大津市
おおつし 大津市 | |||
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国 | 日本 | ||
地方 | 近畿地方 | ||
都道府県 | 滋賀県 | ||
市町村コード | 25201-8 | ||
法人番号 | 9000020252018 | ||
面積 |
464.51km2 | ||
総人口 |
344,375人 [編集] (推計人口、2024年4月1日) | ||
人口密度 | 741人/km2 | ||
隣接自治体 |
草津市、栗東市、甲賀市、高島市 京都府:京都市、宇治市、綴喜郡宇治田原町 | ||
市の木 | ヤマザクラ | ||
市の花 | エイザンスミレ | ||
市の鳥 | ユリカモメ | ||
大津市役所 | |||
市長 | 佐藤健司 | ||
所在地 |
〒520-8575 滋賀県大津市御陵町3番1号 | ||
外部リンク | 大津市(公式サイト) | ||
ウィキプロジェクト |
大津市(おおつし)は、滋賀県の南西端に位置する都市で、同県の県庁所在地である。中核市に指定されている。
概要
天智天皇が近江大津宮に遷都して以来の歴史を持つ古都であり、世界文化遺産の延暦寺や園城寺(三井寺)、日吉大社などの寺社仏閣をはじめ多くの史跡が所在する。
市域は、琵琶湖の主要な港湾である大津港を擁し東海道の宿場でもあった大津を中心に、膳所藩の城下町だった膳所、比叡山の門前町や港湾として栄えた坂本、湖上交通の拠点だった堅田などからなる。
滋賀県の県庁所在地かつ最大の人口を擁する都市ではあるが、県の南西端に位置し京都市に隣接することから、同市の衛星都市としても発展してきた。
地理
位置
大津市の市域は、琵琶湖の南西岸から南岸にかけて南北に細長く広がっている。その名の通り、琵琶湖の水上交通の要衝であった。西隣の京都市との境には比叡山が南北に走り、山を挟んで向かい合う同市との関係が深い。なお、都道府県庁所在地同士が隣接している例は日本では両市のほか、仙台市と山形市、福岡市と佐賀市の計3例があるが、この中でも格段に近接しており、両市の中心部からの距離が約10kmしか離れていない(仙台市と山形市の中心部の距離は約62km、福岡市と佐賀市は約53km)。
隣接する自治体・行政区
滋賀県
地形
気候
- 内陸性気候、それに併せて市南部は瀬戸内海式気候、市北部は日本海側気候を示す。豪雪地帯の旧堅田町は冬季雪が多い。
- 気象庁などの発表する滋賀県の天気予報は北部と南部の2つの一次細分区域に分けて発表されているが、当市はこの一次細分区域をまたいでいる。北部は伊香立支所、小野支所、葛川支所、木戸支所、小松支所及び和邇支所管内、南部は左記以外の管内である(このように一次細分区域をまたいでいる市区町村の例としては、今でこそ平成の大合併により他に仙台市や五條市などがあるが、平成の大合併以前にこのような状態であったという点では、大津市は全国でも珍しい例である)。
歴史
- 縄文時代以前 瀬田川西岸に石山貝塚が築かれる。
- 667年(天智天皇6年) 天智天皇が近江大津宮に都を定める。
- 672年(弘文天皇元年) 壬申の乱。瀬田川の橋(後の瀬田の唐橋)をめぐって戦闘が発生、大友皇子(明治3年(1870年)に弘文天皇の諡号を贈られる。)は自決し近江大津宮は廃絶。
- 奈良時代には瀬田に国府が置かれ、田上山など湖南の山々は平城京造営の木材を搬出する場となる。
- 747年(天平19年) 聖武天皇の発願により瀬田川沿いの石山に堂宇を建立、後に石山寺となる。
- 788年(延暦7年) 最澄が比叡山に堂宇を開き、後に延暦寺となる。山麓の坂本がその門前町として繁栄。
- 794年(延暦13年) 近江大津宮廃絶後、その跡地は「古津」と呼ばれていたが、平安京遷都を機に大津に復する詔が出される。
- 平安時代の大津は、平安京から東国・北国へと向かう人や物を扱う港となる。延暦寺と園城寺(三井寺)の抗争が激化し僧兵が登場する。石山寺は多くの平安文学の舞台となる。
- 1096年(嘉保3年) 永長東海地震。瀬田の橋が落ちるなど大きな被害。
- 1184年(寿永3年) 木曾義仲、今井兼平主従、源義経、源範頼らとの粟津の戦いに敗れる。
- 室町時代に入ると延暦寺の勢力はますます大きくなり、足利義教や細川政元ら権力者による焼き討ちが相次ぐ。大津や坂本、堅田などが物資の水上運送で繁栄、堅田水軍が活躍。
- 1571年(元亀2年) 織田信長、比叡山焼き討ち。明智光秀に坂本城を造らせ、琵琶湖の守りとする。
- 1586年(天正14年) 豊臣秀吉、坂本城を廃城にして現在の浜大津の場所に大津城を造らせる。
- 1600年(慶長5年) 関ヶ原の戦いと同じ頃、大津城の戦いが起こり大津城下は全焼する。
- 1601年(慶長6年) 徳川家康、大津城を廃城にして大津と瀬田の間に膳所城を造らせる。
- 江戸時代に大津は再興。琵琶湖を往来する船業者の組合・大津百艘船の本拠が置かれ琵琶湖水運の拠点となる。また東海道の宿場である大津宿(天領)は、物資運送と人々の往来で繁栄。大津絵、大津算盤などが名物となる。膳所城下は膳所藩のもと、しじみ採りや膳所焼が有名になるが藩財政は常に逼迫していた。
- 1662年(寛文元年) 琵琶湖西岸地震。琵琶湖沿岸から京都にかけて倒壊建物・死者多数。膳所城で建物の倒壊。
- 1698年(元禄11年) 堅田藩が立藩、1826年まで続く。
- 1868年(明治元年) 大津県が置かれる。
- 1869年(明治2年) 大津〜海津間に汽船航路が開通。
- 1870年(明治3年) 膳所城取り壊し、翌年膳所藩は膳所県になる。
- 1872年(明治5年) 滋賀県成立、大津は県庁所在地に。
- 1880年(明治13年) 逢坂山トンネル開通、京都と鉄道が繋がる。
- 1889年(明治22年) 4月1日 町村制施行により滋賀郡大津町が発足。7月1日 大津〜長浜間の連絡汽船に代わる鉄道が完成、東海道本線開通。
- 1890年(明治23年) 琵琶湖疏水完成。琵琶湖沿岸から京都への水運が通じる。
- 1891年(明治24年)5月11日 大津事件。
- 1898年(明治31年)10月1日 市制施行により大津市となる。
- 1905年(明治38年) 南郷洗堰(現在の瀬田川洗堰)完成。
- 1932年(昭和7年)5月10日 滋賀郡滋賀村を編入合併。
- 1933年(昭和8年)4月1日 大津市(旧制)、滋賀郡膳所町・石山町の1市2町が新設合併し、新制の大津市となる。
- 1951年(昭和26年)4月1日 滋賀郡雄琴村・坂本村・下阪本村、栗太郡大石村・下田上村を編入合併。
- 1958年(昭和33年)10月1日 市章を制定する。[1]
- 1967年(昭和42年)4月1日 滋賀郡堅田町、栗太郡瀬田町を編入合併。
- 1994年(平成6年) 「世界の文化遺産及び自然遺産の保護に関する条約」(世界遺産条約)に基づいて、延暦寺が金閣寺、清水寺などと共に世界遺産に登録される。(12月登録)
- 2001年(平成13年)4月1日 特例市に指定される。
- 2003年(平成15年)10月10日 古都保存法に基づき、全国で10番目の古都に指定。
- 2006年(平成18年)3月20日 滋賀郡志賀町を編入合併。
- 2008年(平成20年) 3月18日 源氏物語千年紀in湖都大津開催。
- 2009年(平成21年)4月1日 中核市に指定される。
人口
平成22年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、4.30%増の337,629人であり、増減率は県下19市町村中4位。
大津市(に相当する地域)の人口の推移 | |||
総務省統計局 国勢調査より |
市政
議会
会派名 | 議員数 | 所属党派 |
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湖誠会 | 11 | 自由民主党系 |
市民ネット21 | 6 | 民主党系 |
日本共産党大津市会議員団 | 6 | 日本共産党 |
公明党議員団 | 5 | 公明党 |
大志会 | 5 | 自由民主党系 |
清正会 | 2 | 無所属 |
風 | 1 | 無所属 |
惻隠 | 1 | 無所属 |
みんなの党大津 | 1 | みんなの党 |
合計 | 38 |
※2011年5月現在。
市長
歴代 | 氏名 | 就任年月日 | 備考 |
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初代 | 西村文四郎 | 1899年(明治32年)1月24日 | 大津町長から転身 |
2代 | 酒井岩造 | 1901年(明治34年)8月29日 | |
3代 | 村田虎次郎 | 1902年(明治35年)4月9日 | |
4代 | 西川太治郎 | 1908年(明治41年)4月9日 | |
5代 | 田村善七 | 1911年(明治44年)2月18日 | |
6代 | 小川静次郎 | 1913年(大正2年)1月16日 | |
7代 | 藤沢弥三郎 | 1915年(大正4年)11月1日 | |
8代 | 服部慶太郎 | 1917年(大正6年)7月25日 | |
9代 | 今屋友次郎 | 1918年(大正7年)9月11日 | |
10代 | 中井荘七 | 1922年(大正11年)10月7日 | |
11代 | 奥野英太郎 | 1926年(大正15年)11月6日 | |
12代 | 西田与三郎 | 1930年(昭和5年)11月22日 | |
13代 | 堀田義次郎 | 1933年(昭和8年)6月21日 | |
14代 | 早川清三 | 1942年(昭和17年)11月19日 | |
15代 | 森建一 | 1946年(昭和21年)12月14日 | |
16代 | 森田象一 | 1947年(昭和22年)4月7日 | |
17代 | 佐治誠吉 | 1949年(昭和24年)9月9日 | |
18代 | 上原茂次 | 1952年(昭和27年)10月14日 | |
19代 | 西田善一 | 1964年(昭和39年)10月6日 | |
20代 | 山田耕三郎 | 1972年(昭和47年)10月6日 | |
21代 | 山田豊三郎 | 1980年(昭和55年)6月15日 | |
22代 | 目片信 | 2004年(平成16年)1月25日 | |
23代 | 越直美 | 2012年(平成24年)1月25日 | 現職 |
行政機構については、大津市役所を参照。
経済
産業
伝統産業として、大津絵・大津算盤・松本瓦(桟瓦、簡略瓦)・膳所焼・湖南焼などがあるほか、以下の特筆すべき品目がある。
主な企業
金融機関
- 本店を置く金融機関
- 滋賀銀行
- 滋賀県信用農業協同組合連合会(JAバンク滋賀信連)
- 滋賀県民信用組合
- 営業拠点を置く主な金融機関
漁業
- 堅田港
- 瀬田漁港
姉妹都市
国内
海外
- ランシング市(アメリカ合衆国ミシガン州)
- インターラーケン市(スイス連邦ベルン州)
- 1978年10月1日姉妹都市提携
- ヴュルツブルク市(ドイツ連邦共和国バイエルン州)
- 牡丹江市(中華人民共和国黒竜江省)
- 亀尾市(大韓民国慶尚北道)
地域
公共機関
警察
消防
医療
その他
教育
小学校
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中学校
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高等学校
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大学・短期大学
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その他の教育機関
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交通
鉄道
中心となる駅は、大津駅(西日本旅客鉄道(JR西日本)琵琶湖線(東海道本線))である。
バス
道路
高速自動車国道
一般国道
- 国道1号
- 国道1号(京滋バイパス)
- 南郷インターチェンジ
- 石山インターチェンジ
- 瀬田東インターチェンジ
- 国道161号
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主要地方道
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一般県道
港湾
大津港は滋賀県が、その他の港湾は大津市が管理[2] している。
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マスメディア
- 新聞
- テレビ局
- ラジオ局
名所・旧跡・観光スポット・祭事・催事
自然・公園
文化施設
- 滋賀県立琵琶湖文化館
- 滋賀県立近代美術館
- 大津市歴史博物館
- 三橋節子美術館
- 木下美術館
- 大津絵美術館
- 淡淡美術館
- 近江神宮時計博物館
- 膳所焼美術館
- 大津市科学館
- 水のめぐみ館アクア琵琶
- 滋賀県立芸術劇場 びわ湖ホール
- 田上郷土史料館
- 田上鉱物博物館
- 比叡山国宝殿
- 建部大社宝物殿
- 立木音楽堂
- 滋賀県立図書館
- 大津市立図書館
神社
- 建部大社 - 近江国一宮、名神大社。
- 日吉大社 - 西本宮と東本宮の本殿は国宝、重要文化財建造物14棟3基。名神大社。
- 近江神宮 - 天智天皇が日本で初めて水時計(漏刻)を設置した故事に因み、時計博物館を併設。
- 小野神社、小野篁神社、小野道風神社 - 名神大社。
- 小椋神社
- 春日神社 - 本殿は国の重要文化財。
- 萱野神社
- 神田神社
- 佐久奈度神社 - 祓戸大神を祀る名神大社
- 篠津神社 - 表門は膳所城から移築されたもので国の重要文化財。
- 樹下神社(木戸)
- 樹下神社(北小松)
- 関蝉丸神社 - 音曲諸芸道の神。謡曲蝉丸で有名。
- 高穴穂神社
- 近津尾神社 - 松尾芭蕉ゆかりの神社。
- 天孫神社 - 祭礼は大津祭と呼ばれ、湖国三大祭のひとつ。
- 長等神社
- 八所神社(伊香立)
- 八所神社(八屋戸)
- 三尾神社
- 還来神社
寺院
- 延暦寺 - 天台宗総本山。山号は比叡山。最澄開山。
- 園城寺(三井寺) - 天台寺門宗総本山。山号は長等山。西国三十三箇所第14番札所。
- 円満院 - 近畿三十六不動尊第25番。
- 石山寺 - 西国三十三箇所第13番札所。
- 正法寺 - 西国三十三箇所第12番札所。
- 西教寺 - 伝聖徳太子創建。
- 聖衆来迎寺
- 義仲寺 - 木曾義仲・松尾芭蕉の墓がある。
- 長安寺 - 恵心僧都源信縁の寺。
- 延暦寺坂本本坊庭園 - 以下の10箇所の庭園が国の名勝に指定。
- 満月寺の浮御堂
- 本福寺
- 崇福寺跡
- 葛川明王院
- 堅田教会
遺跡・城跡・景勝地など
- 唐臼山古墳 - 小野妹子墓とされ、小野妹子公園が整備される。
- 大津京跡
- 坂本城跡 - 明智光秀が築いた城。
- 大津城跡
- 膳所城跡 - 膳所藩本多氏の居城。
- 逢坂関跡
- 坂本 - 日吉大社の門前町。重要伝統的建造物群保存地区。
- 音羽山 - 歴史的風土特別保存地区。
- 居初氏庭園 - 天然図画亭庭園、国の名勝。
レジャー
近江八景
- 石山秋月(いしやま の しゅうげつ) - 石山寺
- 勢多(瀬田)夕照(せた の せきしょう) - 瀬田の唐橋
- 粟津晴嵐(あわづ の せいらん) - 粟津原
- 三井晩鐘(みい の ばんしょう) - 三井寺 (園城寺)
- 唐崎夜雨(からさき の やう) - 唐崎神社
- 堅田落雁(かたた の らくがん) - 満月寺浮御堂
祭り
スポーツ
スポーツクラブ・スポーツチーム
- 東レ・アローズ(バレーボール。女子プレミアリーグ)
- 滋賀レイクスターズ(プロバスケットボール。2008-09シーズンからbjリーグウエスタン・カンファレンス所属)
- TOJITSU滋賀FC(サッカー。関西サッカーリーグ1部)
イベント
- びわ湖毎日マラソン
- びわ湖大学駅伝
- 朝日レガッタ
- 高松宮記念杯競輪
- 水上歩行コンテスト(主催:NWWA日本ウォーターウォーク協会®)
出身有名人
- 歴史上の人物
- お登勢 - 幕末期の伏見寺田屋の女将。
- 小野妹子 - 遣隋使として隋に派遣される。 ※旧:志賀町出身
- 黒田麹慮(行次郎) - 膳所藩の儒学者。適塾で学ぶ。『ロビンソン漂流記』を和訳する。
- 最澄 - 天台宗開祖。
- 志賀清林 - 相撲の行司の始祖。四十八手を作る。
- 山田藤吉 - 坂本龍馬の家来。元力士、四股名は「雲井龍」。
- 岩倉槇子 - 岩倉具視の妻。
- 政治家・学者・文筆家など
- 高橋幸子 -エッセイスト、月刊はなかみ通信初代編集長
- 饗庭孝男 - 文芸評論家
- 安藤博 - 日本の十大発明家、日本のエレクトロニクスの開拓者。
- 佐藤茂樹 - 衆議院議員
- 杉浦重剛 - 思想家。明治天皇の教育係、昭和天皇の後進講役。
- 園祥子 - 明治天皇の側室。 ※母の故郷
- 高谷朝子 - 宮内庁元内掌典
- 種村直樹 - レイルウェイライター(フリーライター)
- 中山健男 - 憲法学者
- 花登筺 - 小説家・劇作家
- 八幡和郎 - 評論家、徳島文理大学教授。
- 芸術家など
- 小倉遊亀 - 日本画家
- 北村想 - 劇作家・演出家
- 長戸大幸 - 音楽プロデューサー、ビーインググループ創業者。
- 宮城貞子 - 箏曲家、宮城道雄夫人。
- 山元春挙 - 日本画家、四条派。
- 西村光人 - 日本画家。
- タレント・アーティストなど
- 岩田裕二 - ミュージシャン(「オックス」のドラムを担当)
- 大沢伸一 - ミュージシャン(MONDO GROSSO)
- 柏木貴代 - アイドル・タレント(美少女クラブ31)
- 中本哲也 - お笑いタレント(テツandトモ) ※旧:志賀町出身
- 加藤進 - 元アナウンサー(広島テレビ放送)
- 烏丸せつこ - (女優)
- 久野久 - ピアニスト、国産第1号のピアニスト。
- 桜井裕美 - モデル
- 三條正人 - 歌手(「鶴岡雅義と東京ロマンチカ」のメインボーカル)
- 高橋メアリージュン - ファッションモデル
- ダンシング義隆 - ミュージシャン(誰がカバやねんロックンロールショー)
- 林遣都 - 俳優
- 福井利男 - ミュージシャン(「オックス」のリーダー)
- 光井愛佳 - アイドル・歌手(モーニング娘。)
- 山本邦山 - 尺八奏者・作曲家、人間国宝。
- 雪野五月 - 声優
- 横山プリン - タレント・フリーライター・放送作家、元漫才師。
- 真太郎 - ミュージシャン(UVERworldのドラマー)
- スポーツ
- 中田浩二 - プロサッカー選手(シドニーオリンピック代表、2000年-2007年日本代表)(鹿島アントラーズ→オリンピック・マルセイユ(仏)→FCバーゼル(瑞)→鹿島アントラーズ)
- 矢島卓郎 - プロサッカー選手(川崎フロンターレ)
- 太田雄貴 - フェンシング選手(北京オリンピック銀メダリスト)
- 岡田優 - プロバスケットボール選手(高松ファイブアローズ)
- 岡田良菜 - スノーボードハーフパイプ選手
- 小野川喜三郎 - 大相撲第5代横綱(横綱免許を授けられた事実上最初の横綱)
- 中瀬卓也 - 体操競技選手(北京オリンピック銀メダリスト)
- 西崎幸広 - 元プロ野球選手
- 間柴茂有 - 元プロ野球選手(1981年、15勝0敗で戦後プロ野球初となる「勝率10割」を記録)
- 都裕次郎 - 元プロ野球選手
- 村田英次郎 - 元プロボクシング選手(東洋太平洋バンタム級チャンピオン)
- 中井昇吾 - 元プロサッカー選手(柏レイソル→水戸ホーリーホック)
その他
- 日本の音風景100選:三井の晩鐘
脚注
- ^ 図典 日本の市町村章 p145
- ^ 大津市港湾の管理に関する条例 - 大津市
関連項目
- 日本の首都
- 近江八景
- 泉大津市(大阪府) - かつて泉北郡に属していた『大津町』が市制施行の際に、大津市との市名の重複を避けるため、旧和泉国の国名を冠した。
- 逢坂山トンネル - 日本で初めて日本人のみで掘削したトンネル。
- 大津事件 - 行政権の干渉を排除し、司法権の独立を護ったきっかけとなった。
- アーネスト・フェノロサ - お雇い外国人、東洋美術史家
- ヨハニス・デ・レーケ - オランダ堰堤の設計者
外部リンク
- 行政
- 観光