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里見香奈

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 里見香奈 女流王座女流名人女流王位女流王将倉敷藤花
名前 里見香奈
生年月日 (1992-03-02) 1992年3月2日(24歳)
プロ入り年月日 2004年10月1日(12歳)
棋士番号 33
出身地 島根県出雲市
師匠 森雞二九段
永世称号 クィーン名人
クィーン王将
クィーン倉敷藤花
在位中タイトル 女流王座女流名人女流王位女流王将倉敷藤花
段位 女流五段(奨励会三段)
戦績
タイトル獲得合計 25期
女王1期
女流王座2期
女流名人7期
女流王位3期
女流王将5期
倉敷藤花7期
2016年11月25日現在

里見 香奈(さとみ かな、1992年3月2日 - )は、日本将棋連盟関西本部)所属の女流棋士女流棋士番号は33。島根県出雲市出身。森雞二九段門下。島根県立大社高等学校卒。キャッチフレーズは「出雲のイナズマ」。

棋歴

女流プロになるまで

父と後に小学生将棋名人戦の県代表となる兄が将棋を指しているのに興味を持ち、5歳ごろから将棋を教わり、6歳で島根棋道会支部に通い始める[1]。5歳下の妹である里見咲紀も女流2級で、アマ時代は2010年度の第4期マイナビ女子オープンでチャレンジマッチを突破して予選進出を果たし[2]、2011年8月21日の第3回中学生女子名人戦で3位[3]

2002年、出雲市立高浜小学校5年生のときにアマ女王戦A級で優勝。本来は挑戦棋戦であるが、前アマ女王貞升南女流育成会Aクラスに入り出場資格がなくなったため、アマ女王にそのまま就位した。

2003年、第28回小学生将棋名人戦でベスト8に進出。女流アマ代表2人のうちのひとりとして、レディースオープン・トーナメント2003に出場するも、初戦で藤田綾に敗れる[4]。アマ女王戦では、挑戦者石内奈々絵に2連敗で失冠。

2003年後期(10月)に女流育成会入会。この期から育成会の制度が変わり、A級・B級の2部制から全育成会員との総当たりになったが、2期連続で1位の成績となり、出雲市立第三中学校1年生(12歳6か月、2004年10月当時、史上4番目の年少記録)で、2004年10月1日付で女流棋士(女流2級)となる資格を得る。2003年後期以降の制度での2期での育成会卒業は史上最短(理論上でも最短)。2007年9月現在、育成会の2003年後期以降の制度での2期抜けは里見と室田伊緒の2人のみ(旧制度では島井咲緒里も2期で通過している)で、里見は2003年後期以降の制度での2期とも1位で通過した唯一の女流棋士である。

女流プロ入り後

2004年10月1日付で女流2級としてプロ入り。

2005年度(2005年4月1日から2006年3月31日)に行われた第33期女流名人位戦予選を通過して、2006年度の第33期女流名人位戦B級リーグへの昇格を決める[5]。同じく2005年度に行われた第28期女流王将戦予選を勝ち抜いて本戦(トーナメント形式)入りし[6](第28期女流王将戦の本戦では、1回戦で鈴木環那女流1級に敗れる)、2005年度に、女流2級から女流1級への2つの昇級基準「女流名人位戦でB級リーグ昇格」ならびに「女流王将戦で本戦入り」を共に満たした。

2006年4月1日付で女流1級に昇級。同年、第2回きしろ杯争奪関西女流メイショウ戦で優勝し、優勝後の記念対局では、福崎文吾九段をあと一歩まで追い込む大健闘を見せたが、秒読みに追われて、7手詰めを見逃して敗れた。第33期女流名人位戦B級リーグで7勝2敗、頭ハネで2位の成績で、翌2007年度の第34期女流名人位戦A級リーグ昇格を決める。

同年、レディースオープン・トーナメント2006でトーナメントを勝ち上がり、2007年1月~2月に矢内理絵子女流名人[注釈 1]と決勝三番勝負を戦った。○●(里見から見た勝敗)のフルセットで迎えた第三局(2月22日)に敗れ、準優勝に留まったが、当時の女流初段への昇段基準「レディースオープン・トーナメント 準優勝」を満たし、2007年2月22日付で女流初段に昇段した[7]。本棋戦では、決勝三番勝負に進み、第1局で矢内を破った里見が史上最年少優勝記録を達成する可能性があったため[8]、大きな注目を集めた。『将棋世界』誌は当時の様子を「羽生七冠フィーバーに次ぐ盛り上がり」と記した。

同じく2007年、第29期女流王将戦で、予選を通過し、本戦で斎田晴子倉敷藤花、石橋幸緒女流四段、矢内女流名人とタイトルホルダー2人、タイトル経験者1人を立て続けに破って、タイトル戦の挑戦者決定戦に初めて進むが、清水市代女流王位に敗れ、千葉涼子女流王将への挑戦権を逃す。同年9月28日[9]、第15期倉敷藤花戦の挑戦者決定戦でも清水に敗れ、斎田倉敷藤花への挑戦権を逃す。

同年、一般棋戦公式戦に女性として史上最年少で出場する記録を作る(15歳、第37期新人王戦 U-26、2007年10月8日現在)。また、エキシビションで、持ち時間のハンデ(山崎は初手から持ち時間一手20秒、里見は持ち時間10分 切れたら一手30秒)はあったものの、山崎隆之七段を平手で破った(2007年3月31日、キラリっ娘ファンフェスタ'07 スペシャルマッチ)。11月11日、第1回世田谷花みず木女流オープン戦優勝(非公式戦)。

タイトル獲得

2008年9月29日、第16期倉敷藤花戦の挑戦者決定戦で甲斐智美女流二段を破り、初のタイトル挑戦を決め、「タイトル挑戦」の規定を満たし、2008年9月29日付で女流二段に昇段した[10]。清水倉敷藤花との三番勝負では、第1局(11月6日)第2局(11月23日)で連勝し、林葉直子中井広恵に続く史上3番目の若さの16歳8か月[11][注釈 2]初タイトルの倉敷藤花に輝き、「タイトル1期」の規定を満たして、翌2009年4月1日付で女流三段に昇段した[注釈 3]。連盟関西本部に所属する女流棋士のタイトル獲得は史上初であった。

2009年1月9日、第40期新人王戦で稲葉陽四段[注釈 4]を破り、「女流棋士が公式戦で男性棋士を破る史上最年少記録」を大幅に更新(16歳10か月)[注釈 5]。また、男性棋士との公式戦2戦目での勝利は、当時の最速記録である[注釈 6]。里見は、同年、『将棋世界』2009年10月号掲載の若手実力派の村山慈明五段との平手対局で勝利を収めている。

同年11月22日[14]、第17期倉敷藤花戦で中村真梨花女流二段の挑戦を退けてタイトル初防衛。

同年、第36期女流名人位戦A級リーグ戦にて7勝2敗の成績で千葉涼子女流三段、岩根忍女流二段と1位で並び、3人によるプレーオフの末、挑戦権を得る(12月10日)[15]。清水女流名人との五番勝負では清水に第1局(1月24日)、第2局(1月31日)、第3局(2月10日)までで3連勝し、史上3番目の若さ(17歳11か月)で女流名人を奪取し[16]、十代では史上2人目、林葉直子(15歳0か月)に次ぐ若さで女流二冠となり[16]、「タイトル3期」(女流名人1期、倉敷藤花2期)の規定を満たし、2010年2月12日付で女流四段に昇段[注釈 7]。同年、第60回NHK杯将棋トーナメントに初出場。初戦で小林裕士六段に敗れる。一方、『将棋世界』2010年10月号掲載の「里見香奈 試練の三番勝負!」で橋本崇載七段に勝利した。

同年9月30日[17]、第32期霧島酒造杯女流王将戦の挑戦者決定戦で上田初美女流二段を下して挑戦権を得る。清水女流王将との三番勝負では、10月28日に行われた第2局、第3局を連勝したことで2勝1敗と勝ち越し、女流王将を奪取し、18歳7ヶ月で、史上3人目・史上最年少の女流三冠となる。それまでの女流三冠最年少記録は、1994年に清水が達成した26歳0か月であった[18][19]。同年11月3日[20]、第18期倉敷藤花戦で岩根女流二段の挑戦を退け3連覇。

奨励会員

2011年2月15日、第37期女流名人位戦で清水女流六段の挑戦を退け2連覇。同年3月20日、第4回大和証券杯ネット将棋・女流最強戦の決勝戦で中井女流六段に敗れ準優勝。同年、第22期女流王位戦で白組優勝(5戦全勝)するも、4月1日の挑戦者決定戦で紅組優勝の清水女流六段に敗れ、甲斐智美女流王位への挑戦権を逃す。

同年5月に奨励会「編入」試験を受験した[注釈 8]。初戦で加藤桃子奨励会2級に敗れたが、残る2局で連勝し、5月21日に奨励会1級での奨励会入会を決めた[22] 。これに伴い、女流枠での男性参加棋戦への出場はできなくなった[注釈 9]

同年10月18日、第33期女流王将戦で石橋女流四段の挑戦を退け初防衛。この結果、「タイトル通算7期」(女流名人2期、女流王将2期、倉敷藤花3期)の規定を満たし、2011年10月18日付で女流五段へ昇段。19歳7か月での女流五段は史上最年少[25]。同年11月27日[26]、第19期倉敷藤花戦で清水女流六段の挑戦を退け4連覇。

2012年1月7日の関西奨励会の例会で、「12勝4敗」の、1級から初段への昇段規定を満たし、奨励会初段に昇段した。初段となった女性奨励会員は、現行規定では里見が最初である。女性初の奨励会初段を達成した里見には、報奨金(100万円)が贈呈された。[27]

2012年2月15日、第38期女流名人位戦で清水女流六段の挑戦を退け3連覇。十代女流棋士の女流名人3連覇は、林葉直子が1982年度~1984年度に達成して以来、史上2人目、30年ぶりの記録[28]

同年3月20日、地元の島根県出雲市で、里見の後援会が発足し、出雲市役所内のホールで設立総会を開いた。発足時の会員は、地元将棋ファンや、里見の母校・島根県立大社高等学校OBら279人。後援会事務所は日本将棋連盟出雲市役所支部に置かれる。[29]

女流四冠とクィーン称号獲得

同年の第23期女流王位戦で挑戦権を得る。甲斐女流王位との五番勝負で、4月26日の第1局、5月8日の第2局、5月23日の第3局を3連勝して女流王位を奪取し、20歳2か月で、清水市代に次いで史上2人目・史上最年少の女流四冠となる。それまでの女流四冠最年少記録は、1996年に清水が達成した27歳5か月であった。[30]

同年9月3日、第2期女流王座戦の挑戦者決定戦で本田小百合女流二段に敗れ、加藤桃子女流王座(奨励会1級)への挑戦権を逃す。

同年10月12日、第34期女流王将戦で中村真梨花女流二段を2-1で退けタイトルを防衛した。

同年11月23日、第20期倉敷藤花戦で矢内理絵子女流四段を2連勝で退け、5連覇。通算5期獲得によりクィーン倉敷藤花の称号を得た。

2013年2月27日、第39期女流名人位戦で上田初美女王を退け、4連覇。里見の防衛戦としては初となるタイトルホルダー同士の戦いは、五番勝負の最終局までもつれ込む好勝負となった。タイトルを防衛した第5局は、女流棋戦としては初めて将棋大賞の名局賞特別賞を授与された。

史上初の女流五冠と奨励会三段昇段

同年3月4日、第6期マイナビ女子オープン挑戦者決定戦に勝利し、上田初美女王への挑戦権を得た。直前の女流名人位戦と同じく上田-里見対決となったマイナビ女子オープン五番勝負は、4月3日の第1局、4月16日の第2局、5月1日の第3局を3連勝して女王を奪取。史上初の女流五冠になった[31][32]

同年6月17日、第24期女流王位戦第5局で挑戦者の甲斐智美女流四段に敗れ、女流王位を失い、女流四冠に後退した。これまで初のタイトル挑戦から一度も敗退することなく14度奪取・防衛が続いていたものの、ここで連続が途絶えた[注釈 10]

同年10月23日に女流王将を香川愛生に、同年11月24日に倉敷藤花を甲斐智美に奪われ、女流二冠に後退。しかしその後の同年12月13日、女流王座戦第4局にて加藤桃子から女流王座を奪取して女流三冠に復帰すると同時に、女流タイトルが6つとなってから初めて「6タイトルすべてに在位を経験」を達成した女流棋士となった。

2014年2月9日、第40期女流名人位戦で中村真梨花女流二段を3連勝で退け、5連覇。通算5期獲得によりクィーン名人の称号を得た。

奨励会員としては、2013年7月29日の関西奨励会例会にて昇段規定(12勝4敗)を満たし、女性初の奨励会二段に昇段した[33][34]。さらに同年12月23日、関西奨励会例会にて昇段規定(12勝4敗)を満たし、奨励会三段に昇段[35]。自身の持つ女性の最高段級位を更新した。2014年4月から始まる第55回奨励会三段リーグに、女性として初めて参加することとなった。

休場と復帰、三段リーグ参戦

2014年2月14日、女流王位戦挑戦者決定リーグ4回戦(対中村桃子女流初段)を体調不良で不戦敗となる。2月27日、体調不良を理由に3月1日~8月31日までの半年間の休場届が将棋連盟役員会に受理された。これにより第55回奨励会三段リーグは休場となった。また女流棋戦は、第7期マイナビ女子オープンの防衛戦のみ限定出場し、すでに3勝をあげリーグ残留が決定している第25期女流王位戦挑戦者決定リーグの残り1局(清水とのリーグ戦優勝決定戦となるはずだった対局)と、第36期女流王将戦および第22期倉敷藤花戦は出場しないこととなった[36][37]

限定出場となった第7期マイナビ女子オープンでは、挑戦者の加藤桃子に1勝3敗で敗れ、再び女流二冠に後退した。

同年8月29日には、引き続き9月1日~12月31日までの4か月間の休場届が役員会に受理された。休場延長に伴い在位中であった女流王座は、挑戦者決定戦に進出していた加藤桃子女王と西山朋佳奨励会初段による第4期女流王座戦5番勝負が行われることとなり失冠、第26期女流王位戦挑戦者決定リーグは、休場中の対局が不戦敗扱いとなった。また第56回奨励会三段リーグも引き続き休場した[38][39]

同年11月、翌2015年1月より女流棋戦に復帰する旨を発表。第57期奨励会三段リーグは引き続き休場する[40]

2015年1月8日、第26期女流王位戦挑戦者決定リーグ戦(対中井広恵女流六段)にて女流棋戦に復帰。同年2月8日、第41期女流名人戦(対清水市代女流六段)を3連勝で防衛し、同棋戦史上初の6連覇を達成した。また同年5月27日、第26期女流王位戦で甲斐智美に3連勝し、3期ぶりに女流王位を奪取した。

同年8月1日、マイナビ女子オープン一斉予選第1局で、中井の持つ公式女流棋戦最多連勝記録に並ぶ19連勝を達成、同日行われた第2局も勝利し、最多連勝記録を更新[41]。(その後も1勝を追加したが、9月1日の女流王座戦本戦で伊藤沙恵女流初段に敗れ、連勝記録は21勝となった。)

同年8月25日、第58回奨励会三段リーグに参戦する旨が発表された[42]。同リーグは10月3日にスタートしたが、女流王将戦第1局と日程が重なったため、里見の対局のみ10月12日に延期となった。11月3日の午前対局で勝ち、リーグ3戦目で女性初の三段リーグ勝利をあげた。

同年10月13日、第37期女流王将戦を2連勝し、香川愛生から女流王将を奪還。また11月23日には第23期倉敷藤花戦を2連勝し、甲斐智美から倉敷藤花を奪還、2期ぶりに女流四冠に返り咲いた。同時に女流タイトルの獲得数は中井を抜き、単独2位の通算20期となった。

第6期女流王座戦終了時点で、タイトル登場回数29回/奪取・防衛25回。タイトル戦での戦績は68勝20敗(勝率.773)。

棋風

攻めの棋風と高い終盤力から『出雲のイナズマ』との異名を持つ。得意戦法は中飛車で、力戦調の中飛車からゴキゲン中飛車まで指しこなし、相振り飛車も得意にしている。また奨励会入会後は新戦法の開拓にも着手しており、より曲線的な差し回しや、居飛車を採用することも増えている[要出典]

人物

  • 幼少時に高橋和から受けた「毎日詰将棋を解くとよい」とのアドバイスを、女流プロとなった現在でも実践している[43]。これが終盤力につながっていると考えられるが、反面、序中盤は得意ではなく、自身のブログでも「序盤は悪くなったが、最後に逆転できた」と述べることが多い。
  • 対局時に青いタオルを持参していた。アマチュア時代は首にかけていたが、女流育成会への入会以降は、膝の上に置くようになった[44]。2011年頃から、対局時に青いタオルを持たなくなった。
  • 対局時には、最初から最後までメガネをかけて臨む。
  • 中学時代、週刊少年ジャンプ連載マンガ「ろくでなしBLUES」を愛読していた[45]
  • 好きな食べ物・飲み物・お菓子はすきやき・フルーツ牛乳・シュークリームで、逆に食べられないものはピーマン[46]
  • 父親の影響で劇画空手バカ一代』を愛読しだしたことで、空手道キックボクシングで一時代を築いた山崎照朝の熱狂的ファンになり、20歳で女流王位獲得した里見は山崎と念願の対面を果たした[47]
  • 里見咲紀は実妹。

ブログ

  • キラリっ娘のそよ風日記」(キラリっこのそよかぜにっき)というタイトルで、2010年5月15日まで4年間ブログを公開していた[48]。執筆者は里見のほか、関西将棋連盟所属の女流棋士である井道千尋(後に東京に移籍)、室田伊緒の3人での共同執筆。
  • 村田智穂と岩根忍の「お気楽コンビ」が活動を休止し、2006年5月にこれを引き継ぐ形で3人によるブログが開始された(同年4月の「お気楽コンビ」ラストライブでゲスト出演した里見と室田が、活動を引き継ぐと発表している)。
  • 里見、井道、室田の3人とも、大阪から離れた地域に住んでおり、ブログの開始時点では中学・高校に在学中という共通点があり、若い世代がどのように将棋に取り組んでいるのかが見られるブログとなっている。
  • ブログ名は活動発表後に公募され、いくつかの案を合体させてこの名称になった。また、共同執筆の3人を「キラリっ娘」と呼ぶことも多い。
  • 上記の通り2010年5月15日で共同ブログの更新を終了。その後里見はKana Log オフィシャルブログを開設してブログ執筆を続けていたが、同年10月に更新を停止。その後は、駒桜(日本将棋連盟女流棋士会によるファンクラブ)でブログを続けている。

昇段・昇級履歴

女流

昇段・昇級規定は、将棋の段級 を参照。

  • 2003年10月 - 女流育成会入会
  • 2004年10月1日 - 女流2級 = 女流プロ入り
  • 2006年4月1日 - 女流1級(女流名人位戦B級入り・女流王将戦本戦入り)
  • 2007年2月22日 - 女流初段(レディースオープン・トーナメント準優勝)
  • 2008年9月29日 - 女流二段(タイトル挑戦 = 第16期倉敷藤花挑戦)
  • 2009年4月1日 - 女流三段(タイトル1期 = 第16期倉敷藤花獲得)
  • 2010年2月10日 - 女流四段(タイトル3期 = 第36期女流名人獲得)
  • 2011年10月18日 - 女流五段(タイトル7期 = 第33期女流王将獲得)

奨励会

  • 2011年5月21日 - 1級 = 奨励会入会
  • 2012年1月7日 - 初段(12勝4敗)
  • 2013年7月29日 - 二段(12勝4敗)
  • 2013年12月23日 - 三段(12勝3敗)

タイトル・受賞歴

色付きは現在在位。

詳細は末尾の年表 を参照。 他の女流棋士との比較は、棋戦 (将棋)#女流タイトル 、および、将棋のタイトル在位者一覧 (女流棋戦) を参照。

タイトル 番勝負 獲得年度 登場 獲得期数 連覇 永世称号資格
女王 五番勝負
4-5月
13(第6期) 2 1期
女流王座 五番勝負
10-12月
13(第3期), 16 2 2期
女流名人 五番勝負
1-2月
09(第36期)-15 7 7期 7
(歴代1位)
クィーン名人
女流王位 五番勝負
4-6月
12(第23期), 15-16 4 3期 2
女流王将 三番勝負
10月
10(第32期)-12, 15-16 6 5期 3
(歴代2位タイ)
クィーン王将
倉敷藤花 三番勝負
11月
08(第16期)-12, 15-16 8 7期
(歴代2位)
5
(歴代2位)
クィーン倉敷藤花
登場回数合計29回、 獲得合計25期 = 歴代2位
(番勝負終了前は除く。最新は2016年11月25日の女流王座奪取)

受賞歴

将棋大賞は末尾の年表を参照。

  • 第15回(2006年度) - 関西囲碁将棋記者クラブ賞(関西将棋界での女性の受賞は初めて)
  • 2007年3月 - 島根県文化活動特別奨励賞
  • 2007年 - 女流王将戦 中戸賞奨励賞(2007年・2008年の女流王将戦で、女流王将獲得者以外の活躍者1名に与えられた賞)
  • 2010年3月 - 島根県功労者表彰
  • 第20回(2011年度) - 関西囲碁将棋記者クラブ賞(2回目)[49]
  • 第21回(2012年度) - 関西囲碁将棋記者クラブ賞(3回目)
  • 2013年 関西元気文化圏賞[50]
  • 第22回(2013年度) - 関西囲碁将棋記者クラブ賞(4回目)

年表

  • 表の中の氏名は対局相手。
  • 色付きのマス目は獲得(奪取または防衛)。色付き以外のマス目は敗退。
年度 タイトル その他優勝 将棋大賞 備考
女王
4-5月
女流王位
4-6月
女流王将
10月
女流王座
10-12月
倉敷藤花
11月
女流名人
1-2月
2004年度 <第15期>
<第26期>
<第12期>
<第31期>
・女流プロ入り(女流2級)
2005年度
2006年度 女流棋士賞
2007年度
2008年度 <第1期>
○○
清水市代
女流棋士賞
2009年度 ○○
中村真梨花
○○○
清水市代
最優秀女流棋士賞 ・女流二冠( = 女流名人位戦)
2010年度 ●○○
清水市代
●○○
岩根忍
○○○
清水市代
最優秀女流棋士賞 ・史上最年少 女流三冠( = 女流王将戦)
2011年度 ○○
石橋幸緒
<第1期>
○○
清水市代
●○○○
清水市代
最優秀女流棋士賞 ・奨励会1級編入
・奨励会初段昇段(女性では現行制度初)
2012年度 ○○○
甲斐智美
●○○
中村真梨花
○○
矢内理絵子
○●○●○
上田初美
最優秀女流棋士賞
名局賞特別賞
・史上最年少 女流四冠( = 女流王位戦)
・クィーン倉敷藤花
2013年度 ○○○
上田初美
○●○●●
甲斐智美
●○●
香川愛生
●○○○
加藤桃子
○●●
甲斐智美
○○○
中村真梨花
最優秀女流棋士賞 ・初の女流五冠( = 女王)
・自身初のタイトル失冠( = 女流王位)
・クィーン名人
2014年度 ●○●●
加藤桃子
(休場により
失冠)
○○○
清水市代
・4月~12月休場
2015年度 ○○○
甲斐智美
○○
香川愛生
○○
甲斐智美
●○○●○
清水市代
最優秀女流棋士賞 ・女流棋戦最多連勝更新(21連勝)
2016年度 ○○○
岩根忍
○○
香川愛生
○○○
加藤桃子
●○○
室谷由紀
・クィーン王将
年度 女王
4-5月
女流王位
4-6月
女流王将
10月
女流王座
10-12月
倉敷藤花
11月
女流名人
1-2月
その他優勝 将棋大賞 備考
合計 登場2回
獲得1
登場4回
獲得3
登場6回
獲得5
登場2回
獲得2
登場8回
獲得7
登場7回
獲得7
     
タイトル戦登場29回、獲得合計25期(歴代2位)

著書

  • 共著『イナズマ流次の一手200題』日東書院本社、2009年
  • フォトエッセー『好きな道なら楽しく歩け』双葉社、2010年
  • 監修『いちばん勝てる将棋の本』日東書院本社、2010年

メディア

脚注

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注釈

  1. ^ 女流名人位戦は、2007年1月当時は、最高序列の女流タイトル戦であった。2006年2月に女流名人を奪取した矢内理絵子は、女流棋界のトップに立っていた。矢内理絵子#略歴を参照。
  2. ^ 女流タイトル獲得年少記録は、第1位が林葉直子(1968年1月24日生まれ、女流王将を1982年4月27日に獲得、14歳3ヶ月)、第2位が中井広恵(1969年6月24日生まれ、女流名人を1986年1月20日に獲得、16歳6ヶ月)、第3位が里見香奈(1992年3月2日生まれ、倉敷藤花を2008年11月23日に獲得、16歳8ヶ月)[11]、第4位が加藤桃子(1995年3月9日生まれ、女流王座を2011年12月12日に獲得、16歳9ヶ月)[12]。【2012年2月6日現在】
  3. ^ 里見は、2008年9月29日付で、「タイトル挑戦」の規定を満たして女流二段に昇段していた。里見は、同年11月23日に第16期倉敷藤花を獲得して女流三段の規定を満たしたが、当時の昇段規定では、「同年度(4月1日-翌年3月31日)に2回以上の昇段・昇級」は認められなかったため(将棋の段級#女流棋士を参照)、里見は翌2009年度の初日である2009年4月1日付で女流三段となった。[13]
  4. ^ 稲葉四段は2008年4月にデビューしたばかりで、里見に負ける前日の2009年1月8日までの2008年度(2008年4月-)は24勝(全棋士中4位)、勝率.750の快進撃をしていた。
  5. ^ 里見が更新する前の最年少記録は、石橋幸緒の23歳1か月。
  6. ^ その後、岩根忍が2009年7月8日に対男性棋士公式戦「初戦」で勝利して、最速記録を更新している。
  7. ^ 女流四段昇段時の年齢は、里見は17歳11か月、中井広恵は19歳、清水市代は23歳。ただし、現行の昇段規定になる前に、林葉直子が15歳で「タイトル3期(現行規定であれば女流四段に昇段)」を達成した事例がある。
  8. ^ 連盟は、里見が奨励会を受験した際の対外発表で、「日本将棋連盟 2011年4月23日 『里見香奈女流名人・女流王将・倉敷藤花が奨励会1級編入試験を受験』」、「日本将棋連盟 2011年5月21日 『里見香奈女流名人・女流王将・倉敷藤花、奨励会1級編入試験に合格』」と「奨励会『編入』」という表現を用いている。しかし、2011年4月現在で19歳1か月だった里見が、奨励会『入会』試験を級位者(最高で1級)として受験するのは、日本将棋連盟 『奨励会』の規定「級位(師匠推薦あり)の受験資格:満19歳以下(当年8月末日)で、日本将棋連盟正会員から奨励会受験の推薦を得た者」に沿っている。奨励会に1級で入会した例は里見の前から存在し、プロ棋士への昇格を果たした者では、櫛田陽一六段(1983年(昭和58年)に18歳<または19歳>で1級にて奨励会入会、1987年(昭和62年)3月に22歳で四段に昇段[21])の例がある。里見の入会試験が規定から外れている(特例である)のは、規定で「試験日:級位者は、毎年1回、8月に3日間」となっているのを、里見については実施時期を変えて「4月~5月」に実施した、ということのみである。
  9. ^ 里見が編入試験を受験する以前は、奨励会と女流棋士の重籍(掛け持ち)は認められず、奨励会員となった女流棋士は女流棋戦にも出場できなかったが、里見に関しては受験発表時に重籍が認められていた[23]。また、合格後の2011年5月26日に、日本将棋連盟から女性奨励会員の女流棋戦出場が公式に認められた[24]
  10. ^ 9期目のタイトルを獲得した際に、登場したタイトル戦の全てで奪取・防衛を果たしていること、タイトル戦で9割近い勝率を上げていることが報じられた[28]

出典

  1. ^ リレーエッセーその68 大好きな将棋
  2. ^ 第4期マイナビ女子オープン 一斉予選組合わせ表
  3. ^ 47News 山陰中央新報 2011年8月21日 『里見咲紀さん3位 中学生女子名人戦』(Web魚拓)
  4. ^ 日本将棋連盟 『レディースオープン・トーナメント 2003 予選』
  5. ^ 日本将棋連盟 『第33期アルゼ杯女流名人位戦( 2006-2007年)予選』
  6. ^ 日本将棋連盟 『第28期女流王将戦 予選』
  7. ^ 週刊将棋Online-レディースオープン・トーナメント2006 『矢内が2回目の優勝、里見は初段に レディース決勝第3局』
  8. ^ レディースオープン・トーナメント2006中継サイト 2007年1月25日 『決勝三番勝負第2局直前』
  9. ^ LPSA 『第15期大山名人杯倉敷藤花戦』
  10. ^ 日本将棋連盟 2008年9月29日 『里見香奈女流初段が女流二段に昇段(2008年9月29日付)』
  11. ^ a b 2008年11月23日 47News 共同通信社『16歳里見香奈が将棋初タイトル 清水下し倉敷藤花に』(Web魚拓)
  12. ^ 『将棋世界』 2012年2月号、258頁
  13. ^ 日本将棋連盟 2009年4月1日 『2009年4月1日付昇段・昇級者』
  14. ^ LPSA 『第17期大山名人杯倉敷藤花戦』
  15. ^ LPSA 『第36期ユニバーサル杯女流名人位戦』
  16. ^ a b 日本将棋連盟 2010年2月12日 『里見香奈が女流名人位を奪取』
  17. ^ 囲碁・将棋チャンネル 『女流王将戦-第32期』
  18. ^ 47News 山陰中央新報 2010年10月29日 『里見香奈さんが最年少女流三冠』(Web魚拓)
  19. ^ 山陰中央新報 2010年10月29日付 1面記事 『18歳・里見 最年少3冠 女流記録を大幅更新』。
  20. ^ LPSA 『11/3(祝)第18期大山名人杯倉敷藤花戦・3番勝負第3局』
  21. ^ 「将棋順位戦データベース- 『棋士番号181 六段 櫛田陽一』 」
  22. ^ 日本将棋連盟 2011年5月21日 『里見香奈女流名人・女流王将・倉敷藤花、奨励会1級編入試験に合格』
  23. ^ 日本将棋連盟 2011年4月23日 『里見香奈女流名人・女流王将・倉敷藤花が奨励会1級編入試験を受験』
  24. ^ 日本将棋連盟 2011年5月27日 『奨励会と女流棋士の重籍に関する件」について』
  25. ^ 日本将棋連盟 2011年11月30日 『第33期霧島酒造杯女流王将戦表彰式の模様』 協賛の、霧島酒造株式会社 江夏順行代表取締役社長の挨拶 「(里見女流王将は)史上最速、最年少で女流五段に昇段され・・・」。「第33期 霧島酒造杯女流王将戦表彰式-"出雲"から"日本"のイナズマに」 『将棋世界』 2012年2月号、30-31頁にも同様の記載あり。
  26. ^ LPSA 『第19期大山名人杯倉敷藤花戦』
  27. ^ 日本将棋連盟 2012年1月7日 『里見香奈奨励会1級、初段に昇段!』
  28. ^ a b 「ユニバーサル杯第38期女流名人位戦五番勝負第4局-十代最後のタイトル戦/里見、会心の3連覇」 『将棋世界』 2012年4月号、90-96頁。
  29. ^ 読売新聞(島根県版) 2012年3月21日 『里見さんの後援会発足』(2012年3月21日閲覧)。
  30. ^ 日本将棋連盟 2012年5月24日 『里見香奈、史上2人目の女流四冠に!』
  31. ^ 史上初、女流五冠誕生
  32. ^ 将棋の里見香奈、史上初の女流五冠に(読売新聞)
  33. ^ 将棋の里見女流四冠、女性で初の二段に読売新聞2013年7月29日
  34. ^ 里見香奈4冠:奨励会二段に 女性としては史上初毎日新聞2013年7月30日
  35. ^ 将棋:里見香奈、三段昇段決める 女性初プロに近づく毎日新聞2013年12月23日
  36. ^ 里見女流三冠の休場のお知らせ
  37. ^ 里見女流名人、体調不良で半年間休場
  38. ^ 里見女流二冠、休場延長のお知らせ
  39. ^ 将棋の里見女流二冠、年内休場へ 体調不良で期間延長
  40. ^ 里見女流二冠の今後の対局について
  41. ^ 里見香奈女流名人・女流王位、連勝記録単独1位に
  42. ^ 里見香奈奨励会三段、三段リーグ参加について
  43. ^ 共同通信 2009年1月9日や山陰中央新報2010年2月11日など。
  44. ^ 関西将棋会館公式HP 『ブログ開設2周年記念 キラリっ娘インタビュー VOL.1』 2008年(平成20年)掲載より
  45. ^ 将棋世界 2011年2月号。
  46. ^ 関西将棋会館公式HP 『ブログ開設2周年記念 キラリっ娘インタビュー VOL.2』 2008年(平成20年)掲載より
  47. ^ 山崎照朝 (2012年9月14日). “女流棋士・里見さんは「空手バカ一代」好き「極真空手」通”. コラム 撃戦記. 中日スポーツ. 2013年1月2日閲覧。
  48. ^ キラリっ娘のそよ風日記 2010年5月15日 『4年間、ありがとうございました』
  49. ^ 第20回関西囲碁将棋記者クラブ賞(日本将棋連盟)
  50. ^ 里見女流四冠、「関西元気文化圏賞」受賞(日本将棋連盟)

関連項目

外部リンク