野上恒

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野上 恒(のがみ ひさし、1971年 - [1])は、任天堂ゲームクリエイター。同社のゲームソフトどうぶつの森』シリーズと『スプラトゥーン』シリーズのプロデューサーを務めている。

経歴・人物[編集]

京都府八幡市出身[2]。子供の頃から漫画の模写などが好きで[3]、後にドット絵制作にも興味を持つ。高校時代には、サン電子発売のディスクシステム用ソフト『ナゾラーランド』シリーズで募集していたドット絵のコンテスト「ミス・ナゾラーコンテスト」に応募し、大賞を獲得する[4]

京都府立八幡高等学校(現・京都府立京都八幡高等学校)卒業後、大阪芸術大学へ進学[2]。その後、ゲームの絵を描く仕事に就きたいと考え、在学中に、任天堂電通が共同開催していた「任天堂・電通ゲームセミナー」を受講し[3][5]、大学卒業後、1994年に任天堂へ入社[6]。当時の情報開発部に所属し、スーパーファミコンソフトスーパーマリオ ヨッシーアイランド』などの作品にデザイナーとして参加した後、2001年発売のNINTENDO64用ソフト『どうぶつの森』でディレクターを務め、以降、同シリーズの制作にかかわっている。

自身がプロデューサーを務める『スプラトゥーン』シリーズの公式Twitter上や関連イベントでは、サングラスをかけ白衣を着用した姿の「イカ研究員」として登場している(野上とよく似た別人という設定)[7][注釈 1]。また、2016年11月2日にインターネット上で放送された『とびだせ どうぶつの森 Direct』では、ニンテンドー3DS用ソフト『とびだせ どうぶつの森 amiibo+』に登場するキャラクター「パニエル」に扮してゲーム内容を紹介した[8]

作品[編集]

脚注[編集]

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注釈[編集]

  1. ^ 2017年1月13日開催の「Nintendo Switchプレゼンテーション2017」内で「イカ研究員」が登壇した際には、テロップで野上の名前が表示された。

出典[編集]

  1. ^ Nintendo DREAM vol.93』 徳間書店、11頁。どうぶつの森e+をつくった人たちにいろんな話を聞いちゃいました。
  2. ^ a b 本人のFacebookより。
  3. ^ a b Nintendo Online Magazine 2000年4月号 特集『ゲームクリエイターになりたいアナタへ!!』 1.ゲームクリエイターのお仕事 / グラフィックデザイナー 情報開発部 野上 恒さんインタビュー”. 任天堂. 2017年1月19日閲覧。
  4. ^ 1988年3月11日発売のゲームソフト『ナゾラーランド 第3号』の中で、大賞作品とともに「きょうとふ やわたし ノガミ ヒサシさん」と紹介されている。
  5. ^ 社長が訊く ゲームセミナー2008 ~『どうぶつの森』ができるまで~”. 任天堂 (2009年1月19日). 2017年1月19日閲覧。
  6. ^ 2008年12月5日に開催された「ゲームセミナー2008」の中で「入社してから14年たちました」と語っている。
  7. ^ 『Splatoon(スプラトゥーン)』インタビュー―プロデューサー野上氏に訊く、スプラトゥーン甲子園への想いと今後のこと”. ファミ通.com (2016年2月12日). 2017年1月19日閲覧。
  8. ^ とびだせ どうぶつの森 Direct 2016.11.2 プレゼンテーション映像”. YouTube Nintendo 公式チャンネル (2016年11月2日). 2017年1月19日閲覧。
  9. ^ 社長が訊く Wiiプロジェクト Vol.3 Wiiチャンネル編 第4回”. 任天堂 (2006年9月14日). 2017年1月19日閲覧。
  10. ^ 社長が訊く『Splatoon(スプラトゥーン)』”. 任天堂 (2015年5月21日). 2017年1月19日閲覧。

外部リンク[編集]