長谷部久雄

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 長谷部久雄 九段
名前 長谷部久雄
生年月日 (1933-07-17) 1933年7月17日(84歳)
プロ入り年月日 1955年6月14日(21歳)
棋士番号 67
出身地 千葉県千葉市
師匠 大和久彪八段
段位 九段
戦績
一般棋戦優勝回数 1回
2017年8月24日現在

長谷部 久雄(はせべ ひさお、1933年7月17日 - )は、将棋棋士。1993年、引退。大和久彪八段門下。棋士番号は67。千葉県千葉市出身。

棋歴[編集]

21歳でプロデビュー。

初参加の第11期(1956年度)C級2組順位戦で9勝3敗・2位の成績を収め、1期で昇級。

第14期(1959年度)C級1組順位戦で、7勝2敗・2位の成績でB級2組へ昇級。つづく第15期B級2組順位戦で8勝3敗の2位で、2期連続昇級で自己最高のB級1組に昇級。以降、B級1組とB級2組との間を3往復する。

第3期(1964年度)十段戦で、難関の十段リーグに入るが、2勝8敗の成績に終わる。リーグには升田幸三二上達也加藤一二三らがいた。

1966年、第8期棋聖戦で加藤一二三、中原誠らを破り決勝に進むが、二上達也に敗れ、タイトル挑戦はならなかった。

第10期(1969年度)王位戦で、中原誠らを破りリーグ入り。

第10回(1971年度)王座戦有吉道夫、二上達也、大山康晴らを破り挑戦者決定戦に進むが、加藤一二三に敗れる。

テレビ棋戦の早指し将棋選手権の第12回(1978年度)と第14回(1980年度)で、ともに4回戦に進出。

第21期(1980年度)王位戦でリーグ入り。有吉道夫、勝浦修らに勝ったが、中原誠と谷川浩司に負けて3勝2敗となり、挑戦者決定戦には進めなかった。

C級1組において降級点を1個抱え、C級2組への降級の危機に瀕した状態で臨んだ第51期(1992年度)順位戦では、3勝7敗と不振ながら剣が峰で降級を回避するも、当期限りで引退。延べ36期参加した間、順位戦における通算勝率はちょうど5割であった。

棋風[編集]

基本的には居飛車党で、矢倉角換わり相掛かり系を指すが、四間飛車中飛車などの振り飛車も指す。

終盤での切れ味に特徴がある棋風である。

人物[編集]

1983年から日本将棋連盟常務理事。1989年から1992年は専務理事を務めた。

タイトル戦の立会人を務めることが多い。

門下には脇田栄一(後のラ・アトレ社長)などがいる。

栄典[編集]

昇段履歴[編集]

主な成績[編集]

通算成績
541勝568敗
優勝
  • 第5回(1960年度)高松宮賞争奪選手権戦 高松宮賞1回
優勝合計1回
在籍クラス
表彰
  • 現役勤続25年表彰(1980年)
  • 第22回将棋大賞「東京将棋記者会賞」(1995年3月)

脚注[編集]

  1. ^ 竜王戦は、発足時の第1期から引退直前の第6期まで昇降級なしで、3組のままであった。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]