TBSラジオ&コミュニケーションズ
| TBSラジオ&コミュニケーションズ TBS Radio & Communications,Inc. |
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|---|---|
| 種別 | AMラジオ放送 |
| 放送対象地域 | 関東広域圏 |
| 系列 | JRN系 |
| 略称 | TBS R&C |
| 愛称 | TBSラジオ |
| コールサイン | JOKR |
| 開局日 | 1951年12月25日 |
| 本社 | 〒107-8001 東京都港区赤坂五丁目3番6号 TBS放送センター13階 |
| 演奏所 | 本社と同じ |
| 親局 / 出力 | 東京(戸田) 954kHz / 100kW |
| 公式サイト | TBS RADIO 954kHz 〜聞けば、見えてくる〜 |
| 特記事項:2000年3月21日、株式会社東京放送(TBS、現:株式会社東京放送ホールディングス)のラジオ番組制作・営業を目的に分社設立。 2001年(平成13年)10月1日、東京放送から中波ラジオ放送免許を承継。 |
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TBSラジオ&コミュニケーションズ本社が所在するTBS放送センター
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| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 略称 | TBSR&C |
| 本社所在地 | 〒107-8001[1] 東京都港区赤坂五丁目3番6号 TBS放送センター |
| 設立 | 2000年3月21日 |
| 業種 | 情報・通信業 |
| 事業内容 | 中波ラジオ番組制作 一般放送事業(AMラジオ放送) デジタルラジオ番組制作 ラジオ番組販売に関する業務等 |
| 代表者 | 代表取締役社長 加藤嘉一 |
| 資本金 | 4億7,875万円(2010年6月23日現在) |
| 売上高 | 113億6,400万円(2011年3月期、単体) |
| 営業利益 | 5億9,000万円(2011年3月期、単体) |
| 純利益 | 2億8,200万円(2011年3月期、単体) |
| 純資産 | 19億1,400万円(2010年3月期、単体) |
| 総資産 | 40億2,600万円(2010年3月期、単体) |
| 従業員数 | 97人(2010年6月23日現在) |
| 主要株主 | 東京放送ホールディングス 100% |
| 外部リンク | http://www.tbs.co.jp/radio/ |
| 特記事項: |
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株式会社TBSラジオ&コミュニケーションズ(ティービーエスラジオアンドコミュニケーションズ 、英称:TBS Radio & Communications,Inc.)は、東京放送ホールディングス(TBSHD)の連結子会社で、関東広域圏を放送対象地域として中波ラジオ放送を行う一般放送事業者である。略称はTBS R&C[2]。通称はTBSラジオ(おもに関東ローカル向けでTBSラジオ954〔 - きゅうごうよん〕または954 TBSラジオという呼称がつかわれることもある)。
本項では、法人としての株式会社TBSラジオ&コミュニケーションズ、および放送局としての『TBSラジオ』について述べる。
目次 |
[編集] 概説
1951年(昭和26年)12月25日に前身にあたるラジオ東京として、全国で6番目、愛知県を含まない東日本では初の民間のラジオ局として開局した(愛知県を含めると中部日本放送に次ぐ2番目)。のちにテレビジョン放送事業に参入、1960年(昭和35年)に社名を東京放送に改めた後、同社のラジオ部門をTBSラジオとして定めた。
2000年(平成12年)3月21日に東京放送の合理化の一環として、同局のラジオ番組の制作と広告営業を主とするラジオ事業の現業全般を行う子会社としてTBSラジオ&コミュニケーションズが設立され、その後、2001年(平成13年)10月1日に東京放送から中波放送免許(周波数954kHz、コールサインJOKR)を同社が承継し、放送事業者となった。
その後、TBSグループの再編で東京放送から社名変更した東京放送ホールディングス傘下のテレビ放送事業者であるTBSテレビ、ラジオ放送事業者であるTBSラジオ&コミュニケーションズは、両社とも日本民間放送連盟の会員であり、民放連でも別会社の扱いとなっている。
ラジオネットワーク、Japan Radio Network(JRN)のキー局で、対抗となる全国ラジオネットワーク(NRN)のキー局であるニッポン放送や文化放送とは異なり、1986年(昭和61年)秋の改編における『ハローナイト』から、一時ぶれはあったものの聴取者層の年齢をやや高めに設定したアダルト路線をとってきた。年に6回実施されている聴取率調査(レーティング)において、TBSラジオは「首都圏で一番聴かれているラジオ局」として2001年(平成13年)8月調査分以来2011年(平成23年)8月に至るまで、首都圏におけるラジオ聴取率では61期連続でトップを誇る[3]。連続首位を達成している背景として聴取率の調査対象者が2001年(平成13年)10月期より69歳まで引き上げられたことが挙げられる[4]。
コーポレートメッセージは「聞けば、見えてくる。」。
[編集] 傾向
かつては長期安定路線を歩んでおり、永六輔や秋山ちえ子、毒蝮三太夫、小沢昭一、大沢悠里などといった人材を長年に渡って起用し続けていた。
しかし、1990年代の終わり頃から、続々と長寿番組の時間枠変更に走り、後釜には、それまでのパーソナリティーと毛色の違う喋り方と雰囲気を持った番組が増産されていった。一方、その時期の前後から、伊集院光(ニッポン放送)や松本ともこ(TOKYO FM)など、他のラジオ局から移籍してきたパーソナリティーを起用するようになり、新しい血を入れ、それまでのTBSラジオ的な雰囲気を徐々に変えている。
2000年代後半以降では改編ごとに、10年以上続いた番組が相次いで終了させる番組編成を行っており(下記参照)、2010年(平成22年)春改編では新規リスナー獲得すべく、改編率約32%とする[5]など、現状に留まることなく、TBSラジオは様変わりを続けている。
- 2008年(平成20年) 秋終了…全国こども電話相談室(約45年、リニューアル名目)
- 2009年(平成21年) 春終了…バックグラウンド・ミュージック(44年半)、コサキンシリーズ(27年半)、中村雅俊マイホームページ(14年)など[6]
- 2009年(平成21年) 秋終了…味の素 ハート・オブ・ポップス(23年半)、週末のプロ野球中継の一部
- 2010年(平成22年) 春終了…メイコのいきいきモーニング(18年半)、BATTLE TALK RADIO アクセス(11年半)
[編集] 放送局概要
- 本社演奏所 〒107-8001 東京都港区赤坂五丁目3番6号 TBS放送センター
- 送信所 埼玉県戸田市氷川町三丁目5番9号(戸田競艇場前。送信所の保守・管理はTBSテレビに委託している)
- 周波数 954kHz
- 出力 100kW(AMモノラル放送)
- 開局 1951年(昭和26年)12月25日(当時のラジオ東京として)
- 免許継承 2001年(平成13年)10月1日(東京放送から継承)
- 呼出符号(コールサイン) JOKR
- 呼出名称(コールネーム) てぃいびいえすらじお
- 代表取締役社長 加藤嘉一
- 5:00起点の24時間放送(ただし、日曜深夜のうち奇数の第1・3週は1:00、偶数の第2・4週と5週ある場合の第5週は1:30〜月曜早朝4:00は放送休止[7] - 2010年(平成22年)9月現在)
[編集] 聴取可能エリア
同社が公表している聴取可能エリアは、関東地方の1都6県を完全にカバーしており、周辺県の50%(福島・長野50%、静岡70%、山梨100%、新潟5%各人口比)も良好〜実用上聴取可能な範囲としている[8]。
スピルオーバーによって、終日北は福島県郡山市、西は山梨県富士吉田市近辺、静岡県中部まで聴取可能で、夜間は日本国内・近隣諸国を含めて他に954kHzを使用している中波放送が無いため全国的に聴取可能である。
ただし、秋田市、宮崎県では秋田放送や宮崎放送の936kHzが近いため、甲府市、福井市、室蘭市、彦根市、徳島市、五島市、青森市、米子市、萩市、松山市、佐賀市周辺では、NHK第一放送の周波数(927kHz,945kHzまたは963kHz)が近いため、夜間でもやや聴取困難。さらに、これらのNHKの電波が夜間に多くの範囲に届いてしまうため、近畿や名古屋など大都市圏でもやや聴取困難である。
東京都島嶼部(大島地区除く)では送信所からの距離の関係で一部の限られた狭い地域を除き、電波が電離層に反射して届く夜間のみの受信に限られる。
[編集] 沿革
- 1951年(昭和26年)12月25日、ラジオ東京(現:東京放送ホールディングス)が、東京都千代田区有楽町の毎日新聞東京本社新館[9]内のスタジオより全国6番目、東日本で初の、民間中波放送の本放送開始。(コールサイン「JOKR」、周波数「1130kc」、出力「50kW」)
- 1952年(昭和27年)4月1日 23時、日本初の深夜放送とされる、占領軍[10]将兵及びその家族のための英語番組「イングリッシュ・アワー」開始。
- 1953年(昭和28年)8月、周波数を950kcに変更。
- 1953年(昭和28年)12月、"KRT"を、略称とする(「Kabusikigaisha Radio Tokyo」から由来するが、テレビ放送開始をにらんだ「JOKR-TV」にも因むといわれる。実際、その通りになったが、世間一般にはほとんど浸透していなかった)。
- 1960年(昭和35年)11月29日、ラジオ東京が、「株式会社 東京放送」と、商号変更し、略称を「TBS」とする。当時の新聞の番組表には、「東京ラジオ」と表記されていた。
- 1961年(昭和36年)10月12日、東京都港区赤坂一ツ木町(現在の赤坂五丁目)のテレビスタジオ隣に、本社社屋(初代TBS本社、のちの「赤坂メディアビル」)完成。ラジオスタジオおよび、本社機構を移転。
- 1961年(昭和36年)12月1日、社名呼称を、「TBS」に統一(公用文等を除き、原則「東京放送」を使用しない)。
- 1962年(昭和37年) 日本初のラジオ1波による、AMステレオ放送の実験放送を行う(1964年(昭和39年)まで。AM/FM方式)。
- 1965年(昭和40年)5月2日、ラジオネットワーク「JRN(Japan Radio Network)」を結成。
- 1971年(昭和46年)11月、ラジオの出力を、100kWに増強。
- 1974年(昭和49年)4月、それまでの読売新聞・朝日新聞・毎日新聞三社の交互提供による、「三社ニュース」を取り止め、TBS報道部の自主編集による「TBSニュース」の放送を開始。
- 1978年(昭和53年)11月23日、国際電気通信連合 (ITU) の取り決めで、ラジオの周波数が、9kHzステップへ移行。それに伴い、午前5時をもって、周波数を「954kHz」に変更。なお、受信機の指針の位置はほとんどズレなかった。
- 1992年(平成4年)3月15日 午前9時、ラジオのAMステレオ放送の本放送を開始[11]。
- 1994年(平成6年)10月3日、現社屋の「TBS放送センター」(愛称:ビッグハット)に移転。
- 2000年(平成12年)3月21日、東京放送の完全子会社として、「株式会社 ティ・ビー・エス・ラジオ・アンド・コミュニケーションズ」設立、東京放送より、ラジオ放送事業の送信・経理部門を除く、現業全般を業務委託される。
- 2001年(平成13年)10月1日、東京放送から、中波放送局の免許を承継(これに伴い、呼出名称だった「とうきょうほうそう」を廃止。TBS R&Cが、一般放送事業者となって、呼出符号JOKRを継承、呼出名称は「てぃいびいえすらじお(TBSラジオ)」を付与された。東京放送はテレビ単営局として、呼出符号「JORX-TV」、呼出名称「TBSテレビジョン」を新たに付与された)。
- 2003年(平成15年)4月6日、この2003年(平成15年)度、最初の日曜日深夜より、放送機器のメンテナンスを行うようになる。
- 2003年(平成15年)10月10日、デジタルラジオの実用化試験放送開始。(チャンネル92、FM YOKOHAMA、BAY FM78、ラジオNIKKEIと共同)
- 2004年(平成16年)6月20日、メールアドレスのドメイン名が「@best.tbs.co.jp」から「best.」がぬけた「@tbs.co.jp」へ変更[12]。
- 2005年(平成17年)4月1日、会社法令の改正で、英字を、社名に使えるようになったことから、「株式会社 TBSラジオ&コミュニケーションズ」に商号変更。
- 2005年(平成17年)10月3日、ポッドキャスティングサービス「TBS RADIO podcasting954」を開始。
- 2007年(平成19年)4月1日、クラシック音楽専門のデジタルラジオ放送局「OTTAVA(オッターヴァ)」を、デジタルラジオ放送9202chで、放送開始。
- 2008年(平成20年)9月29日、デジタルラジオ放送9203ch(203ch)「TBSラジオデジタル」にて、AM放送のサイマル放送を開始[13][14]。
- 2009年(平成21年)4月1日、TBSグループの放送持株会社化移行により、親会社の社名が、「株式会社 東京放送ホールディングス」となる。
同時に、デジタルラジオ事業の運営が、TBSラジオ&コミュニケーションズから、東京放送ホールディングスへ移管される[15]。
また、同日より、デジタルラジオでのサイマル放送「TBSラジオデジタル」が、24時間放送に拡大[16]。 - 2010年(平成22年)3月15日、他の在京ラジオ6局と共同で、インターネットのIPサイマル放送「radiko」の試験配信を開始(南関東-1都3県限定)[17][18]。
- 2010年(平成22年)12月1日 - 他の在京ラジオ6局と同時に、インターネットのIPサイマル放送「radiko」の正式配信を開始。同時に、それまでの南関東-1都3県から、サービスエリアを、群馬県・栃木県・茨城県を含む、関東地方全域-1都6県に拡大[19][20]。
- 2011年(平成23年)1月31日(1月30日) - 1月30日放送分のクロージング、午前1時33分(1月30日深夜25時33分)を以って、19年間に渡って実施されたAMステレオ放送を終了[21]。関東地方での転換局としては初めての廃止[22]。その際、AMステレオ終了に関する告知は行われなかった。その直後から試験放送に入り、ステレオとモノラルの両方で行われていたが、最終的に午前3時3分をもって、AMステレオによる試験放送は終了となった。3時5分より完全にモノラル音声の試験放送となり、午前4時前のオープニングから、従来のモノラル放送に戻った。この転換は在京局では初の事例となった。なお、radikoについては引き続き、ステレオ配信を行っている[21]。
[編集] 番組
詳細は「TBSラジオ番組一覧」を参照
[編集] アナウンサー
TBS R&Cは自社でアナウンサーを雇用しておらず、基本的にグループ会社のTBSテレビから派遣を受けている。
詳細は「TBSテレビ#アナウンサー」を参照
[編集] TBS954情報キャスター
TBS954情報キャスター(旧称・TBS954キャスタードライバー)はおもに各番組内で街中からのリポート、交通情報を担当している。また、時折『クラブ954』などの番組やレギュラーパーソナリティ(おもにアシスタント)の代役として出演することもある。なお所属はTBS R&Cではなく、関連会社の番組制作会社ティーエーシーである。
[編集] 交通情報
日本道路交通情報センターから情報提供を受けている他局とは違い、TBSラジオはほとんどが警視庁交通管制センターTBSスタジオの専属キャスターまたは954情報キャスター(女性のみ)と平日昼間など一部時間帯では隣接県(神奈川県・埼玉県・千葉県)の県警の交通管制センターの専属キャスターまたは954情報キャスターより情報提供されている。日本道路交通情報センターによる情報は平日の11時台と14時台の2回のみである。
パーソナリティーからの呼びかけに「はい」または「はい、お伝えします」の一言で始まり、その直後に時間帯に応じて「こんにちは」などの挨拶を言う場合がある。アナウンス終了時はキャスター本人の名前は名乗らず「以上です」または「警視庁から以上です」で締める。生ワイド番組の場合は最後に「今日も一日よろしくお願いします。」とパーソナリティーに挨拶する場合もある。
交通情報開始時のジングルは同局内で統一されたメロディーではあるものの、各番組によってステレオ音声のの左右のチャンネルが異なっている。また、全国ネットの生番組ではジングルは無く、各番組独自のBGMに乗って始まる。
限られた時間内により多くの情報を伝えるため、キャスターによるアナウンスは言葉の簡潔化が図られている。例えば、通常の日本道路交通情報センターの場合「中央自動車道上り線、相模湖と八王子の間の小仏トンネルで20キロの渋滞です。渋滞通過に90分かかっております」というところ、TBSラジオでは「中央道上り小仏トンネル20キロ、90分」と短くアナウンスする傾向が強い。また、高速道路のインターチェンジを言う場合、「○○インター」の「インター」は言わない。
『大沢悠里のゆうゆうワイド』では、一般道での事故や首都高速道路の入口閉鎖の情報が入った場合、規定の放送時間とは別にスポット交通情報が入る。また、『森本毅郎・スタンバイ!』では道路の情報の前に、鉄道の遅れの情報をパーソナリティーの遠藤泰子が伝える。
2011年(平成23年)4月現在の警視庁交通管制センター担当キャスター (出演時間は朝が5時25分~13時、昼が13時~18時、夜が18時~0時。いずれもシフト制となっている。)
- 阿南京子(1980年代より出演。以前は埼玉の担当だった。)
- 碓井浩子(1980年代より出演。以前は神奈川の担当だった。元・宮崎放送アナウンサー。)
- 斉藤裕子(1990年代より出演。以前は埼玉の担当だった。)
- 白井京子(954情報キャスター)
- 山崎景子(954情報キャスター)
阿南・碓井・斉藤はフリーランス。 このほか、神奈川・埼玉・千葉の担当として数名(954情報キャスターも含む)が担当。
[編集] 時報
時報は2000年(平成12年)3月以前はアナログテレビと同じものを使用しており、正時の2秒前からのカウントされる2点時報[23]で「ピ(ハ低音)、ピ(ハ低音)、ポーン(ハ高音)」であった(アナログテレビではこの時報が現在でも使用されている)。
2000年(平成12年)4月1日からはこの時報に音楽をかぶせて、「ピポパポパ、ポーン」(ハ高音)となっている。時報の音楽はラジオのコールサインJOKRをモチーフにしたものである。radikoでは時報が流れず、無音となっている。
時報スポンサーの変遷は以下の通り。
- 不明 - 1976年(昭和51年)頃:シチズン時計
- 1976年(昭和51年)頃 - 1991年(平成3年)9月:カルビー
- 1991年(平成3年)10月 - 1994年(平成6年)3月:商工中金
- 1994年(平成6年):サッポロ飲料(当時のサッポロビール飲料、一部時間帯のみ。それ以外は番組宣伝並びに当時のテレビ・ラジオのキャッチコピーだった「-yes,TBS」のサウンドロゴ)
- 1995年(平成7年) - 2002年(平成14年)3月:セブン-イレブン
- 2002年(平成14年)4月 - 12月:ファミリーマート
- 2003年(平成15年)1月 - 9月:ヤクルト本社
- 2003年(平成15年)10月 - 2004年(平成16年)3月:新光証券
- 2004年(平成16年)4月 - セブン&アイ・ホールディングス(各社:セブン-イレブン・ジャパン、イトーヨーカドー、セブン銀行、デニーズ、アイワイ・カード・サービス、セブン&アイ出版)
- アイワイカードは7日除く月~金14時のみの時報スポンサーである。7日はセブン&アイ出版の「saita」発売日であることから、それが1時・3時~24時のスポンサーになる。
- 平日深夜(火曜~土曜)2時およびナイター時間内(19時~21時、中継が延長した場合22時・23時も)は番組中に時報が入るためスポンサーは付かず時報音のみの放送。ナイター中継時はCM中でも時報を流す。また、日曜深夜(月曜未明)2,3時は定期放送でない為(通常は1時 - 1時半で終了)、この時間に放送があって、時報を流すときはノンスポンサーとなり「聞けば、見えてくる」のサウンドロゴとなる。また、環境キャンペーン特番の時はCMを挿入せず、そのまま時報に入る(2005年(平成17年)11月から)。
- 2011年(平成23年)3月11日以降は東日本大震災の影響で時報CMの自粛が行われており、代わりにTBSラジオのジングルが流れる。
[編集] オープニング・クロージング
TBSテレビジョンのオープニング・クロージングはTBSテレビのオープニング・クロージングを参照のこと。
放送開始・終了時には文化放送(QRソング)やラジオ大阪(OBCソング)と同様に歌が流れる。その歌はキャッチフレーズの変更と共に過去に2回変えられた。
- 開局 - 1978年(昭和53年) 室内オーケストラによるオリジナルの放送開始曲を使用。管弦楽にアコーディオンが加わった独特の編成。それにつづいて開始アナウンス。終了時は山田耕筰歌曲「この道」をハープの伴奏によるフルートで演奏。それをBGMに放送終了の挨拶が放送された。その後「おききのTBSラジオは周波数950kHz、出力100kWでお送りしました。JOKR」というアナウンスに続いて、弦楽とビブラフォンによる静かな短い終了音楽(開始曲と同じメロディのオリジナル曲)が演奏された。
- 1978年(昭和53年)頃 - 1990年(平成2年) 「YOU ARE NOT ALONE」。歌は来栖アンナ、作詞は兼城昌昭(TBS社員)、作曲は小杉保夫[24]。歌詞の一節から周波数が954kHzになった1978年(昭和53年)(開局の1951年(昭和26年)から27年後)から使用され始めたと推測される。
- 1990年(平成2年) - 2000年(平成12年) 「きいたら、ききたい」。歌は森川由加里、作詞は伊藤アキラ、作曲は馬飼野康二[25]。終了時の曲は2番のカラオケ部分が短縮された時もある(カットの場合は音楽がモノラル音声(放送波はステレオのまま)になり、アナウンスも別の人になっていた)。ジャンクション時(朝5時前)は、バイオリンによる別の曲を使っていた(アナウンスは吉川美代子アナウンサー)。
- 2000年(平成12年) - 「聞けば、見えてくる。」。歌は高尾直樹によるア・カペラ。2001年(平成13年)10月1日からは分社化されたためアナウンスが変更された。なお、ジャンクション時(朝5時前。ただし月曜日のみ4時前のオープニング直後)の音楽はこの歌のピアノバージョンが使われている。ジャンクション時のアナウンスは堀井美香アナウンサー(言い回しは2001年(平成13年)10月1日から「お聞きの放送は、(分社化前はこの間に東京放送とアナウンス)TBSラジオです。周波数954kHz、出力100kWでお送りしています。J、O、K、R。TBSラジオ」)。
※ 以前、毎月1日は緊急警報信号の試験発射のため無しだった(月曜日を除く)。現在は緊急警報信号が第2週目の日曜放送終了後(試験が無い場合もある)に移動したため放送されている。
- 放送終了時の放送
- 高尾直樹による歌が流れ、1番終了後「今夜も遅くまで、TBSラジオにお付き合いくださいまして、ありがとうございました。まもなく、お別れの時間です」と堀井アナウンサーのアナウンスが入り、2番にはいる。2番の後「TBSラジオはこの後しばらく放送をお休みして、朝の放送は午前4時からお送りいたします。それでは、お休みなさい」と入り、サビの繰り返し後「お聞きの放送は、TBSラジオです。周波数、954kHz。出力、100kWでお送りいたしました。J、O、K、R。TBSラジオ」と入る。
- 放送開始時の放送
- 堀井美香アナウンサーの試験電波送信終了の告知放送が入り(言い回しは「J、O、K、R。こちらは、TBSラジオです。周波数954kHz、出力100kWで試験電波を送信いたしました。」)、高尾直樹による歌が入る。その際、イントロに「J、O、K、R。TBSラジオです」のアナウンスが入る。1番の後「おはようございます、TBSラジオです。この放送は、周波数954kHz、出力100kWでお送りしています」と入り、2番の後「おはようございます、いつもTBSラジオをお聞きくださいまして、ありがとうございます。今日も1日元気にお過ごしください。これより、今日の放送を開始いたします」と放送開始のアナウンスが入り、サビの繰り返し後「J、O、K、R。TBSラジオ」が入る。その後ジャンクション時のアナウンスが入る。
- 短縮版の放送開始・終了
- 2006年(平成18年)11月6日、歌が省略されアナウンスのみで放送が終了/開始された(なお、アナウンス内容は同一)。試験電波の発射もこの日に限り行われなかった。
[編集] 歴代コーポレートメッセージ
ここでは、「ラジオ東京スピリッツ~TBSラジオ開局60周年」内の過去の番組表より確認できたものを示す。なお、一部使用期間が重なるものもある。
- リゾナンス編成のTBSラジオ(1973年4月 - 9月)
- 聞きごたえのあるTBSラジオ(1973年10月 - 不明)
- 新しい発見(不明 - 1977年3月)
- 街コミュニケーション(1977年4月 - 1978年3月)
- もうひとりの友だち(1978年4月 - 1979年3月)
- プラス4の魅力(1978年10月、周波数が950kHzから954kHzへ変更した事に伴う告知)
- 954 ラジオははずむTBS(1979年4月 - 1983年3月)
- あなたのラジオお元気ですか(1983年4月 - 1989年9月)
- 信頼と共感のTBSラジオ(1984年4月 - 9月)
- きょう心にひびくことば(1985年4月 - 9月)
- "今"がきこえる(1987年4月 - 1990年9月)
- もっと素敵に。TBS。(1988年4月 - 1991年3月、TBSテレビと共通)
- フィーリングの時代からメッセージの時代に(1991年4月 - 9月)
- YES,TBS(1994年4月 - 1996年9月、TBSテレビと共通)
- いま大切なこと伝えます~Live & Lifeライン(1995年4月 - 9月)
- いま、GET!(1995年10月 - 1996年3月)
- ホット れぃでぃお TBS!!~本音でトーク(1996年10月 - 2000年3月)
- 聞けば、見えてくる(現行、2000年10月 - )
[編集] その他のメディア
以下はTBSラジオ&コミュニケーションズが制作する、中波放送以外のマスメディア。
[編集] 現在運営中
- TBS RADIO WEB RADIO - AMラジオの一部コーナーをインターネットにてオンデマンド配信を行っている。1999年(平成11年)「小沢昭一の小沢昭一的こころ」を皮切りにスタート。
- TBS RADIO podcasting954 - ポッドキャスティングによるインターネットラジオ局。2005年(平成17年)10月開設。
- OTTAVA(オッターヴァ) - 地上デジタル音声放送とインターネットラジオによるクラシック音楽専門のラジオ局。2007年(平成19年)4月開局。デジタルラジオの放送は全局廃止により2011年(平成23年)3月31日終了。
- radiko - ほかの民放ラジオ各局とともに、IPサイマルラジオにて地上波と同内容の番組やCMを同時配信。2010年3月15日開始。音声はモノラルに変更された地上波とは異なり、引き続きステレオで実施[21]。
[編集] 放送終了
- BS-iラジオ - BS-iにてBSデジタル音声放送(通称 BSデジタルラジオ)の番組制作を担当していた。2000年(平成12年)12月1日開局。2005年(平成17年)9月30日終了。
- TBSラジオデジタル - 地上デジタル音声放送にて行っていたAMラジオのサイマル放送。2008年(平成20年)9月29日開始。2011年(平成23年)3月31日終了。
[編集] 備考
- 現在の放送終了や放送開始の歌は高尾直樹が、放送中に流れる局のサウンドロゴ(ジングル)(正確はTBSラジオの公式ページ案内ソング)は男性ボーカルグループのBaby Booが歌っている。
- 広告料を時間帯によっては他社に比べて安価に設定しており、私立学校からの生徒・学生向け告知放送や、企業の社員運動会などイベントの開催の有無の告知放送がしばしば行なわれる(6〜7時頃)。昼間は、群馬県に本社がある企業のCMが他の在京AMラジオ局に比べて多く流れる。また、深夜帯では、プロデューサーに演劇に対する理解がある者がいる事から、TBS主催、共催の劇団公演のCMがよく放送される。
- 1990年代はアニラジを多数放送していたが、2006年(平成18年)3月に『酒井香奈子のかなえて!シャイニング☆ドリーム』が終了した後は『林原めぐみのTokyo Boogie Night』のみの放送となっている。但し、『〜ちょいモテおやじ養成番組〜ものほん』(2006年(平成18年)4月 - 9月)のようにアニラジではないが声優をパーソナリティに起用したケースはある。
- 東京放送運営時代の1990年代までは朝日放送が運営する住宅展示場「ABCハウジング」(首都圏にも展示場がある)のCMを流していたこともある。2000年代では日中の交通情報のスポンサーにABCハウジングが登場することもある[26][27]。
- 東京放送時代からコールサインを放送で提示する回数が他局と比べて少ない。毎朝『あなたへモーニングコール』終了後(月曜のみ同番組開始前)の一日のプログラム開始時にコールしているが、後は『大沢悠里のゆうゆうワイド』で時報前にたまに言う事がある程度である。これに関連して2006年(平成18年)、TBSアナウンサーの蓮見孝之が『ゆうゆうワイド』で司会の代役を務めた際、「お聴きのラジオはTBSラジオです。JOQR」と自局のコールサインを言い間違えるハプニングがあった(過去に見城美枝子アナ(当時)も同じミスをしている)。しかしkakiiinの番組サウンドステッカーで頻繁にコールサインを言うようになっている。
- 東京放送時代、「TBS、東京放送です」という局名告知はよく流れていた。これにより、エリア内をはじめとするリスナーは他地域よりもTBSが東京放送の意味であることを比較的認知しやすい状況にあったといえよう。
- 『ストリーム』で記者クラブやB-CASといった自局の利害に絡む問題を取り上げたことがあり、論調にはリベラルな面が見られる。
- 広報活動の一環として、ラジオ編成部による直出情報にて構成されたメールマガジン「954プレスメール!」[28]を毎週金曜日に配信している。また、TBSラジオ番組パーソナリティのインタビューやイベント情報、横浜ベイスターズ情報[29]や番組表などが掲載されたフリーペーパー「954press」を偶数月一回発行(都営線駅やイトーヨーカドー店舗(東京都・埼玉県・神奈川県・千葉県)、TBSハウジングなどで配布、郵送代負担にて当月分の発送が可能)しており、同誌は同社ウェブサイトでも見ることが可能となっている[30]。
[編集] 完全分社化に伴う告知放送
2001年(平成13年)9月30日の23:59から10月1日の0:01にかけて、完全分社化(正式には放送事業・免許を東京放送(その後テレビ専業を経て現在は放送持株会社の東京放送ホールディングス)から当社に継承)に伴う告知放送が行われた。
- まず9月30日23:59に東京放送のラジオ放送局事業としての締めくくりとしてサウンドロゴをバックに「お聞きの放送は、東京放送が周波数954kHzでお送りしました。TBS東京放送、JOKR」という堀井美香アナウンサーのアナウンスが行われ、その後時報CM(セブンイレブン提供)を放送した。
- 時報に続き10月1日0:00に宮内鎮雄アナウンサーから「JOKR TBSラジオ。…お届けしている放送はただいまの時刻をもちまして、TBS東京放送より放送免許を引き継いだティ・ビー・エス・ラジオ・アンド・コミュニケーションズからの放送になります…。」という内容で分社化放送開始のアナウンスが行われた[31]。分社化最初の放送は『林原めぐみのTokyo Boogie Night』。
[編集] トラブルによる放送休止
- 1997年(平成9年)頃に送信所トラブルが発生し、『宮川賢の誰なんだお前は?!』放送中(夜11時前の時報CMに入る直前)に、予備送信設備へ切り替えを行った。これは放送音声(AMステレオ音声の左チャンネル)に、断続的な雑音が発生していたためである。切替後、予備機からのため音量が普段より小さい状態が続いたが、約1週間後に送信所が復旧し通常の送信に戻った。
- 2001年(平成13年)8月に台風が原因で送信所にトラブルが生じ、数日間放送事故が多発していたため、8月22日に『コサキンDEワァオ!』を東京のみ1時間に短縮放送し、深夜2時から翌朝4時まで放送を休止して送信所の点検・調整を行った(放送予定の『Ride on music!』は中止)。この時、『コサキンDEワァオ!』の前後に、放送休止に関してのお詫びコメントを約1分間アナウンサーが伝えた。
- しかし、上記点検の後も不安定な状態が続いたため、9月2日深夜に再び放送を休止して深夜1時から点検・調整を行った(放送予定の『ラジオパステルコレクション』、『量産型アリtoキリギリス』は中止)。上記同様に放送を終了する際、約1分間の放送休止のお詫びコメントをアナウンサーが伝えた。
[編集] 脚注
- ^ 各TBS制作番組宛の郵便番号は従前通りラジオ・テレビ共通で「107-8066」。
- ^ あまり用いられず『TBS』と表記されることが多い。放送では「ティービーエス・アールシー」というように、&は省かれることもある。
- ^ TBSラジオ954プレスメール!第398号(2011年9月22日発行)による。
- ^ TBSラジオ 10月聴取率調査でもトップ 2期連続単独首位 男女35才~49才でも平日平均、土曜、週平均でトップ - TBSラジオ&コミュニケーションズ 編成局編成部 2001年11月7日
- ^ 2010年2月 石原社長 定例記者会見概要 (PDF) TBSテレビ総務局広報部 2010年2月24日
- ^ TBSラジオでは放送されず裏送りだったが35年続いた「トヨタ・ミュージック・ネットワーク」もこの時期に終了。
- ^ 偶数週と第5日曜深夜の放送終了時間が30分遅いのは『クチ×コミ』(RKB毎日放送制作)をネット受けするためのもの。また『文化系トークラジオ Life』放送時、スペシャルウィーク直前、スペシャルウィークが2週間あるときの1週目は放送休止はなし(『クラブ954スペシャル』や特別番組放送のため)
- ^ TBSラジオのCMについて(TBSラジオ営業情報)
- ^ 毎日新聞東京本社は1966年(昭和41年)に、東京都千代田区一ツ橋1-1-1の現本社ビルに移転。当時のニュースは毎日・朝日・読売の全国紙最大手3社の出資があったため、この3社による曜日ごとのローテーションでニュースを提供していた
- ^ 日本国との平和条約が締結され占領が解除されたのは月末の28日なので、この時点ではまだ「在日米軍」ではない。
- ^ ステレオ放送の最初の番組は、「TBSポップスベスト10」、提供スポンサーはYKKで、最初に放送されたステレオCMは、同社の「補助スキーゴーゴー」だった。
- ^ 但し、テレビのはなまるマーケットや選挙特番・期首特番などでは、現在でも「(番組名等)@best.tbs.co.jp」が使用されている。地方局向けの「ドライバーズ・リクエスト」では、その後も、2009年3月まで「dr@best.tbs.co.jp」が使用されていたが、同年4月から「dr@tbs.co.jp」へ変更された。
- ^ TBSラジオデジタル
- ^ サイマル放送開始当初の放送時間帯は月-土曜日は6:00から27:00まで、日曜日は6:00から25:00に限られた
- ^ TBS、デジタルラジオ事業などを、ホールディングス傘下に(Impress Watch - ケータイ Watch)
- ^ 日曜日深夜25時〜29時はメンテナンスのため、放送休止
- ^ 『ラジオ:ネットで同時放送 在京、在阪13局が本格参入』 - 毎日新聞 2010年(平成22年)2月13日
- ^ 『在京・在阪の民放13局が3月からネット配信解禁へ』 - CNET Japan 2010年2月15日
- ^ 新会社radikoを12月1日に設立、IPサイマルラジオ放送が本格始動 - 朝日新聞 2010年(平成22年)11月25日
- ^ 株式会社radikoが12月1日発足、区域の拡大や新局の参加を2011年春までに - NIKKEI BP 2010年11月25日
- ^ a b c TBSラジオ954 AMラジオ放送モノラル化について - TBSラジオ トピックス&ニュース
- ^ NHKとアール・エフ・ラジオ日本は従来からモノラルのまま
- ^ 他の予告のある時報を使用する放送局(NHK・ニッポン放送など)よりは予告は1秒短い。これは現在の音楽がついたものも同様である。
- ^ NIFTY-ServeのFRADIO(NIFTY ラジオハウス)内「AM放送会議室」での1994年9月23日00時13分付け、高林徹TBSラジオ編成制作局放送部技術デスク(当時)の投稿による。
- ^ NIFTY-ServeのFRADIO(NIFTY ラジオハウス)内「AM放送会議室」での1995年8月4日18時24分付け、伊藤アキラ本人の投稿による。
- ^ TBSラジオ自身も関東地方で住宅展示場「TBSハウジング」を展開しており、CMが多い。また、このCMは文化放送でも流れていた。
- ^ 2000年(平成12年)秋頃には、グループ企業のTBSテレビのライバル局であるテレビ朝日『タイムショック21』の番組宣伝を流していたことがある他、テレビ朝日とイベントを共催することもある。系列について、ABCテレビはテレビ朝日系列だが(ただし、1975年(昭和50年)3月まではJNN系)、ABCラジオはTBSラジオをキー局とするJRNに属している。
- ^ 954プレスメール
- ^ DeNAへの球団譲渡に伴い、2011年12月発行号限りで終了。同号および翌2012年2月発行号での終了案内は行われなかった。
- ^ 954press
- ^ 関連情報:TBSテレビコールサイン変更、TBSラジオ免許人変更モニター
[編集] 関連項目
- 東京放送ホールディングス
- TBS系列
- TBSテレビ
- STVラジオ(TBS同様に2005年(平成17年)10月1日に中波ラジオを分社化し、放送免許を札幌テレビ放送から承継。NRNシングルネット局)
- CBCラジオ(中部日本放送ラジオ部門の業務全般を担う子会社。旧社名は「テクノビジョン」。JRNシングルネット局)
- NBCラジオ佐賀(長崎放送ラジオ部門の佐賀放送局の業務全般を担う子会社。旧社名は「NBC P&S」。JRN&NRNクロスネット局)
- 琉球放送(TBS同様に中波ラジオを社内カンパニーで分割。JRNシングルネット局)
- TBS RADIO podcasting954
- TBSラジオ環境キャンペーン
- TBSハウジング
- TBSラジオ珍プレー好プレー大賞
- TBSラジオ平日夜ワイド番組
[編集] 外部リンク
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