島根県立大社高等学校

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島根県立大社高等学校
Shimane Prefectural Taisha High School 2018-1-4.jpg
過去の名称 島根県簸川尋常中学校
島根県立第三中学校
島根県立杵築中学校
島根県立大社中学校
島根県立大社第一高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 [[ファイル:Template:Country flag alias DICK西成|border|25x20px|Template:Country alias DICK西成の旗|link=]] [[Template:Country alias DICK西成|Template:Country alias DICK西成]]
併合学校 島根県立大社第二高等学校
設立年月日 明治31年(1898年
共学・別学 男女共学
分校 佐田(2015年3月閉校)
課程 全日制課程
単位制・学年制 学年制
設置学科 普通科
体育科
学期 2学期制
高校コード 32116J
所在地 699-0722
島根県出雲市大社町北荒木1473番地

北緯35度22分50.7秒 東経132度42分7.5秒 / 北緯35.380750度 東経132.702083度 / 35.380750; 132.702083座標: 北緯35度22分50.7秒 東経132度42分7.5秒 / 北緯35.380750度 東経132.702083度 / 35.380750; 132.702083
外部リンク 公式サイト
公式サイト(佐田分校)
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島根県立大社高等学校(しまねけんりつ たいしゃこうとうがっこう, Shimane Prefectural Taisha High School)は、島根県出雲市大社町北荒木に所在する公立高等学校

概要[編集]

歴史
1898年明治31年)に開校した「島根県簸川[1]尋常中学校」(旧制中学校)を前身とする。数回の改称を経て1948年(昭和23年)の学制改革により、新制高等学校「島根県立大社第一高等学校」となる。翌1949年(昭和24年)に高等女学校を前身とする「島根県立大社第二高等学校」と統合され、現校名の「島根県立大社高等学校」となり、男女共学を開始した。2008年平成20年)に創立110周年を迎えた。
設置課程・学科
全日制課程 2学科
分校
佐田分校(さだ、所在地:〒693-0506 島根県出雲市佐田町反辺1938、地図
  • 全日制課程 普通科
校章
楠木氏旗印である菊水を変形させ、出雲大社の社章である六角形におさめ、中央に「高」の文字を置いている。
校歌
作詞は竹友藻風、作曲は下總皖一による。歌詞は2番まであり、校名は歌詞に登場しない。
同窓会
「いなさ会」と称している。

沿革[編集]

旧制中学校・新制高等学校(男子校)時代
  • 1898年(明治31年)- 「島根県簸川[1]尋常中学校」が設置される。
  • 1900年(明治33年)- 中学校令の改正により、「島根県立第三中学校」に改称(尋常が除かれる)[2]
  • 1902年(明治35年)- 杵築町(現・出雲市大社町)鹿城丘に移転[3]
  • 1907年(明治40年)- 「島根県立杵築[4]中学校」に改称。
  • 1926年大正15年)- 「島根県立大社中学校」に改称。
  • 1947年昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施、新制中学校の発足)
    • 旧制中学校の生徒募集を停止。
    • 新制中学校を併設し(名称:島根県立大社中学校併設中学校、以下・併設中学校)、旧制中学校1・2年修了者を新制中学校2・3年生として併設中学校に収容。
    • 併設中学校は経過措置としてあくまで暫定的に設置されたため、新たに生徒募集は行われず、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
    • 旧制中学校3・4年修了者はそのまま旧制中学校に在籍し、4・5年生となる(4年で卒業することもできた)。
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 新制高等学校島根県立大社第一高等学校」(男子校)が発足。
    • 旧制中学校卒業生(5年修了者)を新制高校3年生、旧制中学校4年修了者を新制高校2年生、併設中学校卒業生(3年修了者)を新制高校1年生として収容。
    • 併設中学校は新制高校に継承され(名称:島根県立大社第一高等学校併設中学校)、在校生が1946年(昭和21年)に旧制中学校へ入学した3年生のみとなる。
  • 1949年(昭和24年)3月31日 - 併設中学校を廃止(修業年限の旧制4~5年から新制3年への移行が完了)。
実業学校・高等女学校・新制高等学校(女子校)時代
  • 1920年(大正9年)- 「島根県簸川郡立杵築実業学校」が設置される。
  • 1926年(大正15年)- 「島根県立大社実業学校」に改称。
  • 1929年(昭和4年)- 「島根県立大社高等実業女学校」に改称。
  • 1936年(昭和11年)- 「島根県立大社高等家政女学校」に改称。
  • 1941年(昭和16年)4月1日 - 「島根県立大社高等女学校」に改称。
  • 1947年(昭和22年)4月1日- 学制改革(六・三制の実施、新制中学校の発足)
    • 高等女学校の生徒募集を停止。
    • 新制中学校を併設し(名称:島根県立大社高等女学校併設中学校、以下・併設中学校)、高等女学校1・2年修了者を新制中学校2・3年生として併設中学校に収容。
    • 併設中学校は経過措置としてあくまで暫定的に設置されたため、新たに生徒募集は行われず、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
    • 高等女学校3・4年修了者はそのまま旧制中学校に在籍し、4・5年生となる(4年で卒業することもできた)。
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 新制高等学校島根県立大社第二高等学校」(女子校)が発足。
    • 高等女学校卒業生(5年修了者)を新制高校3年生、高等女学校4年修了者を新制高校2年生、併設中学校卒業生(3年修了者)を新制高校1年生として収容。
    • 併設中学校は新制高校に継承され(名称:島根県立大社第二高等学校併設中学校)、在校生が1946年(昭和21年)に旧制中学校へ入学した3年生のみとなる。
  • 1949年(昭和24年)3月31日 - 併設中学校を廃止(修業年限の旧制4~5年から新制3年への移行が完了)。
新制高等学校(男女共学)
  • 1949年(昭和24年)4月1日 - 高校三原則に基づく島根県内の公立高校再編により、上記2校が統合され、「島根県立大社高等学校」(現校名)となる。
  • 1973年(昭和48年)4月1日 - 体育科を新設。
  • 1977年(昭和52年)- 碧雲寮が完成。
  • 1978年(昭和53年)- 浜山新体育館が完成。
  • 1980年(昭和55年)- 浜山新校舎へ移転を完了。
  • 1983年(昭和58年)4月1日 - 島根県立出雲農林高等学校から佐田分校が移管される。
  • 1998年(平成10年)- 創立100周年記念式典を挙行。有朋舘が完成。
  • 1999年(平成11年)- 島根県立大社中学校第44・45期卒業証書授与式を挙行。
  • 2009年(平成21年)- 弓道場が完成。
  • 2015年(平成27年)3月31日 - 佐田分校が閉校

学校行事[編集]

学園祭
「鹿城祭」(ろくじょうさい)

部活動[編集]

運動部
文化部

著名な出身者[編集]

アクセス[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b 読みは「ひかわ」。かつて存在した簸川郡を参照。
  2. ^ 第一中学校は島根県立松江北高等学校の前身、第二中学校は島根県立浜田高等学校の前身。
  3. ^ 沿革-島根県立大社高等学校”. 島根県立大社高等学校公式サイト. 2018年1月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2018年1月15日閲覧。
  4. ^ 読みは「きづき」。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]