けつばん

けつばん(英: MissingNo.)は、任天堂が発売したゲームボーイ用ソフト『ポケットモンスター 赤・緑』などの中で、バグによって生じるキャラクターのデータの呼称。名前は「欠番」の意味で、ゲーム内で特定の手順を踏むことにより、本来ならば登場しないはずのキャラクターとして機能する。
概要
[編集]ポケットモンスターシリーズでは、主人公であるトレーナーが、作中に登場する生物の「ポケモン」を全種類捕まえて「ポケモン図鑑」を完成させることが目的の一つとなっている[1]。『ポケットモンスター 赤・緑』では全部で151種類のポケモンが登場するが、バグにより生じたけつばんは151種類の中に含まれておらず、ポケモン図鑑では「No.152」、ステータス画面では「No.000」と番号が振られている。
任天堂のアメリカ法人であるNintendo of Americaは、任天堂の専門誌「ニンテンドウパワー」の1999年5月号でけつばんについて触れ、「それに接触しただけでも(捕まえなくても)ゲームデータが簡単に消去されたり、グラフィックが乱れたりするおそれがある」と警告している[2]。
2016年にニンテンドー3DS向けに配信された『ポケットモンスター 赤・緑』のバーチャルコンソール版でもこのバグが残されている[3][4]。
特徴
[編集]プレイヤーは、『ポケットモンスター 赤・緑』で一連の手順を踏むことでけつばんと遭遇できる。まず、プレイヤーはゲーム内のトキワシティで行われるポケモン捕獲チュートリアルを見る。次に、「そらをとぶ」を覚えたポケモンを使い、一瞬でグレン島へ移動する。最後に、「なみのり」を覚えたポケモンを使って島の東側の海岸沿いを上下に移動すると、けつばんが出現する[5]。
これらの手順は、ゲームのランダムエンカウントシステムを操作して無効な識別子を持つポケモンを生成させるものである。ゲーム内の各エリアには、遭遇可能なポケモンを表すため、バッファに値が割り当てられている。しかし、一部のエリア(グレン島など)では、このバッファ内のデータが上書きされないため、前のエリアのデータがそのまま使用されてしまう。トキワシティでのチュートリアル中、プレイヤーキャラクターの名前は一時的に別の文字に置き換えられ、プレイヤー自身の名前は同じデータバッファに一時的にコピーされる。チュートリアル後、直接グレン島に移動すると、プレイヤーキャラクターの名前がそのエリアで出現するポケモンとして読み取られる。このデータは本来ポケモン情報として扱われることを想定していないため、ゲームは無効な識別子を持つポケモン、すなわちけつばんを生成しようとする[6][7]。
他の野生のポケモンと同様に、プレイヤーはけつばんから逃げることも、戦うことも、捕獲することもできる[7]。けつばんとの遭遇後、道具欄にある6番目のアイテムの所持数が128個に増加し[8][9]、一時的なグラフィックの乱れが発生することもある[10]が、別の正常なポケモンのステータス画面を開くか、ゲームボーイ本体をリセットすることで修正できる[11]。
反響と評価
[編集]けつばんは重大なバグであるが、一方でプレイヤーに有利な効果をもたらす側面もあることから、多くの雑誌や攻略本に掲載された[12][13][14]。中には、けつばん捕獲のコツを200ドルで販売しようとしたプレイヤーもいた[15]。
けつばんは意図的に組み込まれた要素ではなかったが、2009年にウェブサイト「IGN」はゲーム史上最高のイースターエッグの1つとしてけつばんを掲載し、貴重なアイテムを複製できる実用性を評価した[16]。同サイトは後の特集でも、けつばんを「忘れがたいバグ」と評し、『ポケットモンスター 赤・緑』を「ゲーム界のスーパースター」へ押し上げた要因のひとつと述べている[17]。社会学者のウィリアム・シムズ・ベインブリッジと当時認知科学専攻の学生だった娘のウィルマ・ベインブリッジによる2007年の論文では、けつばんは「ゲーム史上最も人気のあるバグの1つ」と評されている[18]。また、当時国立精神衛生研究所のポスドク研究員だったウィルマ・ベインブリッジは、けつばんがバグ探索やタイムアタック文化の発展に寄与したと述べている[10]。
多くの著者が、けつばんのようなバグがプレイヤーのゲーム認識に与える影響を分析している。教育学者ジュリアン・セフトン=グリーンは2004年の著書『Pikachu's Global Adventure: The Rise and Fall of Pokémon』の中で、息子がけつばんをチートとして使う様子を観察し、その体験が子どものゲームに対する視点を大きく変化させ「本質的にはこれはコンピュータ・プログラムなのだ」という意識を抱かせてゲーム世界の幻想を破ったと述べている[19]。また、ジェームズ・ニューマンの2008年の著書『Playing with Videogames』では、けつばんが「ゲームの欠陥を祝福する対象になった」と指摘している[20]。ポーツマス大学のリンカーン・ジェラルティ教授は2019年のインタビュー記事の中で、ファンがけつばんをポケモンの世界に組み込みたがっていると指摘し、また、けつばんにはポケモンの世界における背景が欠けているため、それを補いたいという思いもあると付け加えている[10]。さらに、ネレ・ヴァン・デ・モッセラーとナサン・ワイルドマンは2021年刊行の書籍『Miscommunications: Errors, Mistakes, Media』の中で、けつばんのようなビデオゲームのバグは映画や書籍など他のメディアにおける誤りとは本質的に異なると論じた。これはゲームのインタラクティブ性により、他のメディアでは見られない「ファンが独自の伝承を生み出す現象」を可能にしているためであると述べている[21]。
Nicalisが開発したゲームソフト『The Binding of Isaac: Rebirth』で登場するアイテム「けつばん(Missing No.)」は、冒険中に登場するアイテムとそのステータスをランダム化するという効果があり、けつばんのアイテム増殖バグに対するオマージュとなっている[22]。また、poncleが開発したゲームソフト『Vampire Survivors』では、けつばんに由来する操作キャラクターの1種「missingN▯」(「▯」は誤字ではない)が登場する[23]。「missingN▯」は、早期アクセス版の時点ではゲームデータの改変により入手できるというバグキャラクターのような扱いだったが、正式版では正規キャラクターとなった[23]。
関連項目
[編集]- チコリータ - 『ポケットモンスター 赤・緑』の続編『ポケットモンスター 金・銀』で初登場した「No.152」のポケモン。
- タイプ:ヌル - 『ポケットモンスター サン・ムーン』で初登場したポケモン。けつばんとの関連性について一部で考察が行われている[24]。
- メルタン - 『Pokémon GO』で初登場したポケモン。同じくけつばんとの関連性についての考察が行われている。
脚注
[編集]- ^ Allison, Anne (May 2006). Millennial Monsters: Japanese Toys and the Global Imagination. University of California Press. pp. 192–197. ISBN 9780520938991
- ^ Staff (1999-05). “Pokechat”. Nintendo Power 120: 101.
- ^ Eddie, Makuch (2016年2月26日). “Original Pokemon Virtual Console Re-Releases Support Pokemon Bank”. オリジナルの2021年2月17日時点におけるアーカイブ。 2020年5月2日閲覧。
- ^ “How To Do The Missingno Glitch In Pokémon Red and Blue 3DS”. Kotaku (2016年2月27日). 2023年10月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年10月14日閲覧。
- ^ DeVries, Jack (2008年11月24日). “Pokemon Report: OMG Hacks”. IGN. 2010年12月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年6月7日閲覧。
- ^ “Pokémons Famous Missingno Glitch, Explained” (英語). Kotaku Australia (2014年11月4日). 2020年10月31日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月2日閲覧。
- ^ a b Banks, Jaime; Mejia, Robert; Adams, Aubrie (2017-06-23). 100 Greatest Video Game Characters. Rowman & Littlefield. p. 132. ISBN 978-1442278134. オリジナルの2021-02-17時点におけるアーカイブ。 2020年5月2日閲覧。
- ^ “Pokémon: 20 Side Quests Fans Completely Missed In Red And Blue”. ScreenRant (2019年1月11日). 2021年2月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年5月2日閲覧。
- ^ James, Sarah (2022年9月16日). “How to unlock MissingNo in Vampire Survivors”. PC Gamer. 2022年9月16日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月18日閲覧。
- ^ a b c Preskey (2019年2月18日). “The Mythos and Meaning Behind Pokémon's Most Famous Glitch”. Ars Technica. 2021年10月20日時点のオリジナルよりアーカイブ。2020年2月15日閲覧。
- ^ Schlesinger, Hank (2001). Pokémon Future: The Unauthorized Guide. St. Martin's Paperbacks. pp. 184–188. ISBN 978-0-312-97758-0
- ^ Loe, Casey (1999). Pokémon Perfect Guide Includes Red-Yellow-Blue. Versus Books. p. 125. ISBN 978-1-930206-15-1
- ^ “Top 50 Games”. Pocket Games (1): 96. (Summer–Fall 1999). ISSN 1524-3567.
- ^ “Guides: Pokemon Blue and Red”. IGN. 2007年12月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年6月8日閲覧。
- ^ Sweetman, Kim (1999年12月28日). “The latest Pokemon trend: if you can't beat 'em, cheat”. The Daily Telegraph: p. 11
- ^ Staff (2009年4月9日). “Gaming's Top 10 Easter Eggs”. IGN. p. 2. 2010年6月5日時点のオリジナルよりアーカイブ。2009年6月7日閲覧。
- ^ Drake, Audrey (2011年1月10日). “The Evolution of Pokémon”. IGN. 2011年1月12日時点のオリジナルよりアーカイブ。2011年1月12日閲覧。
- ^ Bainbridge, William Sims; Wilma Alice Bainbridge (2007-07). “Creative Uses of Software Errors: Glitches and Cheats”. Social Science Computer Review 25: 61–77. doi:10.1177/0894439306289510. オリジナルの2020-10-01時点におけるアーカイブ。 2020年6月11日閲覧。.
- ^ Sefton-Green, Julian (2004). “Initiation Rites: A Small Boy in a Poké-World”. In Tobin, Joseph Jay. Pikachu's Global Adventure: The Rise and Fall of Pokémon. Duke University Press. pp. 147, 160. ISBN 978-0-8223-3287-9
- ^ Newman, James (2008). Playing with Videogames. Taylor & Francis. pp. 117–119. ISBN 978-0-415-38523-7
- ^ Van De Mosselaer, Nele; Wildman, Nathan (2021). “Glitches as Fictional (Mis)Communication”. Miscommunications: Errors, Mistakes, Media. New York: Bloomsbury Academic & Professional. pp. 300–315. ISBN 9781501363832
- ^ Cunningham, Kendall (2022年9月18日). “8 References To Pokemon In Other Games”. TheGamer. 2023年7月13日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年7月13日閲覧。
- ^ a b SAYOKO NARITA (2022年9月16日). “『Vampire Survivors』正式リリース日を9月29日に“発表”へ。本日新アプデで“けつばん”なバグキャラが正式登場”. AUTOMATON. 2026年1月16日閲覧。
- ^ “謎の新ポケモン「タイプ:ヌル」が話題 まさかのけつばん説も浮上”. KAI-YOU (2016年9月7日). 2026年1月17日閲覧。