大和久彪

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動

大和久 彪(おおわく たけし、1914年1月23日 - 1956年8月25日)は、将棋棋士。贈八段石井秀吉門下。千葉県千葉市出身。

人物[編集]

1946年順位戦B級に参加し、1956年、順位戦C級1組在籍のまま死去。 縁起を特に気にしていたといわれている。死去の半年ほど前に、松下力八段との対局で駒柱(駒が将棋盤の一段目から九段目まで縦一列に並ぶ事)が現れ、その後大和久の敗局となった。それからまもなく大和久が病床につき休場、若くして腎臓病で亡くなった。この時の駒柱の位置が死線に通じる4の列だった。


升田幸三実力制第4代名人が低段時代にライバル視していた棋士としても有名。 弟子長谷部久雄がいる。

昇段履歴[編集]

  • 1933年 入門
  • 1936年 四段
  • 1944年 七段
  • 1956年8月25日 逝去
  • 1968年11月3日 八段(表彰感謝の日表彰 追贈)

著書[編集]

  • 奇襲戦法(1952年、野口書店)

関連項目[編集]