角川歴彦

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かどかわ つぐひこ
角川 歴彦
角川 歴彦
2009年6月19日東京都にて
本名 角川歴彦(かどかわ つぐひこ)
生年月日 1943年9月1日(71歳)
出生地 日本の旗 東京都
国籍 日本の旗 日本
民族 大和民族
職業 実業家
ジャンル 映画
活動内容 実写映画
アニメーション映画
テレビアニメ
OVA
著名な家族 角川源義(父)
辺見じゅん(姉)
角川春樹(兄)
角川慶子(姪)
事務所 KADOKAWA
主な作品
実写映画

アニメーション映画


テレビアニメ


OVA


書籍

  • 21世紀を見据えての角川書店の出版経営戦略――第3の出版スタイルをめざして(述)
  • クラウド時代と〈クール革命〉(著)
  • グーグル、アップルに負けない著作権法(著)

角川 歴彦(かどかわ つぐひこ、1943年9月1日 - )は、日本実業家株式会社KADOKAWA取締役会長、株式会社KADOKAWA・DWANGO取締役相談役、株式会社角川アスキー総合研究所代表取締役社長神戸芸術工科大学客員教授

株式会社メディアワークス代表取締役社長、株式会社角川書店代表取締役社長、株式会社角川ホールディングス代表取締役社長、株式会社角川グループホールディングス代表取締役会長などを歴任した。

来歴[編集]

生い立ち[編集]

東京都出身[1]角川書店創業者の角川源義の子として生まれた[1]。のちに角川書店社長となる角川春樹は兄、歌人辺見じゅんは姉。早稲田大学高等学院を経て、早稲田大学第一政経学部を卒業した。それにともない、政治学士号を取得した。

実業家として[編集]

角川書店には1966年の大学卒業と同時に入社[1]1993年取締役となり、1975年専務1992年に副社長に昇格した[1]。テレビ情報誌の『ザテレビジョン』や都市生活情報誌の『東京ウォーカー』など雑誌部門を育てて、経営に貢献したと言われる。ゲーム分野の子会社の角川メディアオフィスの社長も務めていたが、1992年9月に経営路線の対立で、春樹により角川書店副社長を辞任させられる[1]。角川メディアオフィスの従業員のほとんどが、歴彦について退社した。歴彦は主婦の友社の協力を得てメディアワークス(現在は角川グループ系列)を創業し、翌年2月付でメディアワークス社長に正式に就任した[1]。しかし、春樹が角川書店社長を解任されたことから、1993年9月顧問として角川書店復帰、同年10月に社長に就任した[1]

2003年4月、角川書店を角川ホールディングス商号変更するとともに持ち株会社化し、同社の代表取締役社長と最高経営責任者に就任した。また、角川ホールディングスから出版事業を譲渡された角川書店(角川ホールディングスの子会社として会社分割により新設)では、代表取締役会長と最高経営責任者に就任した。2005年4月、角川ホールディングスの代表取締役会長に就任するとともに、最高経営責任者も引き続き兼務。角川書店を始めとする角川グループを率いた。2006年7月、角川ホールディングスを角川グループホールディングスに商号変更したが、引き続き代表取締役会長と最高経営責任者を兼務。2002年より社団法人日本映像ソフト協会会長を務めるなど、出版・映像関連の業界団体の多くで役員を務めている。また、 東京国際映画祭ではチェアマンを務めた。

その後、角川グループホールディングスの代表取締役と最高経営責任者を退任、代表権のない取締役会長となり、経営の第一線から退いた。2012年には、角川書店の会長職からも退いた。その後は角川マガジンズブックウォーカーの取締役会長や、角川書店の取締役を務める。2013年6月、角川グループホールディングスがKADOKAWAに商号変更し、それにともない同社の取締役会長に就任した。なお、KADOKAWAの筆頭株主でもある。

2014年10月にKADOKAWAとドワンゴが経営統合し、持株会社KADOKAWA・DWANGOの相談役に就任。以後は後継者としている同社及びドワンゴ会長の川上量生の後見人的存在となる。

人物[編集]

映画
角川大映映画の会長、日本ヘラルド映画の取締役、角川ヘラルド映画の会長兼最高経営責任者などを歴任するとともに、映画のプロデュースなどにも携わったことから、兄の春樹と同じく多数の映画を企画、製作した。
1998年3月6日第21回日本アカデミー賞授賞式にて、「観客動員に於て多大な成績をあげ、日本映画復興の大いなる原動力となりました。これらの作品を企画、製作された着眼点と、素晴らしい実行力に敬意を表して栄誉を称えたい」[2] との理由により、日本アカデミー賞協会特別賞を授与された。
そのほかにも、1997年12月にはゴールデングロス賞全興連会長特別賞を授与され、1998年6月2010年6月には藤本賞特別賞を授与され[3][4]2000年1月には日本映画テレビプロデューサー協会からエランドール賞特別賞を授与されるなど[5]、製作者に与えられる各賞を受賞している。
著作権
DVDのコピーガードの解除や特定のリージョンコード以外のDVDを再生する行為に反対している一人である。一方で同人文化に許容を示し、積極的に同人作家からの新人発掘を薦めたり、MADムービーなどにも一定の理解を示してYouTubeでの公認MADムービー制度を作り上げるなど、柔軟な姿勢を取っている。著書『クラウド時代と<クール革命>』を出した際には[6]、期間限定で全文無料公開した。
趣味・特技
少年時代将棋奨励会初等科(現在の研修会に近い組織)に入っていたことがある。高柳敏夫門下で、中原誠の兄弟弟子だった。当時の級位は10級。父の意向で入会したが、退会も父が勝手に決めてしまったという。その縁もあって、KADOKAWA・DWANGO相談役に就任後、「将棋電王戦FINAL」において将棋電王戦エグゼクティブ・プロデューサーとなった。歴彦は1995年日本将棋連盟よりアマチュア四段を贈られていたが[7][8]、電王戦FINAL記者発表会に際してアマチュア五段に昇段している[9]。なお、兄の角川春樹も、井伏鱒二宅で文士たちと将棋対局して、「手合い違いというのか、私たちのメンバーが散々な目にあったことがある」と、アマチュアとしては相当な腕として言及されている[10]
交友
デザイナー芦田淳とは親友。

家族・親族[編集]

他にも妹がいる。詳細は、岩上安身による下記の解説に詳しい。

略歴[編集]

賞歴[編集]

作品[編集]

実写映画[編集]

アニメーション映画[編集]

テレビアニメ[編集]

OVA[編集]

書籍[編集]

出演[編集]

実写映画[編集]

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d e f g 降旗淳平「【時代のリーダー】角川歴彦・角川書店社長――メガソフトウエア・パブリッシャーを目指す――『最初が妙手』将棋で鍛えた勝負勘――復帰前1年の苦労を糧に会社を救う」『【時代のリーダー】角川 歴彦・角川書店社長:日経ビジネスオンライン日経BP2009年5月27日
  2. ^ 「協会特別賞」『日本アカデミー賞公式サイト』日本アカデミー賞協会。
  3. ^ 「第17回(平成9年)」『藤本賞(第20回~第11回) -映画演劇文化協会』映画演劇文化協会。
  4. ^ 「第29回(平成21年)」『藤本賞(第30回~第21回) -映画演劇文化協会』映画演劇文化協会。
  5. ^ 「2000年」『一般社団法人 日本映画テレビプロデューサー協会日本映画テレビプロデューサー協会
  6. ^ 角川歴彦著、片方善治監修『クラウド時代と〈クール革命〉』角川グループパブリッシング2010年
  7. ^ 『将棋世界』1995年3月号
  8. ^ 大学時代、奨励会初等科同期で棋士となっていた米長邦雄に二枚落ちで勝ったためにアマチュア四段取得の推薦を持ちかけられたが、父が三段だったためにこの時は辞退したという。
  9. ^ 2014年11月26日 19時08分 更新 「人類の、けじめの闘い」――プロ棋士VS.コンピュータ「将棋電王戦FINAL」、対戦カード決定 - ITmedia 山崎春奈
  10. ^ 山本亨介『将棋とっておきの話』(筑摩書房)P,6

外部リンク[編集]