ポケットモンスター

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ポケットモンスターPOCKET MONSTERS)は、株式会社ポケモン(発売当初は任天堂)から発売されているゲームソフトシリーズの仮の名称。また、同作品に登場する架空の生物の総称、それらを題材にしたアニメを始めとするメディアミックス作品群を指す。略称はポケモンPokémon)。

概説

1996年2月27日にゲームボーイ用ソフト『ポケットモンスター 赤・緑』が発売された。開発元はゲームフリーク。コンセプトメーカーにしてディレクターを務めたのは、同社代表取締役でもある田尻智。この作品が小学生を中心に、口コミから火が点き大ヒットとなり、以降も多くの続編が発売されている(詳しくは「ポケットモンスター(ゲーム)」を参照)。ゲーム本編作品だけでなく、派生作品や関連作品が数多く発売されている(詳しくはポケットモンスターの関連ゲームを参照)。

ポケモンはゲームのみならず、アニメ化、キャラクター商品化カードゲームアーケードゲームと様々なメディアミックス展開がなされ、日本国外でも人気を獲得している。

2016年現在で同タイトルを冠したゲームソフトの販売本数は、全世界で2億7900万本以上に達する[1][2]。本シリーズのみの場合は2016年2月時点での最新作、ニンテンドー3DSオメガルビー・アルファサファイア』までの25作品で2億100万本以上となる[3][4][5][6][7]。これはRPGシリーズとしては世界一の販売本数である。この数字をゲームキャラクター毎のシリーズ別で比較した場合、世界第2位の数値であり(1位はスーパーマリオシリーズの2億6000万本以上)[8]、1996年のソフト発売以来、ゲームを含めた関連市場(いわゆるポケモン市場)の誕生からの累計総売上は国内約1.8兆円、海外約2.2兆円、世界累計約4兆円という報告がある[9]

登場するポケモンのキャラクター性も重要な要素の1つであり、中でもアニメ放送以来ピカチュウは抜群の知名度を持つ。現在までに746種類のポケモンが登場している(2016年7月時点までに公開されたポケットモンスターサン・ムーンのポケモンを含む)。

1997年4月1日よりテレビ東京系列にてテレビアニメが放送開始。主人公のサトシ及び、その仲間と彼らのポケモンたちによる冒険物語を描いた長寿シリーズとなる(詳しくは「ポケットモンスター(アニメ)」を参照)。

ポケモンバトルの戦術性の高さを再現したトレーディングカードゲーム(TCG)『ポケモンカードゲームシリーズ』も制作されており、TCGプレイヤー層も巻き込んでファンを広げた(詳しくは「ポケモンカードゲーム」を参照)。

なお、略称及び漢字圏以外での呼称である「ポケモン」は、ポケモン関係の商品を扱った事業を展開する会社名「株式会社ポケモン」にも使われている。

ゲーム 『ポケットモンスター』シリーズ

内容

『ポケットモンスター』シリーズは、「ポケットモンスター(以下「ポケモン」)」という不思議な生き物が生息する世界において、ポケモンを自らのパートナーとし、「ポケモン同士のバトル」を行う「ポケモントレーナー」たちの冒険を描くロールプレイングゲーム(RPG)である。

主人公(プレイヤー)は、ポケモントレーナーとなり旅にでる。ゲーム内に存在する他のポケモントレーナー達と対戦を多数交え、ジムバッジを集めポケモンリーグへの出場条件を獲得し、ポケモントレーナーの頂点チャンピオンを目指す。また、多数の種類のポケモンを捕まえてポケモン図鑑の完成を目指すなどの目的がある。ストーリーは伝説のポケモンとその力を利用しようとする組織を中心に展開する。他プレーヤーとの対戦やポケモンの交換ができる通信機能が存在する。

シリーズの舞台は同一世界中の様々な地域(「地方」と称される)である。また、いずれの地方も現実世界の特定の地域がモデルであり、地理や一部登場キャラクターの設定などがそのモデル地域と大まかに似ていることが多い。

システム面などにおける詳細は「ポケットモンスター(ゲーム)」を参照。

シリーズ一覧

発売の年表
1996 赤・緑
1997
1998 ピカチュウ
1999 金・銀
2000 クリスタル
2001
2002 ルビー・サファイア
2003
2004 ファイアレッド・リーフグリーンエメラルド
2005
2006 ダイヤモンド・パール
2007
2008 プラチナ
2009 ハートゴールド・ソウルシルバー
2010 ブラック・ホワイト
2011
2012 ブラック2・ホワイト2
2013 X・Y
2014 オメガルビー・アルファサファイア
2015
2016 サン・ムーン

ゲーム本編作品としては、日本では以下の各バージョンが発売・発表されている。カッコ内は発売日と対応機種を表している[10]

追加要素を含んだ新バージョン(『』、『ピカチュウ』、『クリスタル』、『エメラルド』、『プラチナ』)や、リメイク作品(『ファイアレッド・リーフグリーン』、『ハートゴールド・ソウルシルバー』、『オメガルビー・アルファサファイア[10])などもある。

ゲーム開発の背景とヒットまでの経緯

ポケモン前史

収集、育成を楽しむ趣味・遊びは以前から存在した。1971年から1972年に「仮面ライダースナック」の仮面ライダーカードコレクションブームがある。

1988年から1993年にはロッテの『ビックリマンチョコ』が、第10代目の天使悪魔シリーズのシール集めで爆発的なブームとなった。小学館は自社の雑誌『月刊コロコロコミック』、『学年別学習雑誌』やアニメを含む、大規模なメディアミックス戦略でこのブームを後押ししていた。この路線で、作り込み・対戦型おもちゃミニ四駆や収集・対戦型おもちゃバーコードバトラー、さらにはポケモンブームを後押しすることになる。

1989年、ポケモンの生みの親である田尻智が「ゲームフリーク」を設立し、同社初のゲーム作品『クインティ』をナムコから発売。また同年、任天堂からゲームボーイ(GB)が発売。携帯機の特性上、ゲームボーイは当初パズルやアクションゲーム向けの機種と見られており、実際にそうしたゲームも多数発売されたが、田尻はスクウェアのRPG『魔界塔士Sa・Ga』の成功を見て、携帯機でもアクションでない分野を追求できると気づいた[12]

田尻はとりわけゲームボーイの通信機能に着目し、「交換する」という動詞をコンセプトにしたゲームの着想を得る。また田尻は『ウルトラセブン』のファンでもあり、同作のカプセル怪獣からも着想を得て、「カプセルモンスター」というRPGの企画書を書き上げた。

田尻の企画した「カプセルモンスター」はカプセルトイのようなケースに入ったモンスターが、通信ケーブルを行き来するというものであった。田尻はこの企画書を任天堂に持ち込み、それを受け任天堂は開発費の援助を決定した。後に「カプセルモンスター」の名称は、商標権の問題で商品名に使えないこと・略した時に「カプモン」となり語呂が悪いという理由などから、「ポケットモンスター(略して「ポケモン」)」に改められた。

開発

ポケットモンスターは、製作陣のRPGの開発経験が不足していたことやゲームで最も重要な要素である「交換する」ということへの動機付けを見つけられず、開発には長い年月を要した。その間不足した資金を補うため他のゲームを開発するなどの理由で、ポケモンの開発はしばしば中断された。1995年頃までに、『MOTHER』及び『MOTHER2 ギーグの逆襲』を制作した株式会社エイプから新会社クリーチャーズの社長に就任した石原恒和(のち株式会社ポケモン代表取締役社長)が全体をまとめて方向付けを行う役を担うようになった。『MOTHERシリーズ』は田尻がポケモンを製作する上で参考にしたRPGでもあり、そのためか共通点も多い(RPGでは当時珍しい現代の世界観であることや主人公の設定など)。また、ゲームフリークと開発委託契約を結び、石原自身がプロデューサーとして数々の企画を任天堂などへと提案していく火付け役ともなった。当初から開発を支援していた任天堂も製品の完成を粘り強く待ち続けた。

ゲームフリークの制作陣は、当時まだ着目されていなかった「収集、育成、対戦、交換」という要素を徹底的に遊ばせようという方針を定めていた、ゲームボーイの通信機能を活用して「別のソフトとの間で通信を行わないとポケモン図鑑が完成しない」、「(強制ではないが)自分が育てたポケモンで友達と対戦できる」という仕様はその方針を支える為にある。

個々のプレイデータには個別のID(数字)と主人公の名前が与えられ、所有するポケモンに対して「親ID」として働き個々のポケモンをさらに個性化する、という仕様も持たせた。当初はプレイヤーIDによってソフト1本毎に登場するポケモンが異なるという仕様だったが、過剰に複雑化したため、2種類に分けて発売する手法が採られた。また、当時の主流に比べ大容量のバックアップメモリを搭載する仕様に切り替える事で、150種類全てのポケモンの保存が可能になった。この「ソフトを2種類にわける」、「大容量のカートリッジを採用する」という案は任天堂の宮本茂の案である[13]

当初は1995年秋から年末発売予定であったが[14]デバッグなどが遅れ1996年2月27日に繰り下げた後に[13]、開発開始から6年経って『ポケットモンスター 赤・緑』は発売を迎えた。

発売

1996年当時、ゲームボーイに限らず、携帯型ゲーム機市場は停滞していた。ゲームギアなどカラー表現が可能な後続機種もほぼ終息状態にあり、テレビゲームには「次世代機」と銘打ちプレイステーションセガサターンが既に登場し、発売から丸7年が経過したゲームボーイは時代遅れと見られていた。事実『ポケットモンスター』発売直後の時点でGBにて発売が予定されていたゲームソフトはわずか3タイトルのみであった。

市場にはRPGだけでも既に多数のゲームが発売されており、さらに「過去の機種」であったゲームボーイでリリースされる『ポケットモンスター』はさほど大きな期待を持たれず、年末商戦も逃したため[13]初回出荷本数は23万本強[要出典]に過ぎない。しかし、「収集、育成、対戦、交換」というゲーム要素が徐々にユーザーの支持を獲得し、さらにユーザー間の口コミで爆発的ヒットへ繋がった。結果的にポケモンは制作側の期待や予測を越えた大ヒットを記録した。日本国内での販売本数はゲームボーイ向け『赤・緑・青』で最終的に1023万本である[15]

「ポケモン後」の市場の変化

『ポケットモンスター』発売以降ゲームボーイ市場、ひいてはコンシューマーゲーム市場自体が変化した。

他メーカーからの後続ゲームソフトも「収集、育成、対戦、交換」の要素を盛り込んだり、数バージョン同時リリースなど、ポケモンに倣った手法が定番化した。任天堂自身もそうしたゲームの開発に力を注いだ他、「ポケモン頼み」のラインナップに切り替えるなどの路線を歩んだ時期もあった。しかし、前者については、各社で販売本数に差が付き、結局はゲームソフトの商品力が販売力を決めることを再認識させた。

本作アニメ放映開始後には女子のファンを獲得し、それまで男子中心のゲームボーイユーザーに女子を呼び込んだ[16]。これ以降、任天堂の携帯ゲーム層に女性ユーザーが増加した。

メディアミックス、関連商品

アニメ

劇場版

OVA

関連番組

関連ゲーム

本編以外にも様々な派生ゲーム作品が発売されており、ジャンルも多岐にわたる。

漫画作品

絵本作品

  • ポケモンえほん
  • 『なかよし3びき ポケモンたびにっき』 文 : カサハラチュウ 絵 : よしのえみこ

その他関連商品

ポケモンカードゲーム(共通)
ポケットモンスターをモチーフにしたトレーディングカードゲーム。プレイヤーをポケモントレーナーに見立て、ポケモン同士のバトルをトレーディングカードゲーム形式の対戦で再現している。
ポケモンずかんカード
カードダスのブランドで発売されているカード。ゲーム要素は無い。
ポケモンバトルカードe+
『ルビー・サファイア』にゲストトレーナーを呼び込んだり、特殊なアイテムを手に入れるためのカードe+。12種類のパッケージが存在する。
ポケモンコロシアム ダブルバトルカードe+
『コロシアム』にバーチャルトレーナーを呼び込むカードe+。4種類のパッケージが存在する。
ポケモンバトルカードe+ ファイアレッド&リーフグリーン
『ファイアレッド・リーフグリーン』のタイムアタック系イベント「トレーナータワー」を強化するカードe+。全44枚。読み込む枚数および順番によりトレーナータワーの内容と賞品が変化する。
ポケモンバトルカードe+ エメラルド
『エメラルド』の「トレーナーヒル」のタイムアタック系イベント「トレーナーヒル」を強化するカードe+。全66枚。概要は上記と同様だがマップ構造も変化させる。
ポケモーション
バトルえんぴつ
ポケモン シール烈伝
みつけてピカチュウ しっぽでバンバン
ポケットモンスターの音楽
アニメ版ポケットモンスターシリーズの主題歌・挿入歌はたびたび一新し、膨大な曲数に上る。最初の主題歌『めざせポケモンマスター』は純粋なアニメソングとしては異例の185万枚のミリオンセラーとなった。詳しくはCategory:ポケットモンスターの音楽を参照のこと。
小説ポケットモンスター The Animation」シリーズ(スーパークエスト文庫
アニメ初期にシリーズ構成を務めた首藤剛志著書の「小説版ポケットモンスター」。アニメ第1話から第7話までの内容がノベライズ化されている。
ゲームブック「ポケットモンスター」(アスペクトファミ通ゲーム文庫
雑誌 小学館スペシャル「ポケモンワンダーランド」(不定期刊行)

ゲームデータの配布と関連商品との連動

シリーズ第1作目『赤・緑』の「ミュウ」に始まるゲームデータ配信は、シリーズを通して続いている。

配布イベントはさまざまな媒体で随時行われるが、ソフト本体とは別に映画の前売り・鑑賞券、雑誌などの購入特典として配信されることもある。また、配信されるポケモンが数種類の内でランダムであったり、タマゴの状態(孵るまでどのポケモンか不明)で配信される場合もある。

欧米ではこれらの配信サービスを行うにあたり、ユーザーがソフト本体以外の金銭を払わずとも日本版と同様のデータを受け取れるようになっている。

『赤・緑・青・ピカチュウ』(1996 - 1999)
幻のポケモン「ミュウ」はゲーム中では入手できず図鑑完成にも影響しないが、当時大きな話題を呼んだ。基本的に抽選での当選者のみに配られ、バグ技などを除くと入手方法はなかった。
『金・銀・クリスタル』(1999 - 2002)
新たな幻のポケモン「セレビィ」が登場。前作におけるミュウと同様に配布が行われたほか、『クリスタル』ではモバイルシステムGBのイベントでセレビィを入手することもできた。ミュウに関しては配布イベントがなく、前作で配布されたものを「タイムカプセル」で連れてくる必要があった。
『ルビー・サファイア・エメラルド』『ファイアレッド・リーフグリーン』(2002 - 2006)
この世代から映画との連動が始まり、前売り券に特定のポケモンまたはアイテムの引換券が付くようになった。
『ダイヤモンド・パール・プラチナ』『ハートゴールド・ソウルシルバー』(2006 - 2010)
映画との連動のほかに、ニンテンドーWi-Fiコネクションを利用したサービスも開始され、自宅の無線LANやDSステーションを利用して特定のデータを受け取ることができた。
『ブラック・ホワイト』『ブラック2・ホワイト2』 (2010 - 2013)
引き続き映画との連動や、Wi-Fiコネクションによるデータの配信などが行われた。
また、シリーズ初となるWEBサイトとの連動サービス「ポケモングローバルリンク」が始まり、かくれ特性を持ったポケモンや幻のポケモンなどを入手できる。また、関連商品に同梱のシリアルナンバーを入力して入手できるものもある。
『X・Y』『オメガルビー・アルファサファイア』 (2013 - )
Wi-Fiコネクションに代わりニンテンドーネットワークによる配信となった。
映画の前売り券にシリアルナンバーが付与されるようになり、店頭での受け取りは廃止された。

関連施設、イベント

ポケモンのラッピングをした名鉄2200系電車(ギラティナ・シェイミ号)
企画(ピカ乗りサマー2008)によりポケモンのラッピングを施した山形新幹線新幹線E3系電車
ポケモンセンター
オリジナルも含め、数多くのポケモングッズを取りそろえるショップ。ポケモンのキャラクター戦略の拠点として、各国・各地の店舗やオンラインショップまで、多角的に展開する。名称の由来は、ゲーム内に存在する施設「ポケモンセンター」から。
ポケモンストア
ポケモンセンターなつまつり・ふゆまつり
有名百貨店などで開かれる季節限定イベント。
ポケモン・ザ・パーク
ポケモンの世界観をモチーフにした遊園地。2005年に名古屋、2006年に台湾で開催。名古屋での詳細はPokémon The Park 2005を参照。
ポケモンフェスタ
小中高校の夏期休暇期間に開催される、ポケモンおよび任天堂ハードゲームの展示ショウ等のイベント。携帯ハードゲームやカードゲームの公式大会等も行われる。
JR東日本ポケモンスタンプラリー
小中高校の夏期休暇期間に開催される、首都圏におけるJR東日本の駅を舞台としたスタンプラリー企画。1997年から開催(2001年除く)。JR北海道JR東海およびJR四国を除くJR旅客各社の他に名鉄など一部の私鉄地下鉄でも実施。スタンプラリーを参照
セブン-イレブンポケモンスタンプラリー
2005年の夏から開催。セブンイレブンの店舗を回り、スタンプを集める。
ポケモン列車
JR東日本が上記のスタンプラリーの一環として、山手線でポケモンのラッピングをした列車をほぼ毎年夏に運行しているほか、名鉄でも2007年の春以降、新作映画の宣伝キャンペーンの一環として運行されている。2008年には、ポケモンジェットを運航しているANAとタイアップし、東北新幹線などJR東日本管内の新幹線車両にポケモンのラッピングを施した「ポケモン新幹線」を運行している。東北地方では「ポケモンウイズユートレイン」も運行している。
ドミノ・ピザポケモンドミノキッズひろば
2008年の春からイメージキャラクターとして起用。ポケモンのグッズがもらえるピザやクイズも登場。
POKÉMON with YOU
「POKÉMON with YOU - ポケモンはいつもキミといっしょ -」は東日本大震災の復興支援としてスタート。募金活動、被災地をワゴンで訪問して、ポケモン映画の上映やポケモンを使った工作などで子供たちを笑顔にすることを目的としている。公式ウェブサイトでは活動の様子などを公開している[18]

日本国外でのポケットモンスター

日本国外での展開
「ポケットモンスター」は1998年にE3に出展(一部のポケモンの名称が製品版と異なる)。同年9月7日にアメリカでテレビアニメの放送がスタートし、同28日にゲームボーイソフト『POKÉMON』が価格29ドル95セントで発売された。これを皮切りに、世界各国でテレビアニメの放送とゲームソフトの発売が開始された。英語版YELLOW(和名:ピカチュウバージョン)はゲームソフトにおけるミリオンセラーの最短記録としてギネス・ワールド・レコーズに掲載されている。
1999年11月12日に映画『Pokémon The First Movie』(日本版名:『ミュウツーの逆襲』)が全米3000館で公開され、興行収入8000万ドル、その他の国々で9100万ドルを記録した。この作品のサウンドトラックCDは初回出荷枚数100万枚を突破し、全米チャート8位を記録した。
テレビ朝日の『決定!これが日本のベスト』での「好きな日本アニメは?」というアンケートで、アニメ版ポケットモンスターが2位にランクインした[19]
日本国外版のゲームソフト
英語版ではポケモン名・地名・人名などが国柄に合わせた形に英訳されている。また民家の仏壇が「ディグダの像」に、道具の「饅頭」「煎餅」が「キャンディバー」「クッキー」に、通貨である「」が「ポケドル」になるなど日本的なものは一部差し替えられている。なお英語版に続き各国で発売されたソフトは、英語名を元にしている部分が多々ある。
日本語版での『赤・緑』は、日本国外版では星条旗の色と同じ『赤・青』として発売された。ただし、『青』の内容は日本語版での『緑』と同じものである。
ゲーム内容はほぼ変化はないが、『金・銀』で一部ポケモンの出現種類が異なったり、『ポケモンコロシアム』ではボーナスディスクでの入手ポケモンが差し替えられている。『ファイアレッド・リーフグリーン』では主人公の家やタマムシデパートにあるゲーム機のグラフィックが異なっている。また、DS版ではゲームコーナーの内容が変更になっているものもある。
GBソフトである『金・銀』までは名前文字数の関係からか日本国外版との通信は正常に働かないが、GBAになりデータ形式が一新された『ルビー・サファイア』からは日本国外版との通信が可能となっている[20]。一部の通信では一時的に文字化けすることが確認されているが問題はない。
DS版以降では異なる言語のソフトで手に入れたポケモンを通信で手に入れると、ポケモン図鑑にその言語での解説文が追加される(日本国外のGBA版で手に入れたポケモンでも可。『ダイヤモンド・パール』では一部のポケモンに限る)。ニンテンドーWi-Fiコネクション・ニンテンドーネットワークを利用した世界規模の通信が可能であることもゲーム内で示唆されている。
日本以外での「ポケットモンスター」の名称
アメリカで『Monster in My Pocket』という商標が既に登録されていた為、多くの国々では「ポケットモンスター」ではなく、タイトルの省略形である「ポケモン(POKÉMON)」を採用した。日本国内版においても『ルビー・サファイア』以降は英語表記がそのようになっている。なおÉの上のアクセント記号はこのEが黙字でなく、発音をもつEであることを表す。英語ではアクセントのない母音を「エ」と発音することは難しいため「ポモン」と発音されることが多い。この他、英語圏(特にアメリカ)においては「ポケット」という単語に男性器を連想させるニュアンスがあり、実際に南部の一部地方では"pocket monster"がスラングとして通用する[21]
中国語においては意訳が採用されており、台湾では『神奇寶貝』(訳:不思議ベイビー)、香港では『寵物小精靈』(ペット妖精)である。正式に翻訳される以前は『口袋怪物』等の直訳が用いられることもあった(口袋はポケットの意)。2015年7月10日から中国では『精霊宝可夢』という正式作品名が採用された[22]

関連ニュース・話題

作品中の名前などの由来
各作品中の固有名詞は、『赤・緑』系、『金・銀』系では各街の名前が色の呼び名(特に日本語での古式ゆかしい名称)で統一されているなど、何らかのコンセプトに沿って命名されている。なお、『赤・緑』系のスタート地点となる町「マサラタウン」は、「何色にも染まっていない汚れなき色」という意味で「まっさら」から付けられている。また、多くの主要キャラクターの名前の由来は植物からとられている。
ポケモンの舞台となっているカントー地方ジョウト地方ホウエン地方シンオウ地方イッシュ地方カロス地方アローラ地方は、それぞれ関東地方東海-近畿地方-四国地方九州地方北海道ニューヨークフランスハワイがモデルになっている。
バンダイのアンケート
バンダイが1998年に実施した「好きなキャラクター」のアンケートで、『ポケットモンスター』が男児・女児共に第1位を獲得した。支持率は男児27.7%、女児27.4%[23]
ポケモンおじさん
2000年頃にかけてポケモン関連のテレビCMにレギュラー起用されていた綿引勝彦は当時、ファンの間から「ポケモンおじさん」と呼ばれていた。ヤクザ映画NHK大河ドラマにも多数出演している強面の綿引がポケモンゲームにはまっていく様子を愛嬌たっぷりに描いたCM群は、当時大きな話題を呼んだ。
ピカチュウげんきでちゅう』TVCM(1998年末、綿引初登場)
ポケモンスナップ』TVCM(1999年春)
この時の綿引を再起用したことにより、「ポケモンおじさん」というキャラクターが明確になっていく。
『ポケモンスタジアム金銀』のCMを最後に担当が替わり、以降は別のタレントが起用された。
多数のバグ
ゲームシリーズ初期は、当時では複雑なシステムゆえに群を抜いてバグが多かった。
なお、出荷ごとにバグフィックスを行うなど、適切な企業努力は行われており、後期出荷のものはほとんどバグは発生しない。また、GBA版からはパッチ配信によるバグフィックスが行われている。

関連事件・逆風

ポケモンが人気になる一方、様々な批判や衝突も起きている。日本国外では、思想宗教観の違いによるものも起きている。

日本

  • 1997年12月16日、テレビ東京系で放送されたアニメ版ポケットモンスター第38話「でんのうせんしポリゴン」中の演出効果に激しく画面が明滅するものがあり、これを原因として一部の視聴者が痙攣などを発症、病院に搬送される事件が発生。詳細についてはポケモンショックを参照。
  • 1998年夏の同人誌即売会コミックマーケット」にて、ポケモンのキャラクターを用いたある同人誌が販売された。その後一般人より「あまりにも酷い内容の同人誌が出回っている」という情報を受け、任天堂社員が内容確認のためにその同人誌を購入し本社へ報告。任天堂はイメージダウンにつながり、アニメなどのキャラクター戦略に影響すると考えたため、1999年1月5日に著作権法違反(複製権侵害)で所轄の京都府警生活環境部に被害届を提出し告訴した。同月13日に京都府警が容疑者である作家を九州地方の自宅で逮捕後、京都まで容疑者を護送した。容疑者は略式起訴され、罰金10万円の略式命令が下されている。

日本国外

  • 日本国外版のテレビアニメにおいては、先述のポケモンショックの回以外にも欠番となったり、一部の国で未放送の回が存在する。en:Pokémon episodes removed from rotationも参照。
    • 第4話の「サムライしょうねんのちょうせん!」は韓国では放送されていない。日本文化であるが登場したため。同様の理由で他にも17話カットされている[24]
    • 第18話の「アオプルコのきゅうじつ」は日本国外版では欠番となっている。ミスコンやコジロウのビキニ女装など一部キャラクターの描写が女性蔑視を助長するとされたため。
    • 第26話の「エリカとクサイハナ」はサトシの女装シーンがあるため、中東諸国などでは放送されていない。
    • 第35話の「ミニリュウのでんせつ」ではサトシたちが不適切にを突きつけられるシーンがあるため、日本国外版では欠番となっている。
    • 第64話「ルージュラのクリスマス」、第251話「こおりのどうくつ!」は日本国外版では欠番となっている。この二話に登場しているひとがたポケモン「ルージュラ」の黒い皮膚や大きな唇が、黒人差別を助長するという批判を受けたためである。また、この件を受けて『ファイアレッド・リーフグリーン』以降公式的にルージュラの肌の色はからに変更された(当該記事参照)。
  • エスパーポケモン「ユンゲラー」に対し、ユリ・ゲラーが名誉毀損として提訴。スプーンを曲げる超能力系キャラとして、自分のイメージを勝手に使われたとして損害賠償を求めたが、「ユンゲラー」と称するキャラクターは日本のみで扱われている商品であり連邦法での訴訟は要件を満たさず、敗訴となった。
  • アメリカのアニメ番組『サウスパーク』で本作をパロディ化した話「チンポコモン」が1999年に放送された。強烈な諷刺が込められた話で、前述のポケモンショックをもネタに取り込んでいる。
  • アメリカのアニメ番組『シンプソンズ』の第10シーズン第23エピソード「Thirty Minutes Over Tokyo」でもポケモンショックのネタが登場する。
  • アメリカでは1999年までにポケモンカードを巡り、子供による脅迫、窃盗、強盗、傷害事件が各地で起こった[25]。また、多くの学校でポケモンカードを発端として、トレーディングカードが禁止された[26]イギリスでも2000年までにカードの流行によるいじめ、恐喝事件などが多発し、多数の学校でポケモンカードが禁止された[27]
  • アメリカで子供がモンスターボールを模ったラバー製の玩具で遊んでいた所、誤って飲み込み、喉を詰らせて窒息死した[28]
  • トルコでは2人の子供が自分のことを「ポケモン」と思い込み、バルコニーから飛び降りて足を骨折したため、一時的にアニメの放映が休止された[29]

イスラム諸国

2001年に、アラブ首長国連邦でイスラム宗教局 (Department of Awqaf and Islamic Affairs) がポケモンをハラーム(禁忌)であるとのファトワー(宗教見解)を発すると、ドバイでアニメの放送が禁止され、ポケモングッズが店頭から撤去された。イスラーム原理主義的な思想の色濃いサウジアラビアカタールの法学者がこれを支持すると、サウジアラビアでも同様の禁止処置が取られ、イスラム諸国にポケモンの可否をめぐる論争が飛び火した。マレーシアなどでも、ポケモンが反イスラームではないかと保守派ムスリム法学者から疑われるようになった。更には一部で「ポケモンはシオニズムの宣伝メディアであり、イスラム教徒をユダヤ教に改宗させようとするたくらみの一環である」「『ポケモン』とは『私はユダヤ人である』の意味である」「『ピカチュウ』とは『ユダヤ人になれ』の意である」などと全く根拠の無いデマまで広まった[30]。その後、ドバイなどイスラーム保守派に支配された諸国ではポケモンを反イスラーム的と認定し、ゲームやグッズの販売制限を行った[31]。サウジアラビアやカタールでは、ポケモン自体がハラームとされ全面禁止された[32][33]。サウジアラビアの法学者がポケモンをハラームとし、保守派ムスリムがそれに賛同している理由としては、「ポケモンの後天的形態変化は生物学では『変態』と呼ばれるものであるが、ポケモンではこれを『進化』と呼んでいる。進化論は保守派イスラームからはコーランの無謬性を汚すとしてハラーム扱いを受けている[34]」ということが挙げられる。後にこれらの騒動は鎮静化した。

なおエジプトレバノンではポケモンは禁止されていない。レバノンでは、シーア派の高位法学者、大アーヤットゥッラームハンマド・フセイン・ファドラッラーが「ポケモンは合法である」とのファトワー(宗教的見解)も出している[35]

また、サッダーム・フセイン政権下のイラクではポケモン問題調査委員会が設置され、「宗教を利用した反動的なファトワーを出すことは間違いである」「知的な根拠のあるファトワ―を出すことが、宗教者の義務である」として、早々に解禁された。

関連書籍

脚注

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  1. ^ 『ポケットモンスター』シリーズ世界累計販売2億本を突破、誕生から20年で” (日本語). マイナビ (2016年3月17日). 2016年3月17日閲覧。
  2. ^ 「オトナファミpokemon」 エンターブレイン
  3. ^ 『ポケットモンスター』シリーズ世界累計販売2億本を突破、誕生から20年で” (日本語). マイナビ (2016年3月17日). 2016年3月17日閲覧。
  4. ^ 2005年度 第66期 (2006年3月期) 決算説明会資料” (日本語). 任天堂 (2006年5月26日). 2011年9月26日閲覧。
  5. ^ 2008年度 第69期 (2009年3月期)決算説明会資料” (日本語). 任天堂 (2009年5月8日). 2011年9月26日閲覧。
  6. ^ 任天堂株式会社2011年3月期決算説明会(2011年4月26日開催)参考資料” (日本語). 任天堂 (2011年4月26日). 2011年4月26日閲覧。
  7. ^ 任天堂株式会社2012年3月期決算説明会(2011年7月29日開催)参考資料” (日本語). 任天堂 (2011年7月29日). 2011年8月3日閲覧。
  8. ^ The Independent』の発表による
  9. ^ 【速報】『ポケットモンスター X・Y』は2013年10月12日(土)に世界同時発売!【Nintendo Direct @ E3 2013】” (日本語). ファミ通 (2013年6月11日). 2013年6月27日閲覧。
  10. ^ a b "『これまでのゲーム』ポケットモンスターオフィシャルサイト(2016年7月31日閲覧)"
  11. ^ a b c スーパーゲームボーイ対応の機能あり。
  12. ^ 田尻智さん(ゲームフリーク)VS石原恒和さん(クリーチャーズ)対談 前編 b.ポケモンを作る前に - 任天堂オンラインマガジン2000年7月号。
  13. ^ a b c 「ポケモンふぁみちゅう団 石原社長に聞く、20年目の『ポケモン 赤・緑』」、『週刊ファミ通』第1422巻2016年3/17号、 178-183頁。
  14. ^ 1995 Nintendo, 1995 Creatures Inc, 1995 GAME FREAK Incと書かれているのは、これの名残である。
  15. ^ Japan Platinum Game Chart”. The Magic Box. 2016年3月3日閲覧。
  16. ^ 少女漫画誌『ちゃお』でのコミカライズも始まったのもこの頃である。また、『クリスタル』からは女の子の主人公を選択できるようになった。
  17. ^ その後は角川書店等の角川グループと合併してKADOKAWAとなったが、ポケモンの分野に関してはKADOKAWAではなくメディアファクトリーの一部の社員が独立して設立したオーバーラップが引き継いでいる。
  18. ^ POKÉMON with YOU - ポケモンはいつもキミといっしょ - 2013年4月2日
  19. ^ 世界に進出した日本の人気アニメ ベスト100(2004.4.11)
  20. ^ 増田部長のめざめるパワー 2004年8月6日
  21. ^ エロすぎる理由から『ポケットモンスター』は欧米で『ポケモン』として発売[リンク切れ] サーチナ (2009/09/12)
  22. ^ 决定是你了!!皮卡丘和它的伙伴们,大陆地区统一名称《精灵宝可梦》启用(中国語)
  23. ^ 1999年4月 お子さまの好きなキャラクターは? | こどもアンケート | 株式会社バンダイ
  24. ^ 当初は地上波局であるSBSが放送しており、局内の審議規定に抵触しないよう削除された。しかし削除エピソードが多くなった結果、半年単位と定められている放映権との整合性に問題が出たため、更に262話から276話がカットされ、最終的に無印編では合計34話放送されなかった。AG編以降の韓国語版の放送は放映期間や内容に関して制限の少ないケーブルテレビ局が担うことになったため、未放送回は総集編などに留まっている。
  25. ^ ポケモン大流行の暗い側面[リンク切れ] 1999年11月24日 セントピーターズバーグ・タイムズ
  26. ^ 学校がトレーディングカードを禁止[リンク切れ] 1999年11月10日 セントピーターズバーグ・タイムズ
  27. ^ Pokemon cards 'exploit children'(ポケモンカードは「子供達を食い物にする」) 2000年4月25日 ガーディアン
  28. ^ Parents of Boy Who Choked to Death on Pokemon Ball File Suit(ポケモンボールで窒息死した男の子の両親が告訴) 1999年11月13日 ニューヨーク・タイムズ
  29. ^ Turkey cracks down on Pokemon show(トルコはポケモンの番組に断固たる処置)、highbeam.com(シカゴ・サンタイムズ、2000年12月13日の記事より)
  30. ^ ポケモン陰謀説の謎(エジPOPトピックスVol.3) - ウェイバックマシン(2007年8月28日アーカイブ分)
  31. ^ ドバイで「ポケモンは反イスラム的」とのファトワ - ウェイバックマシン(2015年1月9日アーカイブ分)
  32. ^ 反イスラム的との疑惑が浮上!アラブポケモン騒動の行方は? - World News Cafe - ウェイバックマシン(2005年2月23日アーカイブ分)
  33. ^ Saudi bans Pokemon - ウェイバックマシン(2008年5月25日アーカイブ分)
  34. ^ イスラームQ&A(イスラームの道しるべ)→イスラームは、進化論についてどう考えているのでしょうか?
  35. ^ アラブ社会における日本のアニメ・マンガの影響保坂修司、国際日本文化研究センター, 2007.12.20.

関連項目

外部リンク