六平直政

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むさか なおまさ
六平 直政
本名 六平 直政
生年月日 1954年4月10日(62歳)
出生地 日本の旗 日本東京都中野区
身長 175cm
血液型 B型
職業 俳優
ジャンル テレビドラマ映画
活動期間 1976年 -
配偶者 既婚
著名な家族 六平光成(次男、サッカー選手)
事務所 アトリエM
主な作品
トリック
透明人間の蒸気
ドラッグストア・ガール
ガラスの使徒

六平 直政(むさか なおまさ、本名:同じ、1954年4月10日 - )は、日本俳優。アトリエM所属。身長175cm、体重85kg。血液型B型

東京都中野区出身[1]東京都立国立高等学校を経て、武蔵野美術大学彫刻科卒業、同大学大学院修士課程中退。

プロフィール[編集]

珍しい「六平」姓は、父親が秋田県由利本荘市で代々続く真宗大谷派寺院の出で「平家の落人が六つの赤旗を立てた」というこの土地の言い伝えから「むつあか」が縮まって「むさか」になったという[1]。現在も親族が当地で住職を務める他、全国に7 - 8軒ある「六平」家は全て親戚という[1]

祖父は東京大学卒、父親も東北大学卒で、父親が上京し都立高校の英語教師となり中野で直政が生まれた[1]。生家はJR中野駅の一番南よりのホームの目の前にあったという。4歳で武蔵野市桜堤団地に引っ越す[1]

劇団状況劇場を経て、新宿梁山泊の旗揚げに参加する。現在では特徴的な強面を生かし、ヤクザ役・刑事役・三枚目役と様々な役柄をこなす個性派俳優怪優)の1人として活躍している。本人曰く「考え付く限りの役はやった」とのことである。

美大にもいた事から、立体物による抽象芸術が趣味。また、溶接の免許も持っている。美大では大学院にも進学。本人は「(自分を含め)日本で2人しかいなかった」と語っているが、正確には首席で大学を卒業した中で大学院に(教授や指導者になるため)進学を勧められた2人という意味である事を恩師の発言により判明している。

学生時代は、国内B級ライセンスを取得し、ラリーレースに参戦していた[2]

脇役の宿命からか、34歳までアルバイトで食いつなぎ、あらゆる職業を経験した苦労人で、体験した職業は300種にも及ぶ。1987年には石原裕次郎の葬儀に大道具で参加しており、渡哲也にこの話をすると、その場にいた石原プロ関係者全員が頭を下げて礼を言ったという。その経験から「お金がもらえなかったことを不幸とは思わない。今の若い者は下積みを知らない」と役者を目指している若者に苦言を呈している。

役者仲間からはロッペイちゃんと呼ばれている。

40代で亡くなった弟はダウン症だった[3]

次男の六平光成サッカー選手(清水エスパルス所属で、2014年11月2日の対川崎戦で決めたプロ初ゴールをスタジアムで観戦していた[4])。

大のディズニーランド好き。

状況劇場時代、美大卒の経歴や溶接の専門技術を買われ、舞台装置の設営など大道具・小道具の仕事ばかりやらされる日々に嫌気がさし、劇団を脱走したことがある。このときは同期の佐野史郎が六平を捜し出して引き留めた。佐野とはその当時からの親友である[5]

出演作品[編集]

テレビドラマ[編集]

NHK[6][編集]

日本テレビ[編集]

TBS[編集]

フジテレビ[編集]

テレビ朝日[編集]

テレビ東京[編集]

WOWOW[編集]

  • 京極夏彦 「怪」(2000年)
    • 第2話「隠神だぬき」(2000年3月18日) - 赤鬼 役
    • 第3話「赤面ゑびす」(2000年7月20日) - 闇雲三左衛門 役

映画[編集]

舞台[編集]

ナレーション[編集]

  • リアル×ワールド - 海から見た東日本大震災(日本テレビ/2011年9月18日放送)

バラエティ[編集]

CM[編集]

脚註[編集]

  1. ^ a b c d e 週刊現代』2011年9月10日号76頁、講談社
  2. ^ 『週刊新潮』2011年6月16日号 有名人&芸能人の愛車データベース 2011年11月30日閲覧
  3. ^ タッキー不在で、細木センセイ意気消沈”. ジェイ・キャスト (2007年3月7日). 2016年3月18日閲覧。
  4. ^ 清水MF六平光成、父・直政さんの前でプロ初ゴール挙げる ドメサカブログ 2014年11月3日閲覧
  5. ^ ロングインタビュー 六平直政(3)「ひょっとしたら俺、役者に向いてるのかもしれない」”. リクルートR25」 (2009年2月12日). 2016年3月18日閲覧。
  6. ^ 特記以外はNHK総合テレビ

外部リンク[編集]