林原めぐみのTokyo Boogie Night
| 林原めぐみのTokyo Boogie Night | |
|---|---|
| ジャンル | アニラジ |
| ラジオ | |
| 愛称 | ブギーナイト・TBN |
| 放送期間 | 1992年4月11日 - 放送中 |
| 放送局 | TBSラジオ |
| 放送時間 | 日曜日 24:00 - 24:30 |
| 放送回数 | 1027回 (2012年1月1日放送時点。TBSラジオ基準) |
| 放送形式 | 収録放送 |
| ネット局 | 15局 |
| パーソナリティ | 林原めぐみ |
| ディレクター | 柴田和江 |
| 提供 | キングレコード |
| その他 | 製作:キングレコード |
| ■テンプレート使用方法 ■ノート | |
| ウィキプロジェクト | アニメ |
| ポータル | アニメ・ラジオ・メディア |
『林原めぐみのTokyo Boogie Night』(はやしばらめぐみのとうきょうブギー・ナイト)は、声優・林原めぐみがパーソナリティを務めるキングレコード製作・1社提供[1]のラジオ番組(アニラジ)。1992年(平成4年)4月11日からTBSラジオで放送を開始し、2011年(平成23年)6月26日に放送1000回を達成した。略称は「TBN」または「ブギーナイト」。
※ 放送日・放送回数はキー局であるTBSラジオを基準とする[2]。
目次 |
[編集] 概要
リスナーの日常生活ネタを中心としたお便りとそれに対する林原のトーク、およびキングレコード・スターチャイルドレーベルの楽曲紹介を基本に進行する30分番組であり、キー局であるTBSラジオのタイムテーブルには、「カリスマ声優の飾らないトークと、ミュージックで送るバラエティ」と紹介されている。番組開始当初は林原めぐみのDJ15分に加えて、関西で放送されていたラジオドラマ番組『熱血電波倶楽部』を関東でも放送するという目的で、両15分ずつを合体させた30分番組としてスタート(数回に1回、30分丸々DJスペシャルとして林原のトークで進行)。2000年(平成12年)2月にコーナーが完全終了してからは現在の番組の形となっている。
声優がパーソナリティを務めるアニラジとしては、『mamiのRADIかるコミュニケーション』や『ノン子とのび太のアニメスクランブル』、自身の『林原めぐみのHeartful Station』に次ぐ歴史のある番組である。林原はブログ等をしておらず、ファンクラブも存在していないため、ファンにとっては林原の普段の出来事や新曲発表などの情報が得られる数少ない場となっている。
2001年(平成13年)3月には同時間帯聴取率1位継続という長年の功績を表彰され、TBSよりゴールデンマイク賞を受賞したほどの人気番組であり、2003年(平成15年)9月に『ラジオ・アニメどんぶり』が終了してからは現在に至るまで、TBSラジオがキー局の番組で唯一のアニラジである。
お便りが紹介されたリスナーには「リスナーのしるし」として靴紐が送られる。ゲストが番組に来た場合には、ゲストと林原の寄せ書きサイン色紙、またスターチャイルド関連のグッズが出されることが多い。キー局のTBSテレビ(東京放送)のバレーボール応援グッズがプレゼントになったこともある。林原がプレゼント告知を忘れた場合でも、ゲストからのプレゼントはしっかり用意されている。
通算放送回数が100回を達成するごとに記念として公開録音イベントが行われる(#公開録音概要を参照)。なお、この公開録音は林原が活動方針上コンサート活動を行わない代わりとして、ファンへの感謝の気持ちもこめて、抽選による招待ではあるものの参加費無料で開催される[3]。
郵便物の宛て先は、番組名を「めぐみのTBN」と書いても番組宛に届くようになっている。番組の宛て先(「こんなんありますぅ」宛など)を通じて、林原にプレゼントを贈ることも可能である。
[編集] テーマソング
[編集] オープニングテーマ
- 「Tokyo Boogie Night」のイントロ
[編集] エンディングテーマ
- 「Tokyo Boogie Night」(放送開始より)
- 「Tokyo Boogie Night(2002 version)」 (2002年頃〜)
「Tokyo Boogie Night」の原曲は、OVA『機動戦士SDガンダムMARK-ΙΙΙ 宇宙の神秘・大作戦』のエンディングに使用されたもので、林原めぐみと本多智恵子によるデュエット曲である(今ラジオ番組に使用されているのは林原によるソロカバー)。2004年5月15・16日放送分では岡崎律子逝去に対する追悼として、この回のエンディングのみ、岡崎の「Lucky&Happy」が流された。
オープニングとエンディングの提供クレジットのナレーションは番組開始から堀内賢雄が担当している。
[編集] 挨拶
お決まりの挨拶として、番組冒頭では「皆さんこんばんは、林原めぐみです。一週間のご無沙汰いかがお過ごしだったでしょうか」、番組終了時に「来週も絶対See you again. お休み、バイバイ」がある。
[編集] 特徴
[編集] 主な歴史
- 1992年(平成4年)4月11日放送開始。当時はTBSラジオのみの放送で、番組テーマ曲「Tokyo Boogie Night」の歌詞同様に「午前2時」である土曜26:00からの放送であった。後に東海ラジオを皮切りに、全国各地へネット局を増やしていく(#放送しているラジオ局を参照)。
- 1996年(平成8年)10月25日、25:00 - 27:00にTBSラジオの金曜UP'Sにて『林原めぐみのTokyo Boogie Night スペシャル』が生放送された。なお、このスペシャル放送は『UP'S』の番組として企画放送されたものであるため、放送回数にはカウントされておらず、生放送およびスペシャル放送もこの時限りである。
- 1998年(平成10年)、4月1日に行われた放送300回突破記念公開録音イベントのアンコール時に、突如ウエディングドレス姿で舞台に登場。イベント2日前の自身の誕生日に入籍したことを発表し、ファンを驚かせた。
- 2000年(平成12年)までは後半15分部分にラジオ番組『熱血電波倶楽部』のラジオドラマパートを、また熱血電波倶楽部がドラマパートではなくDJパートを放送する際には引き続き林原のDJパート(30分まるまる林原DJスペシャル)を放送していたが、2000年(平成12年)2月6日放送分(第408回)にて放送された『それいけ!宇宙戦艦ヤマモト★ヨーコ』を最後に熱血電波倶楽部のラジオドラマは終了。以降は引き続き林原のDJパートになっている。
- 2001年(平成13年)10月1日、TBSラジオの放送が東京放送(現:東京放送ホールディングス)からTBSラジオ&コミュニケーションズに引き継がれた告知後の最初の番組となった。この告知のため、当番組はその日に限り1分放送時間を遅らせての開始となった。
[編集] その他
- 他のスターチャイルド制作番組で多く導入されている電子メール投稿は、林原本人が「ハガキの温もりを大切にしたい」[5]「コンピューターの文字よりも、手書きのほうがリスナーの喜怒哀楽の表情がわかりやすいので好み」[6]という意向で番組の開始時から長らく受け付けていなかった。2007年5月21日放送分から「早口言葉の挑戦状」と「電波私物化コーナー」に限り、番組放送開始15年目で初めて受け付けるようになったが、その他のコーナーは引き続き郵送手段でのみ投稿を受け付けており、現在も実質的にはハガキ投稿中心の番組となっていたが、2011年2月6日放送分(第980回)からは「ゲストへのおたより」[7]、「プレゼント応募」、「質問箱」[8]も「MEGUMI HOUSE」の投稿フォームで受け付けることを番組内で発表した。
- 新年最初の放送では、スターチャイルドからリリースされている曲を普段の放送では2曲掛けるところを、多めに3 - 4曲ほど掛ける。また、1曲目はこの番組のタイトルのルーツとなった「Tokyo Boogie Night」が必ず掛けられていた。2009年頃からは「Tokyo Boogie Night」をかけずにスタッフからの年賀状を紹介するようになった。また、クリスマスが近くなると「Cherish Christmas」を掛けるのも恒例となっている[9]。
- TBSラジオ・HBCラジオ・北陸放送・中国放送・南海放送ラジオ・KBCラジオの6局では一つのCM枠に20秒のCMが2本流されるが、IBC岩手放送・東北放送・新潟放送・信越放送・静岡放送・東海ラジオ・KBS京都・山陽放送・熊本放送の9局では、20秒のCM1本のみで他局で流されている残りの枠内において、林原の歌「がんばって!」がフィラーとして流されている[1]。なお、公開録音が行われる際に流れるCMも2本目は「がんばって!」のフィラーであることから、2本目がフィラーになるパターンがデフォルトであると考えられる。
- 第599回放送 (2003年(平成15年)10月26日放送分)の時、かつて1度だけ放送回数が重複している旨を告知している。それは、1997年10月19日放送分の「第288回」のことで、直前番組はプロ野球の日本シリーズ『ヤクルトVS西武』戦の中継だった。試合が白熱し、中継を急遽延長したため放送は中止され、この放送は1997年11月2日の27:00から放送された。しかし、局によっては通常通りに放送していたため、放送していた局では同じ内容を2度放送する事態になった。TBSラジオを起点としてカウントすると599回目の放送であったが、上述の重複放送分もカウントされるため、この日の放送が通算600回目となった。このため、通算放送回数は600回を機に修正され、現在に至っている。ちなみに、ラジオドラマは1997年11月2日に3放送分前の内容と放送の順番が逆転した内容が放送された。
- 2011年(平成23年)3月11日に発生した東北地方太平洋沖地震の影響で、キー局であるTBSラジオと、被災地であるIBC岩手放送・東北放送は震災関連報道を行ったため、3月13日(第985回、ゲスト:柳家わさび)の放送を休止した[10]。それ以外のネット局では通常通り放送されたものの、震災発生前に収録していたため、それに関する話は触れられなかった。
[編集] スタッフについて
ラジオ番組は主にラジオ局や外部制作会社の専任のディレクターやミキサーが製作にかかわるが、この番組のディレクターはキングレコードの社員が担当していた。ただし、現在の担当者・柴田和江(2007年に一旦番組を離れ、2010年に復帰)はキングレコード社員ではない。過去には内藤洋、徳原貴之、宿利剛、矢田晶子もこの番組を担当したことがあり、ディレクター業務を離れた後も本来の業務で活躍を続けていることから林原に(この番組は)「キングの登竜門」と言われたことがある。
[編集] コーナー・企画
[編集] 現在
- 早口言葉の挑戦状
- リスナーが送ってきた早口言葉を林原(およびゲスト)に喋らせるコーナー。初登場は1992年9月12日放送分(第22回)で、1992年11月14日放送分(第31回)よりレギュラー化。オリジナル・引用は問わないが、引用の場合は引用元などを記入する必要がある。林原が早口言葉を3回復唱し[11]、失敗すると「リスナーのしるし」と呼ばれる靴紐に加えて林原のサイン色紙がリスナーに贈られ、成功の場合は靴紐だけが贈られる[12]。
- 成功時は効果音でチューブラーベルと鐘、失敗時には爆発音が鳴っていたが、2011年4月10日放送分(第989回)からは成否のSEが成功時は「ピポピポピポン」、失敗時は「ブー」と鳴るように変更された。
- 公開録音の際は、投稿された早口言葉の中から3つを採用し、各内容を1回ずつもしくは3回続けて喋る場合もある。
- 2011年3月20日放送分(第986回)は東北地方太平洋沖地震発生後、最初に収録された回であり、主に地震関連のトークとなったため行われなかった。また、翌週の3月27日放送分(第987回)と翌々週の4月3日放送分(第988回)でも行われず、3週連続で休止。これまでレギュラー化以降は休止した事例が何度かあるが、3週連続休止は初めてのことである。
- 普通のお便り
- ノンジャンルの普通のお便りを紹介するこの番組のメインコーナー。内容は林原のCDや本の感想、またはリスナーの日常生活にまつわるものが多いが、進路や恋愛相談などで林原にアドバイスを求める内容の便りもある。ハガキ1枚に対して長々とトークすることが多いため、2 - 3枚の紹介で終わることが多い。
- こんなんありますぅ
- 食べ物、地名、誤植記事などの珍しいものを林原に報告するコーナー。ネタを紹介せずに自身の告知をする場合もある。ゲストが出演している時や特別企画などで放送時間が取れない時は省略される。
- 電波私物化クラブ
- リスナーからの伝言板。両親、親戚、友人、投稿者本人などへのメッセージが中心である。このコーナーも時間がない場合は省略される。
- 過去にはこのコーナーで「リスナーの集い」が呼びかけられ、リスナー同士が交流を深める自主イベントが開催されたことがあった。
- 初登場は1992年5月2日放送分(第4回)であり、正式名称が敷かれているコーナーとしては番組最古の現役コーナーである(普通のお便りはお便りを紹介するフリートークであり、正式名称ではないため)。
- 夏休み恒例キーワードクイズ(夏限定)
- 放送1週につきある1文字が発表され、全てを繋いで応募すると抽選でプレゼントが当たる。「夏休みにも自宅や帰省先でラジオを聴いてほしい」という思いもあり、大抵は4週に渡って発表される。原則として林原は前週に言ったキーワードは言わず、「分からなければ想像や推理をしてほしい」とちょっと意地悪めいた発言をしてリスナーを煽ることもある。ただし、一部ネット局が編成の都合で未放送だった地域があった場合は、特例でその週と前の週のキーワードを合わせて発表したこともあった[13]。
[編集] 過去
- 熱血電波倶楽部
- ラジオドラマを放送するコーナー。
- 春猫不思議うそよ
- 珍しい物事を紹介するコーナー。しかしながら、そのほとんどが嘘ネタ(リスナーが作った作り話)で、ハガキの最後は「うっそだけど」で締められる。中には、さも本当のように巧妙に書かれた嘘ネタや、その逆でまるで嘘のような本当の話が送られることもあった。なお、本当の話の最後は「ほんとぴょ〜ん」で締められる。また本当の話は後の「こんなんありますぅ」のコーナーの原型になり、同コーナーに発展する形で終了。
- どこ行っちゃったんでしょうね
- 君のAnswer
- おしえてHappyness
[編集] 林原の産休による休暇時の対応
2004年に林原が出産休暇に入った際の処置として、最初の4週間(6月13日 - 7月3日)はまとめ録りでリクエスト曲を中心とした放送を行い、その後の4週間(7月11日 - 8月1日)は日高のり子が代理パーソナリティを務めた。
[編集] 放送しているラジオ局
本番組は番組販売扱いであるため、JRN・NRNなどのネットワーク系列に関係なくネット[14]されており、過去にはFM局での放送実績もある[15]。なお、2011年8月現在、radikoの復興支援サイト「radiko.jp復興支援プロジェクト」を実施しているため、IBC岩手放送および東北放送の放送を通じてインターネットのIP通信を利用しての本番組の全国配信を実施している。
| 放送地域 | 放送局 | 放送開始日 | 放送時間 |
|---|---|---|---|
| 関東広域圏 | TBSラジオ(キー局)[16] | 1992年4月11日 | (日)24:00 - 24:30 |
| 北海道 | 北海道放送(HBC) | 1995年1月8日 | |
| 岩手県 | IBC岩手放送[15] | 2001年10月7日 | (日)23:30 - 24:00 |
| 宮城県 | 東北放送 | 1996年4月7日 | (日)23:00 - 23:30 |
| 新潟県 | 新潟放送 | 1996年2月4日 | |
| 長野県 | 信越放送 | 1997年4月13日 | |
| 石川県 | 北陸放送 | 1997年4月6日 | (日)22:30 - 23:00 |
| 静岡県 | 静岡放送 | 2002年10月6日 | (日)23:30 - 24:00 |
| 中京広域圏 | 東海ラジオ[17] | 1993年2月6日 | |
| 京都府 | KBS京都[17] | 1994年10月2日 | (日)22:30 - 23:00 |
| 滋賀県 | |||
| 岡山県 | 山陽放送 | 2002年9月28日 | (日)23:30 - 24:00 |
| 広島県 | 中国放送(RCC) | 1996年10月6日 | (日)22:25 - 22:55[18] |
| 愛媛県 | 南海放送 | 1995年1月1日 | (土)22:30 - 23:00 |
| 福岡県 | 九州朝日放送(KBC)[17] | 1995年4月16日 | (土)24:00 - 24:30 |
| 熊本県 | 熊本放送 | 1995年1月1日 | (土)23:00 - 23:30[19] |
[編集] 過去
- エフエム岩手(新聞表記は「東京ブギーナイト」)
[編集] 公開録音概要
| 記念回数 | 開催場所 | 開催年月日 |
|---|---|---|
| 100回 | 豊島公会堂 | 1994年3月30日 |
| 200回 | 豊島公会堂 | 1996年4月7日 |
| 300回 | 豊島公会堂 | 1998年4月1日 |
| 400回 | 杉並公会堂 | 2000年4月2日 |
| 500回 | ゆうぽうと簡易保険ホール | 2002年1月27日 |
| 600回 | 新木場スタジオコースト[20] | 2004年3月27日 |
| 700回 | 九段会館 | 2006年4月30日 |
| 800回 | メルパルクホール東京 | 2007年11月3日 |
| 900回 | 東京厚生年金会館[21] | 2009年10月4日 |
| 1000回 | 中野サンプラザ | 2011年6月11日[22][23] |
- 公開録音は往復はがきによる応募でのみ参加希望者を受け付ける。当落は往復はがきの返信で発表される。なお、600回記念の時にはハガキの遅延など、発送事故が多発し、当落結果やハガキが番組宛てに到着しているかどうかの問い合わせが相次いだ。
- 2011年6月11日に放送1000回記念公開録音が実施されたが、会場では先の東日本大震災の義援のために献血や募金が実施されており、募金へのお礼という形で、あらいずみるいによる書き下ろしリナ=インバース色紙・貞本義行による書き下ろし綾波レイ色紙・アルバム『VINTAGE White』仕様オリジナルデザイン色紙それぞれに林原めぐみの直筆サインを加えた色紙(1回1,000円以上の募金につき1枚)がおよそ1200枚ずつ計3600枚手渡された。通常の募金と合わせ、この日1日で408万8586円が集まったという。献血コーナーの方では一般的な献血に参加した時に譲渡される際と同じようにお菓子や飲料などのほか、公開録音用の粗品として林原のブロマイドが献血参加者に配られた。
[編集] 『林原めぐみのHeartful Station』との関係
ラジオ関西をキー局として放送されている『林原めぐみのHeartful Station』(以下、『HS』)は、当番組(以下、『TBN』)と同様にキングレコードが製作しており、同一のレコード会社による製作で同一のパーソナリティが担当するラジオ番組が2つ放送されるのは非常に珍しい。その理由としては、1991年に『HS』がアール・エフ・ラジオ日本でスタートしたものの数回放送後打ち切りとなった後、キー局を兵庫県を放送エリアとするラジオ関西に移して『HS』の放送を再開し、翌1992年に関東広域圏での番組として『TBN』を開始した経緯があるためである。
両番組には、同時期に林原関連の情報の告知がされることや、通算放送回数が100回を越えるごとに公開録音イベントを行うという共通点がある。しかし、リスナーの便りを読んで林原がトークを展開する時間が番組のほとんどを占める『TBN』に対して、『HS』ではテーマが定められた多数のコーナーがあるほか、アシスタント(保志総一朗)やコーナーパーソナリティ(SEGA社員の竹崎忠)が出演するため、番組の雰囲気はある程度差別化されている。
放送エリアについては『TBN』の方がネット局が多いが、全国的に見ると両番組が互いに放送エリアを補完するような関係になっている。また、中京・京阪神・福岡県のように同一放送エリア内の複数のラジオ局で『TBN』・『HS』を放送している一方で、北海道・岩手県(IBC岩手放送)のように同一ラジオ局が両番組を放送している場合もある。関東広域圏では1997年4月11日から1998年9月にかけて、TBSラジオが『UP'S〜Ultra Performer'S radio〜』金曜枠で『HS』を放送していたことがあり、『UP'S』ネット局であるHBCラジオ・RKBラジオ・琉球放送(RBCiラジオ)でも放送された。『UP'S』終了後もTBS以外の3局は放送時間帯を変更して『HS』の番組ネットを続けている。
[編集] 関連項目
- 熱血電波倶楽部
- 林原めぐみのHeartful Station
- 水谷優子のアニメ探偵団II - かつての当番組と同じく、最近まで電子メールを全く受け付けていなかったアニラジ。
- 青春ラジメニア - 基本的に同上(青春ラジメニア#番組の主なルールの項参照)。林原自身にとっても縁が深い番組。
- mamiのRADIかるコミュニケーション - 最近まで電子メールでの投稿を受け付けていなかったアニラジ。
[編集] 脚注
- ^ a b ただし一時期、東海ラジオ・KBS京都・熊本放送では、2本流れるCM枠のうち後半1本がローカルスポンサーに差し替えられることがあった(東海ラジオはヤマギワソフト、KBS京都はコアデ企画(関西アニメイト)、熊本放送はまるぶん)。
- ^ 年に数回程度、年末年始や選挙開票速報の特別番組やサッカーのワールドカップ中継の影響により、キー局でありながらTBSラジオでは放送が休止になったり、地方局では放送時間が変更になったりすることがある。キー局で休止されても地方局で放送がなされるため、放送回数にはカウントされる。
- ^ 公開録音の模様およびそのライブパートは、林原のアルバムの初回特典として映像化されているものがある。アルバム『VINTAGE A』(TBN400回記念)、『feel well』(TBN500回記念)、『Plain』(TBN600回記念)、『CHOICE』(TBN900回記念)の各初回版特典DVDもしくはVHS(『Plain』のみCD)でそれぞれの模様を確認できるが、単品の映像作品としては販売されていない。
- ^ ただし、キー局であるTBSラジオは選挙速報などの為、たびたび放送を休止していたのでTBSラジオだけでの放送回数は厳密にはこのとき1000回に到達していない。
- ^ 『ラジオ番組表 2007秋号』(三才ブックス刊)の当番組の特集記事のインタビューで「電子メールだとリスナーの気持ちを読み取ることができない」という発言をしており、ハガキを読んで番組を進行するという形にこだわりを見せている。
- ^ 2009年12月20日放送分の本人の発言より。
- ^ ゲストへの質問など
- ^ ハガキに書く程の質問ではないが聞いてみたい質問、プレゼント発送係への連絡
- ^ この曲は同じ時期に『林原めぐみのHeartful Station』でも掛けられる。
- ^ TBSラジオでは報道待機として、歌詞の無い音楽を流した。
- ^ 回数は林原の判断で増減する場合がある。
- ^ ゲスト出演者の成功・失敗は関係ない。
- ^ この企画は『林原めぐみのHeartful Station』でも行われる。関東エリアの放送局で行われるレーティングとは関係がないようである。2011年は休止。
- ^ ただし、東日本大震災発生後最初の放送では、募金先として、キー局のTBSラジオが行っているJNN・JRN共同募金「絆プロジェクト」の紹介をしていた。
- ^ a b 1994年11月13日 - 2001年3月28日まではエフエム岩手(水曜日21:00 - 、末期に19:00 - に変更)で放送されていた。
- ^ JRN単独局
- ^ a b c NRN単独局
- ^ 2008年3月までは、23:30 - 24:00に放送されていた。
- ^ 2009年3月までは(日)23:30 - 24:00に放送されていた。同年9月までは(日)23:00 - 23:30だった。
- ^ この時は展示会が開かれ、参加できなかった人も展示会のみ入場可能だった(ただし、入場料が必要だった)。
- ^ 当番組の公開録音で初となる2回上演(視聴者は「午前の部」か「午後の部」のいずれかに参加、両方への参加は不可)となった。
- ^ 林原めぐみのHeartful Stationと同じく、1000回達成前に開催した。
- ^ 当選ハガキに「2011年6月11日」ではなく、「2010年6月11日」と誤記載するミスがあり、番組で告知された。
[編集] 外部リンク
| TBSラジオ 土曜26時台前半(1992.4 - 1994.9) | ||
|---|---|---|
| 前番組 | 番組名 | 次番組 |
|
ロックンロール・ガンボ
(26:00~27:00) |
林原めぐみのTokyo Boogie Night
|
宮川賢のラジオはナメるな!
(26:00~28:00) |
| TBSラジオ 土曜25時台後半(1994.10 - 1996.3) | ||
|
コサキン快傑アドレナリン
(24:00~26:00) |
林原めぐみのTokyo Boogie Night
|
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| TBSラジオ 土曜25時台前半(1996.4 - 1997.3) | ||
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林原めぐみのTokyo Boogie Night
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| TBSラジオ 日曜23時台前半(1997.4 - 1998.3) | ||
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林原めぐみのTokyo Boogie Night
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| TBSラジオ 日曜24時台前半(1998.4 - ) | ||
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林原めぐみのTokyo Boogie Night
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