青森県第3区

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日本の旗青森県第3区
衆議院小選挙区 青森県.svg
行政区域 弘前市五所川原市黒石市つがる市平川市西津軽郡中津軽郡南津軽郡北津軽郡
(2017年7月16日現在)
比例区 東北ブロック
設置年 1994年2013年2017年区割変更)
選出議員 木村次郎
有権者数 352,889人
1.51 倍(一票の格差鳥取1区との比較)
総務省・2020年9月1日)
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青森県第3区(あおもりけんだい3く)は、日本衆議院議員総選挙における選挙区1994年平成6年)の公職選挙法改正で設置。

区域[編集]

2013年に一部区域が変更され、2017年の区割変更で4区が廃止されたことに伴い、旧4区に五所川原市と北津軽郡を加え、青森市(旧浪岡町域)を除いた区域となっている。

2017年の区割り変更前は以下の区域であった。(区割り変更でいずれも2区へ ※旧区域2)

2013年の区割り変更前は以下の区域であった。(区割り変更で五戸町は2区へ ※旧区域1)

歴史[編集]

中選挙区時代の旧1区は、現1区うちの東青地区現2区の上北・下北地区、現3区の三八地区(八戸市三戸郡)が選挙区域で、そこから4人が選ばれていた。東青では津島雄二竹中修一革新系候補、三八上北では田名部匡省大島理森らが立候補していた。そのうち、八戸地区は、田名部と大島が、地区を二分する選挙戦を行っていた(通称・八戸戦争)。政治改革が焦点となった1993年に、田名部が自由民主党を離脱(その後新生党入党・県民協会設立)。

小選挙区制の導入後も、互いに立候補者の空白地帯の2区への鞍替えをせず、一騎討ちをおこなうことになる。1996年、小選挙区制での初選挙で、大島が勝利し落選した田名部は、参議院へ鞍替えする。しかし、その後、田名部の次女匡代が、父の後継として衆議院選挙に出馬しており、八戸を二分する状況は今もなお続いている。

この対立構図は、単純な政党間の構図にとどまらず、八戸市長選挙など、八戸市に関わる選挙でも、事実上市を二分する状況に持ち込まれており、いわば当選挙区候補者の代理戦争の様相を呈している。

2009年第45回衆議院議員総選挙では自民党に猛烈な逆風が吹く中、大島が367票の僅差で田名部を下し、9選(田名部も比例復活)。一部メディアが開票終了前に大島の選挙区落選を伝え、大島は支持者に向けてお詫び会見を開いたが、後にこれは誤報と判明した。

2012年第46回衆議院議員総選挙では一転して大島が2万8千票以上の大差をつけて10選、田名部は比例復活もできずに落選した。2014年第47回衆議院議員総選挙でも大島が田名部を再び下し11選、田名部はまたしても比例復活できず落選した。

2017年第48回衆議院議員総選挙からは区割りが変更、4区の大部分が3区として実施されることとなった。結果、4区前職(選挙直前に死去)の木村太郎の弟である次郎が大差で当選。

自由民主党の公認候補以外の候補者が一度も小選挙区で当選したことがない選挙区である。

小選挙区選出議員[編集]

選挙名 当選者 党派 備考
第41回衆議院議員総選挙 1996年(平成8年) 大島理森 自由民主党 旧区域1
第42回衆議院議員総選挙 2000年(平成12年)
第43回衆議院議員総選挙 2003年(平成15年)
第44回衆議院議員総選挙 2005年(平成17年)
第45回衆議院議員総選挙 2009年(平成21年)
第46回衆議院議員総選挙 2012年(平成24年)
第47回衆議院議員総選挙 2014年(平成26年) 旧区域2
第48回衆議院議員総選挙 2017年(平成29年) 木村次郎

選挙結果[編集]

第48回衆議院議員総選挙 青森県第3区

解散日:2017年(平成29年)9月28日 投票日:2017年(平成29年)10月22日
当日有権者数:364,978人 最終投票率:56.02%

当落候補者名年齢所属党派新旧得票数得票率惜敗率推薦・支持重複
木村次郎49自由民主党128,740票
64.22%
――公明党
山内崇62希望の党51,096票
25.49%
39.69%
高柳博明47日本共産党16,510票
8.24%
12.82%
三國佑貴32幸福実現党4,115票
2.05%
3.20%
第47回衆議院議員総選挙 青森県第3区

解散日:2014年(平成26年)11月21日 投票日:2014年(平成26年)12月14日

当落候補者名年齢所属党派新旧得票数得票率惜敗率推薦・支持重複
大島理森68自由民主党59,280票
51.22%
――公明党
田名部匡代45民主党49,142票
42.46%
82.90%
松橋三夫65日本共産党7,311票
6.32%
12.33%
第46回衆議院議員総選挙 青森県第3区

解散日:2012年(平成24年)11月16日 投票日:2012年(平成24年)12月16日
当日有権者数:259,111人 最終投票率:54.88%

当落候補者名年齢所属党派新旧得票数得票率惜敗率推薦・支持重複
大島理森66自由民主党74,946票
53.69%
――公明党
田名部匡代43民主党46,184票
33.08%
61.62%
山内卓34日本未来の党12,878票
9.22%
17.18%
松橋三夫63日本共産党5,593票
4.01%
7.46%
第45回衆議院議員総選挙 青森県第3区

解散日:2009年(平成21年)7月21日 投票日:2009年(平成21年)8月30日

当落候補者名年齢所属党派新旧得票数得票率惜敗率推薦・支持重複
大島理森62自由民主党90,176票
49.48%
――
比当田名部匡代40民主党89,809票
49.28%
99.59%
中西修二62幸福実現党2,249票
1.23%
2.49%
第44回衆議院議員総選挙 青森県第3区

解散日:2005年(平成17年)8月8日 投票日:2005年(平成17年)9月11日

当落候補者名年齢所属党派新旧得票数得票率惜敗率推薦・支持重複
大島理森59自由民主党90,925票
53.10%
――
比当田名部匡代36民主党73,846票
43.13%
81.22%
松橋三夫56日本共産党6,450票
3.77%
7.09%
第43回衆議院議員総選挙 青森県第3区

解散日:2003年(平成15年)10月10日 投票日:2003年(平成15年)11月9日

当落候補者名年齢所属党派新旧得票数得票率惜敗率推薦・支持重複
大島理森57自由民主党86,909票
53.49%
――
田名部匡代34民主党70,275票
43.25%
80.86%
松橋三夫54日本共産党5,284票
3.25%
6.08%
  • 田名部は、惜敗率0.1ポイント差で復活当選ができなかった。
第42回衆議院議員総選挙 青森県第3区

解散日:2000年(平成12年)6月2日 投票日:2000年(平成12年)6月25日

当落候補者名年齢所属党派新旧得票数得票率惜敗率推薦・支持重複
大島理森53自由民主党93,602票
56.61%
――
田名部匡代30民主党64,203票
38.83%
68.59%
松橋三夫50日本共産党7,540票
4.56%
8.06%
第41回衆議院議員総選挙 青森県第3区

解散日:1996年(平成8年)9月27日 投票日:1996年(平成8年)10月20日

当落候補者名年齢所属党派新旧得票数得票率惜敗率推薦・支持重複
大島理森50自由民主党96,628票
52.46%
――
田名部匡省61新進党81,460票
44.22%
84.30%
松橋三夫47日本共産党6,119票
3.32%
6.33%
  • 田名部は、この選挙での落選後、1998年の参議院選挙に立候補し当選。同時に、青森の旧新進党系の議員とともに、地域政党「県民協会」を発足させた。1999年には、椎名素夫らとともに無所属の会を結成し、初代代表となった。その後、県民協会のメンバーの多くが自民入りし、県民協会は衰退。2004年に、県民協会ごと民主党入りし、同年の参議院選挙に当選した。

関連項目[編集]