励会に入会。三段まで順調に昇級・昇段を続け、18歳となった直後に三段に昇段し、第40回(平成18年後期)より三段リーグに参加。毎期コンスタントな成績を修めるも、なかなか四段昇段に結びつく好成績が出せなかった。

  • 3期目(第42期)では5番手で最終日を迎え、トップの吉田正和、3番手の船江恒平が連敗し、2番手の田中悠一が1勝1敗だったため、渡辺が連勝していれば2位で四段昇段となるチャンスだったが、当期限りで年齢制限に伴う退会が決定していた会員に敗れ、次点をも逃した。
  • 7期目(第46期)では6番手で最終日を迎え[2]、渡辺が連勝し、3番手の佐々木勇気が1勝1敗となり、4番手の森村賢平及び5番手の藤森哲也が連敗したため、2番手の牧野光則の結果次第では渡辺が2位で四段昇段となるところだったが、牧野が連勝したため実現には至らなかった。しかしながら、菅井・牧野に次ぐ3位の成績を修め、1回目の次点を獲得した。
  • 12期目(第51期)では4番手で最終日を迎え、再び最終2局を連勝。これで上村亘(トップ)、宮本広志(2番手)、石田直裕(3番手)のうち2人が1敗以上すれば2位以内で四段昇段となるところだったが、結果は上村と石田が無敗で終えたためまたしても実現には至らなかった。しかしながら、宮本が連勝しなかったことにより、渡辺は3位の成績を修め、2回目の次点に伴いフリークラスに編入する権利を獲得。これを行使したことにより、2012年10月1日付けで四段昇段(プロ入り)[3]
  • 奨励会三段枠で出場した新人王戦及び加古川青流戦では、対局当時既にプロとなっていた棋士に3勝4敗、女流棋士に2勝0敗と好戦した。第43回(2012年)新人王戦2回戦では、絶好調の最中にあった中村太地五段[4]を撃破した。
  • 2015年7月8日竜王戦6組の昇級者決定戦5回戦で、伊藤博文に勝利し、フリークラスから順位戦C級2組への昇級を決めた[5]

昇段履歴[編集]

昇段規定は、将棋の段級 を参照。

  • 2001年9月 6級 = 奨励会入会
  • 2004年7月 初段
  • 2005年6月 二段
  • 2006年9月 三段
2006年度後期より三段リーグ参加
  • 2012年10月1日 四段(三段リーグ次点(3位)2回でフリークラス編入) = プロ入り
  • 2016年10月27日 五段(竜王ランキング戦連続2回昇級)

主な成績[編集]

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

脚注[編集]

  1. ^ 日本将棋連盟ホームページ・お知らせ「新四段誕生(3人)のお知らせ」より。
  2. ^ 当初トップの菅井竜也は最終日2局を残しプロ入りを内定させていた。
  3. ^ 2回目の次点獲得に伴うフリークラス編入の権利獲得は、伊奈祐介佐藤天彦伊藤真吾吉田正和に次いで史上5人目であり、権利行使は、伊奈、伊藤、吉田に次いで4人目である。
  4. ^ 中村は当該2011年度に、勝率0.8511(40勝7敗)を記録し、将棋大賞の勝率1位賞を受賞。勝率8割5分以上は中原誠が1967年に記録した 0.8545(47勝8敗)以来史上2人目で、歴代2位の高率。なお、当該対局で中村が渡辺に勝利していれば、歴代1位となるところだった。
  5. ^ 将棋:竜王戦6組の昇級者決定戦 渡辺大夢四段C級2組へ 2015年07月08日 18時18分 - 共同通信社/『毎日新聞

関連項目[編集]

外部リンク[編集]