浦野真彦

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 浦野真彦 八段
名前 浦野真彦
生年月日 (1964-03-14) 1964年3月14日(53歳)
プロ入り年月日 1983年10月19日(19歳)
棋士番号 162
出身地 大阪府
師匠 中井捨吉
段位 八段
戦績
2016年3月31日現在

浦野 真彦(うらの まさひこ、1964年3月14日-)は、将棋棋士棋士番号は162。大阪府出身。中井捨吉八段門下。

棋歴[ソースを編集]

初参加から3期目の順位戦第45期(1986年度)C級2組において10戦全勝し、C級1組へ昇級。第47期(1988年度)順位戦C級1組では8勝2敗の成績を収め、B級2組へ昇級。

1989年度、婚約発表直後に、第1回「IBM杯順位戦昇級者激突戦」(非公式戦)で優勝(決勝の相手は森下卓[1]

1995年度のB級2組順位戦で9勝1敗の成績を収め、B級1組に初昇級した。しかし、明くる1996年度のB級1組順位戦では、有吉道夫青野照市小林健二内藤國雄田丸昇とともに6名で5勝7敗の成績に並んで終え、B級1組初参加のためリーグ表で下位の浦野は1期でB級2組へ降級してしまうという不運を味わった。

その一方で、第9期(1996年度)竜王戦では3組で準優勝し、初の本戦出場を果たすとともに自己最高の2組へ昇級した。

第29期(2003年度)棋王戦で、屋敷伸之井上慶太らを破ってベスト4進出。準決勝で谷川浩司に敗れ、敗者復活戦では深浦康市に敗れて挑戦者決定戦進出はならなかった。次年度(第30期)はベスト16にシードされ、中川大輔から1勝を挙げてベスト8進出。しかし、準々決勝で森内俊之三冠王(竜王・名人・王将 = 当時)に敗れ、2年連続のシード権獲得を逸した。

2013年度には、第26期竜王戦5組の残留決定戦で中村亮介に敗れ6組に降級。更に2014年9月から10月に亘り体調を崩し入院したため、同時期に予定されていた4局[2]が不戦敗となった。それ以降は公式戦において成績不振が続き、順位戦C級1組で参加していた2014年度(第73期)・2015年度(第74期)ではそれぞれ1勝9敗・2勝8敗に終わり、降級点を2個累積させてC級2組へ降級。翌2016年度(第75期)は順位戦33期目で初めての全敗。当期を最後にフリークラス宣言をし、翌期以降の順位戦への出場権を放棄した。

棋風[ソースを編集]

特定の得意戦法は持たない。攻め将棋。

詰将棋[ソースを編集]

詰将棋の創作も手がけ、詰将棋の賞としては最高峰の看寿賞を1983年度に短編部門で受賞し、1994年度には同賞の特別賞を受賞している。プロ棋士で看寿賞を2度受賞したのは浦野が初である。

煙詰の愛好家でもあり、詰将棋パラダイス誌で行われたコンクールで優勝したこともある。優勝作品である「春時雨」は看寿賞の特別賞(前述)を受賞したが、後に二通りの余詰を指摘されている。

握り詰(無作為に選んだ駒だけを過不足なく使って作る詰将棋)の達人として知られている。NHK BS2で毎年1回放送されていた「大逆転将棋」では、指定された駒を使って3題の詰将棋をつくることを課せられたが、それに成功したのはもちろん、その3題すべてを1か一の字の形で詰むようにまとめた。さらに、3題の詰め手数の合計が111手になることも狙っていたが、これは目論見がはずれて107手だった。

2004年2月に発売された5手詰ハンドブックは八重洲ブックセンター本店の趣味・娯楽・スポーツ部門において週間1位を記録。その後のシリーズ化された詰将棋ハンドブックシリーズはamazonの将棋部門において上位を占めており、ロングセラーとなっている。

創作以外では、2006年まで将棋世界誌の詰将棋欄の担当を務めていた。2013年現在看寿賞の選考委員も務めている。また、2008年から詰将棋解答選手権の実行委員を務めている。

関西奨励会所属の都成竜馬が四段への昇段を決めた時には即席でその名前に掛けた詰将棋を作り、祝福した。[3]

人物[ソースを編集]

  • 1998年度後期のNHK将棋講座の講師を務めた。
  • 饒舌な語り口で知られる。ニコニコ生放送で第60期王座戦第4局の解説を務めた際には、解説の合間に自著の将棋本(後述)をTVショッピングさながらの軽妙なトークで宣伝した所、amazonの将棋関連書籍売上で上位を独占し、品切れが相次いだ。このセールストークが買われ、第61期王座戦第1局に解説を行った際には将棋電王戦関連書籍の宣伝活動も行っている。
  • ながらく棋界最軽量と言われていたが、2007年度の将棋年鑑によると豊島将之が浦野より2kgほど軽いということが確認されている(体重は自己申告)。しかし2014年夏に体調を崩し入院(後に潰瘍性大腸炎好酸球性肺炎と診断される[4])、体重も一時40kg台前半にまで落ち込んだため、結果的に棋界最軽量の座に返り咲いた。2015年2月時点では50kgまで回復している[5]
  • 妻(元都ホテル従業員)とはタイトル戦(棋王戦)で知り合う。
  • 趣味は麻雀であり、多くの棋士同様「三人麻雀」を好む。
  • 愛猫家である。
  • 引退し地元で普及に努める熊坂学五段に、自著とともに激励の手紙を送るなど[6]、他棋士に細やかな心配りを見せる面がある。

昇段履歴[ソースを編集]

昇段規定は、将棋の段級 を参照(ただし四段昇段は旧規定)。

主な成績[ソースを編集]

在籍クラス[ソースを編集]

竜王戦と順位戦のクラスは、将棋棋士の在籍クラス を参照。

その他[ソースを編集]

  • 第1回IBM杯優勝(非公式戦)

著書[ソースを編集]

脚注[ソースを編集]

  1. ^ 将棋世界」2000年1月号付録
  2. ^ 不戦敗となった4局は、第23期銀河戦予選決勝・千田翔太戦(対局日不明)・第8回朝日杯1次予選3回戦・糸谷哲郎戦(2014年9月11日)・第73期順位戦C級1組4回戦・近藤正和戦(同9月16日)・第56期王位戦予選2回戦・脇謙二戦(同10月16日)。
  3. ^ https://twitter.com/nenehimapapa/status/701384604364599296
  4. ^ https://twitter.com/nenehimapapa/status/509916871995318272
  5. ^ https://twitter.com/nenehimapapa/status/568778609806090241
  6. ^ 杜の熊さん将棋教室のブログ(2015-05-18)
  7. ^ 日本将棋連盟ホームページ・お知らせ「浦野真彦七段が八段に昇段

関連項目[ソースを編集]

外部リンク[ソースを編集]