滋賀県立膳所高等学校

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滋賀県立膳所高等学校
Zeze highschool.jpg
過去の名称 滋賀県第二尋常中学校
滋賀県第二中学校
滋賀県立第二中学校
滋賀県立膳所中学校
滋賀県立大津高等学校東校舎
滋賀県立大津東高等学校
国公私立の別 公立学校
設置者 滋賀県
学区 全県一学区
校訓 遵義・力行
設立年月日 1898年明治31年)5月13日
共学・別学 男女共学
課程 全日制課程
設置学科 普通科(10学級400名)
理数科(1学級40名)
高校コード 25101B
所在地 520-0815
外部リンク 公式サイト
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滋賀県立膳所高等学校(しがけんりつ ぜぜこうとうがっこう, Shiga Prefectural Zeze High School)は、滋賀県大津市に所在する県立の高等学校

概要[編集]

歴史
膳所藩藩校遵義堂の跡地に1898年明治31年)に「滋賀県第二尋常中学校[1]」として開校した旧制中学校を前身とする。2013年平成25年)に創立115周年を迎える。
設置課程・学科
全日制課程 2学科
理数科では、数学の授業でクラスを二分割して指導したり、課題研究と呼ばれる理科の自由実験課題を課すなどしており、京都大学滋賀医科大学との連携実験や野外実習や実習旅行も実施されている。
校訓
「遵義・力行」- 1998年(平成10年)に制定された。
校章
学校のシンボルツリーである彼岸桜花弁を背景にして、中央に「高」の文字(旧字体)を置いている。これは旧制中学校時代の校章を継承したもので、中央の「中」の文字(=中学校)が新制高等学校発足に伴い、「高」の文字に変更された。
校歌
作詞・作曲ともに校歌作成委員会による。歌詞は3番まであり、校名は歌詞中に登場しない。
校舎
旧校舎が耐震基準を満たしていなかったために校舎全般の建て替え工事が行われ、2006年(平成18年)に本校舎の建て替え・体育館改修工事が完了した。新校舎においては、太陽光発電や雨水利用などの環境への配慮が充実しており、普通教室では新JIS規格の広めの机が設置され、教室背面には教室の幅と等しい大きさの特大黒板が設置された。また、最新鋭の天体望遠鏡、CAI(コンピュータ)教室、体育棟・屋上プール、中庭、セミナーハウス(合宿施設)なども設けられ、充実した学習環境が整えられた。 2007年度には、残る校舎側グラウンドが完成(それまでは体育・班活動などは少し離れた第2グランドで行われていた)し、これをもって建て替え工事の全工程が終了した。またこれに伴い、竣工式が開催され、周辺住民を新校舎に招待した。

沿革[編集]

  • 1898年(明治31年)
    • 4月1日 - 膳所藩校・遵義堂跡地に、「滋賀県第二尋常中学校[1]」(旧制中学校)が開校。
    • 5月13日 - 開校式を挙行。以降、この日を創立記念日と制定。
  • 1899年(明治32年)4月1日 - 中学校令の改正により、「滋賀県第二中学校[1]」と改称(「尋常」が除かれる)。
  • 1901年(明治34年)6月8日 - 「滋賀県立第二中学校[1]」と改称(県の後に「立」が加えられる)。
  • 1908年(明治41年)4月1日 - 「滋賀県立膳所中学校」に改称。
  • 1943年昭和18年)4月1日 - 中等学校令の施行にこの時の入学生より修業年限が従来の5年から4年へ短縮される。
  • 1945年(昭和20年)
    • 3月 - 教育ニ関スル戦時非常措置方策による修業年限短縮施行の前倒しに伴い、4年生(昭和16年入学生)・5年生(昭和15年入学生)合同の卒業式を挙行。
    • 4月1日 - 授業を停止。勤労動員は存続。
    • 8月15日 - 終戦。
    • 9月 - 授業を再開。
  • 1946年(昭和21年)4月1日 - 修業年限が5年に戻る。
  • 1947年(昭和22年)4月1日 - 学制改革(六・三制の実施、新制中学校の発足)
    • 旧制中学校の募集を停止(1年生不在)。
    • 新制中学校を併設(名称:滋賀県立膳所中学校併設中学校、以下・併設中学校)し、旧制中学校1・2年修了者を新制中学校2・3年生として収容。
    • 併設中学校はあくまで経過措置として暫定的に設置されたため、新たに生徒募集は行われず(1年生不在)、在校生が2・3年生のみの中学校であった。
    • 旧制中学校3・4年修了者はそのまま旧制中学校に在籍し、4・5年生となった(4年修了時点で卒業することもできた)。
  • 1948年(昭和23年)4月1日 - 学制改革(六・三・三制の実施、新制高等学校の発足)
    • 大津市内の旧制中等教育学校5校(県立3校(膳所中学校・大津高等女学校[2]・大津商業学校[3])と市立2校(高等女学校[4]・女子商業学校[5]))が廃止される。
    • 上記5校が統合の上、新制高等学校「滋賀県立大津高等学校」・「滋賀県立膳所高等学校」・「滋賀県立志賀高等学校」3校が発足。
      • 旧制中学校卒業生(5年修了者)を新制高校3年生、旧制中学校4年修了者を新制高校2年生、併設中学校卒業生(3年修了者)を新制高校1年生として収容。
      • 併設中学校は新制高校に継承され(名称:滋賀県立膳所高等学校併設中学校)、在校生が1946年(昭和21年)4月に旧制中学校へ最後に入学した3年生のみとなる。
      • この時、膳所高等学校には全日制課程 普通科と通信教育部(普通科)が設置される。
  • 1949年(昭和24年)
    • 3月31日 - 併設中学校が廃止される。
    • 4月1日 - 高校三原則に基づく滋賀県内公立高校の再編が行われる。
      • 上記3校が廃止・統合され、総合制の「滋賀県立大津高等学校」が発足する。旧・膳所高等学校(膳所中学校)校舎は「東校舎」となる。
  • 1952年(昭和27年)4月1日 - 公立高校の再編により、滋賀県立大津高等学校が東西に分離される。
    • 東校舎に普通科(全日制課程・通信教育部)をまとめ「滋賀県立大津東高等学校」と改称。西校舎に商業科と家政科をまとめ「滋賀県立大津西高等学校」と改称。
  • 1956年(昭和31年)4月1日 - 「滋賀県立膳所高等学校」(現校名)に改称()。この時、滋賀県立大津西高等学校は滋賀県立大津高等学校に改称。
  • 1960年(昭和35年)7月31日 - 校舎の改築が完成。
  • 1978年(昭和53年)11月14日 - 体育館を改築。
  • 1986年(昭和61年)3月28日 - 校舎1号館の増改築が完成。
  • 1989年(平成元年)3月18日 - 校舎2号館 家庭科棟の改築が完成。
  • 1995年(平成7年)3月31日 - 通信制課程を廃止。
  • 1997年(平成9年)4月1日 - 理数科を新設。全日制課程2学科体制となる。
  • 1998年(平成10年)
    • 1月16日 - 校訓「遵義・力行」を制定。
    • 11月7日 - 創立100周年記念式典を挙行。
  • 1999年(平成11年)
  • 2000年(平成12年)3月28日 - 第2グラウンドの管理棟が完成。
  • 2002年(平成14年)8月 - 文化財調査により、グラウンドの下から禾津頓宮跡と見られる遺構が発掘される。
  • 2006年(平成18年)
  • 2007年(平成19年)
  • 2008年(平成20年)2月18日 - 遵義の桜(江戸彼岸桜)を植樹し、庭園が完成。

特色選抜[編集]

平成18年度から、滋賀県教委が実施している新たな入学試験制度・特色選抜において、膳所高校でもオリジナルの入試問題(小論文、総合問題Ⅰ・Ⅱ)が出題されている。平成19年度特色選抜においては、定員が120名の中、倍率は5倍を上回った(普通科)。 入試案内によると、学力検査の点:個人調査票(内申書)の点=7:3 とされており(平成21年度特色選抜。平成20年度は6:4。平成19年度までは5:5)、内申書よりも入試での得点が重視される。

学校行事[編集]

毎年7月の第2木・金・土曜日には湖風祭(文化祭(1,2日目)・体育祭(3日目))が開催され、生徒はマスゲーム・アーティスト(校内装飾)・ビジュアル(映像製作)・クラスや有志の発表など様々な部門ごとに分かれ取り組んでいる。

部活動[編集]

膳所高等学校ではいわゆる部活動の単位を「班」と呼ぶ。 活動は盛んで、ラグビー班、サッカー班、ボート班、弁論班等が全国大会、軟式テニス班等が近畿大会に出場している。

アクセス[編集]

著名な出身者[編集]

本校では毎年創立記念日(5月13日)に国内外で活躍している卒業生を招き、教育講演会を実施している。

学者
文化
経済
行政
政治
その他

脚注[編集]

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  1. ^ a b c d 第一(尋常)中学校は滋賀県立彦根東高等学校の前身。
  2. ^ 1902年(明治35年)4月1日 開校。
  3. ^ 1912年(明治45年)4月1日 開校。
  4. ^ 1912年(明治45年)4月1日 開校。
  5. ^ 1927年(昭和2年)4月1日 開校。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]