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今村孝矢

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
いまむら たかや
今村 孝矢
生誕 (1966-04-10) 1966年4月10日(60歳)
日本の旗 日本 奈良県北葛城郡
出身校 大阪芸術大学
職業 ゲームクリエイター
漫画家
活動期間 1989年 -
代表作 F-ZEROシリーズ
スターフォックスシリーズ
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今村 孝矢(いまむら たかや、1966年4月10日[1] - )は、日本のゲームクリエイター。大阪国際工科専門職大学工科学部教授。

かつては任天堂株式会社情報開発本部制作部に所属していた[2]。

来歴

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生い立ち

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1966年4月に奈良県北葛城郡で生まれる[3]。父親は漫画家として主に4コマ漫画や新聞の挿絵などを手がけており大阪府の心斎橋に事務所を構えて毎日通っていたが、通勤に時間がかかるという理由から小学4年生の時に兵庫県宝塚市に引っ越すことになる[3]。転校後の小学校ではこれまで住んでいた田舎との環境の違いから周囲とあまりなじめなかったためもっぱら弟と遊び、段ボールですごろくを作って自ら絵を描いたり野球盤を自作したりするなど、ゲーム作りに勤しんでいた[3]。

高校は宝塚にある公立高校を希望していたものの教師から偏差値が足りないから無理と言われていたが、親から奈良県の橿原学院高等学校に美術科があると紹介されて興味を持ち進学する。高校では絵の上手な友人たちから刺激を受け、漫画研究会に入り作品作りも行った[3]。

大学は映像を学ぶために映像学科に行きたいと考えていたが、就職率の良さや親からの後押しにより大阪芸術大学デザイン学科に進学[3]。在学中には、卒業後は玩具会社に入り『ゾイド』のようなオリジナル玩具を作りたいと漠然と考え、ゲームが仕事になるとは全く考えていなかった[3]。しかし、就職活動をする先輩がコナミに入社したと知ってゲーム会社を志望するようになり、自身の就職活動ではコナミと任天堂に応募する。その後、先に任天堂から採用の連絡が届き、母親からの勧めや『ゼルダの伝説』『スーパーマリオブラザーズ』を手掛けた宮本茂を知っていたことが後押しとなり、任天堂に入社する[3]。

任天堂へ入社

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1989年に任天堂に入社し、宮本茂がリーダーを務める部署の情報開発本部に配属、以降、宮本の作品に多くかかわることになる[3][4]。今村が初めて携わった作品は、入社から1年半後の1990年11月21日にスーパーファミコン本体と同時発売された『F-ZERO』[4]。1991年発売の『ゼルダの伝説 神々のトライフォース』のオブジェクトデザインを手掛けた後、1993年には『スターフォックス』が発売。『F-ZERO』と『スターフォックス』はその後シリーズ化し、今村の代表作として知られるようになる[3]。

ニンテンドーDSが発売された2000年代中期以降の任天堂はゲーム人口の拡大を掲げてカジュアルなゲームを多くリリースしていたこともあり、ゲームらしいゲームをあまり作れなかったと今村は語っている[3]。一方、2010年代にはスターフォックスシリーズの監修とともに新作の『スティールダイバー』(2011年)や『Tank Troopers』(2016年)を手掛けている[4]。

2021年1月20日付の自身のTwitterアカウントで、任天堂を同日に退社したことを報告した[5]。

フリーランス転向後

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2021年4月より大阪国際工科専門職大学にて工科学部の教授に就任し、デジタルエンタテインメント学科CGアニメーションコースを担当[6]。その傍らでフランス語の漫画作品『OMEGA 6』を手掛け2022年11月にフランスの出版社Omaké Books(フランス語版)より単行本が発売、また、これを原作とするゲーム作品『オメガ6 ザ・トライアングルスターズ』の制作にも関わり2024年7月に発売された[3]。

ゲーム雑誌『ニンテンドードリーム』 2021年6月号より連載コラム「今村教授の七転八記」開始。

2026年には、藤田晴美、伊藤賢治、森田交一とともに、バンド「無双∞(むそうインフィニティ)」を結成し、今村はギタリストとして参加。同年5月15日にファーストライブが大阪で開催された[7]。

人物

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  • 血液型はA型[1]。
  • 似顔絵が得意で、小学校高学年頃から友達や先生の似顔絵を描いていた[3]。2000年には、テレビ番組『TVチャンピオン』の企画「全国似顔絵職人選手権」に出演している[8]。
  • ディズニー公認イラストレーターのカズ・オオモリは高校時代の同級生で、卒業後も交流がある[3]。
  • 任天堂在籍時に行ったキャラクターデザインで一番苦労したのは『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』に登場する鬼神リンクだとしている[9]。
  • 任天堂を退社する際、社内に置いてあった、『ゼルダの伝説 ムジュラの仮面』に登場する「ムジュラの仮面」とスターフォックスシリーズの戦闘機「アーウィン」の巨大フィギュアを記念に自宅に持ち帰っている[4]。

作品

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コンピュータゲーム

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任天堂在籍時代

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フリーランス時代

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漫画

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その他

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  • 一般社団法人 日本ゲーム展示協会 公式キャラクター「ペンジー君」のデザイン(2024年)[11][12]

脚注

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  1. 1 2 『任天堂公式ガイドブック スターフォックス ライラット防衛作戦指令書』、78頁。
  2. ↑ “社長が訊く『スティールダイバー』 1.初代『スターフォックス』の時代から”. 2012年3月7日閲覧。
  3. 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 “任天堂を退職してからも,漫画にゲーム,教職と生涯現役を貫く。「スターフォックス」のデザインなどで知られる今村孝矢氏のこれまでとこれから ビデオゲームの語り部たち:第40部”. 4Gamer.net (2025年1月31日). 2025年5月20日閲覧。
  4. 1 2 3 4 “宮本茂の下で働いた32年間―「スターフォックス」や「F-ZERO」の今村孝矢が任天堂時代を振り返るロングインタビュー”. IGN Japan (2021年4月16日). 2021年4月17日閲覧。
  5. ↑ “今村孝矢のTwitter 午後3:59 · 2021年1月20日”. 2021年4月3日閲覧。
  6. ↑ “「スターフォックス」や「F-ZERO」の今村孝矢の今後は? 大学で教えながらフリーランスでゲームや漫画を手掛ける可能性も?”. IGN Japan. 2021年4月22日閲覧。
  7. ↑ “平均年齢58歳、ゲーム音楽レジェンドたちの初ライブ – 年齢を超えた挑戦が証明した、日本が誇るゲーム音楽文化の底力”. OSAKA STYLE (2026年5月19日). 2026年5月19日閲覧。
  8. ↑ “TVチャンピオン 全国似顔絵職人選手権”. 2012年3月7日閲覧。
  9. ↑ “今村孝矢のTwitter 午前6:13 · 2021年9月19日”. 2021年9月26日閲覧。
  10. ↑ “GRAPPIN(グラパン)”. BitSummit. 2025年5月21日閲覧。
  11. ↑ “JAGEについて”. 一般社団法人 日本ゲーム展示協会 (2024年10月21日). 2025年5月21日閲覧。
  12. ↑ “今村孝矢 公式Xアカウント” (2024年10月21日). 2025年5月21日閲覧。

参考文献

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  • 『任天堂公式ガイドブック スターフォックス ライラット防衛作戦指令書』小学館、1993年。ISBN 4-09-102424-6。 
  • 「今村教授の七転八記」『Nintendo DREAM』2022年11月号、アンビット、2022年9月21日、72頁、JAN 4910071131120。 

外部リンク

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