三枚堂達也

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 三枚堂 達也 四段
名前 三枚堂 達也
生年月日 (1993-07-14) 1993年7月14日(23歳)
プロ入り年月日 2013年10月1日(20歳)
棋士番号 294
出身地 千葉県浦安市
師匠 内藤國雄
段位 四段
戦績
2017年3月28日現在

三枚堂 達也(さんまいどう たつや、1993年7月14日 - )は、日本将棋連盟所属の棋士内藤國雄九段門下。棋士番号は294。千葉県浦安市出身。都立白鴎高等学校卒業[1]

棋歴[編集]

石田和雄が師範を務める「柏将棋センター」に、1歳年下の佐々木勇気と共に幼稚園時代から通い詰め、石田に見守られつつ棋力を向上させた[2]

2004年9月に内藤國雄門下で奨励会に入会。 6級から5級に昇級するのに1年8ヶ月を費やし、その間2回に亘り7級降級の危機に瀕し、2級から1級にも1年3ヶ月、1級から初段にも1年7ヶ月、初段から2段にも1年9ヶ月を費やすなど、段級位が低かった頃は著しく苦労した。 しかし、2011年12月に二段となって以降は一転して好調を維持し、1年経った2012年12月に三段となり、2013年度前期・第53回から三段リーグに参加する権利を得た。

三段リーグ参加後も好調は続き、初参加の第53回で2番手(13勝3敗)の状態で最終日を迎え1勝1敗としたものの、3~4番手(12勝4敗)の参加者がいずれも連勝しなかったことにより、最終的に14勝4敗・2位の成績を修め、第24回(1999年度後期)の松尾歩以来29回(14年6ヶ月)ぶり、現行制度以降5人目の“三段リーグ1期抜け”の快挙を遂げる形で四段昇段(プロ入り)した。

このような“スピード昇段”を遂げた為、奨励会三段として出場できる公式戦(竜王戦新人王戦加古川青流戦)に出場した経験が無い。

プロ四段としての初対局は2013年12月20日・第40期棋王戦予選、対局相手は偶然にも上述佐々木であった。(結果は負け)

プロ5年目(順位戦は4年目)となる2017年度は、前年度の成績優秀につき第67回(2017年度)NHK杯将棋トーナメントでシード(予選免除)となり、本戦トーナメントに初出場(前期の第66回NHK杯は予選2回戦で、もう一人の「佐々木」姓である佐々木慎六段に負け)が決まった。

棋風及び交友関係[編集]

いずれも、四段昇段の際のインタビューによる[1]

  • 角換わりを得意戦法としている。
  • 前述の通り、佐々木勇気とは幼少期から親しく奨励会入会も同期だった関係から、自身より3年早く四段となった佐々木をライバルとしている。
  • 三枚堂の祖父が内藤國雄と知り合いで、内藤に勧められたことがきっかけで将棋を覚えた関係から、石田門下ではなく内藤門下として入会した[3]
  • 2014年1月25日に開催された「三枚堂達也四段昇段・佐々木勇気四段加古川青流戦優勝記念祝賀会」では、三枚堂及び佐々木が小学生の頃のツーショット写真がスライドショーで公開され、両者が当該写真と同じポーズで記念撮影をする演出も見られた。

人物[編集]

  • イベントで「無人島に持っていきたいものは?」の質問に「勇気」(courageと佐々木勇気のダブルミーニング)と答えたり[4]、師匠である内藤國雄の署名した時代劇の通行手形や、越後屋光圀の印籠を見せつける寸劇でファンを楽しませる。また、出身地である浦安市民の将棋クラブで指導するなど、ファンとの交流に力を入れている棋士である[5]

昇段履歴[編集]

昇段規定は、将棋の段級 を参照。

  • 2004年9月 6級 = 奨励会入会
  • 2010年3月 初段
  • 2011年12月 二段
  • 2012年12月 三段
2013年度前期より三段リーグ参加

主な成績[編集]

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

記録[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 日本将棋連盟ホームページ・お知らせ「石井健太郎、三枚堂達也 新四段誕生のお知らせ」より。
  2. ^ 2012.4.26 石田九段今週のつぶやきより
  3. ^ 内藤門下で入会して以降も、石田との関係はすこぶる良好と見られ、「柏将棋センター」のホームページでは、三枚堂も他の石田門下の棋士と同様に紹介されている。
  4. ^ exiciteニュース(2015年9月17日)
  5. ^ 浦安市公民館猫実分室広報(2016年3月)

関連項目[編集]

外部リンク[編集]