熊崎信也

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くまざき しんや
熊崎 信也
生誕 (1979-05-21) 1979年5月21日(40歳)
日本の旗 日本 岐阜県
出身校 金沢美術工芸大学(視覚デザイン科)
職業 ゲームデザイナーゲームディレクター
活動期間 2002年 -

熊崎 信也(くまざき しんや、1979年5月21日 - )は日本のゲームデザイナー、ゲームディレクターであり、ハル研究所 開発本部第1開発部 チーフクリエイター。「星のカービィシリーズ」のデザイン、ディレクターを担当。

来歴[編集]

ハル研究所入社前( - 2002年)[編集]

岐阜県出身。15歳頃からゲーム制作を始めており、その軌跡は彼が2000年に作成した個人サイトに存在している[1]

岐阜県立加納高等学校から金沢美術工芸大学視覚デザイン科卒業[2]HAL研究所に入社する1年前には、『うちゅう人田中太郎で RPGツクールGB2』に収録されたサンプルゲームの1つ「MONSTERスクール」が世に出ている。

専門学校にいくつも通っていた。[3]1997年、すいどーばた美術学院を卒業 1996年に東芸美術研究所に入学したが1年後退学。

デザイナーとして(2002年 - 2007年)[編集]

入社後、彼は『星のカービィ 夢の泉デラックス』の通信デバッグや、『カービィのエアライド』のステージ、マシン、敵キャラクター、アイテムデザインに関わり、作中にデデデ大王が乗るマシン「ウィリーバイク・デデデカスタム」のデザインも担当している。その後、『タッチ!カービィ』のデザインに関わる。スタッフリストではデザイナーとして載ったが、ハル研Diaryでは主に最終ボス、エンドロール、ストーリー&ステージ名を担当したことを明かしている[4]

ディレクターとして(2008年 - )[編集]

ディレクターの始まりは、『タッチ!カービィ』制作において世界観やキャラクター設定をまとめる仕事に挑戦したことだと後に明かしている[5]

『タッチ!カービィ』制作当時からディレクターを目指しており、「純粋に誰かがやらねばカービィが途絶えてしまう」という強い気持ちを持って挑んでいたとのこと[5]

そして、2008年に発売された『星のカービィ ウルトラスーパーデラックス』のディレクターを担当する[6]。以降、数多くの星のカービィシリーズの作品の企画・監修に関わることになる。

星のカービィ ロボボプラネット』以降はゼネラルディレクターとなり、シリーズ全体の様々な監修などを務める。

作品リスト[編集]

ゲーム[編集]

サウンドトラック[編集]

  • The Sound of Kirby Café/サウンド・オブ・カービィカフェ(2016年) サウンドディレクター
  • 星のカービィ ロボボプラネット オリジナルサウンドトラック(2016年) サウンドディレクター

出演[編集]

イベント[編集]

インターネット配信[編集]

  • 星のカービィ25周年記念特番#2(2017年7月16日、ニコニコ生放送[7]
  • ハコボーイ!公式チャンネル「ハコチャンネル」#16・#17(2017年8月7日・8月10日、YouTube

脚注[編集]

  1. ^ KR”. 個人サイト. 2017年4月7日閲覧。
  2. ^ KR prof. 公式サイト.
  3. ^ 熊崎 信也” (日本語). www.facebook.com. 2018年5月20日閲覧。
  4. ^ 『タッチ!カービィ』開発後記 vol.2”. HAL研究所. 2017年4月7日閲覧。
  5. ^ a b 『星のカービィ25周年記念オーケストラコンサート パンフレット』ハル研究所、2017年、04頁。
  6. ^ N.O.M 2008年11月号 No.124 作った人たち”. N.O.M. 2017年4月7日閲覧。
  7. ^ 『星のカービィ』25周年を記念してシリーズ制作者にいろいろ話してもらった。「試作タイトルも3本あったが、そのおかげで25周年を迎えられた」”. ニコニコニュース オリジナル (2017年7月24日). 2017年9月27日閲覧。

外部リンク[編集]