高松宮記念杯競輪
| 概要 | |
|---|---|
| 開催時期 | 5月末 - 6月(年度ごとに移動) |
| 開催地域 | 持ち回り |
| 愛称 | 宮杯 |
| 分野 | 競輪 |
| カテゴリー | GI |
| 形態 | 4日間トーナメント |
| 主催者 | 滋賀県または大津市 - 1988年まで 大津市 - 2010年まで 持ち回り - 2011年以降 |
| 歴史 | |
| 初回開催年 | 1950年 |
| 初代優勝者 | 山本清治 |
| 最多優勝者 | 滝澤正光(5回) |
| 直近優勝者 | 深谷知広(2011年) |
高松宮記念杯競輪(たかまつのみやきねんはいけいりん)は競輪のGI競走である。2010年までは滋賀県大津市の大津びわこ競輪場で開催された。大津びわこ競輪場の廃止に伴い2011年より持ち回りとなった。
目次 |
[編集] 概要
ファン・選手・関係者の間では親しみを込めて「宮杯(みやはい)」という略称で呼ばれる。また、例年5月末〜6月初めという梅雨の時期に開催されることから「雨の宮杯」と呼ばれることもある。
1992年第43回大会限りで引退した中野浩一(同大会決勝戦2着)が唯一タイトルを獲得出来なかった特別競輪(GI)としても知られる。また、2004年第55回大会に優勝した松本整や、2006年第57回大会の内林久徳が大会直後や大会中に引退発表したレースでもある。
開催時期については、従来は5月下旬〜6月上旬の間に開催されることが多い。ただし2009年第60回大会では新設GI競走のSSシリーズ風光るが5月に開催される関係から、6月18日〜6月21日の開催となったが、2010年は例年通りの日程となる6月3日からの開催となった。
2010年9月17日に大津びわこ競輪場の施設所有および主催者である大津市が2011年3月を以って競輪運営から撤退することを決めたことにより大津びわこ競輪場の廃止が決定した[1]。このため高松宮記念杯自体の存続も議論されたが開催は継続されることになり、2011年以降は他の特別競輪同様に開催を希望する競輪場での持ち回りで実施し、2011年については前橋競輪場で開催されることで決定した[2]。
[編集] 歴史
この開催は毎年大津びわこ競輪場で開催されているが、これは滋賀県大津市に競輪場を開設するにあたり、その選定地が近江神宮の外苑であったから、近江神宮に縁のある高松宮宣仁親王に賜杯の下賜を請願し、承諾を得たことによるものである。
1950年の大津びわこ競輪場開設記念開催となる第1回の『高松宮同妃賜杯競輪』では、高松宮が宮妃と共に決勝日に訪れ、賜杯となる優勝トロフィーを優勝者に自ら渡した。以降も高松宮は幾度も決勝日に来場し、決勝の表彰式に臨席されるのが恒例となった。
当初は男子の『高松宮賜杯競輪』だけでなく、女子選手の競走(女子競輪)もあったため『高松宮妃賜杯競輪』という名称で女子競走も行われていたが、1964年10月を以って女子競輪が廃止されたため、同年度を最後に高松宮妃賜杯競輪も併せて廃止され、男子の高松宮賜杯競輪のみとなった。
1973年第24回大会から『高松宮杯競輪』として開催されたが、1997年第48回大会の直前になって、皇室経済法等の規定により高松宮家から「下賜を取りやめたい」という申し出がなされたため、一時は高松宮杯競輪の開催が危ぶまれるという事態に陥った。最終的に同年はそのまま「高松宮杯競輪」として開催されたが、翌1998年第49回大会からは『高松宮記念杯競輪』と改称することで落ち着いた(中央競馬にも「高松宮杯」があり、それも後に申し出が行われ改称された)。
1999年第50回大会からはそれまでの6日制から4日制へと改められ、2002年第53回からそれまでの特別競輪という呼称に代わりグレード制が採用されたためGI競走に格付けされ、現在に至っている。
なお高松宮記念杯競輪は、第1回から第5回までは記念競輪(現在のGIII)、第6回から第13回までは特殊競輪(現在のGII)として開催され、特別競輪として正式に認定されたのは1963年の第14回大会からであるが、第1回からほぼ6日間連続通しで開催されていたことから、現在では過去全ての優勝者を特別競輪を制覇した者として扱っている。
[編集] 出場選手選抜方法
高松宮記念杯競輪の出場選手は、以下の優先順位に従って選抜される。
- 前年のKEIRINグランプリ出走者(9人)
- 本大会を過去3回以上優勝した者(ただし開催時にS級1班かS級S班に在籍していること)
- 東西王座戦の準決勝戦進出者
- 前年10月〜当年2月の期間内における平均競走得点上位者
[編集] 勝ち上がり方式
この大会は、他のGI競走とは異なり、高松宮杯競輪となった1973年第24回大会以降は「東西対抗戦」の形式をとっているのが特徴である。
2001年第52回大会までは予選(一次予選、二次予選)と準決勝戦は東日本(関東・南関東以東)と西日本(中部以西)に分かれてそれぞれで勝ち上がりを行い、決勝戦では東西の各準決勝(東西王座決定戦)の1〜4着4人ずつと5着2名の中から競走得点上位1名が進出するという体裁だった。
2002年第53回大会から番組が変更となり、東西対抗戦のタイトルこそ残しているものの、その前哨戦として2月に「東西王座戦」(GII)と題してそれぞれの地区でトライアル競走を開催し、その成績を基に本戦の出場を争う形となった。なお本戦はこれまでの東西の地区分けをせず他のGI競走と同じように勝ち上がりを行っていたが、2004年第55回大会からは一次予選および初日の特別選抜予選のみ東西地区分けが行われ、二日目以降は東西混合戦という形になった。
初日の特別選抜予選は青龍賞(東日本)・白虎賞(西日本)、二日目の特別優秀競走は龍虎賞(2006年までは「マザーレークカップ」)という名称が与えられている。
- 2004年以降の番組(勝ち上がり戦のみ)
- 初日
- 「一次予選」 合計8レース行われ、各レース1着8名が「二次予選A」に、2〜3着16名と4着のうち平均競走得点上位3名が「二次予選B」に進出。
- 「選抜予選」 合計2レース行われ、各レース1〜5着10名が「二次予選A」に、6〜9着8名が「二次予選B」に進出。
- 「青龍賞」・「白虎賞」 一次予選特別選抜競走。各1レースずつ合計2レース行われ、各レース1〜4着8名と各レース5着2名のうち平均競走得点上位1名が「龍虎賞」に、各レース5着2名のうち平均競走得点下位1名と6〜9着8名が「二次予選A」に進出。
- 2日目
- 「二次予選B」 合計3レース行われ、各レース1〜2着6名が「準決勝」進出。
- 「二次予選A」 合計3レース行われ、各レース1〜4着12名が「準決勝」進出。
- 「龍虎賞」 第2次特別選抜予選として、最終レースに行われる。9名全員が「準決勝」進出。
- 3日目
- 「準決勝」 後半3レース。各レース1〜3着9名が「決勝」に進出。
- 4日目
- 「決勝」 最終レース。上位3着までは表彰式で表彰台に上がることができる。また、優勝者には優勝インタビューやウイニングランなどが執り行われる。
- 「特別優秀」 「決勝」の前に2レース行われる。「準決勝」各レース4〜6着9名と、二次予選敗退選手による(3日目)「特選(特別選抜予選とは異なる)」レース1〜3着9名の18名により行われる。
なお、大会における成績下位者の一部は開催期間中であっても強制的に(失格はなくても)途中帰郷させられることがある(これを俗に「お帰り」と言う。番組表に『帰』のマークがある)。
[編集] 過去の優勝者
| 回 | 開催日 | 開催場 | 優勝者 | 登録地 |
|---|---|---|---|---|
| 第1回 | 1950年(昭和25年) | 大津びわこ競輪場 | 山本清治 | 大阪 |
| 第2回 | 1951年(昭和26年) | |||
| 第3回 | 1952年(昭和27年) | 高倉登 | 埼玉 | |
| 第4回 | 1953年(昭和28年) | 松村憲 | 高知 | |
| 第5回 | 1954年(昭和29年) | 中井光雄 | 滋賀 | |
| 第6回 | 1955年(昭和30年) | |||
| 第7回 | 1956年(昭和31年) | |||
| 第8回 | 1957年(昭和32年) | 西村亀 | 山口 | |
| 第9回 | 1958年(昭和33年) | 加藤晶 | 京都 | |
| 第10回 | 1959年(昭和34年) | 山本清治 | 大阪 | |
| 第11回 | 1960年(昭和35年) | 石田雄彦 | 和歌山 | |
| 第12回 | 1961年(昭和36年) | 笹田伸二 | 徳島 | |
| 第13回 | 1962年(昭和37年) | |||
| 第14回 | 1963年(昭和38年) | 高原永伍 | 神奈川 | |
| 第15回 | 1964年(昭和39年) | 戸上守 | 福岡 | |
| 第16回 | 1965年(昭和40年) | 白鳥伸雄 | 千葉 | |
| 第17回 | 1966年(昭和41年) | 宮路雄資 | 熊本 | |
| 第18回 | 1967年(昭和42年) | 平間誠記 | 宮城 | |
| 第19回 | 1968年(昭和43年) | 吉川多喜夫 | 神奈川 | |
| 第20回 | 1969年(昭和44年) | 高原永伍 | ||
| 第21回 | 1970年(昭和45年) | 田中博 | 群馬 | |
| 第22回 | 1971年(昭和46年) | 稲村雅士 | ||
| 第23回 | 1972年(昭和47年) | 福島正幸 | ||
| 第24回 | 1973年(昭和48年) | 太田義夫 | 千葉 | |
| 第25回 | 1974年(昭和49年) | 荒木実 | 京都 | |
| 第26回 | 1975年(昭和50年) | 藤巻清志 | 神奈川 | |
| 第27回 | 1976年(昭和51年) | 荒木実 | 京都 | |
| 第28回 | 1977年(昭和52年) | 谷津田陽一 | 神奈川 | |
| 第29回 | 1978年(昭和53年) | 阿部良二 | 岩手 | |
| 第30回 | 1979年(昭和54年) | 荒川秀之助 | 宮城 | |
| 第31回 | 1980年(昭和55年) | 藤巻昇 | 北海道 | |
| 第32回 | 1981年(昭和56年) | 久保千代志 | 愛知 | |
| 第33回 | 1982年(昭和57年) | 伊藤豊明 | 愛媛 | |
| 第34回 | 1983年(昭和58年) | 尾崎雅彦 | 東京 | |
| 第35回 | 1984年(昭和59年) | 佐々木昭彦 | 佐賀 | |
| 第36回 | 1985年(昭和60年) | 滝澤正光 | 千葉 | |
| 第37回 | 1986年(昭和61年) | |||
| 第38回 | 1987年(昭和62年) | |||
| 第39回 | 1988年(昭和63年) | 井上茂徳 | 佐賀 | |
| 第40回 | 1989年(平成元年) | 滝澤正光 | 千葉 | |
| 第41回 | 1990年(平成2年) | 鈴木誠 | ||
| 第42回 | 1991年(平成3年) | 佐々木昭彦 | 佐賀 | |
| 第43回 | 1992年(平成4年) | 滝澤正光 | 千葉 | |
| 第44回 | 1993年(平成5年) | 井上茂徳 | 佐賀 | |
| 第45回 | 1994年(平成6年) | 神山雄一郎 | 栃木 | |
| 第46回 | 1995年(平成7年) | |||
| 第47回 | 1996年(平成8年) | 吉岡稔真 | 福岡 | |
| 第48回 | 1997年(平成9年) | |||
| 第49回 | 1998年(平成10年) | 高木隆弘 | 神奈川 | |
| 第50回 | 1999年(平成11年) | 太田真一 | 埼玉 | |
| 第51回 | 2000年(平成12年) | 金子真也 | 群馬 | |
| 第52回 | 2001年(平成13年) | 高木隆弘 | 神奈川 | |
| 第53回 | 2002年(平成14年) | 山口富生 | 岐阜 | |
| 第54回 | 2003年(平成15年) | 小嶋敬二 | 石川 | |
| 第55回 | 2004年(平成16年) | 松本整 | 京都 | |
| 第56回 | 2005年(平成17年) | 村本大輔 | 静岡 | |
| 第57回 | 2006年(平成18年) | 山崎芳仁 | 福島 | |
| 第58回 | 2007年(平成19年) | 小嶋敬二 | 石川 | |
| 第59回 | 2008年(平成20年) | 渡邉晴智 | 静岡 | |
| 第60回 | 2009年(平成21年) | 平原康多 | 埼玉 | |
| 第61回 | 2010年(平成22年) | |||
| 第62回 | 2011年(平成23年) | 前橋競輪場 | 深谷知広 | 愛知 |
[編集] 今後の開催予定
[編集] 脚註
- ^ びわこ競輪 廃止、大津市方針 60年で幕 京都新聞 2010年9月17日閲覧
- ^ 平成24年度以降の特別競輪等の見直し及び平成23年度高松宮記念杯競輪開催場について(2011年1月26日) Keirin News 2011年1月26日閲覧
[編集] 関連項目
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