メンタルヘルス

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メンタルヘルス(: mental health)とは、精神面における健康のことである。心の健康精神衛生精神保健と称され、主に精神的な疲労、ストレス、悩み、などの軽減・緩和とそれへのサポート。うつ病などの心の病気(精神疾患)の予防を目的とした場面で使われる。

目次

概要[編集]

メンタルヘルスはそのまま「こころの健康」である。もちろん健康を維持するとは、単に病気でないということだけでなく、より健康な状態、最良の状態を目指すことでもある[注 1]。 しかしそれが特に意識されるのは、それが損なわれそうな、あるいは損なわれてしまったときである。 従ってメンタルヘルスの話題は、事実上メンタルヘルスのケアが主なものになる。

「こころの健康」が顕著に損なわれてしまった段階はうつ病その他の精神疾患である。 その意味では精神科医による治療は「メンタルヘルスケア」の中核部分になる[注 2]。 「精神科」という言葉を使わずに「メンタルヘルス科」[1][2][注 3] という名称を用いる病院もある。 しかし精神科医による治療は既に精神医学精神科医療という確立された分野であるために、産業医としての活動を別にして、精神科医の業務をメンタルヘルスケアと呼ぶことは一般にはさほど多くはない。

メンタルヘルスケアという言葉は主に病院前・病院外に焦点を当てて用いられる。 「病院前」としては、損なわれそうになった「こころの健康」を損なわれないように改善することと、既に不調をきたしてしまった場合には早期に治療へつなげることがある。「病院外」あるいは「病院後」としては、通院治療中の人あるいは社会復帰する人への周囲のサポートなどがあげられる。 こころの健康を害しても、精神疾患のレベルまで深刻になるかどうか、あるいは再び健康を取り戻せるかどうかは本人の認識と行動はもちろんながら、家族やその他の周囲の者、学校や会社などの組織、そして地域社会などとの関係により大きく変わってくるからである。

以上が最低限のメンタルヘルス(ケア)であるが、メンタルヘルスは身体の健康管理と同様に、病気にならないだけでなく、より健康な心の状態をつくることをも目標とする。 「こころの健康」には様々な要素があり、色々な言い方が出来るが[3]、 その中には次のようなものも含まれる。

  • 一人の時間と他の人達と過ごす時間のバランス、睡眠時間のバランス、仕事と遊びのバランス、休息と活動のバランス、さらに屋内と屋外で費やす時間などのバランスがちゃんと取れている。
  • 自分に自信を持ち、信頼出来る人間関係に包まれている。愛情を持てる相手がいて、悩みはあっても将来に希望を持ち、人生をそれなりに楽しんでいる。
  • そしてストレスを受けても逆境にあっても、それを跳ね返す力、心理的回復力(レジリエンス)が備わっている状態。
  • そして思考の柔軟性や、自分の持っているものを知り、それを生かして自己実現していく気持など。

それらが損なわれかけたときに、様々な精神疾患が忍び寄ってくる。ひとりひとりが自分の生活、生き方を振り返ってみることがまず大切であり、周囲の者のサポート(メンタルヘルスケア)も、そうした「こころの健康」が崩れないように、自分で修復出来るように、安心感を持てるように支えることが主軸となる。 例えば職場であれば、単に過労死やハラスメントが無いだけでなく、より根本的に「働きがい」「生きがい」のある職場をめざすことも重要な目的となる[4]

「こころの健康」が顕著に損なわれてしまった段階が精神疾患であるが、日本で「メンタルヘルス」とあえてカタカナで呼ぶのは「精神病」「精神障害」「精神が病んでしまって」という言葉につきまとう偏見、烙印(スティグマ)を避ける、ソフトな表現にしたい、という意図もある[5]。 なお、アメリカでは日本の健康保険制度に相当するものを民間の保険会社が行っており、それら保険会社はメンタル・ヘルス・ケア関連業務に behavioral health という言葉を使うが、その範囲はWHOが mental health として定義する範囲と同じである[注 4]

各個人でのセルフケア[編集]

メンタルヘルスケアは、日本において法的、あるいは制度的に義務化され、強く求められているのは企業などである。ただしメンタルヘルス(ケア)は、病気にならないことも勿論ながら、それだけでなくより健康な心の状態をつくることを目標とする。その上で最も重要なことはその人自身のセルフケアであり、次ぎに最も近い人間関係、家庭である。

自分自身の「こころの健康」を維持する、向上させることの基本はリラクセーション[6] であり、どんな場面でも、誰でも言うのがまず「十分な睡眠」[7] と「深呼吸」である。 腹式呼吸(丹田呼吸法)が良く言われるが、まずは普通に深呼吸でも構わない。次ぎに「笑う」[8] こと。 深呼吸にも笑うことにも、血行を促進し、自律神経系のバランスを整え、代謝を活発にし、鎮痛作用、鎮静作用、そして免疫機能を向上させる効果がある(精神神経免疫学)。 同じ理由で、運動(有酸素運動)をすることももちろん推奨される。うつ病治療にも運動療法が注目されはじめている[9]。 治療という点ではデューク大学の報告が有名だが、その予防のためにも効果的であるという報告が海外に複数ある[10]

そして自分なりのストレスのはけ口を見つけること[11]。 サンドバッグを殴るのでも良いが、趣味をもつことでも子供と遊ぶことでも構わない。親バカになって子供と遊ぶことは、自分自身の「こころの健康」にも役立つが、その子供の「こころの健康」にも良い影響をもたらす(愛着理論)。

更に「誰かを助ける」「感謝を表す」ことである。 「誰かを助ける」とは、ほんのちょっとしたことでも構わない。 「感謝を表す」ということも、例えば前を歩いていた人が出入り口でドアが閉まらないように抑えていてくれたことに「ありがとう」と素直に云えることから、自分の持っているものに感謝することまでを含む。 誰の人生にとっても、素晴らしいことがふたつみっつはある。「誰かを助ける」「感謝を表す」というとなにやら精神論的なニュアンスも感じられるが、精神神経免疫学的にはオキシトシンというホルモンにも関わっている[注 5]

精神論的なもので離した方が良いものもある。それは「〜ねばならない」という発想である。 同様に「オール・オア・ナッシング」的思考、ものごとの悪い面だけをみてしまう、すべて自分の責任と感じてしまうなどもある。 「〜ねばならない」と自分を縛るのではなしに「〜よりは〜の方がよい」と緩やかに、肯定的に考えることである(認知行動療法)。 否定的思考から離れて、肯定的思考に少しでも近づくことによって「こころの健康」は改善してゆく[12][13]

ストレスを感じる相手とは距離を保つということもある。 「怒ってはいけない[14]」 ということもあるが、かといって感情を押し殺せということではない。 「泣く」ことも「笑う」ことと同様に感情を解放し、心と体の緊張を解いて副交換神経系にシフトする。 要は、自分を縛っているものを解きほぐし、バランスを取ることである。

日本において企業に求められている対策[編集]

企業における法的義務[編集]

労働衛生行政の中で、メンタルヘルス対策が法令上組み込まれたのは1988年の「労働安全衛生法」の改正からであり、そこで「労働者の健康保持増進措置(THP)」が事業者の努力義務とされた。
その後、2008年に施行された「労働契約法」第5条において「安全配慮義務」が明文化されたことにより、企業側に要求される労働契約上の安全配慮は「努力義務」ではなく「法的義務」となった。 例えばメンタルヘルス不調者に対して企業側が十分な安全配慮を怠ることによって状態がさらに悪化し、うつ病などの精神疾患を発症、更に自殺などということになった場合には企業はその責任を問われることになる[15][16]
このようなことからメンタルヘルスの問題は、企業にとっての社会的責任であるだけでなく、リスクマネジメントという側面まで持ってきた[17]

企業におけるメンタルヘルス対策の目的[編集]

企業におけるメンタルヘルス対策の目的は、人間関係を含む職場環境の改善など、幅広い活動を通して社員の心身の健康を保持増進することである。 その中で優先的に取り組むべきことは、メンタルヘルス不調が起きない、あるいは減らすための活動である。これを一次予防と呼ぶ。

ただし、メンタルヘルスの不調は個人要因や職場以外の環境要因もあり、企業内の職場環境づくりのみによってすべてを予防することは不可能である。そこで、不調者が居てもそれを早期に発見して適切な対策を講じ、あるいは治療につなげて更なる悪化を防ぐという二次予防と、そうしたメンタルヘルス不調者が改善に向かったとき、例えば休職から復職してきたときなどに、職場再適応が円滑に進むよう、あるいは再発がおきないようにフォローするという三次予防が必要となる。

4つのメンタルヘルスケア[編集]

事業所におけるメンタルヘルスケアの内容として、平成12年(2000) 8月の「事業場における労働者の心の健康づくりのための指針」以来、4つのケアの推進が云われている。

  1. セルフケア
    社員職員自身がストレスや心の健康について理解し、自らのストレスを予防・軽減して心の健康を維持する。
  2. ラインによるケア
    社員職員と日常的に接するライン管理職が、心の健康に関わる職場環境の改善や社員職員に対する相談対応を行う。
  3. 企業内産業保健スタッフ等によるケア
    健康管理の担当者、衛生委員会等が事業所の心の健康づくり対策の提言を行うとともにその推進を担い、社員職員及びライン管理職を支援する。
  4. 外部資源によるケア
    地域産業保健センター都道府県産業保健推進センター中央労働災害防止協会労働者健康保持増進サービス機関等の外部機関、及び労働衛生コンサルタントなどの専門家を活用しその支援を受ける。

メンタルヘルスケアの具体的進め方[編集]

2006年(H18) 3月の厚生労働省 「労働者の心の健康の保持増進のための指針」は、メンタルヘルスケアの具体的進め方については以下の4点をあげている。

  1. メンタルヘルスケアを推進するための教育研修・情報提供
    それを社員、ライン管理職、産業保健スタッフや衛生委員会メンバー等のそれぞれの段階でおこなう。
  2. 職場環境等の把握と改善
    職場環境等を評価し、問題点を把握した上で、職場環境のみならず勤務形態や職場組織の見直し等の様々な観点から職場環境等の改善を行う(メンタル不調の未然防止、一次予防)
  3. メンタルヘルス不調への気づきと対応
    メンタル不調に陥る社員職員の早期発見と適切な対応のための体制や、社外産業医や医療機関などとのネットワーク整備(二次予防)
  4. 職場復帰における支援
    メンタルヘルス不調による休職者の職場復帰における支援のため、職場復帰支援プログラムを策定する。そこにおいて、休業の開始から通常業務への復帰に至るまでの一連の標準的な流れを明らかにし、関係者の役割等について定める(三次予防)

それと同時にメンタルヘルスに関する個人情報の保護への配慮、具体的にはメンタルヘルスに関わる個人情報を主治医や家族から得る場合にはあらかじめその社員の同意が必要であること。 産業医等が知り得たメンタルヘルスに関する社員の個人情報を事業者等に提供する場合でも、提供する情報の範囲と提供先を企業側の対応に必要な範囲で最小限とすることなどをあげている。

周囲による気づき[編集]

ラインによるケア[編集]

あとで触れる「微笑みうつ病」が象徴しているように、メンタルヘルスの不調を抱えた人は、それが治療可能な病気とは認識出来ず、あるいはそう考える余裕も無くなって、苦痛に喘ぎながら必死に遅れまいと頑張っている。 そのことに周囲の者が早く気づき、休養も含めた治療に結びつけることが望ましいとされる。 前述のように、厚生労働省は企業のメンタルヘルス対策を4つのケアとしてまとめたが、2006年の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」で「ラインによるケア」についてこう述べている。

管理監督者[注 6] は、部下である労働者の状況を日常的に把握しており、また、個々の職場における具体的なストレス要因を把握し、その改善を図ることができる立場にあることから、6(2)に掲げる職場環境等の把握と改善、6(3)に掲げる労働者からの相談対応を行うことが必要である。このため、事業者は、管理監督者に対して、6(1)イに掲げるラインによるケアに関する教育研修、情報提供を行うものとする[18]

「職場環境等の把握と改善」とは、(1)部下の実労働時間に気を配って、可能な限り負荷を分散して過労を防ぐ。(2)挨拶に始まり、ときにはたわいない雑談まで含めたコミュニケーションの円滑化はかり。(3)部下の提案に耳を傾けて、モチベーションを高める。などであるが、これらはそもそも業務の円滑な遂行、それによる会社の発展のためにも必要なこととされている。

「労働者からの相談対応」は、「メンタルヘルス不調への気づきと対応」の意味で、部下や同僚から相談された場合だけのことではない。そしてメンタルヘルスの専門知識は必要はない。普段から部下に目を配り、「いつもと違う」[注 7]、 「最近元気がない」、「休みがち」、「作業効率が急に落ちた」などのアラームを見逃さないだけでよい。 前述の「雑談までも含めたコミュニケーションの円滑化」が出来ている場合には、部下の側からも相談しやすく、不調を早めにキャッチできる。

アラームを見つけたからといって必ずしも「メンタルヘルス不調」とは限らない。 しかし「それとなく気遣う」ことは重要であり、「それとなく目を配っている」、「それとなく声をかける(アラームに触れない単なる軽口)」、「それとなく触れて "なんか疲れてるんじゃない?"」のどれでも良いし、段階的にでも良い。そういう気遣いが空気としてその本人に、あるいはその回りの社員に伝われば職場の空気は改善するし、相談もしやすくなる。

相談されたら[編集]

相談されたら、あるいは問いかけに反応した場合。
相手がどういう気持でいるのかに意識を集中する。相手が何を言いたいのかはその次ぎで良い[注 8]。 その後にメンタルだろうが体調だろうが区別せず、カラダの症状を聞き出す。 ポイントは「眠れない」、「食欲がない」、「疲れやすい」の3つである[19]「仮面うつ病」(後述)が象徴するように身体症状しか認識されていない場合もあるが、精神症状を本人が知覚している場合でも、それをストレートに口に出すことはあまりない。その3つの中でも特に「眠れない」は重要とされる(「発症と長時間残業」で再度ふれる)。それらが確認出来れば「病気とは限らないけど、もしも病気なら早いうちだと治りも早いよ」と受診を勧める。受診を渋れば「今度産業医の先生に相談してみれば? 貴方さえ良ければ予約を入れとくけど」と産業医につなげる。あるいは上司自身が産業医や保健スタッフと面談して状況を説明し判断を仰ぐ。

これらは対応をルール化しやすい企業においてのケースであるが、本質的には家庭や友人関係の中でも共通することである。なお、企業でも50人以下の場合は産業医や衛生管理者の任命が義務ずけられてはいないが、その場合は地域産業保険センターなどが利用できる。

しかし「労災認定された自殺事案における長時間残業の調査」(後述)では、調査事例の82%が会社よりも家族が先に自殺の兆候に気づいていたとある[注 9]。 この調査は労災認定された自殺事案、つまり自殺を遂げてしまったケースの事後調査である。このことによっても、家族が病的な言動に気づいていたとしてもうつ病に罹患した者を精神科医療へ繋ぐことがいかに難しいか、それを躊躇していることがどんな結果をもたらすかを如実に物語っている。 この為、メンタルヘルス対策を重視している企業では、社員本人だけでなく、その家族に向けた情報発信に力を注いでいるところもある[注 10]

本人の気づきの為の支援[編集]

本人の気づきとそのセルフケアは既に「各分野におけるメンタルヘルス/個人」で見た通りだが、企業のメンタルヘルス対策としてもセルフケアは4つのケアの中で一番重要視されている。 メンタルへルス不調への気づきのキーワードは「いつもと違う」という一言である。「いつもと違う」を「気のせいかも」で終わらせずに、「疲れてるのかも」「どこか悪いところがあるのかも」「相談した方が良いかも」に結びつけるための啓蒙活動が、企業のメンタルヘルス推進者に求められ、また厚生労働省も「Selfcareこころの健康 気づきのヒント集」や、内容はほとんど同じであるが「派遣労働者のためのこころの健康気づきのヒント集」を用意している。

そうした情報提供とともに、「どこか悪いところがあるのかも」「相談した方が良いかも」というときの相談先を用意し、それを社員(出来ればその家族にも)に周知徹底させることが「労働者の心の健康の保持増進のための指針」において求められている。

企業においてはそうした活動が義務づけられているものの、企業以外においては前章「周囲による気づき」における「ラインによるケア」の役割を担えるのは家族、友人、知人である。というよりも、上司であろうが、家族であろうが、友人であろうが、そうした役割を担う人がいるということが一番重要である。 厚生労働省の「労働者の心の健康の保持増進のための指針」の元となった「職場におけるメンタルヘルス対策のあり方検討委員会報告書」においても、「セルフケアを効果的に行うためには、わからないことは「相談」することが不可欠である。個々の労働者は、まず、身の回りにこうした相談相手を自力で確保しておくことが望ましい」[20] とあるが、実際に身の回りに相談相手がいる人は、重篤化前に相談できることが多いので、あまり深刻な事態にはならない。
企業以外の場面で、個人で利用できるこころの病気に関する相談先や様々な支援・サポート情報をまとめたものに厚生労働省のリーフレット「心の健康サポートガイド-困ったときに受けられる支援・サービス」がある。 また、本人だけでなく、身近に心配な人がいるという場合の相談も受け付けている。

精神医学上の知見と各種調査[編集]

著しい増加がみられるとされる疾患[編集]

統計と疫学調査[編集]

厚生労働省発表の精神疾患による患者数[21] の中で多いものはうつ病統合失調症である。近年において著しい増加がみられるとされるのはうつ病と認知症(アルツハイマー型)であるが、ただし認知症(アルツハイマー型)は絶対数ではうつ病の1/4以下である。

疫学調査には厚生労働省の研究事業に「こころの健康についての疫学調査に関する研究」(H16年度)(H17年度)(H18年度)がある。その報告には、精神障害の過去12ヶ月有病率はうつ病 7.5%(重症うつ病エピソード 1.6%、中等症うつ病エピソード 2.7%、軽症うつ病エピソード 3.2%)[注 11]、 障害 1.3%、PTSD 1.1%、社会恐怖症 0.3%、アルコール依存症、薬物依存症 0%とある[22]
また、世界精神保健(WMH)日本調査2002-2006での生涯有病率/12ヶ月有病率は「気分障害」で6.5%/2.3%、内、大うつ病性障害 6.2%/2.1%、気分変調性障害 0.7%/0.3%。「不安障害」で 9.2%/5.5%、内特定の恐怖症が 3.4%/2.3%、全般性不安障害 1.8%/0.9%、社会恐怖 1.4%/0.7%、PTSDは1.4%/0.6%。「物質関連障害」は9.2%/5.5%でアルコール乱用が8.4%/1.4%、アルコール依存が1.2%/0.3%、薬物乱用で0.2%/0.0%、薬物依存は0.0%/0.0%。「間歇性爆発性障害」は2.1%/0.7%である[注 12]

ただしそのどの項目においても欧米よりは少ない。例えば「気分障害」の12ヶ月有病率は日本の2.3%に対してアメリカで9.5%、欧米で4.2%。「不安障害」は日本の5.5%に対しアメリカでは18.1%もあり、欧米でも13.6%である[23]

新型うつ病[編集]

2000年以降に増えてきたと言われたものには「新型うつ病」[24] と言われるものがある。
「新型うつ病」とはマスコミ用語であるため精神医学上の定義はないが、一般に云われていることは、自己中心的で、他責的で、ストレスを回避しようとする傾向が見られ、通常のうつ病に見られる自責的な苦渋感はなく、自分の行動に対する後悔の念が語られることは稀で、言動に一貫性を欠き[25]、 その振る舞いには軽やかさが感じられるとされる。仕事中には抑うつ的なのに、休日や休職中にレジャーを楽しんでいたりする。
こういう文言が並ぶので「病気」というより単なる怠け者的な偏見を持たれることもあり、そうした偏見を煽るような書籍も見受けられる。しかし医師は「本当のうつ病でもないくせに、うつ病、うつ病と騒ぎ立てて疾病利得を得ようとしている」というような冷たい目でのみ見るべきではなく、彼らにかろうじて残されているレジリエンスを最大限に引き出す機会をうかがうべきであるとされる[26]

精神医学の世界では、重症になりやすい執着気質やメランコリー親和型性格を基盤としたうつ病とは異なるものを、古くは「退却神経症」[27][28]、 「逃避型抑うつ」[29][30][31]。 さらに「現代型うつ病」[32][33]、 「未熟型うつ病」[34][35]、 「ディスチミア親和型」[36][37] などという疾患名で議論している[38]。 なおディスチミア親和型とは旧来のメランコリー親和型に対比させる名称で、退却神経症、未熟型、逃避型、と別物という訳ではなく、それらにある否定的語感を避ける為のネーミングである。
双極性障害のひとつ、軽躁状態を伴う双極 II 型障害との近縁性も指摘され[39]、 軽度発達障害や適応障害、気分変調症との識別も難しいとされており[40]、 通常のうつ病に比べて、抗うつ薬の効果が弱く、軽症ながら難治な病態とされる[41]
通常のうつ病治療の原則として知られる笠原の七箇条[42] の中に以下のものがある。

  • 出来るだけ早く、かつできる限りの休息生活に入らせる
  • 少なくとも治療中には、絶対に自殺をしないことを誓約させる
  • 治療終了まで、人生に関わる大問題については、その決定を延期させる

これらはメランコリー親和型の患者には忠実に守られるが、ディスチミア親和型の場合にはそれが難しい[43]。 そして、よく云われる「うつ病者に『頑張れ』と言ってはいけない」ということがディスチミア親和型の場合にはあまり該当しない場合がある。むしろ「大丈夫、ここががんばりどころ」という治療者の一言の方が必要な場面がある。 ディスチミア親和型を論じた樽味伸は「対応に関しての素描[44]」 をまとめたが、ポイントは以下のようなものである。

  1. ラポールの確立(精神療法では常にそうであるが、この場合特に)
  2. 心的弾力性(レジリエンス)の継続的評価と強化(褒めることによって刺激)
  3. 主役は抗うつ薬ではなく、あくまでも本人であることをしつこいぐらいに確認する

なお、休職中にパチンコ屋に居たからといって「新型うつ病」である訳ではない。次ぎに述べる微笑みうつ病や仮面うつ病がそうであるように、メランコリー親和型の旧来のうつ病であっても軽い時期には外見上うつ病的ではないこともある。

微笑みうつ病[編集]

「微笑みうつ病」とは、笑顔で仕事をしているうちに限界を超えていて壊れるのではなく、既に壊れているのに笑顔でそれを隠していることを言う。 正式な病名ではないことはもちろんのことながら、「仮面うつ」とか「新型うつ」などのように症状の種類を言うものではない。実際にはうつ病で、うつに猛烈に苦しんでいるのに、特に会社では回りにそれを悟られないように穏やかな微笑を浮かべ必死に元気な振りを続ける。そのため周りはもちろん医師すらも抑うつが進んでいることに気づきにくいというものである。つまり「微笑みうつ病」とは「微笑んでいるけど実はうつ病」という意味である。うつ病の初期の状態だが、産業医や内科医がそれに気づかないとうつ病がそのまま悪化していく。 女性にも見られるが、一般に中高年の男性にみられる[45][46][47][48]

仮面うつ病[編集]

仮面うつ病とは、うつ病が様々な身体症状の裏に隠れており、本人には身体症状のみが意識されてうつ病とは気づかない状態を云う。つまり「仮面」とは「身体症状」であり、「微笑み」のことではない[注 13]。 うつ病が身体症状の背後に隠れているという意味で「仮面うつ病」と呼ばれる。 あくまでも症状からの便宜的な呼び名であって、DSMやIDC-10などで定義された正式な疾患名はうつ病である[注 14]

うつの初期段階では、気分の落ち込みがあまりはっきりせず、便秘や食欲不振などの消化器症状、頭痛・めまいなどの神経症状、身体各部の慢性的な痛みといった身体症状がそれが本人を苦しめることがある[49]。 そのため内科や耳鼻科や眼科などを受診されてしまう事が殆どで、患者は身体の症状だけを訴えるので、内科医などが身体症状という仮面の裏のうつ病に気がつかないと、内科等の治療薬だけを処方することになったり、身体的には特定の病気はないので当然内科等の検査をしても異常は見つからず、内科系の各科をたらい回しされ、うつ病の治療に結びつかず、悪化していくことが多い[50][51]

受診率[編集]

メンタルヘルスはうつ病に限ったものではないのはもちろんであるが、「微笑みうつ病」と、この「仮面うつ病」はある面でメンタルヘルスの難しさを物語っている。 厚生労働省の「産業保健スタッフ向け自殺防止マニュアル」によれば、ヨーロッパのうつ病の大規模疫学調査[52] においても「うつ病罹患者の43%が医療機関を受診しておらず、未受診者の86%は受診する必要さえないと判断していた。 また、受診者のうちの57%は専門医ではなくプライマリーケア医を受診し、薬物投与を受けた者は31%で、適切な治療(抗うつ薬の投与)を処方されていたのは、わずか25%」であったという。

わが国においては更に少ない。「平成18年度疫学調査」によると、DSM-IV診断でうつ病と診断された者の内、医師の受診率は36.3%、内精神科医の受診は18.9%しかない[53]「平成16年度疫学調査」でも、精神障害全体について「わが国の精神障害の有病率は欧米に比べて低かったが,約9%が何らかの精神障害を過去12ヶ月間に経験し、うち6人に 1人 (全体の1.5%)が重症の疾患を、約半数(全体の4.1%)が中等症の疾患を経験していた。・・・しかし重症あるいは中等症の疾患の経験者のうち19%しか医師を受診していなかった」と報告している[54]。 このあと見てゆく「自殺事案における長時間残業の調査」においても、同様の受診率が報告されている。 以上のことから「産業保健スタッフとしては、まずはうつ病・うつ状態に気づく知識・技術を身につけることが望まれ、さらにそれに対して適切な対応をしていくことが求められる」[55] とある。

なお、受診率が低い理由のひとつとして、「心の変調」が現れたときにどの医療機関を受診すれば良いのか分からない場合や、「精神科」と聞いて名前から来る恐いイメージが先行して、受診をためらってしまうケースが少なくない[56]。 自治体の保健所精神保健福祉センターでは、無料かつ匿名でメンタルヘルスの相談を受け付け、医療機関を紹介してもらえる(電話でも良い)[注 15]

自殺[編集]

自殺の背景にある精神疾患・WHOの統計[編集]

うつ病に限らずほとんどの精神疾患の患者は個人の努力では打開できない問題についても自分の責任と思い込み、自分自身をせめる傾向にある。自殺に至ることが多いのは境界性パーソナリティ障害も有名だが、絶対数ではうつ病の方が圧倒的に多い。 労働科学研究所の鈴木安名は「うつ病における認識の歪みの一つに『過度の自己関連化』がある」[57] という。これは精神医学上の定説となった知見である。 この「思考と認知のゆがみ」は様々あるが、自殺に関係する代表的なものには次ぎのようなものがある。

  • 何でも自分が悪い、または、他人からそう思われていると感じる(自己関連づけ、自責の念)
  • 自分の能力が劣っていると思う、劣等感が強い(極端に低い自己評価)
  • 何でも悪い結果になると感じる、または決めつける(悲観的思考)
  • 悪いことの責任はすべて自分にあると思いこむ(罪業妄想)[58]

厚生労働省「産業保健スタッフ向け自殺防止マニュアル」の「簡便な構造化面接法による大うつ病エピソードの評価」にある5問のひとつは「毎日のように、自分に価値がないと感じたり、または罪の意識を感じたりしましたか?」(pp.26-27) である。

世界保健機関(WHO)が精神科入院歴の無い自殺既遂者 8,205例について調査した資料[注 16] によると、自殺者の大多数(95%)は最期の行動に及ぶ前に、何らかの精神疾患の診断に該当する状態にあり、該当しなかったのは、診断なし2.0%と適応障害2.3%に過ぎないとしている。物質関連障害(アルコール依存症や麻薬)の比率については日本の状況と大きくことなるものの[注 17]、 それ以外については国内調査と多く共通する。そしてWHO は自殺と密接に関連しているうつ病など、3種の精神障害を早期に治療に結びつけることによって、自殺予防の余地は十分に残されていると強調している。 また、その調査の10年後である2012年10月9日には世界で少なくとも3億5千万人が精神疾患であるうつ病の患者とみられ、毎年100万人近くの自殺者のうち、うつ病患者の占める割合は半数を超えるとの統計を発表した[59]

日本での調査と見解[編集]

厚生労働省・自殺防止対策有識者懇談会の「自殺予防に向けての提言」(2002年)においても、「生命的危険性の高い手段により自殺を図ったものの、幸い救命された者について、うつ病、統合失調症(精神分裂病)及び近縁疾患、アルコールや薬物による精神や行動の障害等の精神疾患を有する者の割合が75%で、中でもうつ病の割合が高いと報告されており、自殺は、精神疾患と強い相関関係があることが示唆されている」とする。そして「自殺を自由意思の現れや個人の選択として捉える見方もある。しかし、自殺した者の心理を分析していくと、・・・うつ病を発症し、正常な判断ができなくなることも多い。自殺は、自由意思に基づく行為というよりは、いわば『追い込まれての死』であると考えられる。[60]」 とも云っている。

その後の調査と見解には2004年の「労災認定された自殺事案における長時間残業の調査」[61][注 18] や、2006年の日本産業精神保健学会「過労自殺」を巡る精神医学上の問題に係る見解[注 19] がある。 以上、メンタルヘルス・精神医学の世界では、「自殺」が「自決」[62] と言われるような「覚悟の自殺」であることはほとんど無いという認識である。

自殺調査から見える問題点[編集]

労災認定は強いストレスが認められたものであるが、しかし既に発病しているものにとっての増悪要因[注 20] は必ずしも大きなストレスが加わった場合だけに限らない[注 21]

もうひとつ、自殺だけがメンタルヘルスの問題ではないのは勿論であるが、虐待死[注 22] と同様に、自殺に関する調査統計からメンタルヘルスの隠れた問題も表面化するという点である。 問題は労災認定、あるいは企業の責任如何にに関わらず、過労自殺、あるいは自殺そのものを防ぐことにあるので、それを防止するためには、「強いストレス」を防止することは勿論ながら、同時にうつ病などの精神障害における精神状態、本人が、自分を苦しめている症状をどのように認識しているかをきちんと理解して、早期に介入することが必要であるとされる。

自分を苦しめている症状をどのように認識しているかということが重要なのは、事後的な調査では自殺者のほとんどにうつ病エピソードが明らかになったというのに、過労自殺で労災認定がおりたものでもほとんどが精神科を受診していない。つまり本人はそれを病気とは認識出来ていないということであり、それを象徴するのがさきに述べた「微笑みうつ病」である。
あるいは症状を認識してもそれがうつ病だとは気がつかず、精神科ではなく内科を受診している。それを象徴するのがさきに述べた「仮面うつ病」である。本人のみか精神科医を除く医師すらもがそれを知らないことが多い。 「職場におけるメンタルヘルス対策のあり方検討委員会報告書」別添に「精神科・心療内科の医療機関とそれ以外の医療機関の連携体制がより一層整備されることが望まれる」、「産業医と主治医の連携推進のため、産業医にはメンタルヘルスの問題に関して精神科・心療内科の医師との連携に際して必要な知識、技術等が必要となる。」[63] とあるのはこのためもある。

発症と長時間残業[編集]

因果関係に関する研究[編集]

日本産業精神保健学会は2004年3月に「精神疾患発症と長時間残業との因果関係に関する研究」をとりまとめたが、その中で以下のような研究を紹介している。

  • 質問紙を用いた横断的研究では、長時間労働は抑うつなどの精神健康に悪影響を及ぼす。
  • 一日の労働時間が長くなるに従い、SDS得点(うつ性自己評価尺度)は上昇する。
  • 実験において4時間睡眠を1週間にわたり続けると健常者においてもコルチゾール分泌過剰状態がもたらされる。
  • 長時間労働が精神疾患の発症に関与していると判断された例では、1日の平均残業時間は4-5時間が多い。
    同様に発症前に睡眠時間が確保されなかった例の約4割が仕事と強い関連があると判断され、その睡眠時間は4-5時間が多い。
  • 過去の自殺の認定事例を99時間以内、100時間以上に分類した比較調査でも、6ヶ月以内の発病率は前者が71%であるに対し、後者は96%にもなっている。

以上より4-5時間睡眠が1週間以上続く場合は、精神疾患、特にうつ病発症の準備状態が形成されると考えられ、長時間残業による睡眠不足が精神疾患発症に関連があり、特に長時間残業が100時間を超えるとそれ以下の長時間残業よりも精神疾患発症が早まると結論ずけている[64]

また厚生労働省の「過重労働による健康障害を防ぐために」にあるように、月100時間、80時間に満たなくとも、月45時間以上で健康障害のリスクは徐々に高まる。 そして睡眠は、メンタルヘルス悪化の原因となるとともに、メンタルヘルス悪化の結果としても現れる。睡眠障害もそうであるが、うつ病の典型的初期症状としても「眠れない」があがってくる。 「各分野におけるメンタルヘルス」「個人」の章で、「どんな場面でも、誰でも言うのがまず十分な睡眠」とある背景にはこのようなことがある。

労災認定基準[編集]

このため、労災の認定基準(基発1226第1号)の「業務による心理的負荷評価表」には、これに該当すればそれだけで労災認定という「特別な出来事」欄に「極度の長時間労働」(発病直前の1か月におおむね160時間を超えるような、又はこれに満たない期間にこれと同程度の、例えば3週間におおむね120時間以上の時間外労働)が上げられている。

個々にストレス判定がなされる「具体的な出来事」欄には、その16項に「1か月に80時間以上の時間外労働」が加えられた。そこでは80時間以上であっても100時間未満であれば、それ以外の心理的負荷(業務上のストレス要因)があるかが問題となるが、「発病直前の連続した3か月間に1月当たりおおむね100時間以上の時間外労働」などであれば、それだけで心理的負荷は「強」、つまり労災認定となる[注 23]

事業者が講ずべき措置[編集]

労災認定の場だけでなく、平成18年(2006)3月の「過重労働による健康障害防止のための総合対策について」(基発第0317008号)[65] 以来、厚生労働省は企業の使用者責任として、

  1. 時間外・休日労働時間が1月当たり100時間を超える労働者であって、申出を行ったものについては、医師による面接指導を確実に実施するものとする。
  2. 時間外・休日労働時間が1月当たり80時間を超える労働者であって、申出を行ったもの(1.に該当する労働者を除く。)については、面接指導等を実施するよう努めるものとする。

と定めているのも同じ流れである。 この「確実に実施」しなければならない「事業者が講ずべき措置」は「労働者(社員)が申し出た場合」であるが、メンタルヘルス対策を重視している企業においては、「申し出」によらず必須としているところもある。

メンタルヘルスを取り巻く日本の社会状況[編集]

精神疾患と自殺の急増[編集]

1995年以降、産業構造の変化とバブル崩壊、そして経済成長の低迷と世界的な不況が始まっているが、こうした背景もメンタルヘルスの悪化につながっていると言われている[66]

精神疾患の増加[編集]

精神疾患により医療機関にかかっている患者数は、近年大幅に増加しており、1996年,1999年頃には200万人程度だったものが、2008年には323万人にのぼった。著しい増加がみられるのはうつ病であり、1996年比で2002年には1.6倍強、2008年には2.4倍にまで増加した[21]。 精神疾患の患者数統計で参照可能なものはここ10数年の範囲が中心となるが、ちょうどその時期に精神科受診の敷居、心理的抵抗感が少しづつではあるが下がってきている。それが精神疾患の患者数(特にうつ病)の増加にどの程度影響しているのかは判らない。 しかし直接ではないものの、精神疾患患者数とある程度連動していると推定されるものに自殺の統計がある。

自殺の急増[編集]

戦後の日本の自殺者数[67] には3回の大きなピークがある。 1回目のピークは1957年。2回目のピークは1984年から1986年頃まで、そして3回目が一番長く1998年以降現在までである。

この自殺者の増減は景気と密接に関連している[68]。 第1回目の自殺者のピークは1957年のなべ底不況と重なり、岩戸景気(1959-1961年)の到来、更にオリンピック景気(1963-1964年)といざなぎ景気(1965-1970年)という相次ぐ好景気の時期には、ピーク時の約3分の2まで減少している。 第2回目のピークは、1973年のオイルショック以降10年を超える不況の後半に発生している。 その後、バブルの時代には第2回目ピーク時の約4分の3まで減少するが、バブル崩壊(1991-1993年)後徐々に増加し、1998年に急増して以来、3万人超(交通事故死者数の約5倍)が2011年まで続いている。更に詳細に見ると、被雇用者の内管理職の自殺件数は1995年を境に増加を初めている[69]

景気動向の悪化はリストラの不安、失業、生活苦その他、精神疾患発症を促す「ストレス(心理的負荷)」を増大し、自殺率を底上げしていることは容易に見て取れる。そして「自殺の背景にある精神疾患・WHOの統計」でも見た通り、自殺の背景には精神疾患があるとされている。

自殺の年齢層を見ると、1回目の自殺者のピークまで日本における自殺は青年期型で、総数の40-50%強が20代に集中し、30%前後が壮年期から初老期に相当する50-60代に広く分布していた。しかし、それ以後は男性の場合、青年期から次第に高齢側に裾野を広げていき、40代後半に自殺者数が多くなりる。第1回目のピークにおいて自殺の中心となった年齢層は21-23歳だったが、第2回目のピークでは自殺の中心は51-53歳。1998年からの第3回目のピークでは、1923-1970年生まれの全ての世代で自殺率が増加傾向を示し、特に50代で著明だった[70]。 男性の場合、40代後半から50代はリストラの対象となりやすく、また再就職も難しい年代である。

2012年3月9日内閣府自殺対策推進室発表の「平成23年(2011)中における自殺の概況」[71] によれば2011年の自殺者数の年計は30,651人で、対前年比1,039人(約3.3%)減であり、 2013年1月17日の「警察庁の自殺統計に基づく自殺者数の推移等」[72] では、2012年の累計自殺者数速報値は27,766人(前年比9.4%減)で、1998年に3万人を突破してから14年目にしてやっと3万人以下に下がったとはいうものの、1995年に21,420人であったことを考えればまだまだ高い水準にある。

企業におけるメンタルヘルスの状況[編集]

企業におけるメンタルヘルス全般を見ると、(財)社会経済生産性本部メンタル・ヘルス研究所の 2008年報告は「企業における「心の病」は依然として増加傾向」としていたが、2010年報告(同調査は2年毎に行われる)において、同時期の自殺者統計と同様にやっと「企業における"心の病"増加傾向に歯止め〜取り組みの成果に手ごたえを感じつつある企業も増加〜」とした。

しかし「増加傾向に歯止め」という内容は、最近3年間で「"心の病"は"増加傾向" 44.6% "横ばい" 45.4%で"横ばい" が"増加傾向"を上回った」という程度であり、2012年11月8日の報告においても「前回よりも"横ばい" が"増加傾向" を上回り、いっそう増加傾向に歯止めがかかった」ものの「但し、減少傾向は微増にとどまっている」という程度で、まだ「増加傾向」にあるとの回答は36.7%も残っている。下げ止まりつつはある、がまだ回復には至っていないという状況である。

成果主義[編集]

1995年頃より、産業構造の変化とバブル崩壊、そして世界的な不況や経済成長の低迷が深刻な事態となり、経営側ではそれまでの終身雇用、年功序列賃金による右肩上がりの人件費の重圧への危機感が強まっていく。そしてリストラや、派遣、パートタイマーへのシフトなどの正社員圧縮と同時に、正社員人件費の重圧への打開策として期待された人事制度が成果主義である。しかし元々の目論見とは裏腹に、社員のモチベーションとメンタルヘルスをともに悪化させ、かえって業績に悪影響をもたらすケースが多々見られた。先頭をきって成果主義を導入しながら数年でそれを撤回する企業も現れる[73][74]

ただし成果主義と言ってもその内容は一様ではなく、「花王」[75]その他の成功事例もある[76][77]労働政策研究・研修機構『現代日本企業の人材マネジメント』によれば、 「自社で導入されている成果主義が成功しているかどうかについて、成果主義の導入時期別に分析したところ、 2000年以降に成果主義を導入した企業に勤める労働者は、 自社で導入した成果主義に対する評価が僅かに高い。これまでの分析から明らかになった、格差が小さいという特徴を持つ 2000年以降に導入された成果主義は、労働者の側からは、やや高く評価されている成果主義であった」[78] という。 天笠崇は、そこで言うやや高く評価されている成果主義を「日本版修正成果主義」と呼んでいる[79]

ハラスメント[編集]

ハラスメントの現状[編集]

2005年の中央労働災害防止協会「パワー・ハラスメントの実態に関する調査研究」によると、43%の企業がパワーハラスメントあるいはこれに類似した問題が発生したことがあると回答し、82%の企業がパワーハラスメント対策は経営上の重要な課題と認識し、パワーハラスメントが企業にもたらす損失としては、約8割の企業が「社員の心の健康を害する」、「職場風土を悪くする」をあげている。また、実際にパワーハラスメントがあったと回答した43%の企業の8割以上で、ハラスメントを受けた社員のうちある程度の者にメンタル面で何らかの問題が生じていると回答している。

都道府県労働局に寄せられる「いじめ・嫌がらせ」に関する相談は、2002年度には約6,600件であったものが、2010年度には約39,400件と年々急増[80] し、民事の個別労働紛争相談件数でも「いじめ・嫌がらせ」に関するものは2002年度の第4位から、2010年度には「解雇」に次ぐ第2位に上昇した[81]。 この状況は2012年3月にクレオ・-シー・キューブが公表したパワハラ対策実態調査報告においても、同じような傾向が見られる[注 24]。 そして2012年の厚生労働省・円卓会議参考資料集[82] によれば、会社員のうち、約17人に一人(約6%)が「職場で自分がいじめにあっている(セクハラ、パワハラ含む)」と回答し、さらに約7人に一人(約15%)が「職場でいじめられている人がいる(セクハラ、パワハラ含む)」と回答している。

労働政策研究・研修機構の調査[編集]

ハラスメントの原因には、いつの時代にもある女性中心社会、男性中心社会、男女の社会がひずんだ場合[83] とか、どこにでも多少はいる「困った人」ということもたしかにある。しかし労働政策研究・研修機構はもうすこし踏み込んだ調査報告を行っている[84]。 その報告では、ハラスメントが発生する背景・原因として16項目[85] があげられた。

最も多く指摘されたのは「1.人員削減・人材不足による過重労働とストレス」と、それが引き起こす「2.職場のコミュニケーション不足」である。人材不足から過重労働になり、不満やイライラが募り、上司と部下間においても同僚間においてもコミュニケーションを取りづらくなる。 その次ぎに1995年以降の不況と企業間競争の激化を背景とした「3.会社からの業績向上圧力、成果主義」や業績の悪化によるストレスである。

先の業績の悪化による「1.人員削減・人材不足による過重労働」と「3.会社からの業績向上圧力・・・」は、同じことの裏表である。部下だけでなく上司の方も心身共に疲弊して、自己統制が効かなくなり過剰な指導・命令をしてしまう。 業績向上への手法としての「成果主義」への過度の偏重や、厳しい営業ノルマも同じ流れであり、ハラスメントの背景になっている。 実際に、ある大手企業では業績が良い部門では問題は生じにくいが、業績面で余裕がない職場は人間関係にひずみやトラブルが生じやすいという。

その他として「9.上司部下間あるいは同僚間の人間関係の希薄化と信頼関係の欠如」、「13.職場内に相談に乗ったり仲裁したりする人材がいなくなったこと」もあげられている。これは前述の「2.職場のコミュニケーション不足」に通じる。逆に言えば「コミュニケーション」とは「信頼関係」であり「相談に乗ったり仲裁したり」ももちろん含んでおり、ただの「会話術」のことではない。

「11.管理職に対する教育不足」、「15.管理職のマネジメント能力の低下」、「14.コミュニケーション能力の低下」は、先に述べた過重労働とストレス、業績の悪化と業績向上への圧力、成果主義への偏重や、厳しい営業ノルマによって、自分のことだけで精一杯、人を育てている暇などないという状況が管理職の育成にまで及び、それが更なる悪循環につながっているということである。

こうした高ストレイン[注 25] な職場ではセクシャルハラスメントも多くなる。「12.人権意識や個人の尊重の希薄化」や「10.行為者の資質やハラスメント意識の欠如」もあげられている。「10.行為者の資質・・・」は難しいが、その後半の「・・・ハラスメント意識の欠如」や「12.人権意識や個人の尊重の希薄化」はある程度は広報や社内研修で向上させることが出来、特に大企業ではメンタルヘルス側と言うより、むしろコンプライアンス側からの要請として行われている。 その取り組みについては、「社内規定に盛り込む」とか「啓発資料を配布」ということももちろん大切なことだが、上記の様に「信頼関係」「コミュニケーション」の向上を含んだ「管理職を対象とするパワハラについての研修」とリンクすればさらに大きな効果をもたらすことが、次ぎに見る厚生労働省の委託実態調査で明らかになっている。

厚生労働省のパワーハラスメント委託実態調査[編集]

厚生労働省は職場のパワーハラスメントに関する実態調査を委託事業として行い、その「報告書」を2012年12月に公開した。 この調査は、厚生労働省が同年3月に公表した「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」の「職場のパワーハラスメントの予防・解決に向けた提言」を踏まえ、職場の実態を把握するとともに、パワーハラスメントが発生する要因の分析や、予防・解決に向けた課題の検討を行うことを目的とするものである。調査は「企業調査」と「従業員調査」からなり、「企業調査」は計4,580社から、「従業員調査」は計9,000名からの回答をもとにしている。

ハラスメントが発生する職場の特徴[編集]

パワーハラスメントが発生する職場の特徴[86] として、「企業調査」からは「上司と部下のコミュニケーションが少ない職場」(51.1%)や、「ストレス負担がかかりやすい職場」ということが上げられている。 「従業員調査」からは、パワーハラスメントを見たり受けたりした者(以下経験者)の回答と、ハラスメントを受けたことも見たこともない者(以下未経験者)の回答とのギャップが大きい項目がパワーハラスメントが発生しやすい職場の特徴と推測できるが、「残業が多い/休みが取り難い」、「失敗が許されない/失敗への許容度が低い」、「上司と部下のコミュニケーションが少ない」などがあげられている[注 26]。 やはり高ストレインな職場ではコミュニケーションが少なく、パワーハラスメントも起こりやすいことが見て取れる。

「従業員調査」での職場のコミュニケーションに関する質問、「悩み、不満、問題と感じたことを会社に伝えやすい」、同じく「上司に伝えやすい」に対して、未経験者では「全くあてはまらない」、「あまりあてはまらない」という否定的回答は30%台であるに対し、経験者では60%前後にもなり、その差は2倍近くと歴然としている。 同僚間のコミュニケーションが円滑かどうかについては肯定的回答の方が多いものの、否定的回答は経験者ではやはり未経験者の2倍近くになっている。こうしたことからもパワーハラスメントと職場のコミュニケーションは表裏一体の関係にあることが見て取れる。

予防のための取組とその効果[編集]

パワーハラスメントの予防・解決のための取組は大企業になるほど多くなるが、「実施している取組で効果を実感できたもの」[87]の第一位は取組実施率でも64%と最も高かった「管理職を対象にパワハラについての講演や研修会を実施した」であり、実施企業の77.3%が効果を実感している。第二位は「一般社員を対象にパワハラについての講演や研修会を実施した」の70.6%であるが取組実施率は38%で四番目となっている。 対象者の数から考えても、まずは管理職の意識改革がら始めるのが順当と云える。 「社内規定に盛り込んだ」とか「啓発資料を配布または掲示した」ということも大切なことではあるが、それだけでは効果は低い。

また取組が効果を発揮するまでにはある程度時間がかかる。何年にもわたって繰り返し実施することで効果は徐々に高まるとも云える。 そしてその効果は、パワーハラスメントの予防だけでなく「管理職の意識の変化によって職場環境が変わる」(45.7%)、「職場のコミュニケーションが活性化する/風通しが良くなる」(32.6%)、「管理職が適切なマネジメントができるようになる」(29.8%)といった面にも現れてきている[88]。 自殺の急増とかハラスメントの増加にも現れるメンタルヘルスの悪化の背景には、先に「自殺の急増」で見てきたような企業を取り巻く経済環境の悪化が背景にはあるが、しかしそれだけが決定要因ではなく、企業自体の職場環境改善の努力、あるいはその中での個々人の努力によっても改善でき、それがまた企業の活力にもつながりえるということをこの調査は示している。

円卓会議の提言・厚生労働省の定義[編集]

厚生労働省の2012年3月の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」の提言は、以下のような行為を「職場のパワーハラスメント」と定義する。

職場のパワーハラスメントとは、同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内の優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為をいう。 パワーハラスメントという言葉は、上司から部下へのいじめとのイメージが強いが、「職務上の地位」に限らず、先輩・後輩間や同僚間、さらには部下から上司に対してであっても、人間関係や専門知識などの「職場内の優位性」を背景に行われるものもパワーハラスメントに含めている。

そして「職場のパワーハラスメントの行為類型」を6種類あげているが、それは3段階に分類できる。
「暴行・傷害」は業務の遂行に関係するものであっても「業務の適正な範囲」とは言えない。 次のレベルは、業務の遂行に必要な行為であるとは通常想定できない行為である。 最後に、業務上の適正な指導との線引きが必ずしも容易でなく、業種や企業文化の影響を受け、また、行為が行われた状況や、それが継続的であるかどうかにもよるため、各企業・職場で認識をそろえ、その範囲を明確にする取組を行うことが望ましいものもある。

近年では、上司が経験不足の若手に対して業務指導を行ったところ、その若手がパワハラだと騒ぎだし、あるいは中間管理職がそれを心配してパワハラ萎縮症候群[89] に陥るということもおこりだしている。しかし労使が予防・解決に取り組むべき行為は「業務の適正な範囲を超えるもの」であって、相手が指示や注意を不満に感じたとしても、業務上の適正な「指示や注意・指導」の範囲である場合にはパワーハラスメントには該当しない[注 27]

これはセクハラ関係でも似たような問題がある。「セクハラと相手が感じたら、それはセクハラなのだ」というようなことが企業のコンプライアンス研修などでも良く言われるが、これは「自分の感覚だけでなく相手の気持も思いやって、相手に不快な思いをさせないように」という意味である。しかしそれを盾にとって訴えるとなると話は違ってくる。 厚生労働省の「改正雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の施行について」[90] にあるように、「性的な言動」等の判断基準は、被害を受けた者が女性である場合には「平均的な女性労働者の感じ方」、男性である場合には「平均的な男性労働者の感じ方」が基準になる。(ただし、被害者が意に反することを明確に示しているにも関わらず、さらに行われる性的言動はセクシュアルハラスメントと解され得る。)

パワーハラスメントに戻れば、先の「職場のいじめ・嫌がらせ問題に関する円卓会議」の提言は、職場のパワーハラスメントをなくすために「それぞれの立場から取り組んでいただきたいこと」として、「トップマネジメントへの期待」、「上司への期待」に並べ、「職場の一人ひとりへの期待」として「人格尊重、コミュニケーション、互いの支え合い」[91] をあげている。 一番大切なことは、職場の一人ひとりが職場の仲間の人格を互いに尊重する意識であり、そして互いの人格の尊重は、上司と部下や同僚の間で、理解し協力し合う適切なコミュニケーションを形成する努力を通じて実現できるものであるとする。 「円卓会議の提言」 は円卓会議WGが出した結論の「要約」に近く、「本文」は「円卓会議ワーキング・グループ報告」であるが、その報告はヒアリング先人事担当役員の次のような言葉を紹介して結びとしている。

全ての社員が家に帰れば自慢の娘であり、息子であり、尊敬されるべきお父さんであり、お母さんだ。そんな人たちを職場のハラスメントなんかでうつに至らしめたり苦しめたりしていいわけがないだろう。

ストレスモデル[編集]

職場において、何がストレスを高めメンタルヘルスを悪化させるのか、逆にきつい仕事でも生き生きと働ける条件とは何かをモデル化したものがストレスモデルである。 ストレス関連モデルは様々提唱されているが[92]、 よく言及されるのは以下の4つである。 なおこの4つは基本的な考え方を示したものから、具体的な測定尺度まで様々であり、互いに排他的に存在するものではなく、むしろ多くの点で重なりあい、あるいは補完しあう関係にある。

ストレス脆弱性モデル[編集]

現在の精神障害関連労災認定の基本的な考え方である「ストレス脆弱性モデル」(ストレス-脆弱性理論)は、精神疾患の発生について、病気になりやすいかどうかの「脆弱性(もろさ)」(逆に見れば強さの程度)と、発症を促す「ストレス(心理的負荷)」という2つの軸のバランスで精神疾患は発症するとする説である[93]。 あるいは「脆弱性(もろさ)」と「ストレス(心理的負荷)」の総和が一定の閾値を超えると発症すると考えても良い[94]

思いがけないストレス(ライフイベントの心理的負荷)が非常に強ければ、脆弱性が比較的小さくても精神的破綻が起こるし、逆に脆弱性が大きければ、ライフイベントの心理的負荷が小さくても破綻が生ずる。またストレス(心理的負荷)はひとつひとつのライフイベントによるものではなくて、慢性的なストレスにライフイベントとしてもストレスが上乗せされたものである。しかし「脆弱性(もろさ)」はひとりひとり違うので、人によって堪えられるストレス(心理的負荷)、あるいはその許容範囲が異なってくる。 例えばPTSDなどは、戦争とか災害とか極めて大きな心理的負荷によって起こるが、同じ状況におかれてもPTSDになる人とならない人がいたりする。 精神障害を考える場合、あらゆる場合にストレスの総和とと脆弱性との両方を視野に入れて考えなければならないというものである。 ここでいう脆弱性とは、生得的なもの、例えば性格とか遺伝的な資質だけでなく、生育環境とか、後天的な能力、対応力に関わる問題も含む。 従って、ストレスを避ける工夫と同時に、ストレスを発散させる工夫、ストレスに強くなる工夫、脆弱性を小さくする工夫、つまり対応力、反発力(レジリエンス)を強化していくことによって、発症とか再発を避けることが目指される。 なお、精神障害等に係わる労災認定の「判断指針」「認定基準」は、このストレス脆弱性モデルをベースにしている[95]

NIOSH 職業性ストレスモデル[編集]

NIOSH 職業性ストレスモデル[96] は米国国立労働安全衛生研究所(National Institute for Occupational Safety and Health:NIOSH)が提唱するモデルであり、仕事上のストレスから急性のストレス反応、それが進んで疾病とまるまでに、仕事上のストレス以外の3つの要因がプラスあるいはマイナスに働くというものである[97]。 3つの要因には、その人の属性や性格などの「個人的要因」、家庭の事情などの「仕事以外の要因」、そして同僚や家族などの支援などの「緩衝要因」があげられている。

このモデルからは、ストレス反応は病気ではないこと。ストレス反応が出ているときは警告と受け止め、無理をしないことが大切であること。そしてプラスあるいはマイナスに働く3つの要因を良い方向へコントロールしていくことがいかに大事か、中でも「同僚や家族などの支援」がいかに大事かということが解る。

仕事の要求度・コントロール(JDC)モデル[編集]

JDC モデル(Job Demands Control Model)とは、「仕事の要求度」と「仕事のコントロール」の2要因から構成されるモデルである[98]。 仕事の要求度はとくに仕事の量的負荷(多忙さや時間的切迫感)がその中心的な位置を占める。一方コントロールとは「仕事上の裁量権や自由度」である。 このうち、仕事の要求度が高いにもかかわらず十分な「仕事上の裁量権や自由度」が与えられていない場合を「高ストレイン群(high strain)」と呼び、心身のストレス反応のリスクが高いとされる。 一方、仕事の要求度が高くても、「仕事上の裁量権や自由度」が与えられていれば、生産性、職場での満足感ともに高まり、メンタルヘルス増進に寄与するというものである。

このモデルにソーシャルサポートを追加したモデルがDCSモデル(Demand-control-support Model、またはJDCSモデル:Job Demand-control-support Model)である。このモデルでは、「仕事の要求度」が高く、「仕事上の裁量権や自由度」が低く、かつ上司や同僚のサポートが少ない場合が最も「高ストレイン」であり、健康障害やメンタルヘルスの問題が発生しやすくなるというものであり、実感的に納得できるだけでなく、多くの実証研究に裏付けされている。

努力・報酬不均衡(ERI )モデル[編集]

努力‐報酬不均衡モデル[99] (Effort/Reward Imbalance Model: ERI モデル)は、1996 年に、ドイツの社会学者が提唱した比較的新しいものであり、仕事の遂行のために行われる努力(Effort)に対して、その結果として得られる報酬(Reward)が少ないと感じられた場合に、より大きなストレス反応が発生するというモデルである。この報酬には経済的な報酬(Money:金銭)はもちろんながら、心理的報酬(Esteem:尊重)、キャリア(Status control:仕事の安定性や昇進)も含まれる[注 28]。 このモデルは、先行モデルが捉えていないディメンジョン(報酬)を提示していること。そして本人にとってのやりがいとか達成感、やり遂げたことを周りに認められているかが、経済的な報酬と同じぐらい大きく評価されていることも注目される[100]

職場のストレス測定[編集]

厚生労働省の「Selfcareこころの健康 気づきのヒント集」に載っている「職業性ストレス簡易調査票」はJCSモデルに基づいている。 成果主義人事制度により、社員のストレスが増大し、事業展開にもマイナスであるような職場、「成果主義の悪い例」は(成果主義でなくとも社員が疲弊するような職場も)この「職業性ストレス簡易調査票」で十分検出できる。 例えば次ぎのような質問項目がある。

A あなたの仕事について
1. 非常にたくさんの仕事をしなければならない
8. 自分のペースで仕事ができる
9. 自分で仕事の順番・やり方を決めることができる
10. 職場の仕事の方針に自分の意見を反映できる
14. 私の職場の雰囲気は友好的である

「成果主義の悪い例」としてあげられる様々な事例は、1の「非常にたくさんの仕事をしなければならない」にも関わらず、8. 9. 10. 14.などではない職場として描かれている。 「仕事の量的負担」が過大であっても、「仕事のコントロール(裁量権または自由度)」が高く、「上司や同僚の支援」が十分に得られる職場は「成果主義の悪い例」には出てこない。

この「職業性ストレス簡易調査票」にはこれまで蓄積された約2万5千人分の調査データによる「属性別全国標準値」[101] があり、それと連動した「仕事のストレス判定図」[102] が4つの仕事上のストレス要因、つまり「仕事の量的負担」と「仕事のコントロール(裁量権または自由度)」そして「上司の支援」と「同僚の支援」について評価を下す。ただし、「職業性ストレス簡易調査票」は個人的な「気づき」のツールとしても用いることが出来るが、「仕事のストレス判定図」は、最低でも10人以上の職場全体での測定を想定したものであり、かつ、プライバシー保護の観点から、健康診断と同様に生情報は会社側の目に触れないように実施しなければ正確な診断とはならない。

ところで「成果主義の悪い例」に直接関係しそうな職場のストレスモデルには先にあげた「努力‐報酬不均衡(ERI )モデル」もある。「仕事の遂行のために行われる努力(Effort)に対して、その結果として得られる報酬(Reward)が少ないと感じられた場合に、より大きなストレス反応が発生するというモデル」である。「成果主義の悪い例」にはこの点に関わる不満も実に多い。2012年4月に公表された「新職業性ストレス簡易調査票」[103] では、その「努力‐報酬不均衡(ERI )モデル」の視点も組み込んだものとなっており、この「新職業性ストレス簡易調査票」に準拠した評価ツールを用いた組織分析調査とコンサルティングもメンタルヘルスのコンサルティング会社によって開始されている。

ポータルサイト・外部リンク[編集]

参考となる文献[編集]

書籍[編集]

  • 神庭重信 『こころと体の対話―精神免疫学の世界』 文藝春秋、1999年5月
  • 鈴木安名 『労働の科学58巻3号成果主義下の生活と健康』 労働科学研究所、2003年3月
  • 上島国利他 うつ・不安啓発委員会 『あなたのその気分、「うつ」かも知れません』 中経出版、2004年11月
  • 黒木宣夫 『精神疾患発症と長時間残業との因果関係に関する研究』 /就業者に発生した精神障害の後遺障害に関する研究(平成15年度厚生労働省委託研究)/日本産業精神保健学会、2004年3月
  • 上島国利編 『うつ病診療のコツと落とし穴』 中山書店、2005年1月
  • 城繁幸 『内側から見た富士通成果主義の崩壊』 光文社、2004年7月23日
  • 鈴木安名 『人事・総務担当者のためのメンタルヘルス読本』 労働科学研究所、2006年11月
  • 島 悟 『メンタルヘルス入門』 日経文庫、2007年4月
  • 天笠崇 『成果主義とメンタルヘルス』 新日本出版社、2007年5月
  • 神庭重信・黒木俊秀編 『現代うつ病の臨床-その多様な病態と自在な対処法』 創元社、2009年8月8日
  • メンタルヘルス研究会 『事例に学ぶ職場のストレス対処法:大切な人を死なせないために』 労働新聞社; 新訂版、2010年8月31日
  • 天野常彦・小杉佳代子 『メンタルサポートが会社を変えた!―オリンパスソフトの奇跡』 創元社、2011年3月20日
  • 阿部隆明 『未熟型うつ病と双極スペクトラム-気分障害の包括的理解に向けて』 金剛出版、2011年4月
  • デビッド・ハミルトン 『「親切」は驚くほど体にいい!-"幸せ物質"オキシトシンで人生が変わる』 飛鳥新社、2011年9月
  • 野間俊一 『身体の時間<今>を生きるための精神病理学』 筑摩選書、2012年9月13日

厚生労働省リーフレット[編集]

厚生労働省・主な指針、報告書等[編集]

厚生労働科学研究費補助金研究[編集]

  • 川上憲人 『平成14(2002)年度 労働者の自殺リスク評価と対応に関する研究』 健康安全確保総合研究分野 労働安全衛生総合研究(文献番号 200201401A)、2003年3月
  • 川上憲人 『平成15(2003)年度 労働者の自殺リスク評価と対応に関する研究』 健康安全確保総合研究分野 労働安全衛生総合研究(文献番号 200301149A )、2004年3月
  • 川上憲人 『平成16(2004)年度 労働者の自殺リスク評価と対応に関する研究』 健康安全確保総合研究分野 労働安全衛生総合研究(文献番号 200401092A 200401092B)、2005年3月
  • 廣 尚典 『労働者の自殺リスク評価と対応に関する研究・産業保健スタッフ向け自殺防止マニュアル』 健康安全確保総合研究分野 労働安全衛生総合研究、2005年3月
  • 川上憲人 『事業場向け自殺予防マニュアル』 健康安全確保総合研究分野 労働安全衛生総合研究、2005年3月
  • 竹島 正 『平成16(2004)年度 こころの健康についての疫学調査に関する研究』 疾病・障害対策研究分野 こころの健康科学研究(文献番号 200400768A)、2005年3月
  • 竹島 正 『平成17(2005)年度 こころの健康についての疫学調査に関する研究』 疾病・障害対策研究分野 こころの健康科学研究(文献番号 200500783A)、2006年3月
  • 川上憲人 『平成18(2006)年度 こころの健康についての疫学調査に関する研究』 疾病・障害対策研究分野 こころの健康科学研究(文献番号 200632010A 200632010B)、2007年3月
  • 大野 裕 『平成23(2011)年度 精神療法の実施方法と有効性に関する研究』 疾病・障害対策研究分野 こころの健康科学研究(文献番号 200400769A)、2012年3月
  • 慶應義塾大学認知行動療法研究会 『うつ病の認知療法・認知行動療法(患者さんのための資料)』 疾病・障害対策研究分野 こころの健康科学研究、2010年1月
  • 川上憲人 『平成21(2009)年度 労働者のメンタルヘルス不調の第一次予防の浸透手法に関する調査研究』 健康安全確保総合研究分野 労働安全衛生総合研究(文献番号 200938013A )、2011年3月
  • 川上憲人 『平成22(2010)年度 労働者のメンタルヘルス不調の第一次予防の浸透手法に関する調査研究』 健康安全確保総合研究分野 労働安全衛生総合研究(文献番号 201130001A 201130001B)、2011年3月
  • 川上憲人 『平成23(2011)年度 労働者のメンタルヘルス不調の第一次予防の浸透手法に関する調査研究』 健康安全確保総合研究分野 労働安全衛生総合研究(文献番号 201032009A)、2011年3月
  • 川上憲人 『労働者のメンタルヘルス不調の第一次予防の浸透手法に関する調査研究・新職業性ストレス簡易調査票フィードバックについて』 健康安全確保総合研究分野 労働安全衛生総合研究、2011年3月

労働政策研究・研修機構[編集]

生産性本部メンタル・ヘルス研究所[編集]

その他研究機関[編集]

脚注[編集]

  1. ^ WHOサイトのWhat is mental health ? ページでは、こう説明している。"Mental health is not just the absence of mental disorder. It is defined as a state of well-being in which every individual realizes his or her own potential, can cope with the normal stresses of life, can work productively and fruitfully, and is able to make a contribution to her or his community."
  2. ^ 例えばWHOのMENTAL HEALTH CARE LAW: TEN BASIC PRINCIPLES(邦訳:精神保健ケアに関する法:基本10 原則)で述べている mental health care の規定は主に精神科医療を対象としている。
  3. ^ 例えば東京医科大学病院サイトのメンタルヘルス科のページには「病院でのメンタルケアは、治療ターゲットとなる症状を絞り込み、小さな改善の積み重ねから社会復帰にたどり着くように患者さんと医師とが協力して頑張る作業のことです。」とある。この内容は精神科治療そのものを「病院でのメンタルケア」として説明している。
  4. ^ WHOIDC-10で定義する精神疾患の範囲は、正確には「精神および行動の障害 ( Mental and behavioural disorders F00-F99)」である。behavioral health とは、直訳すれば行動の健康、つまり行動障害(依存症)対策となるが、これはアメリカの保険会社の現在のメンタル・ヘルス・ケア関連業務は、元々はアルコールや麻薬などの依存症対応から広がっていったという歴史的経緯からである。 米国の雇用主団体である National Business Group on Health は Behavioral Healthcare を「精神障害、行動障害、あるいは嗜癖障害のリスクのある者または既に発症している者に対する一連のサービスを指すものであり、専門分野としては、精神保健、精神科領域、結婚や家族に関するカウンセリング、および依存症治療を指し、ソーシャル・ワーカー、カウンセラー、精神科医、精神分析医、神経科医、および一般の医師により提供されるサービスを包括する」(「米国におけるメンタルヘルス分野のヘルスサポートの取り組み」 p.4 ) と説明しており、WHOが mental health として定義する範囲と異なるわけではない。 アメリカ連邦政府の「アメリカのメンタル・ヘルス・ケアの変革について。連邦行動指針」(Transforming Mental Health Care in America. The Federal Action Agenda: First Steps) の中でも behavioral health を含んで mental health が語られている。
  5. ^ デビッド・ハミルトン2011。ここでは単純にホルモンとしたが、オキシトシンホルモンとして作用と神経伝達物質として作用がある。
  6. ^ 職制上の上司はもちろんながら、プロジェクト体制などでは、実務において指揮命令系統の上位にいる者も含める。
  7. ^ 「職場における心の健康づくり」(p.14)には「いつもと違う」具体例を、「○遅刻、早退、欠勤が増える、、○休みの連絡がない(無断欠勤がある)、○残業、休日出勤が不釣合いに増える、○仕事の能率が悪くなる。思考力・判断力が低下する、○業務の結果がなかなかでてこない、○報告や相談、職場での会話がなくなる(あるいはその逆)、○表情に活気がなく、動作にも元気がない(あるいはその逆)、○不自然な言動が目立つ、○ミスや事故が目立つ、○服装が乱れたり、衣服が不潔であったりする」と、10項目あげている。
  8. ^ 「相手に何かを言うのか」よりも、「ちゃんと伝わっているよ」ということを相手に示す方が大切であるとされる。これは「傾聴」と言われるものだが、カウンセリングの世界の「傾聴」はとても難しい。それに拘るよりも、ともかく相手の話を良く聞くということに集中するだけでよい。一番重要なのは普通の「気遣い」である。
  9. ^ 気づいた言動は、やはり食欲不振、体重減少、倦怠感、頭痛などの身体症状、睡眠の悪化などが多い。次に「元気がない、冗談を言わなくなった、笑いがない、無表情、口数が少なくなった」等である。
  10. ^ ただしそれは全社員(の家族)に対し一律にであって、気になる社員(の家族)に対してではない。 これは企業の責任には「安全配慮義務」と同時に「プライバシーの保護」があるためであり、特にメンタルヘルスの問題はセンシティブである。命に関わるなど緊急の場合は別であるが、本人から聞いた話を他の人に伝えるのは本人の同意が必要で、その中には「心配だから家族に連絡して状況を聞く」なども含む 労働者の心の健康の保持増進のための指針2006「7 メンタルヘルスに関する個人情報の保護への配慮」 (p.13) にこうある。「メンタルヘルスケアを推進するに当たって、労働者の個人情報を主治医等の医療職や家族から取得する際には、事業者はあらかじめこれらの情報を取得する目的を労働者に明らかにして承諾を得るとともに、これらの情報は労働者本人から提出を受けることが望ましい。 ・・・ただし、労働者の生命や健康の保護のために緊急かつ重要であると判断される場合は、本人の同意を得ることに努めたうえで、必要な範囲で積極的に利用すべき場合もあることに留意が必要である。」 専門的には「雇用管理に関する個人情報のうち健康情報を取り扱うに当たっての留意事項」(基発0611第1号)があるが、重要なポイントは前述「指針」がカバーしている。
  11. ^ ICD-10の症状の程度、重症、中等症、軽症の分類は日本産業精神保健学会見解2006 pp.12-14 を参照。
  12. ^ H18年度疫学調査, p.12 表2。疾患名はDSM-IVベースである。数値は性別、年齢分布による重み付け補正後を使用した。 なお、この3年間にわたる調査はIDC-10ベースでは「気分(感情)障害」、「神経症性・ストレス性障害」、「精神作用物質による精神および行動上の障害」、DSM-IVベースでは「気分障害」、「不安障害」、「物質関連障害」、「間歇性爆発性障害」を診断し、統合失調症を対象外としている(H16年度疫学調査 p.4)。 これは調査に用いたスクリーニングテストツールWHO-CIDIが統合失調症等に対しては低い妥当性しか持たないためである(H16年度疫学調査 p.4、及びH17年度疫学調査 p.14)。 WHO-CIDIとはWHO統合国際診断面接 Composite International Diagnostic Interview:WHO-CIDI2000であり、非専門家(正規の診断を下せる精神科医以外の意味であり、保健師、看護師等の医療関係者が担当)による構造化面接方法である。
  13. ^ もちろん両者ともにうつ病の初期状態であるので、「微笑みうつ病」で「仮面うつ病」であることもある。
  14. ^ ただし、医師によっては身体表現性障害と診断される場合もある。こちらはDSM-IV-TRで正式に定義された疾患名であるが、これは臨床上の便宜的な分類であり、身体表現性障害には転換性障害(conversion disorder)も含まれるが、うつ病との診断に躊躇するときにも便宜的にこの診断名が用いられることがある。
  15. ^ なお、保健所の業務の6割は精神保健関連であるという。うつ・不安啓発委員会 p.129
  16. ^ 自殺の予防と対応2010 「図1:自殺と精神疾患」p.53 。本図は、世界保健機関(WHO)が精神科入院歴の無い自殺既遂者 8,205例について調査したもので、複数診断の総数(12,292)に対する割合を示している。Bertolote JM,Fleischmann A:Suicide and psychiatric diagnosis: a worldwide perspective.World Psychiatry 1(3):181-185,2002 より作成。
  17. ^ 日本では薬物乱用、依存が少ないが、欧米ではこれが高く、特にアメリカ、オーストラリアでは日本の数十倍の有症率を示している。(平成16年度疫学調査 分担研究「こころの健康に関する地域疫学調査の国際比較に関する研究」(分担研究者:川上憲人)
  18. ^ 同調査によれば、労災認定された51例の過労自殺事例のうちうつ病エピソード(症状が発現している状態のこと)が92%を占めていたが、医療機関を受診していない者が67%もあり、精神科を受診した事例は15.7%(8例)にすぎなかった。また全事例の82%が会社よりも家族が先に自殺の兆候に気づいていたが、精神科受診を家族が考えているうちに自殺に至っていた。このことは家族が病的な言動に気づいていたとしても、うつ病に罹患した労働者を精神科医療へ繋ぐことが、いかに難しいかを物語っているとされる。(日本産業精神保健学会・こころの健康シリーズIV(職場のメンタルヘルス)No.2 長時間の時間外労働と自殺・過労自殺について
  19. ^ 「精神障害を既に発病した者における具体的出来事の受け止め方については、臨床事例等から正常人の場合とは異なる。既に精神障害を発病した者にとって、些細なストレスであってもそれに過大に反応することはむしろ一般的である。これは、発病すると、病的状態に起因した思考により、自責・自罰的となり、客観的思考を失うからとされている。すなわち、個体の脆弱性が増大するためと理解されている」( 「過労自殺」を巡る精神医学上の問題に係る見解見解 p.16)とある。
  20. ^ ここでは「増悪」を、ICD-10「うつ病エピソード」の症状の程度、①軽症、②中等症、③重症の分類のことではなく、一般用語として用いている。ICD-10の症状の程度については日本産業精神保健学会見解2006 pp.12-14 を参照。
  21. ^ 黒木宣夫らの先の調査「労災認定された自殺事案における長時間残業の調査」では、労災認定された過労自殺事例以外に、医療機関へ入院した自殺未遂患者で、その原因が職場問題と回答した事例49例も分析しており、厚生労働省の「判断指針」に示されたストレス強度に当てはめたところ、ストレス強度Ⅰ46%、ストレス強度Ⅱ43%、ストレス強度Ⅲ10.8%であり、企図前6ヶ月において1ヶ月の残業時間が80時間以上の長時間残業を行った事例の記載が2例しかみられず、多くは強いストレスが認められない状態で自殺未遂に至っていることが示唆されている。 正常状態であった人がうつ病などの精神障害を発病するとき、自殺は必ずしも重傷化した場合だけではなく、むしろ発症の初期と治療中の回復期に多いことがクレイネス博士による「うつ病の経過」などでも良く知られている。
  22. ^ 児童虐待の統計は氷山の一角と云われるが、医師や警察が虐待死と判定した事件の中で、どれぐらい児童相談所が察知していたものがあるのかを見ると、どれぐらい水面下に隠れているのかをおおよそ推定することが出来る。
  23. ^ これに先立つ平成11年(1999)の「判断指針」(基発第544号)においても事実上同様の判断が下されていたが、2011年の改訂はその判断をより迅速に、かつ判りやすく改めたものである( 厚生労働省「精神障害の労災認定」 冒頭における説明)。なおここではポイントだけを記しているので、詳細は「精神障害の労災認定」を参照されたい。
  24. ^ そこでは「貴社では、5年前(2005年頃)と比べて、パワハラ、あるいはこれに類似した問題は増えていますか」とのアンケートに対し、「減っていると思う」の15.3%に対し、「2倍以上に増えていると思う」と「2倍まではいかないが増えていると思う」のを合わせると3倍以上の54.6%にもなる。何らかのパワハラ問題が発生した企業に、その影響を聞いた結果で、最も多く回答のあった項目は「被害者にメンタル問題が発生した」の84.0% 、次いで「職場が混乱した」の59.7%である。ただしこの調査は実施時期は2010年末に(株)クレオ・-シー・キューブのユーザ企業(大企業が多い)のハラスメント問題担当者であり、最終解析対象数は163件と、他の調査に比べれば小規模のものである。
  25. ^ 仕事の要求度・コントロール(JDC)モデル参照。 生理学の世界に「ストレス」という物理学用語を持ち込んだのはハンス・セリエだが、物理学での「ストレス」は作用因子が変質させようとする耐性物質に影響を及ぼすことを指す。それに対して「ストレイン」は、物質に引き起こされた変化を意味する。現在生理学の世界では「ストレイン」に意味で「ストレス」という言葉を用いるが、厳密には「ストレイン」でありそちらの用語を用いる文献も多い。ハンス・セリエ自身も後年には「原因物質とそれが体に与える影響の違いをはっきりと分けて、本当は自分の理論を『ストレイン症候群』とでも呼ぶべきだったのだろう」と述べている。(アル・シーバート1996 pp.158-162)
  26. ^ ギャップは「残業が多い/休みが取り難い」(経験者40.5%、未経験者:22.2%、差:18.3 ポイント 1.8倍)、「失敗が許されない/失敗への許容度が低い」(経験者:29.7%、未経験者:11.8%、差:17.9 ポイント 2.5倍)、「上司と部下のコミュニケーションが少ない」(経験者:35.2%、未経験者:17.8%、差:17.4 ポイント 2.0倍)である。
  27. ^ 厚生労働省・円卓会議報告2012 p.5 には「職場のパワーハラスメントについては、「業務上の指導との線引きが難しい」との指摘があるが、労使が予防・解決に取り組むべき行為は「業務の適正な範囲を超え」るものである趣旨が明らかになるよう整理を行った。個人の受け取り方によっては、業務上必要な指示や注意・指導を不満に感じたりする場合でも、これらが業務上の適正な範囲で行われている場合には、パワーハラスメントには当たらない」とある。
  28. ^ 質問紙の調査項目は「努力」が6項目、「報酬」は経済的な報酬4項目、心理的報酬(尊重)5項目、キャリア(仕事の安定性や昇進)2項目からなる11項目である。努力/報酬比は項目数の補正のため、得点に比較対象の項目数を乗じた値を用いて算出する。例えば総努力(調査票6項目)/報酬比(調査票11項目)であれば、努力得点x11÷報酬総得点x6である。求められた値をモノグラフに当てはめ、健康リスクを算出する。例えば心理的報酬(尊重)5項目で求めた職場の平均得点が0.85であれば、その職場の健康リスク(ストレスリスク)は標準の50%増し(悪い)となる。問題ははたして実態と一致するのかであるが、身体的・精神的自覚症状や心血管疾患に関して複数の横断研究やコホート研究があり、種々の健康問題に対する高い予測妥当性が認められている。

出典[編集]

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  22. ^ H18年度疫学調査, p.5、なおこれは横浜市磯子区での調査であり疾患名はICD-10ベースである。
  23. ^ H18年度疫学調査, p.16 表6 「WMH調査におけるDSM-IV診断の12ヶ月有病率:日本、米国、欧州、中国、メキシコの比較」
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  87. ^ 「パワハラ実態調査2012」 5.3. パワーハラスメントの予防・解決のための取組の効果 p.18
  88. ^ 「パワハラ実態調査2012」 5.3. パワーハラスメントの予防・解決のための取組の効果/図 30(企業調査)パワーハラスメントの予防・解決の取組を進めた結果、予防・解決以外に得られた効果 p.19
  89. ^ 日経ITPro連載:樋口晴彦 『危機管理の具体論』2012/11/27 「パワハラ問題に正対する姿勢/まん延するパワハラ萎縮症候群」 2012/11/27
  90. ^ 厚生労働省雇用均等・児童家庭局長通達「改正雇用の分野における男女の均等な機会及び待遇の確保等に関する法律の施行について」(平成18年10月11日) 第3 1(2)イ(5)
  91. ^ 厚生労働省・円卓会議提言2012 pp.2-3
  92. ^ 「中小企業における人材の採用と定着」 第3章 仕事や職場の状況とストレス反応 3.職業ストレスモデル pp.266-271
  93. ^ 『厚生労働白書』 第1部 第2章 第3節 心の健康問題への対応 1,増加する心の病 (誰でもかかり得る心の病)、原資料:「心の健康問題の正しい理解のための普及啓発検討会報告書」 解説 精神疾患は誰でもかかりうる病気:精神疾患の発生要因の理解 p.3
  94. ^ 東邦大学医学部精神神経医学講座 水野雅文 「なぜこの病気になったの?-脆弱性ストレスモデル」
  95. ^ 精神障害等の労災認定に係る専門検討会報告の概要 2.精神障害の成因
  96. ^ 東京都労働相談センター:NIOSHの職業性ストレスモデル
  97. ^ 事例に学ぶ職場のストレス対処法 p.17
  98. ^ 「中小企業における人材の採用と定着」 第3章 仕事や職場の状況とストレス反応 3.職業ストレスモデル pp.268-269
  99. ^ 「中小企業における人材の採用と定着」 第3章 仕事や職場の状況とストレス反応 3.職業ストレスモデル p.270
  100. ^ 東京大学大学院医学系研究科・精神保健学 日本語版努力-報酬不均衡モデル調査票のページ
  101. ^ 職業性ストレス簡易調査票属性別全国標準値
  102. ^ 東京医科大学 衛生学公衆衛生学 「仕事のストレス判定図(最新版)」
  103. ^ 「新職業性ストレス簡易調査票フィードバックについて」


関連項目[編集]