詰将棋解答選手権

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詰将棋解答選手権(つめしょうぎかいとうせんしゅけん)は、若島正が委員長を務める実行委員会が主催する、詰将棋の解答の正確さと速さを競う大会である。チェス・プロブレムの世界解答選手権大会を参考にして始められた。2004年から毎年行われ、2008年からは朝日新聞社が協賛している。チャンピオン戦、一般戦、初級戦に分かれ、チャンピオン戦には多くのプロ将棋棋士が出場している。出題作品の公募も行われている。

ルール[編集]

1ラウンドと2ラウンドに分かれ、両ラウンドとも39手詰以内の問題が5問ずつ出題される(2014年の第11回大会までは1ラウンドは19手詰以下が6題、2ラウンドは21手詰以上が4題出題された)。いずれも制限時間は90分であるが、解答を完了した際は途中退室できる。
部分点が設けられ、獲得した得点で順位が決められる。同点の場合は解答時間の短い者=より早くに途中退室した者が上位となる。

将棋盤と将棋駒が各自の席に用意されており、盤上で駒を動かしながら解答することが認められている。ただし、棋士と奨励会員は、将棋盤と駒を使わずに解答するという不文律がある。

チャンピオン戦の結果[編集]

開催日 開催回 優勝 2位 3位
2004年2月22日 第1回 宮田敦史四段 東野徹男アマ 上野裕和四段
2005年3月6日 第2回 宮田敦史五段 柳田明アマ 神谷崇アマ
2006年3月21日 第3回 宮田敦史五段 篠田正人アマ 上野裕和四段
2007年5月5日 第4回 北浜健介七段 谷川浩司九段 広瀬章人五段
2008年5月5日 第5回 宮田敦史五段 黒川智記4級 北浜健介七段
2009年3月29日 第6回 宮田敦史五段 広瀬章人五段 斎藤慎太郎三段
2010年3月22日 第7回 船江恒平三段 井上徹也アマ 広瀬章人五段
2011年3月27日 第8回[1] 東京 井上徹也アマ 中村太地五段 広瀬章人王位
大阪 斎藤慎太郎三段 船江恒平四段 長谷治彦アマ
2012年3月25日 第9回 斎藤慎太郎三段[2] 黒川智記初段  竹中健一アマ
2013年3月31日 第10回 宮田敦史六段 山田康平アマ 折田翔吾三段

井上徹也アマ

2014年3月30日 第11回 若島正アマ[3]  竹中健一アマ 宮田敦史六段
2015年3月29日 第12回 藤井聡太二段[4] 山田康平アマ 宮田敦史六段
2016年3月27日 第13回 藤井聡太三段 黒川智記三段 若島正アマ
2017年3月26日 第14回 藤井聡太四段 池永天志三段 宮田敦史六段

段級位・肩書は大会当時のもの。段級位はプロ・奨励会に限り、アマは段級位に関係なくアマで統一。

初級戦・一般戦[編集]

第2回より一般戦が、第3回より初級戦が設けられた。これはよりいろんなレベルの人に解いてもらおうという若島の配慮があったが、初級戦でも全問正解するには有段の実力が必要と言われている。
手数・出題数・制限時間は回によって異なるが、2009年の第6回では初級戦が3~5手詰6問を45分、一般戦は7~17手詰6問を90分の制限時間で解いた。

開催地[編集]

第1回 - 第3回は東京のみの開催だったが、第4回からは大阪でも開催している。第6回では初級戦と一般戦のみ全国展開が行われた(チャンピオン戦は従来通り東京と大阪の2か所のみ)。

参加人数[編集]

開催地の増加に伴い、参加人数は年々増加の一途をたどっている。[5][6][7]

  • 第1回 チャンピオン戦[8]28人
  • 第2回 チャンピオン戦13人 一般戦16人
  • 第3回 チャンピオン戦22人 一般戦17人 初級戦8人
  • 第4回 チャンピオン戦27人 一般戦9人 初級戦11人
  • 第5回 チャンピオン戦31人 一般戦25人 初級戦28人
  • 第6回 チャンピオン戦42人 一般戦153人 初級戦178人
  • 第7回 チャンピオン戦60人 一般戦226人 初級戦303人

脚注[編集]

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  1. ^ 第8回大会は東日本大震災の余震が残る状況で開催され、東西で同条件とは見なせないため、成績は東西別で集計された。【重要】大地震による開催内容変更のお知らせ
  2. ^ 大会時にはすでに4月1日付で四段昇段が決定していた。
  3. ^ 若島は前年まで委員長を務め、選手としては初参加。
  4. ^ 初の小学生による優勝
  5. ^ 複数クラスに参加した人もいる。
  6. ^ 第6回詰将棋解答選手権 参加人数のご報告
  7. ^ 第7回詰将棋解答選手権 参加人数のご報告
  8. ^ 第1回は1クラスのみ開催だったため「チャンピオン戦」という名称はなかった。

外部リンク[編集]

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