大谷駅 (滋賀県)

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大谷駅
改札口(2006年9月)
改札口(2006年9月)
おおたに - OTANI
追分 (1.6km)
(1.7km) 上栄町
所在地 滋賀県大津市大谷町23-5
所属事業者 京阪電気鉄道
所属路線 京津線
キロ程 5.0km(御陵起点)
駅構造 地上駅
ホーム 2面2線
乗降人員
-統計年度-
449人/日
-2003年-
開業年月日 1912年大正元年)8月15日
備考 無人駅

配線図

追分駅

STRg STRf
STR+BSr STR+BSl
STR+BSr STR+BSl
STRg STRf

上栄町駅

ホーム
勾配のため脚の長さが異なるベンチ

大谷駅(おおたにえき)は、滋賀県大津市大谷町にある、京阪電気鉄道京津線。ほぼ同じ位置に存在した官設鉄道東海道本線の大谷駅についてもこの記事で述べる。

駅構造[編集]

相対式2面2線のホームを持つ地上駅。改札口は大津方面行きホーム京都方にあり、反対側の京都方面行きホームへは構内踏切で連絡している。

この駅は終日無人化されており、自動券売機は設けられていない。従って乗車時には改札口にある乗車駅証明書を取り、運賃は降車駅で精算する。但し自動改札機は設けられているため、スルッとKANSAIカードは他の駅同様に使用できる。自動改札機は開閉式ではなく、ICカード用カードリーダーも別に設けられている。

30パーミルの勾配上にあり、日本の普通鉄道・軌道では明知鉄道野志駅と並び第2位となる急傾斜の駅で、ホームベンチは左右で脚の長さが異なるほどである。「軌道建設規程」により軌道の停留場の勾配は10パーミル以下にしなければならないと定められているが、当駅は内務大臣(当時)の特別の許可を受けている。

のりば[編集]

(改札口側) 京津線(上り) 浜大津石山寺坂本方面
(反対側) 京津線(下り) 三条京阪京都市役所前太秦天神川方面
京阪線出町柳・大阪(淀屋橋中之島);三条京阪乗換)方面

※両ホームとも有効長は4両。のりば番号は設定されていない。

駅周辺[編集]

地形的には逢坂峠より西で山科盆地の縁だが、滋賀県に属する。駅そばには老舗の「うなぎの名店」や峠の茶屋が有るだけに見えるが、名神高速蝉丸トンネル西側で入り口から北側へ続く道沿いに大谷団地、大津市営乗馬練習場がある。

乗降客数[編集]

1日:356人(2009年11月10日) 1990年代半ばまでは800人前後乗降客数だったが、以後減少に転じ2002年には500人を割り込み、400人前後で推移している。

京阪電気鉄道開業百周年記念誌『京阪百年のあゆみ』資料編「駅別乗降客の推移」より

歴史[編集]

官設鉄道大谷駅[編集]

大谷駅(おおたにえき)は、新逢坂山トンネル開業前の東海道本線(一部は現在の奈良線になっている)に存在した駅。

京都 - 大津(この大津駅は現在の京阪電気鉄道京津線浜大津駅に近接した位置にあった)間の鉄道全通に先駆け、京都 - 大谷間が開業した際に設けられた駅である。

この際のルート選定では、当時東山逢坂山を横断するトンネルの開削技術がまだなく、また東山を直接越えると急勾配が発生してしまう(後にこのルートで開業した京阪京津線には、碓氷峠とほぼ同じ66.7パーミルの勾配が生まれた)ことから、京都から現在の奈良線のルートで稲荷駅まで南下した後、東へ山すそを迂回するものが採用された。

駅は逢坂山トンネルのすぐ西側、蝉丸神社の近くに設けられ、相対式ホーム2面2線となっており、中線が1本存在した。上下線間の連絡は、跨線橋によって行っていた。

明治はじめ、京都 - 大津(後の浜大津)間鉄道開業前年の1879年(明治12年)8月の京都 - 大谷間開業時に開設、1921年(大正10年)8月に廃止された。駅跡は逢坂山トンネル坑口と共にしばらく残っていて、京阪京津線の電車内から見ることができたが、現在は名神高速道路の盛り土に埋まっている。なお太平洋戦争中はトンネル内で航空機部品工場として使用された逸話がある。現在残った東側の入り口もフタをされ、中は京都大学地震計を設置して観測している。

隣の駅[編集]

京阪電気鉄道
京津線
追分駅 - 大谷駅 - 上栄町駅

かつて存在した路線[編集]

鉄道省(官設鉄道)
東海道本線(旧線)
馬場駅(現・膳所駅) - 大谷駅 - 山科駅
※当時の山科駅は現在の東海道本線・湖西線の駅とは位置が異なる。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]