新郷村

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
移動: 案内検索
しんごうむら
新郷村
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 青森県
三戸郡
団体コード 02450-3
面積 150.77 km²
総人口 2,508
推計人口、2015年5月1日)
人口密度 16.6人/km²
隣接自治体 十和田市鹿角市
三戸郡南部町三戸町五戸町
村の木 トチ
村の花 ミズバショウ
村の鳥 なし
新郷村役場
所在地 039-0801
青森県三戸郡新郷村大字戸来字風呂前10
北緯40度27分56.7秒東経141度10分24.3秒
2009年(平成21年)3月撮影
外部リンク 新郷村ホームページ

新郷村位置図

― 市 / ― 町・村

 表示ノート編集履歴 ウィキプロジェクト
三ッ岳

新郷村(しんごうむら)は、青森県青森県南地方に所在する村。

キリストの墓伝説等、ユダヤにまつわると言われる伝承、遺跡があり、神秘の村としても知られる。

地理[編集]

青森県の南部、十和田湖の東側に位置する。秋田県との境を接する。十和田湖外輪山の一つである戸来岳(大駒ヶ岳、三ッ岳)に面し、山や森林に恵まれている。八戸と十和田湖を結ぶ国道454号沿いに村域が伸びており、東北新幹線八戸駅から村役場への直線距離は22kmである。

歴史[編集]

南部氏の軍馬育成地として古くより軍馬放牧地として利用されてきた。南部藩時代には、戸来地区に戸来氏が、西越地区に西越氏が治めていた。江戸後期、明治時代に入ると酪農が盛んとなった。

  • 1889年明治22年)4月1日 - 町村制施行により、近世以来の戸来村が単独で地方自治体として発足。西越村・手倉橋村と合併して野沢村が発足。
  • 1955年昭和30年)7月29日 - 戸来村、野沢村の一部(西越)の合併により新郷村が発足。昭和32年第2回定例議会において、この日が合併記念日と制定される。
  • 1956年(昭和31年)4月1日 - 五戸町の一部(手倉橋の一部)を編入。
  • 1965年(昭和40年) - 八戸から五戸経由の十和田湖線のバスが開通。
  • 1974年(昭和49年) - 十和田湖に隣接する迷ケ平高原が、自然休養林に指定される。

平成の合併協議以降の経緯[編集]

  • 2000年平成12年)1月31日 - 五戸地方振興会合併研究会(五戸町、倉石村、新郷村)が設置。
  • 2000年(平成12年)12月28日 - 五戸地方の合併を主題に新郷村職員全員研究会が開催される。
  • 2001年(平成13年)2月21日 - 五戸地方振興会合併研究会が五戸町役場で最終会合を開催。「まずは三町村の組み合わせによる合併の検討を優先。任意の協議会を設置すべきだ」との報告案を承認した。しかし任意協設置については、五戸町長から慎重意見が出され、正式決定を持ち越した。
  • 2001年(平成13年)6月1日 - 五戸地方合併協議会(五戸町、倉石村、新郷村)設立。
  • 2002年(平成14年)6月27日 - 五戸地方合併協議会第7回会議において、細川潤八郎新郷村長が「設立当初と財政事情が変化してきた」とし三町村合併の問題点を指摘した。[1]
  • 2002年(平成14年)7月22日 - 五戸地方合併協議会最終となる第8回会議が開催。三町村の合併を想定した将来構想を承認した。しかし八戸市との大同合併を唱えた細川潤八郎新郷村長は「この協議会で八戸論も検討し、三町村が共通認識に立つべきだ」と述べる[2]
  • 2002年(平成14年)10月7日 - 村議会が全員協議会を開き、八戸地域と合併を進める方向で意見集約した。
  • 2002年(平成14年)10月9日 - 細川村長は八戸市長に、同市など七市町村で作る合併協議会への参加を申し入れた。これにより八戸地域での合併を目指すことになる。
  • 2002年(平成14年)10月31日 - 五戸地方合併協議会が解散。新郷村は八戸市との合併を目指す。一方、五戸町と倉石村は合併協議を継続した(2004年7月1日に合併し、新「五戸町」が誕生)。
  • 2003年(平成15年)4月1日 - 八戸市、田子町、名川町、南部町、階上町、福地村、南郷村及び新郷村の8市町村による「八戸地域合併協議会」 に参加する。
  • 2004年(平成16年)6月30日 - 階上町が「八戸地域合併協議会」を離脱。その後八戸市側が協議会の存続を拒否し、合併協議会は解散。[3][4][5]
  • 2004年(平成16年)7月19日 - 村議会議員選挙が行われた。当時の議員定数14名に対し立候補届出も同じく14名となった為、全員無投票当選
  • 2004年(平成16年)8月6日 - 八戸市が八戸地域の合併について、福地村、南部町、名川町、南郷村の4町村との合併を正式決定。水道改修の必要な田子町と新郷村が外れる形となった(枠組みはさらに変わり、2005年3月31日に八戸市と南郷村が合併し、新「八戸市」が誕生)。
  • 2004年(平成16年)11月16日 - 細川は五戸地方の合併協議離脱を陳謝した上で五戸町長に町村合併協議の開始を改めて申し入れた[6]。11月25日に五戸町議会全員協が新郷村長からの要請を拒否している。
  • 2005年(平成17年)4月5日 - 住民団体が村選挙管理委員会に提出した細川村長解職請求(リコール)の有効署名数が、有権者の1/3に達し成立[7]。この請求に対して細川村長はようやく自ら辞職した。
  • 2005年(平成17年)5月29日 - 前村長、前助役を含む3人が立候補し、村長選が行われた。解職請求による村長選挙は村政史上初。結果は新人で前助役の須藤良美が五戸町との合併実現を公約に掲げて1,208票を獲得し、初当選を果たした。
  • 2005年(平成17年)10月30日 - 任期満了に伴う八戸市長選が行われ、これまで八戸広域合併を主張していた現職市長が敗れた。この結果により、八戸広域合併は新たなスタートを切ることになり、これまでの枠組みはなくなった。
  • 2006年(平成18年)1月1日 - 三戸郡の南部町(なんぶまち)と名川町、福地村が新設合併し南部町(なんぶちょう)となった。
  • 2006年(平成18年)7月27日 - 村議会が五戸町に合併協議を申し入れるべきだとの意見集約。
  • 2006年(平成18年)11月20日新郷村が五戸町に対して行った合併協議要請に関し、五戸町は「機運の醸成次第」として村に要請を断る回答をした。[8]
  • 2008年(平成20年)4月1日 - 新郷村商工会が五戸町商工会に編入。新五戸町商工会誕生。自治体合併を越えての合併は稀との報道。
  • 2008年(平成20年)6月12日 - 村長が五戸町役場を訪れ、五戸町長に合併協議を申し入れた。五戸町長は議会と検討の上で決定したいと留保した。[9]
  • 2008年(平成20年)7月13日 - 定数14から8に削減された村議選の結果、現職6人、新人2人が当選。[10]
  • 2008年(平成20年)9月4日 - 五戸町議会は非公開で行われた全員協議会で、新郷村議会が改選によって合併慎重派が多数となったと確認。五戸町長の意向で6月12日に申し入れされた件は要請自体が失効をしたとみなした。対して新郷村長は「合併の可能性が完全に消えたわけではない。」と強調し、合併推進の意欲を見せた。[11]
  • 2012年(平成24年)7月8日 - 村議選の結果、現職6人、新人2人が当選。[12]

行政[編集]

産業[編集]

特産品[編集]

  • 清酒「キリストの里」
  • 新郷黒飴
  • 紅葉みそ
  • アマランサス煎餅
  • 新郷漬物
  • 山菜
  • ナニャドヤラワイン
  • キリストラーメン
  • キリストおでん
  • ジーザスひっつみ

など。

郵便[編集]

地域[編集]

人口[編集]

Demography02450.svg
新郷村と全国の年齢別人口分布(2005年) 新郷村の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 新郷村
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
新郷村(に相当する地域)の人口の推移
1970年 4,754人
1975年 4,448人
1980年 4,332人
1985年 4,134人
1990年 3,724人
1995年 3,498人
2000年 3,343人
2005年 3,143人
2010年 2,851人
総務省統計局 国勢調査より

所轄警察署[編集]

所轄消防署[編集]

  • 八戸地域広域市町村圏事務組合五戸消防署西分遣所

教育[編集]

中学校[編集]

小学校[編集]

保育園[編集]

  • しんごう保育園

金融機関[編集]

交通[編集]

路線バス[編集]

道路[編集]

村内に高速道路は通っていない。最寄りのインターチェンジは八戸自動車道南郷インターチェンジ


名所・旧跡・観光スポット[編集]

  • キリストの墓
    竹内文書竹内巨麿が紹介したことで有名。ゴルゴタにて磔にされたキリストは実はキリストの弟・イスキリで、本物のキリストは密かに日本に渡り天寿を全うして亡くなったという説。ただし実際は昭和初期もしくは後期の戸来村の農民の墓と考えられている。「キリスト祭」という年中行事がこの場所で行われている。近くには竹内文書写本・「キリストの遺書」(資料館解説によれば1936年考古学者の一団により発見)など関連資料を展示する資料館「キリストの里伝承館」が建つ。2004年(平成16年)6月6日の第41回キリスト祭にはイスラエル駐日大使が出席し、エルサレム・ストーン(エルサレム市街の建築物外壁に使われる白い石灰岩)を寄贈した。

祭事・催事[編集]

  • キリスト祭
    6月第1日曜日に行われる。形態は神道式の慰霊祭。フィナーレは出席者全員がエルサレムの方角を向き、ナニャドヤラワインで乾杯する。
  • 戸来三嶽神社大祭
    8月19日 県指定無形民俗文化財の金ヶ沢鶏舞(かねがさわけいばい)が行われる。
  • 西越三嶽神社大祭
    8月16日
  • 新郷ふるさと祭
    10月第2日曜日
  • クリスマスカーニバル
    12月中旬の日曜日

伝説・習俗[編集]

新郷村戸来(へらい)地区(旧戸来村)にはキリストとその弟イスキリの墓とされる墳墓が二つあり、キリストにまつわる仮説と独自の風習が存在する。例えば、「へらい」の名は「ヘブライ」が訛ったものといわれており、村で行われるキリスト祭で行われる盆踊りナニャドヤラで唱えられる意味不詳とされる文句「ナニャドヤラ、ナニャドナサレテ、ナニャドヤラ」は古代ヘブライ語で「汝の聖名を褒め称えん、汝に毛人を掃蕩して、汝の聖名を褒め称えん」という意味だとされる。

また、ユダヤの紋章(ダビデの星)と似た家紋を持つ旧家があり(旧家沢口家)、生まれた子供を初めて屋外に出す時、額に消し炭で十字を書いたり、足が痺れた時は人差し指につばをたっぷり付けて足に十字を三回書く。

外部リンク[編集]