中井貴惠

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なかい きえ
中井 貴惠
本名 中沢 貴惠子
生年月日 (1957-11-27) 1957年11月27日(59歳)
出生地 東京都大田区田園調布
国籍 日本の旗 日本
民族 日本人
身長 166cm
血液型 O型
職業 俳優語り手
ジャンル 映画テレビドラマ舞台
活動期間 1977年 -
著名な家族 佐田啓二(父)
中井貴一(弟)
公式サイト http://nakaikie.com/
主な作品
女王蜂 (1978年の映画)人生劇場
受賞
1982年 あゝ野麦峠・新緑篇制覇
日本アカデミー賞 助演女優賞・優秀賞

中井 貴惠(なかい きえ、1957年11月27日 - )は、日本の女優エッセイスト。本名・中沢(旧姓・中井)貴恵子。身長166cm。幼稚園から高校までは田園調布雙葉中学校・高等学校。大学は父親と同じ早稲田大学へ進学する。

芸名「貴恵」の名付け親は木下惠介であった。

来歴・人物[編集]

戦後の大スターで 〝松竹三羽烏〟と言われた俳優・佐田啓二の長女として生まれたが父とは6歳で死別している。早大在学中に女優デビューすることになり、一部から二部へ転部し日本文学科卒業。弟に俳優の中井貴一がいる。貴一は、仕事では姉の貴恵と共演したくないと話しており、同じドラマに出演した際には一度も共演するシーンがなかった。

早大在学中の1977年市川崑監督の映画『女王蜂』でデビュー、数々の新人賞を受賞した。1982年に『あゝ野麦峠 新緑篇』『制覇』で日本アカデミー賞助演女優賞にノミネート。以後、映画やテレビドラマ・CMに出演した。1983年には映画『人生劇場』にてヌードを披露したが、監督の「あなたがヌードにならなければ私は監督を辞める」と説得されたとインタビューに答えている。一度脱ぐと脱ぐオファーばかりで閉口したとも言っていた。弟の貴一はスポーツ新聞で姉がヌードになるのを知ったと言う。

1987年の結婚を機に女優業を休業した。夫の勤務地であるアメリカニューハンプシャー州、その後日本に帰国し札幌に居住していたが、現在は東京に在住する。2女の母親である。

近年は、絵本朗読を行う「大人と子供のための読みきかせの会」の活動を続けている。なお、「大人と子供のための読みきかせの会」は本名の「中沢貴恵子」併記で活動している。

父・佐田啓二は二枚目スターとして名高く、日活の大スターだった小林旭は「昭和30年代の松竹のスターは佐田啓二さん」と対談番組で言っていた。娘の貴恵本人は「男性として見たら父はタイプではない」と語っていた。

主な出演作品[編集]

映画[編集]

テレビドラマ[編集]

ラジオドラマ[編集]

バラエティ・情報番組・アニメ[編集]

CM[編集]

書籍[編集]

  • 「貴恵のニューイングランド物語」文化出版局(1990年
  • 「娘から娘へ」文化出版局(1994年
  • 「父の贈りもの」角川書店〈角川文庫〉(1997年
  • 「ピリカコタン~北の大地からのラブレター」角川書店(2000年
  • 「赤毛のアンを探して」角川書店(2002年
  • 「手話ボランティア入門」旬報社(2003年
  • 「大人と子供のための読みきかせの会―「5年間の物語」」ブロンズ新社(2003年)

絵本[編集]

エピソード[編集]

  • 早稲田大学在学中はテニスサークルに所属していた。
  • 27歳で夭折した夏目雅子とは、共演こそ少なかったが、プライベートでは親交が深かった(2010年3月放送の『もう一度会いたい素顔の夏目雅子 〜親友・中井貴惠が時を訪ね行く… 〜』(BS朝日)ではナビゲーターを務めている)。
  • 「人生劇場」で脱いでから脱ぐオファーばかり来て閉口したが にっかつ からも来た時には驚いたと言う。雑誌の対談で松方弘樹と絡んだ時に 「松方さんのアレを見ちゃったんです」 とアッケラカン発言をしていた。

出典[編集]

外部リンク[編集]