桜井政博

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さくらい まさひろ
桜井 政博
生誕 1970年8月3日(43歳)
日本の旗 日本 東京都武蔵村山市
職業 ゲームクリエイターゲームディレクター実業家
活動期間 1989年 -
著名な実績 星のカービィシリーズ』『大乱闘スマッシュブラザーズシリーズ』の制作
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桜井 政博(さくらい まさひろ、1970年8月3日 - )は、日本のゲームクリエイター。ゲーム制作会社有限会社ソラの設立者で代表。

星のカービィシリーズ』と『大乱闘スマッシュブラザーズシリーズ』の生みの親で、主にディレクションを手がける。

来歴[編集]

HAL研究所入社まで(1970 - 1989)[編集]

東京都武蔵村山市出身。幼少期からコンピュータゲームをたしなみ、雑誌のインタビューで、5歳頃にパドルコントローラボールを跳ね返すテニスゲームを遊び、その物理法則を無視した世界観に「すごい!」と思ったと述べている[1]

また、中学生の頃貯金してやっと手に入れたファミリーベーシックからビデオゲームを作る楽しさを教わった、とも語っているように[2]、ゲーム制作への関心は人一倍強かったものの、中学卒業後はおぼろげな専門家という職業への憧憬を抱いて電気工学系の高等専門学校に進学した[3]

しかし次第に高専での授業と自分自身の描いていた将来とのギャップに気付き始め、自分の見通しの甘さを省みて、改めて進路を考え直すことにした[3]。この失敗は今でもときどき思い出しては反省しているほど、戒めているようである。純粋な興味の強さ、また1988年3月にセガ主催のファンタシースターIIストーリー募集キャンペーンでゲームシステム大賞に思いがけず入賞した経緯もあって、ゲームクリエイターを志すことを決心して高専を中退、普通高校に編入した。

高校在学中はアルバイトをしながら資金を貯め、それをゲームソフトの購入に注ぎ込んでひたすら研究をした。後にこれがきっかけで現在も膨大な数のソフトを買い、遊ぶ(研究する)習性がついたと語っている[3]

研究したゲームソフトの中で、HAL研究所制作の『ガルフォース』の作り込まれたエンディングを見た桜井は、そこから制作者の熱意と信念を汲み取り[4]、高校卒業後の1989年に同社へ入社した[3]

HAL研究所在籍時代(1989 - 2001)[編集]

入社してまもなく社内で募集された「だれもが楽しめるゲームの企画」から構想を練っていったのが、その3年後の1992年、当時22歳にして初のディレクターを務めたゲームボーイソフト『星のカービィ』である[5]。同作は日本のみならず全世界累計500万本以上を売り上げるヒットとなり、同時にこれが会社の経営危機を救済することにもなる。『星のカービィ』は主役のキャラクターデザインから吸い込み、吐き出し、ホバリングといったゲームシステムの大部分を桜井が企画し、グラフィックを描き起こした[6]

会社再建をかけた次回作『星のカービィ 夢の泉の物語』もディレクターを務め、前作でウィークポイントに挙がった難易度の低さをコピー能力の導入や大幅なボリュームアップで補った。その結果1993年発売時は既にハード終焉期だったにもかかわらず、ファミコン最後のミリオンセラーを達成するほどであった。

1996年には、『夢の泉の物語』以来の大幅なシステムとコピー能力の増強を図ったスーパーファミコン用ソフト『星のカービィ スーパーデラックス』を制作指揮した。同作品は宮本茂から「横スクロールアクションゲームで二人同時プレイができるようにしてほしい」との課題を出され[6]制作したもので、ゲームシステムだけでなく、グラフィック2Dという制約の中で(社員も認めるほど)無駄のない完成度となっており[7]、未だに高い人気を誇っている。

1999年に発売されたNINTENDO64用ソフト『ニンテンドウオールスター!大乱闘スマッシュブラザーズ』は、1996年10月当初から4人同時対戦型の体力ゲージの存在しない独特の2.5Dアクション格闘ゲームとして企画していたが、コンシューマ格ゲーはオリジナルキャラクターでは売れないというジンクスがあったため、桜井はマリオサムスといった任天堂のキャラクターを使用させてもらえないか、本社及び宮本茂らへ交渉しに行った。また上司だった岩田聡の人脈も相当頼っていたようである。発売時は任天堂キャラが殴り合うことに社内で戸惑いもあり、目立ったメディアへの露出はされなかった。しかし自らが「スマブラ拳!!」なるオフィシャル攻略サイトを立ち上げたり、口コミが広がったことで、本作は最終的に国内で200万本近いメガヒットを記録した。

桜井はこの頃から「ゲームクリエイターとしての制作活動だけでなく、広告含めたユーザーに対する認知・理解のための活動」を強めるとともに「開発者とユーザーのコミュニケーション・双方からの意見交換」に関する活動を積極化させてくる。自身が開いたウェブサイトスマブラ拳!!』では「アンケート集計拳!!」というある種のメールフォーラムを開き、ユーザーから桜井宛のメッセージを送れるようにするとともに、桜井もそれらの一部に対してコメントを掲示するなどして、双方からの交流を図っていた。下記の雑誌コラムにおいても読者からの手紙への返事や、開発者側としての業界の現状表明などを行っている。

なお、桜井はゲーム製作者となった後も、熱心な現役ゲームユーザーであり続けている。ゲーム雑誌『週刊ファミ通』で2003年から連載を始めたコラム『桜井政博のゲームについて思うこと』の内容は今なお現役ユーザーだからこそ書けるという側面があり、さらに連載のきっかけも桜井がオンラインゲーム『ファイナルファンタジーXI』で正体を隠しての一プレイヤーとして遊んでいる際に『ファミ通』編集者が発見して桜井だと気づいたのが始まりである。

フリーランスからソラ設立まで(2003 - )[編集]

2003年には「売れなかったらダメという責任ある立場で仕事がしたい」「ゲーム業界に貢献したい」という理由でHAL研究所を退社。フリーのクリエイターとして執筆活動やゲーム制作に参加した。その後、大乱闘スマッシュブラザーズシリーズの新作のディレクターとして依頼を受け、「有限会社ソラ」を立ち上げ『大乱闘スマッシュブラザーズX』の製作を手がけた。

数多く誘われていた開発を見定めるためにE3に出向いたところ、レボリューション(Wiiの開発コード)発表の場で「スマブラが製作されるようにしたい」といった発表を聞き、その直後に岩田本人から直接オファーを受ける。以後、同作に昔と変わらぬディレクターとして開発に携わることになり、実質的な任天堂作品開発への復帰ともなった。なお、桜井は開発依頼について「『作るなら自分にことわりを入れる』というかつての上司、岩田聡からの約束を反故にされたと感じた」と述懐していた。前述するように、実際には開発はその時点では行われておらず、アンケートの結果、多くの人間がスマブラの発売を望んでいたことが判明したため製作する可能性がある、といった程度の発表だった[8]

2009年1月22日、「スマブラではない特命」を岩田から受け、任天堂の子会社である新会社『プロジェクトソラ』のディレクターとなった。後に作品は2010年6月16日、アメリカで開催されたE3にてニンテンドー3DS『新・光神話 パルテナの鏡』として公開される。

フリーランスとなった後も『ファミ通』でのコラム連載は継続しており、上記のように『スマブラX』製作中や『パルテナの鏡』製作の追い込み時は多忙だったため隔週連載へと切り替えていたものの、基本的には休むことなく毎回続けている。2010年秋からはTwitterのアカウントも取得してユーザーとのコミュニケーションを図っている。

作品リスト[編集]

コンピューターゲーム[編集]

アニメ[編集]

電子ゲーム[編集]

その他[編集]

著作[編集]

  • 『ファミ通』連載の単行本
    • 『桜井政博のゲームについて思うこと Think about the Video Games』(エンターブレイン, ISBN 4757722710
    • 『桜井政博のゲームについて思うこと 2巻 Think about the Video Games』(エンターブレイン, ISBN 4757727704
    • 『桜井政博のゲームについて思うこと DX Think about the Video Games 3』(エンターブレイン, ISBN 9784757743687
    • 『桜井政博のゲームについて思うこと X Think about the Video Games 4』(エンターブレイン, ISBN 978-4-7577-4916-0
    • 『桜井政博のゲームを遊んで思うこと』(エンターブレイン, ISBN 978-4-04-728028-1
    • 『桜井政博のゲームを作って思うこと』(エンターブレイン, ISBN 978-4-04-728029-8

ラジオ出演[編集]

  • HIDECHAN! ラジオ 第60、61、62、63、86、87、100、112、138、142、179、180回に出演(第100回は記念メッセージのみ)。

脚注[編集]

  1. ^ CONTINUE Vol.14』 太田出版、2004年、124頁。
  2. ^ 桜井政博 『桜井政博のゲームについて思うこと 2巻 Think about the Video Games』 エンターブレイン、2006年、34頁。
  3. ^ a b c d 桜井政博 『桜井政博のゲームについて思うこと Think about the Video Games』 エンターブレイン、2006年、100-101頁。
  4. ^ CONTINUE Vol.14』 太田出版、2004年、104頁。
  5. ^ 『任天堂公式ガイドブック 星のカービィ~夢の泉の物語』 小学館、1993年、91頁。
  6. ^ a b 桜井政博 『桜井政博のゲームについて思うこと Think about the Video Games』 エンターブレイン、2006年、54頁。
  7. ^ N.O.M No.53「星のカービィ 夢の泉デラックス」開発スタッフインタビュー”. 任天堂 (2002年12月). 2013年6月12日閲覧。
  8. ^ 社長が訊く『大乱闘スマッシュブラザーズX』 はじまりは2005年のE3”. 任天堂. 2013年6月12日閲覧。
  9. ^ 週刊ファミ通 2009年2月20日号「桜井政博ゲームについて思うこと」

関連項目[編集]

外部リンク[編集]