澤田真吾

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 澤田真吾 六段
名前 澤田真吾
生年月日 (1991-11-21) 1991年11月21日(26歳)
プロ入り年月日 2009年4月1日(17歳)
棋士番号 274
出身地 三重県鈴鹿市
師匠 森信雄
段位 六段
戦績
2014年11月7日現在

澤田 真吾(さわだ しんご、1991年11月21日 -) は、将棋棋士森信雄門下。棋士番号は274。三重県鈴鹿市出身。

戦績[編集]

第26回(2001年)・第27回(2002年)の小学生将棋名人戦で、それぞれ小学校4年生・5年生として出場し、2年連続3位となる。

小学校を卒業する2004年3月から奨励会で6級として指し始める。2級から1級に上がるまで1年以上かかったが、三段リーグは2期1年で抜け、2009年4月1日、17歳で四段昇段(プロ入り)した。プロ入りの同期は、同門の大石直嗣。二人とも関西勢(関西奨励会所属)である。

2010年10月14日、第23期竜王戦6組昇級者決定戦・3位決定戦で、千日手指し直しの末千葉幸生に勝ち、初出場にして5組に昇級。

2012年、第54期王位戦予選を勝ち抜き初の王位リーグ出場。丸山忠久渡辺明など、並み居る強豪を相手に4連勝し、最終局を待たずに残留を確定させた[1]。最終局は同じく全勝の佐藤康光と、挑戦者決定戦出場をかけて戦った(結果は負け)。

2013年2月12日、第71期順位戦C級2組9回戦で、村田智弘に勝利し、通算100勝を達成するとともに五段に昇段。当期順位戦では最終局にも勝てば上位3位以内の成績でC級1組に昇級できたが、永瀬拓矢に敗れ見送りとなってしまった。しかし、翌第72期順位戦では、前半戦から好調を維持し、9回戦で村田顕弘に勝った時点で最終局を待たずしてC級1組への昇級を決めた[2]

2014年11月6日、第27期竜王戦4組昇級者決定戦で戸辺誠に勝利し3組に昇級。2期連続昇級を果たし、同日付で六段に昇段した。

2015年3月10日、第73期順位戦C級1組10回戦で浦野真彦に勝利し、9勝1敗の成績でB級2組に昇級。

第58期(2016年度)王位戦挑戦者決定リーグで紅組優勝。2017年6月9日、白組優勝の菅井竜也との挑戦者決定戦に出場したが、91手で破れ、王位挑戦権は得られなかった。

人物[編集]

  • 将棋を始めたきっかけは、NHK連続テレビ小説ふたりっ子』を見て[3]
  • 日本将棋連盟のサイトでのコメント[4]によると、「得意戦法は特にない」としており、実際、奨励会では居飛車振り飛車も指していた。また、「序盤が弱点なのでさらに勉強したい」と語っている。
  • 将棋界では郷田真隆と並ぶプロレスファンとして知られる[5]。棋士にならなかったら「アメリカのWWEの警備員になっていた」と語るほど思い入れが強い[6]
  • 2017年10月27日、第3期叡王戦六段予選を勝ち上がって本戦出場が決まり、感想戦後のインタビューでユーザーからのコメント質問に答える形で、広島東洋カープファンであることを明らかにした。同時に、25日に決着したクライマックスシリーズファイナルステージ横浜に大逆転敗退を喫してしまったことを非常に悔しがっており、シリーズ制度の改革を訴えた。

昇段履歴[編集]

昇段規定は、将棋の段級 を参照。

主な成績[編集]

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

脚注[編集]

  1. ^ 紅組・白組各6人に分かれて行われる王位リーグは、成績上位者各2名しか残留できず、残留の難度が極めて高いとされている。
  2. ^ 奇しくも、上述大石も同様に9回戦でC級1組への昇級を決め、同門である澤田と大石の同時昇級は2回目となった。
  3. ^ 澤田真吾・大石直嗣 新四段誕生のお知らせ”. 日本将棋連盟 (2009年3月6日). 2016年6月17日閲覧。
  4. ^ 新四段誕生のお知らせ(日本将棋連盟)
  5. ^ 郷田棋王か澤田四段か 将棋界でプロレス世代闘争はじまる!? - 多重ロマンチック・2012年5月12日
  6. ^ 20連勝へ藤井四段 「フィーバー」で品薄 - FNN・2017年6月2日

関連項目[編集]

外部リンク[編集]