増田康宏

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
 増田康宏 六段
名前 増田康宏
生年月日 (1997-11-04) 1997年11月4日(21歳)
プロ入り年月日 2014年10月1日(16歳)
棋士番号 297
出身地 東京都昭島市
師匠 森下卓
段位 六段
戦績
一般棋戦優勝回数 2回
2018年5月23日現在

増田 康宏(ますだ やすひろ、1997年11月4日 - )は、将棋棋士森下卓九段門下。棋士番号は297。東京都昭島市出身[1]

棋歴[編集]

プロ入りまで[編集]

5歳の時に、母親に買ってもらったボードゲームセットに将棋が含まれていたことが、将棋を覚えたきっかけである[1]。小学校に入る頃には両親では相手にならなくなり、羽生善治らを輩出した将棋道場「八王子将棋クラブ」に通った[2]

2006年、小学校3年時に全国小学生倉敷王将戦低学年の部で準優勝[3]

2007年、小学校4年時に全国小学生倉敷王将戦高学年の部で優勝を果たす[4]

2008年、小学校5年時の第33回小学生将棋名人戦では、東日本代表として決勝トーナメント進出も準決勝で黒田尭之に敗れる。この模様はNHK教育テレビで放送された[5]。全国小学生倉敷王将戦高学年の部では連覇を目指すも途中敗退。同年9月に森下卓門下で奨励会に入会。奨励会同期には佐々木大地らがいる。

中学3年になる2012年3月には早くも三段に昇段。初参加の第51回三段リーグでも中盤で5連勝するなど実力を発揮し、他の参加者の成績次第では渡辺明以来史上5人目の「中学校在学中にプロ入りを決めた棋士」と松尾歩以来史上5人目の「三段リーグ1期抜け」を同時に達成[6]する可能性もあった[注釈 1]が、同星の石田直裕との直接対決に敗れ、好機を逸した。当時通っていた中学校で人間関係に悩まされていたことも精神的に影響したという[7]

第53回三段リーグでも石井健太郎に次ぐ2番手で最終日を迎え、自力昇段のチャンスは十分だったものの、2連敗により失速。逆転昇段したのは、当期初参加の三枚堂達也であり、奇しくも1年前に自身が逃した「1期抜け」を達成させる立役者となった。後にこの頃を振り返って、周りに同世代がほとんどいなかったことで精神的に追い込まれ、壁にぶつかっていたことを明らかにしている[7]

第55回三段リーグでは5番手で最終日を迎え、成績上位の参加者が立て続けに連敗し、増田が連勝したため逆転昇段を遂げた。それまで「師匠が一番嫌う勉強法」だったため避けていた早指しを研究に取り入れ、将棋倶楽部24将棋ウォーズ等のネット対局で早指しの経験を積んだことで「秒読みになっても落ち着いて指せるようになった」ことが大きかったという[7]

プロ入り後[編集]

2014年10月1日付で四段昇段。

その後は各棋戦で活躍を見せ、第28期竜王戦6組ランキング戦では決勝まで進み、5組へ昇級(決勝は千田翔太五段に敗れた)。第5期青流戦も本戦決勝に進出、稲葉聡アマとの決勝三番勝負で1勝2敗となり準優勝。第64期王座戦二次予選決勝でも永瀬拓矢六段に勝ち、本戦出場を決めた。

2016年度は、前年度の成績優秀につき第66回(2016年度)NHK杯将棋トーナメントでシード(予選免除)となり、本戦トーナメントに初出場(前期の第65回NHK杯は予選1回戦で、宮田敦史六段に負け)。当年度出場の棋士のなかで最年少であり、1回戦では最年長の伊藤博文六段に勝利した。2回戦は、森下卓九段が解説者を務めるなか、師匠が得意とする矢倉で健闘したが佐藤康光九段に敗れた。

2016年10月、第47期新人王戦では決勝三番勝負に進出。同じく決勝進出した石田直裕四段を2勝0敗で破り、プロ入り後の棋戦初優勝[8]

2017年5月23日、第30期竜王戦5組ランキング戦で優勝。自身初となる竜王戦決勝トーナメントでは、6組優勝でプロデビュー以来公式戦28連勝無敗中だった藤井聡太四段に「勝つためには一手のミスも許されない、完璧な将棋を指さなければいけないと思っています。」[9]と意気込んだものの、91手で敗れた。のちに「悪かったのが(終盤で)角を打たれたときに、金を寄った手です。あれが本当に良くなかったですね」と振り返っている[10]

2017年10月、第48期の新人王戦でも、決勝進出した佐々木大地四段を2勝0敗で破り、当該棋戦で二連覇[11]

2018年1月12日、この日収録された第26期銀河戦本戦トーナメントFブロック6回戦(放映日は3月2日)で青嶋未来に勝ち[12]、公式戦100勝として五段昇段の勝数規定を満たしたため、五段に昇段した(収録対局のため、昇段の発表では事由公表はされていない)[13]

2017年度の第76期順位戦C級2組最終局で神谷広志千日手による指し直しの末、勝利し8勝2敗の成績となる。これにより増田を含めた6人が同星で並んだため、今期の順位で既に全勝でC級1組に昇級が決まっている藤井聡太と8勝2敗の同星で上位についた都成竜馬に次いで初のC級1組に昇級となった[注釈 2]

2018年5月22日、第31期竜王戦4組ランキング戦準決勝で谷川浩司を破って3組昇級を決め、竜王ランキング戦連続昇級の条件を満たし六段に昇段した[14]。決勝でも三枚堂達也を破って決勝トーナメント出場を決めた。その決勝トーナメント初戦の2回戦は約1年ぶりの藤井聡太との対局となった。増田はこの対局に勝利して前年の雪辱を果たした。続く3回戦で1組5位の佐藤康光を破ったものの、準々決勝で1組4位の久保利明に敗れた。

棋風[編集]

かつては矢倉戦法を得意としていたが[1]、左の桂馬の活用が難しいことを理由に「矢倉は終わった」と発言しており、むしろ銀冠穴熊雁木を多用している[15]。ただしその後も矢倉の研究は続けており、「終わったは言い過ぎでした」とも発言している[16]

人物・エピソード[編集]

17歳の時、2015年3月11日に第41期棋王戦予選3回戦で75歳の加藤一二三に敗れたが、この際の両対局者の年齢差58歳は、年長者側から見た最多年齢差勝利記録である。

藤井聡太の「西の天才」に対して、「東の天才」と言われることがある[17]。もっとも当の増田は2018年5月のLivedoorニュースの特集インタビューで「藤井君は格上の存在だと思っている」という見解を示している[10]。このインタビューで増田は、AbemaTV将棋チャンネルの企画炎の七番勝負で負かされるまでは自分のほうが強いと思っており、収録が始まるまでは藤井の全敗かよくて1勝だろうと考えていたが、トップバッターの自分がいざ負かされると「これはかなり勝つのでは」と印象を改めている(実際に結果は6勝1敗であった)[10]

同じく将棋棋士の高見泰地と顔がそっくりで「双子」「同一人物」などとよくイジられているが、「嫌ではないです。高見さんは非常に良い方なので」と語っている[10]。2017年の大晦日にはニコニコ生放送で2人の対局が企画され、高見が勝利した[18]。身長が高い方が増田である(増田178cm[19]、高見173cm[20])。ただし、2019年5月に自身のツイッターにてメガネからコンタクトレンズに変更したことを明かし[21]、「高見さんと間違われることは無くなるかと思います笑」ともコメントしている。

憧れの棋士として升田幸三の名を挙げている[15]。好きな歌手はYUI[15]。また好きな映画として『マネーボール』『コンカッション』を挙げている[7]。趣味はピアノ[10]

詰将棋は将棋の上達には関係ない」という詰将棋否定派。子供の頃は詰将棋を解いていたが、三段時代にそれをやめて以降は解いていないという[15]。「昔はたくさん解いてましたけど、今から考えてみるとあんまり意味なかった気がしますね。(手数が)一桁台の詰将棋は解けた方がいいとは思うんですけど、それ以上の手数とか難しい詰将棋は実戦では役に立たないと思います」と語っている[10]。また研究会にも参加していない。もっぱら練習将棋はコンピュータ将棋が相手で、2017年現在は『激指13』を使用している[15]

感想戦についても否定派で、「そもそも(対局者同士で)本音なんて言わないことが多いんですよ。ウソや当たり障りのないことばかり言ってもしょうがないですし、それだったら終わったらすぐに家に帰って研究した方がより効率的じゃないかと…。昔からずっと思っていました」と語っている[10]

昇段履歴[編集]

昇段規定は、将棋の段級 を参照。

  • 2008年9月 6級 = 奨励会入会
  • 2011年1月 初段
  • 2011年8月 二段
  • 2012年2月 三段
2012年度前期(第51回)より三段リーグ参加
  • 2014年10月1日 四段(第55回奨励会三段リーグ優勝) = プロ入り
  • 2018年1月12日 五段(勝数規定)
  • 2018年5月22日 六段(竜王ランキング戦連続昇級)[14]

主な成績[編集]

棋戦優勝[編集]

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

著書[編集]

脚注[編集]

[ヘルプ]

注釈[編集]

  1. ^ 当期三段リーグは、上村亘が13勝4敗(1番手)、宮本広志石田直裕渡辺大夢及び増田が11勝5敗で最終日を迎え、当期初参加だった増田は順位の関係上、自身が連勝し宮本・石田・渡辺が1敗以上すれば2位の成績を修められていた。
  2. ^ 因みにこの神谷戦は終盤、増田に疑問手が出て増田玉に即詰みがあったにもかかわらず神谷がそれに気付かず投了するという劇的な勝利だった。もし神谷がそれに気付き即詰みをしていれば最後の昇級枠は石井健太郎となっており増田は次点すらなっていなかった。

出典[編集]

  1. ^ a b c 増田康宏三段と黒沢怜生三段が四段に昇段|将棋ニュース|日本将棋連盟”. 日本将棋連盟 (2014年9月13日). 2017年10月17日閲覧。
  2. ^ 「第2の羽生」をめざす子どもたち 名人が通った将棋クラブ
  3. ^ 第5回全国小学生倉敷王将戦”. 日本将棋連盟. 2017年10月17日閲覧。
  4. ^ 第6回全国小学生倉敷王将戦”. 日本将棋連盟. 2017年10月17日閲覧。
  5. ^ 第33回小学生将棋名人戦【代表選手一覧】”. 日本将棋連盟. 2017年10月17日閲覧。
  6. ^ 2016年に藤井聡太が中学校在学中のプロ入りと三段リーグ1期抜けを同時に達成した。
  7. ^ a b c d なぜ増田康宏は中学生棋士になれなかったのか?【叡王戦24棋士 白鳥士郎 特別インタビュー vol.02】 - ニコニコニュースORIGINAL・2018年10月12日
  8. ^ 第47期新人王戦決勝三番勝負第2局、増田四段が勝ち2連勝で新人王に|将棋ニュース|日本将棋連盟”. 日本将棋連盟 (2016年10月12日). 2017年10月17日閲覧。
  9. ^ 増田四段。藤井聡四段戦への本人コメント|棋戦トピックス|日本将棋連盟”. 日本将棋連盟 (2017年6月25日). 2017年10月17日閲覧。
  10. ^ a b c d e f g “常識は敵だ。新時代を切り開く若き開拓者。棋士・増田康宏 20歳。 - ライブドアニュース” (日本語). ライブドアニュース. http://news.livedoor.com/article/detail/14776326/ 2018年8月3日閲覧。 
  11. ^ 第48期新人王戦決勝三番勝負第2局、増田四段が勝ち2連勝で連覇達成|将棋ニュース|日本将棋連盟”. 日本将棋連盟 (2017年10月17日). 2017年10月17日閲覧。
  12. ^ 銀河戦 | 将棋 | 囲碁・将棋チャンネル” (日本語). www.igoshogi.net. 2018年8月3日閲覧。
  13. ^ 増田康宏四段が五段に昇段|将棋ニュース|日本将棋連盟」『』。2018年8月3日閲覧。
  14. ^ a b 増田康宏五段が六段に昇段”. 日本将棋連盟 (2018年5月23日). 2018年5月23日閲覧。
  15. ^ a b c d e 驚愕必至!増田康宏四段インタビュー|将棋情報局”. マイナビ出版 (2017年5月16日). 2017年10月17日閲覧。
  16. ^ “増田康宏四段、研究会で矢倉を採用 「終わったは言い過ぎでした笑」”. https://shogipress.com/entry-724 2017年11月27日閲覧。 
  17. ^ “【藤井四段記録更新】 藤井伝説幕開け デビュー半年、前人未踏”. 産経ニュース (産経新聞). (2017年6月26日). https://www.sankei.com/life/news/170626/lif1706260048-n1.html 2018年5月19日閲覧。 
  18. ^ ニコ生公式_将棋 on Twitter
  19. ^ 増田康宏 on Twitter
  20. ^ 叡王戦七番勝負の見どころ 金井恒太六段―高見泰地六段|将棋情報局
  21. ^ 増田康宏 on Twitter

関連項目[編集]

外部リンク[編集]