吉田直樹 (ゲームクリエイター)

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よしだ なおき
吉田 直樹
Naoki Yoshida at the press conference of Final Fantasy 14 in South Korea, Oct 14, 2014.jpg
2014年10月14日
韓国での『FF14』プレスカンファレンスにて
生誕 (1973-05-01) 1973年5月1日(44歳)
日本の旗 日本 北海道札幌市
国籍 日本の旗 日本
別名 吉P(ヨシP)
魔界からの使者ダリー
なおにい
ミラクルフラッシュ吉田 [注釈 1]
職業 ゲームクリエーター
ゲームプロデューサー
雇用者 スクウェア・エニックス
肩書き 執行役員(開発担当)
第5ビジネスディビジョン ディビジョン・エグゼクティブ

吉田 直樹(よしだ なおき、1973年5月1日[1]- )は、日本のゲームクリエイター北海道札幌市出身。スクウェア・エニックス所属。

略歴[編集]

札幌生まれだが、中学高校時代は函館で過ごす。函館稜北高校出身[注釈 2]。高校卒業後はハドソン系列の専門学校を経て、1993年ハドソン入社。PCエンジン向けタイトルの開発をはじめに、『天外魔境』シリーズや『ボンバーマン』シリーズのゲームデザインを手がける[3]

2004年末頃に『ドラゴンクエスト オンライン』(後の『ドラゴンクエストX』)を作るという齊藤陽介の招聘で翌2005年初頭にスクウェア・エニックスに入社。その間、ディレクターとして『ドラゴンクエスト モンスターバトルロード』シリーズを制作。

『ドラゴンクエストX』ではチーフプランナーを務め(主にライブ周りやハウジングを担当)、2007年末から2009年半ば頃までは一時離脱していたディレクターの藤澤仁の代理も務めた。その藤澤が復帰し業務が安定したところで、社命で新規プロジェクトを立ち上げることになり、『ドラクエX』のプロジェクトから離れることとなった[4]

2010年12月10日、『ファイナルファンタジーXIV』の品質を向上させるため、田中弘道及び河本信昭の両名に代わり、同ソフトのプロデューサー兼ディレクターに就任した[5]

作品[編集]

著作[編集]

  • 吉田の日々赤裸々。 『ファイナルファンタジーXIV』はなぜ新生できたのか ISBN 978-4047331549

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 2014年12月31日ニコニコ生放送特番「年末ゲーム実況特番 大晦日ファイナルクエスト!~自宅を警備するのは君だ~」中の「『ドラゴンクエストⅩ』『ファイナルファンタジーXIV』名物プロデューサーによる年忘れ対談」における齊藤陽介との対談において、『バトルロード』開発中にサンプルボイス用として自ら吹き込んだ「ミラクルフラッシュが決まったー!」なる秘蔵の音声データを暴露された事に由来。その後も元所属である『ドラクエX』チームや、FF14関係者等に散々ネタにされ続けている。
  2. ^ 2017年9月2日のFF14 4周年14時間生放送[2]内で行われた、GLAYTERUとの対談時における、吉田本人及びTERUの発言による。同高校はTAKUROHISASHIの出身校であり、吉田はふたりの2学年後輩にあたる。このときの吉田の申告によれば、HISASHIとは中学も一緒であるという。

出典[編集]

  1. ^ 「FFXIV: 新生エオルゼア」プロデューサーレターLIVEレポート”. Game Watch (2013年4月29日). 2013年5月22日閲覧。
  2. ^ 【FFXIV】4周年記念14時間生放送(メイン放送)”. ニコニコ生放送 (2017年9月2日). 2017年9月18日閲覧。
  3. ^ 『ファイナルファンタジーXIV』新プロデューサー兼ディレクターに直撃インタビュー”. 週刊ファミ通 (2011年1月20日). 2013年5月22日閲覧。
  4. ^ 藤澤仁 (2013年12月2日). “開発・運営だより -第14号-”. 2017年9月18日閲覧。
  5. ^ ファイナルファンタジーXIVをご利用のお客様へ重要なお知らせ”. スクウェア・エニックス (2010年12月10日). 2013年6月4日閲覧。
  6. ^ a b FF14:クレージーだった復活劇 吉田直樹プロデューサー語る”. MANTANWEB (2013年11月24日). 2017年9月20日閲覧。
  7. ^ a b 『ファイナルファンタジーXIV』プロデューサー兼ディレクター吉田 直樹さん”. CREATIVE VILLAGE (2015年12月24日). 2017年9月20日閲覧。

外部リンク[編集]