北浜健介

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動先: 案内検索
 北浜健介 八段
名前 北浜健介
生年月日 (1975-12-28) 1975年12月28日(41歳)
プロ入り年月日 1994年4月1日(18歳)
棋士番号 211
出身地 神奈川県海老名市
師匠 佐伯昌優
段位 八段
戦績
2014年4月15日現在

北浜 健介(きたはま けんすけ、1975年12月28日 - )は、将棋棋士。棋士番号211。神奈川県海老名市出身。佐伯昌優九段門下。

棋歴[編集]

6歳の頃に父親が棋書を買ってきたのが、将棋を覚えたきっかけである[1]。1987年、小学6年(予選時は小学5年)のとき、第12回小学生将棋名人戦で準優勝(決勝で田村康介に敗れる)。翌年の秋から奨励会で指し始める。

1994年、18歳でプロデビュー。当時、現役棋士の中で最年少であった。

プロ1年目のとき、第13回全日本プロ将棋トーナメントで、佐藤康光森下卓らを破ってベスト4に進出。

初参加の順位戦(第53期・1994年度C級2組順位戦)は4勝6敗に終わったが、次期に10戦全勝してC級1組へと昇級を果たす。C級1組でも、初年度は2勝8敗と低迷し降級点を喫するが、翌年の第56期では8勝2敗の好成績を収め、B級2組へ昇級。これらのことから、当時は「2年目の北浜」と呼ばれた。早い出世のため、C級1組以上では依然として最年少であり、また、B級以上で北浜に次ぐ低年齢は、5、6歳年上の「羽生世代」であった。

早指し新鋭戦で、2度の準優勝がある。第18回(1999年)の決勝で深浦康市に敗れ、第21回(2002年)の決勝では山崎隆之に敗れた。

また、第31回(2000年度)新人王戦でも準優勝(決勝三番勝負で山崎隆之に1勝2敗で敗れる)。

2002年度の第61期B級2組順位戦で8勝2敗の成績を挙げ、B級1組に昇級(そのとき、竜王戦ではまだ5組で低迷していた)。

第46期(2005年度)王位戦でリーグ入りし、谷川浩司先崎学に勝利したが、リーグ残留はできなかった。

前述の通り、竜王戦では長らく苦戦していたが、第20期(2007年度)で4組3位、第21期で3組3位となり、2年連続昇級で2組入りした。

順位戦B級1組には6期連続在籍していたが、2008年度は成績不振で、最終局1局を残した状態でB級2組への降級が決まってしまった。しかし、最終局の対・森下卓戦では、終盤で解説者(ネット中継)を驚嘆させる見事な寄せを披露して4勝目を挙げ、意地を見せた(その結果、森下が共に降級となった)。

元々関西が好きで、以前から住んでみたいと考えていたが、2014年、対戦相手や研究会のメンバーを大きく変えたいとの理由で関西への移籍を実現した。

棋風[編集]

居飛車党である。

柔和な外見・語り口とは異なり切れ味の鋭い棋風で、横歩取りなど、激しい攻め合いの将棋を選ぶことが多い。 その一方で、裏芸としてゴキゲン中飛車も得意としている。

人物[編集]

詰将棋[編集]

  • 詰将棋作家としても知られる。中手数の制作を得意とするが、短手数の『脳トレ○手詰』はシリーズ化されている(監修を除けば、年齢が最も若いプロ棋士による詰将棋作品集となっている)。また、『将棋世界』誌における詰将棋サロンの選者を務めた実績も持つ。その他、BSプレミアム『将棋列伝』、早水千紗女流三段とともに『魅惑の詰将棋』などの司会も担当するなど、詰将棋の普及、啓蒙に精力的である。
  • また、詰将棋を解くのも得意であり、2007年5月5日に開催された第4回詰将棋解答選手権で優勝した(2位谷川浩司、3位広瀬章人)。しかし、子供の頃は詰将棋を解くのが苦手だったといい、得意となったのは奨励会時代に、詰将棋に打ち込んでからだという(前述『魅惑の詰将棋』による本人の発言)。

その他[編集]

  • 早稲田大学社会科学部卒。プロ棋士としての生活と学業を両立した。
  • 将棋ニュースプラス内の企画の「激突! 目隠し10秒将棋II」で優勝。その後2007年1月26日配信の鈴木環那との目隠しエキシビジョンマッチでは、開始早々から鈴木が目隠しを外すルール破りをし、更に解説の豊川孝弘が近くで大声で解説して北浜の思考力を鈍らせるという圧倒的不利な状況にも関わらず、見事勝利してみせた。
  • 趣味は競馬観戦であり、かなり精通している[1]

珍記録[編集]

上述の通り、北浜は、特に順位戦において好不調の波が顕著な傾向にあり、それゆえに、他の棋士が達成できないような珍しい記録も保持している。以下に北浜の珍記録を挙げる(いずれも達成したのは2013年3月現在で北浜のみである)。

  • C級1組で降級点を取得して、それを抹消[2]することなくB級2組に昇級。
  • B級2組以下で降級点取得を経験しながら、B級1組に初昇級[3]

昇段履歴[編集]

昇段規定は、将棋の段級 を参照。

  • 1988年9月 6級 = 奨励会入会
  • 1992年 初段
  • 1994年4月1日 四段 = プロ入り
  • 1996年4月1日 五段(順位戦C級1組昇級)
  • 1998年4月1日 六段(順位戦B級2組昇級)
  • 2003年4月1日 七段(順位戦B級1組昇級)
  • 2013年3月7日 八段(勝数規定)

主な成績[編集]

在籍クラス[編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

その他[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b 将棋世界2000年1月号付録
  2. ^ C級1組で降級点を取得した経験のある棋士が、後にB級2組に昇級したという意味では桜井昇土佐浩司に続き史上3人目だが、両者共に昇級の過程で降級点を抹消した。また、北浜の後に窪田義行も史上4人目となったが、やはり昇級の過程で降級点を抹消した。
  3. ^ 再昇級を含めれば、松田茂役(1974年度・第29期)・木村義徳(1978年度・第37期)も達成した。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]