くるり
| くるり | |
|---|---|
| 基本情報 | |
| 出身地 | |
| ジャンル | ポピュラー音楽 ロック オルタナティブ |
| 活動期間 | 1996年- |
| レーベル | SPEEDSTAR RECORDS |
| 事務所 | バッドニュース |
| 公式サイト | くるり on WEB |
| メンバー | |
| 岸田繁 Vo. G. 佐藤征史 Ba. 吉田省念 G. Vo. ファンファン Tp. Vo. |
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| 旧メンバー | |
| 森信行 Dr. (1996年 - 2002年) 大村達身 G. (2001年 - 2007年) クリストファー・マグワイア Dr. (2003年 - 2004年) 田中佑司 Dr. (2011年) |
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くるり(Quruli)は、京都出身のロックバンド。これまでにスタジオ・アルバム9枚とシングル24枚、その他映画サントラ、編集盤など6作品をリリースしており、アルバム・トータル約100万枚、シングル・トータル約50万枚のセールスを記録している。代表曲に「東京」、「ワンダーフォーゲル」、「ばらの花」、「ワールズエンド・スーパーノヴァ」、「ハイウェイ」、「ジュビリー」、「奇跡」などがある。
[編集] 概要
1998年にシングル「東京」をリリースしメジャーデビュー。1999年にフォーキーかつプログレッシブなサウンドプロダクションが特徴的な1stアルバム『さよならストレンジャー』をリリース。2000年にジム・オルークをプロデューサーに迎え、オルタナ・サウンドが顕著な2nd『図鑑』、2001年はテクノ・ダンスミュージックに影響を受けた3rd『TEAM ROCK』、2002年にはエレクトロニカに接近したサイケデリックな4th『THE WORLD IS MINE』をリリース。2004年には一転バンドサウンドに回帰しつつ、新たにジャズの要素を取り入れた5th『アンテナ』、2005年にザ・フーやビートルズに代表される60'sUKロック・サウンドにアプローチした6th『NIKKI』、2007年はオーケストラとの融合を図りクラシックに傾斜した7th『ワルツを踊れ Tanz Walzer』をリリース。2009年はフロントマン・岸田繁のSSWアルバムとしての色彩が色濃い内省的な8th『魂のゆくえ』、2010年にはアルバム・タイトルが示すようなメッセージ性の強い9th『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』をリリースした。アルバムごとに異なった音楽性や趣向を持つ、多様な作品群を発表してきたことが特徴として挙げられる。
[編集] メンバー
- ギター、ボーカル。京都府京都市出身。血液型:A。「吉田省念と三日月スープ」のリーダーとしても活動中。2011年加入。
- トランペット、ボーカル。京都府舞鶴市出身。血液型:O。「吉田省念と三日月スープ」の他、多方面でも活動中。2011年加入。
[編集] 元メンバー
- クリストファー・マグワイア(Christopher McGuire、1975年11月28日 - )
- 田中佑司(たなか ゆうじ)
[編集] サポートメンバー
- 辻村豪文 -ギター
- キセルのメンバー。くるりとは大学の同級生である。
- 2000年3 - 4月「アルバム『図鑑』発売記念ツアー(全12公演)」- 2000年8月2日「Welcome to your spirits」於下北沢QUEほかサポート。
- あらきゆうこ -ドラム
- smorgasの元ドラマー。
- 2002年、「百鬼夜行2002」サポート。アルバム『図鑑』、シングル「HOW TO GO」、「ハイウェイ」、『ジョゼと虎と魚たち』オリジナルサウンドトラック、2007年12月2日みやこ音楽祭、12月6日「TAKUTAKU DE KUTAKUTA」、12月11日、12月12日「くるりふれあいコンサート ファイナル」、12月29日「COUNTDOWN JAPAN 07/08」、12月31日「COUNTDOWN JAPAN 07/08 WEST」サポート。
- 元NUMBER GIRLメンバー(当時)。
- 2003年1月26日「MANIC STREET PREACHERS/東京ベイNKホール公演」(オープニングアクト/くるり)サポート。
- SHINDOのメンバー。
- 2004年6月15日名古屋クラブダイアモンドホール 〜2005年1月10日「HEAL NIIGATA 中越地震ミュージック・ベネフィット」於横浜BLITZ。シングル「BIRTHDAY」サポート。また、岸田繁・佐藤征史と共にSINGER SONGERに参加している。全国ツアー「安心しろ、秘孔ははずしてある」ではパーカッションとして参加。
- 堀江博久 -キーボード、ギター
- NEIL&IRAIZAのメンバー。
- 2004年6月15日名古屋クラブダイアモンドホール〜2006年10月9日「ボロフェスタ」於京都大学西部講堂&講堂前広場(2006年夏フェスは一部でサポート)、シングル「BIRTHDAY」「Superstar」「Juice」、アルバム『NIKKI』サポート。岸田繁とThe かまどうま/エレクトリック・カマドウマというユニットも組む。また、岸田繁・佐藤征史と共にSINGER SONGERに参加。
- クリフ・アーモンド (Cliff Almond) -ドラム
- 2005年7月20日LIQUIDROOM 1st ANNIVERSARY liquid surprise 01day SP「廿日ゑびす」於LIQUIDROOM 〜2006年10月9日「ボロフェスタ」於京都大学西部講堂&講堂前広場(2005年8月20日のRISING SUN ROCK FESTIVALを除く)。シングル「Superstar」、アルバム『NIKKI』サポート。
- 沼澤尚 -ドラム
- 2005年8月20日「RISING SUN ROCK FESTIVAL」。シングル「Baby I Love You」、アルバム『NIKKI』サポート。
- 菊地悠也 -ドラム
- 愛称は「ニャッキー」。
- 2006年みやこ音楽祭〜2007年ツアー「ふれあいコンサート」まで参加。シングル「JUBILEE」「言葉はさんかく こころは四角」、アルバム『ワルツを踊れ Tanz Walzer』サポート。
- 藤井一彦 -ギター
- ザ・グルーヴァーズのメンバー。
- 2007年12月2日みやこ音楽祭、12月6日「TAKUTAKU DE KUTAKUTA」、12月29日「COUNTDOWN 07/08 JAPAN」、12月31日「COUNTDOWN JAPAN 07/08 WEST」サポート。
- ザ・サスペンダーズ -バックグラウンドボーカル
- 渕上祥人(テノール)、遠藤由美(ソプラノ)、岡崎昌幸(バリトン&アコーディオン)からなるコーラス隊。2007年12月11日,12日「くるりふれあいコンサート ファイナル」に3人で参加。12月29日「COUNTDOWN 07/08 JAPAN」、12月31日「COUNTDOWN JAPAN 07/08 WEST」には渕上と遠藤の2人が参加。
- 堀川裕之(ボボ) -ドラム、パーカッション
- 54-71のメンバー。
- 2008年5月のファンクラブイベント以降、同月スタートの対バンツアー、アルバム『魂のゆくえ』、翌年の『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』のレコーディングにサポートドラマーとして全面参加。それ以前にもRIP SLYMEとのコラボレーションシングル「Juice」、2007年京都音博にてパーカッションとして参加。
- 三柴理 -ピアノ
- 元筋肉少女帯のメンバー。
- 2008年5月のファンクラブイベントから京都音楽博覧会までサポートメンバーとして参加していた。アルバム『魂のゆくえ』の一部のレコーディングにも参加している。
- 内橋和久 -ギター
- 2008年7月から'08京都音楽博覧会までサポート。、シングル「三日月」「愉快なピーナッツ」のレコーディングにも参加。
- 世武裕子 -ピアノ・キーボード・ヴォーカル
- くるりのレーベルからCDを出した関係から、アルバム『魂のゆくえ』のレコーディング(ニューヨークにも随行)に参加。2009年「ツアー2009 - とろみを感じる生き方〜」、2010京都音博などサポート。
- 山本幹宗 -ギター
- The Cigavettesのメンバー。
- 2009年ツアー「敦煌(ドンファン)」の大阪、名古屋公演の際のアンコールで参加。同ツアー、武道館公演もサポート。
- 山内総一郎 -ギター
- フジファブリックのメンバー。
- 2010年京都音博から参加。ツアー「言葉にならしまへん、笑顔を見しとくれやしまへんやろか」、武道館での同ツアーファイナル公演もサポート。
[編集] 来歴・概要
立命館大学の音楽サークル「ロックコミューン」出身で同級生だった岸田繁(1999年前期、産業社会学部卒)、佐藤征史(1999年法学部卒)、森信行(1999年産業社会学部卒)の三人で結成された。バンド名の由来は結成当時の京都市営地下鉄の案内板の矢印が「くるり」となっていたことから。
「Qさん」という名称のロゴマークは同じくその矢印にインスパイアされたらしく、「アンテナ」等のジャケットを手掛けた古賀鈴鳴のデザイン。
[編集] 結成からメジャーデビュー(1996年 - 1998年)
1995年4月、岸田繁が立命館大学に入学。大学の音楽サークルであるロックコミューンに入り森信行や大村達身と出会う。佐藤征史とは立命館高等学校の1年のときに出会い、高校時代から音楽活動を共にし、大学でも同じサークルに入る。その後、岸田と佐藤が後の「くるり」の原型となるバンドを結成。このときのメンバーは岸田と佐藤のほかに別のボーカリストとドラマーがいる「毒猿」(毒猿ペピヲ)という4人体制のバンドであった。岸田はこの頃から曲を作ってこのバンドで演奏していたが、メインボーカルをとることはなく、あまりいいバンドではなかったとも後に語っている。ほどなくしてバンドのドラマーが辞めたため森を誘う。そしてバンドのボーカリストも脱退したため岸田がボーカルをとることになり以後、スリーピースバンドとして活動してゆくことになる。当初は3人とも平行して別のバンドにも参加していた。
1996年2月、発売8曲入りカセットテープ『くるりの一回転』を発売し完売。9月にアマチュアバンドのコンテストの賞金10万円目的で正式にくるり結成。しかし、岸田の話によると「普通に結成を持ちかければいいものを、当時凄くひねくれていたので素直に言えず、賞金稼ぎという建前で結成を持ちかけた」という。演奏曲は「モノノケ姫」「夜行列車と烏瓜」「雫が咲いたら(『くるりの一回転』収録。ワルツ調の楽曲)」。くるりは見事優勝し10万円を獲得したものの、すべて打ち上げとパチンコに消えたという。
1997年には、ラジオ番組にも出演する。同年7月には第1回フジロック・フェスティバルをサークル仲間たちとともに観覧、台風の直撃などで色々とひどい目にあったらしい。程なくしてシュガーフィールズ・原の東京の自宅スタジオでレコーディングをする。Bad News Recordsにデモテープを送ったところ気に入られ、11月にインディーズ1stアルバムである『もしもし』を発売。
1998年1月から、ライブハウスツアー退屈退治を11月まで行う。また5月にはインディーズ2ndアルバムである『ファンデリア』を発売。同月に行われた大阪城音楽堂でのイベント「SWEET LOVE SHOWER」のオープニングアクトや、スピッツが主催する「ロックロックこんにちは!」に出演。7月には会場を東京に移した第2回フジロック・フェスティバルを観覧。
[編集] さよならストレンジャーから図鑑(1999年 - 2000年)
1998年10月にはビクターエンタテインメントよりデビューシングル「東京」をリリースしメジャーデビュー、同月のFM802のヘビー・ローテーション ナンバーに選ばれる。11月にはFM802のイベントであるGottcha!に出演。
1999年2月、2ndシングル「虹」をリリース。3月に佐藤と森は無事大学を卒業、岸田は留年することとなった。4月には佐久間正英をプロデューサーに迎えて制作された1stアルバム『さよならストレンジャー』をリリース。5月にはワンマン全国ツアー、三日で激ヤセ 驚異のキノコパワーを敢行し全公演SOLD OUT。ツアー後は共同プロデューサーに根岸孝旨を迎えて次回作のレコーディングを開始。7月にはフジロック・フェスティバルに出演しその他の夏のイベントにも出演した。8月、岸田が前期卒業式で大学を卒業。同じく8月には3rdシングル「青い空」、11月には4thシングル「街」を立て続けにリリース。12月にはワンマンライブツアーもうじき平成12年を敢行した。
2000年1月、ジム・オルークらとのコラボレーションに挑んだオルタナティブ・ロック色の強い2ndアルバム『図鑑』をリリース。3月から「図鑑」発売記念ツアー世田谷線旧型車輌を残そうキャンペーンを敢行。同月には5thシングルである「春風」をリリース。8月には共に初開催のROCK IN JAPAN FESTIVAL、サマーソニックなどの夏のイベントに出演する。
[編集] TEAM ROCK(2000年 - 2001年)
2000年8月中旬から徐々に次回作のレコーディングに入る。曲の原型はできあがっていたが自分たちでミックスしてもイマイチの出来であったため、エンジニアの高山徹にミックスを依頼し曲が完成。10月に6thシングル「ワンダーフォーゲル」をリリース。11月からはTHE DISMEMBERMENT PLANとのカップリングツアーである百鬼夜行を敢行。
2001年1月、SUPERCARのフルカワミキがコーラスとして参加した7thシングル「ばらの花」をリリース。2月に打ち込みを導入するなど実験的要素を含んだ3rdアルバム『TEAM ROCK』をリリースした。4月から3rdアルバム発売記念ツアーTEAM PARTY 2001〜&〜TEAM PARTY 200,000,001を敢行。7月にはフジロック・フェスティバルのFIELD OF HEAVENに出演。8月にはライジング・サン・ロックフェスティバルへの出演やナンバーガールとの対バンなどを行う。しかし、上記のツアー中メンバー間に軋轢が生じたため、その打開策として外部から新たにメンバーを招聘することとなる。その人物こそ後に正式メンバーとなる大村達身である。しかし当時大村はくるりの曲をまったく覚えておらず、岸田らメンバーは交通費だけ払って帰ってもらおうとしていたそうである。しかしその後、新たな曲作りをする上で大村はくるりに居なくてはならないメンバーとなり、この年の夏のフェスティバルよりサポート・メンバーとしてライブに参加。そして2001年9月7日、東京都現代美術館でのくるり演奏会「東京ミミック」にて正式加入が発表された。
[編集] THE WORLD IS MINE(2001年 - 2002年)
2001年秋からくるりは初めての海外レコーディングを行う。この時、アメリカ同時多発テロ事件の影響で出発がひと月延期することとなったが、10月にはロンドン郊外にあるサイロを改造した「ブラー・ストリート」スタジオにてエンジニア・プロデューサーのニック・ハナンとともに楽曲制作とレコーディングを開始。約1ヶ月の滞在の間に次回作収録予定の曲が多く制作された。帰国後は都内のスタジオでレコーディングが継続されたが、機材トラブルなどで順調とはいかなかった。それでもエンジニアの上原キコウ、高山徹、中村研一に加えイギリスから呼び寄せたニック・ハナンとともにレコーディングをすすめた。
多忙なスケジュールの中のレコーディングではあったが2002年2月にくるり最大のヒット曲となった「ワールズエンド・スーパーノヴァ」をリリース。レコーディング・スケジュールを1ヶ月オーバーし何度もミックスをやり直した後に3月、4thアルバムである『THE WORLD IS MINE』をリリースした。3月31日から京都磔磔を皮切りにくるりライブツアー2002 〜うんぽこどっこいしょ〜を敢行。そのツアーの間の5月にはシングル「男の子と女の子」をリリースしている。ツアー終了後の7月、ドラマーの森のバンド脱退が発表された。森の脱退後はサポートメンバーとして臺太郎を迎えて活動を継続した。9月からTHE DISMEMBERMENT PLANとアメリカ東海岸ツアーを行う。ツアー後はボストン郊外にある「ロングビュー・スタジオ」に滞在しそのとき後にメンバーとなるクリストファー・マグワイアと初めて顔を会わせている。帰国後はくるり主宰のレーベルであるNOISE McCARTNEY RECORDSを設立した。12月にはくるり主催のイベント、百鬼夜行2002を開催。矢野顕子、遠藤賢司、レイ・ハラカミらと共演し全国を回った。
[編集] ジョゼと虎と魚たち(2003年)
2003年1月から4月までくるりは映画サウンドトラックの制作を行う。「ジョゼと虎と魚たち」と「リアリズムの宿」の2つのサントラを同時進行で制作するというもの。「ジョゼと虎と魚たち」の主題歌である「ハイウェイ」と『サウンドトラック』が同年11月に発売されている。また、「リアリズムの宿」のテーマ曲である「家出娘」はくるりのベスト盤である『ベスト オブ くるり -TOWER OF MUSIC LOVER-』にてはじめて音源化された。
[編集] アンテナ(2003年 - 2004年)
2003年5月、スコットランド・グラスゴーに渡ったくるりはエンジニア・プロデューサーであるトニー・ドゥーガンのもとレコーディングを開始。サポートドラマーには後にくるりのツアーに参加することとなるクリフ・アーモンドを迎えて「RACE」や「グッドモーニング」、「HOW TO GO <Original>」をレコーディングした。帰国後、くるりのプライベートスタジオであるペンタトニックにて「HOW TO GO」をリテイクした。同年の夏からはクリストファー・マグワイアをサポートドラマーに迎えてフジロック・フェスティバルのホワイトステージに出演した。そのほかにも夏のフェスティバルに出演している。9月に1年半ぶりとなるシングル「HOW TO GO」をリリース。そのままマグワイアとともに次回作に向けてセッションやレコーディングを重ねていき、11月にはマグワイアの正式加入が発表された。
2004年2月、シングル「ロックンロール」をリリース。そして3月に5thアルバムである『アンテナ』をリリースした。3月30日より京都磔磔からくるりワンマンライブツアー2004〜安心しろ、秘孔ははずしてある〜をスタート。初の日本武道館公演を含むツアーとなった。7月には初のビデオクリップ集である「くるくる鮨」を、9月にはツアードキュメンタリーフィルムである「くるくる節」を発売した。さらなるレコーディングやライブを行おうとするも、10月にクリストファー・マグワイアが脱退した。再び臺太郎をサポートドラマーに迎えて学園祭ツアーを行う。12月、京都大学西部講堂にて岸田と京都大学の学生たちが第1回みやこ音楽祭を開催。
[編集] NIKKI(2005年 - 2006年)
2005年1月、岸田と佐藤はCoccoとのプロジェクトバンドであるSINGER SONGERを堀江博久、臺太郎とともにスタートさせる。途中、岸田が入院するということもあったがレコーディングを進める。2月、14thシングル「BIRTHDAY」をリリースした。3月、ニューヨークに渡り次回作のための楽曲制作を行う。4月にも伊豆などで同作業を行った。5月、再び渡米。以前、セッションなどをしたボストンにあるスタジオ「ロングビュー」でレコーディングを開始した。約1ヶ月半の滞在で10数曲をレコーディングした。5月末にはSINGER SONGERのシングル「初花凛々」がリリースされている。6月半ば、そのままロンドンへ向かいプロデューサーのリアム・ワトソンとともにレコーディングを再開。今回のレコーディングでは岸田の意向により60年代のレアなアナログレコーディング機材を使用している。6月末にはSINGER SONGERのアルバム『ばらいろポップ』がリリースされた。7月、レコーディングを終えたくるりは帰国し夏のフェスティバルに出演。フジロック・フェスティバルでは遂にメインステージであるグリーン・ステージに初出演、ROCK IN JAPAN FESTIVALではSINGER SONGERで出演した。8月に15thシングル「Superstar」、9月に16thシングル「赤い電車」、10月に17thシングル「Baby I Love You」と3ヶ月連続でシングルのリリースが行なわれた。9月29日からはサポートメンバーにクリフ・アーモンドと堀江博久を迎えて、初の大阪城ホール公演を含むくるりワンマンライブツアー2005 〜はぐれメタル純情派〜を開催。11月には6thアルバム『NIKKI』をリリースし、12月31日にはCOUNTDOWN JAPANに出演。最大規模のEARTH STAGEにおいて年越しライブを担当した。
2006年1月には追加スケジュールであるくるりワンマンライブツアー2006 〜はぐれメタル魔神斬り〜を日本武道館公演を皮切り開催。1月31日まで続いた。
[編集] ベスト オブ くるり(2006年)
2月からくるりはRIP SLYMEとのコラボレーションに入る。休暇も交えつつレコーディングをすすめ7月にシングル「Juice」をリリース。同じく7月からくるり対バンツアー2006 〜毎日が地蔵盆〜をスタート。テルスターやLucky Lips、チャットモンチーなどと共演する。そして7月26日にくるり初のベスト盤となる『ベスト オブ くるり -TOWER OF MUSIC LOVER-』をリリースした。結成10周年の2006年において自分たちを振り返る意味で、レコード会社に願い出てリリースしたものである。8月には6年ぶりのサマーソニックをはじめとする夏のフェスティバルに出演。ROCK IN JAPAN FESTIVALでは岸田が体調を崩しつつもメインステージであるGRASS STAGEで1日目のトリを務めた。8月下旬からは京都系ミュージシャンのコンピレーションアルバムの準備をはじめた。9月からは全国のZeppを回ったくるりワンマンライブツアー 2006 〜まZEPPご飯!〜を敢行した。11月には先述のコンピレーションアルバム『みやこ音楽/V.A.』をNOISE McCARTNEY RECORDSよりリリース。くるりは「五月の海」という曲を提供している。このころからサポートドラマーとして菊地悠也が参加している。時を同じくして次回作のための楽曲制作に入った。12月にはウィーンに飛び、レコーディングスタジオの下見を行った。このときドイツでさまざまミュージシャンのマネジメントを行っているガッツという人物と会っている。12月末にCOUNTDOWN JAPAN 06/07に出演。このライブを最後にギタリストである大村が脱退した。
[編集] ワルツを踊れ Tanz Walzer (2007年)
2007年1月よりスタジオ・ペンタトニックにてプリ・プロダクションを開始。すでにこの時点で多数のアイディアがあがっていた。2月、レコーディングのためウィーンへ飛ぶ。フィードバック・スタジオにてフランス人プロデューサーであるステファヌ・"アルフ"・ブリア、ハウス・エンジニアであるパトリック・パルシンガーとともにレコーディングを開始。サポートドラマーには引き続き菊地が起用されている。2月の間はベーシック・トラックを中心に録る。3月、FM802のイベントBEAT ITのため数日の帰国。その後すぐにウィーンに戻りレコーディングを再開。3月半ばからボーカル録音を含めたオーバー・ダブ作業を行う。また、パトリック・パルシンガーの紹介でウィーン交響楽団のパーカッショニストであるフリップを紹介されストリングスアレンジを依頼した。4月、フィードバック・スタジオに加えてハフナー・スタジオでもレコーディングを進める。5月からウィーンを離れアルフの本拠地であるフランス・パリに移動。ボーカル録音やミックス作業を行う。パリ滞在最終日に曲順を決め、ロンドンへ渡りメトロポリス・スタジオにてマスタリングを行うも仕上がりに満足できず、日本でマスタリングをすることに。5月末に帰国。5月30日、18thシングル「JUBILEE」がリリースされる。6月3日にマスタリングが終了しアルバムが完成。6月27日、7thアルバム『ワルツを踊れ Tanz Walzer』がリリースされた。サポートドラマーには引き続き菊地悠也、コーラス隊にはザ・サスペンダーズを迎えて7月15日から戸田市文化会館を皮切りにくるり史上初となるホールツアー、くるり ホールツアー2007「ふれあいコンサート」を行った。7月末には台湾の野外フェスティバルに出演。8月末には3年ぶりに沖縄公演を行っている。9月23日、くるり主催の京都野外フェスティバルである京都音楽博覧会を開催。Coccoや小田和正、ジェイソン・フォークナーが出演した。10月と11月はパシフィコ横浜公演などの準備に追われる。11月中旬にはくるりの公式HP上でライブで聴きたい曲のアンケートを行っていた。サポートメンバーにはギターに藤井一彦とあらきゆうこを迎えて12月のライブを行った。12月6日に京都の磔磔でワンマンライブ「TAKUTAKU DE KUTAKUTA」を開催。12月11日、12日にはパシフィコ横浜で「ふれあいコンサートファイナル」を行った。ふれあいコンサートでファイナルではサポートギタリストに佐橋佳幸を迎えている。12月29日にはCOUNTDOWN JAPAN EASTに、12月31日にはCOUNTDOWN JAPAN WESTに出演。年を越える前にベートーヴェンの交響曲第9番を演奏した。
[編集] Philharmonic or die (2008年)
2008年2月、昨年の磔磔とパシフィコ横浜での公演を収録したくるり初のライブベストアルバム『Philharmonic or die』をリリース。1月中旬にはパシフィコ横浜公演のミックスをするため再びウィーンに飛び、『ワルツを踊れ』のエンジニアであったディーツとともミックスを行った。3月にはラジオ番組の収録で浜松海の星高等学校の〈卒業生を送る会〉に参加。同校の吹奏楽部とともに「ブレーメン」を披露した。同年5月にはパシフィコ横浜公演を収録したライブDVD「横濱ウィンナー」をリリース。そのころ、元筋肉少女帯メンバーのキーボーディスト・三柴理やウイーン在住の内橋和久、54-71のドラマー・ボボ(堀川裕之)とともにレコーディングなどを重ねる。そして夏には各地のロックフェスティバルに出演、そして対バンZEPPツアーデラぜっぴんを行う。9月6日に京都音楽博覧会を開催。それに合わせて9月3日にもシングル「さよならリグレット」をリリース。また、12月6日・7日にはみやこ音楽祭に出演した。10月にはメジャーデビュー10周年を迎え、12月17日よりこれを記念してアルバムおよび映像作品(一部を除く)の廉価版が期間限定で発売される。
[編集] 魂のゆくえ(2009年)
2009年は2月18日にシングル「三日月」をリリース。ニューヨークでエンジニアのトム・デュラックとともにレコーディングを行う。6月6日からワンマンツアー敦煌-ドンファン-を実施、6月10日にはアルバム魂のゆくえをリリースする。10月21日には奥田民生、松任谷由実、矢野顕子ら全16アーティストが参加する初のトリビュートアルバム、「くるり鶏びゅ〜と」をリリース。同時にワンマンツアーくるりワンマンツアー2009〜とろみを感じる生き方〜を実施。さらに、12月25日には松任谷由実とのGAP 40th ANNIVERSARY キャンペーンコラボレーションソング『シャツを洗えば』をリリース。
[編集] 言葉にならない、笑顔を見せてくれよ(2010年)
2010年は、2月から4月にかけて新しいアルバムに向けてのレコーディング作業をメンバーの地元の京都などで開始。この作業で生まれた新曲、「東京レレレのレ」を収録したくるり初のカップリング・コンプリート・ベスト『僕の住んでいた街』が5月26日に、そして初の歌詞集となる『くるり詩集』が5月21日にリリースされた。また同じく5月31日よりホールツアー「くるりライブ興行2010〜地獄の団体戦〜」を実施。7月2日には完成したアルバム『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』から計6曲を“超”先行試聴するイベントが開かれ、ウェブサイト「ナタリー」のUstreamでこの模様が生中継された。7月28日には初の両A面シングルとなる「魔法のじゅうたん/シャツを洗えば(ヴァージョン2)」をリリースした。久々に全曲国内レコーディングされた新作『言葉にならない、笑顔を見せてくれよ』は9月8日に発売された。
[編集] ベスト・オブ・くるり2(2011年)
2011年は、昨年より実施されていたワンマンツアーくるり ニューアルバム発売記念ツアー〜言葉にならしまへん、笑顔を見しとくれやしまへんやろか〜が引き続き実施され、ツアーファイナルの3月7日には4度目となる武道館公演が行われた。また、春には岸田が初めてソロ名義で劇中音楽を担当し、主題歌もくるりとして提供した映画『まほろ駅前多田便利軒』、劇中音楽に加えて挿入歌を含め2曲を提供した映画『奇跡』が相次いで公開。そのうち『奇跡』の主題歌「奇跡」を、ワンコインシングル『奇跡』として2011年6月1日にリリース。また6月29日には、5年ぶり2枚目となるベストアルバム『ベスト オブ くるり -TOWER OF MUSIC LOVER 2-』がリリースされた。また同日、新たにギタリストの吉田省念、トランペット奏者のファンファン、ドラマーの田中佑司のバンド正式加入が発表された。チケットの先行予約特典のスペシャルチケットに吉田戦車によるイラストが使用されている。11月20日に高松琴平電気鉄道の仏生山工場でスペシャルライブを行った。また、11月7日から12月8日まで、新体制になってから初めてのツアーくるりワンマンライブツアー2011~湯気湯気帝国~が実施された。12月28日、田中が脱退を発表。脱退の経緯は「メンバー・スタッフを含め何度も話し合い、お互いが更なる前進をして行く上で最良の選択であると判断した結果、なされたものです」と説明された。
[編集] ディスコグラフィ
[編集] インディーズ
- くるりの一回転(1996年2月、くるりとして初めて出された音源。デモ音源カセットテープ/自主制作)
- 収録曲
- A面
- イントロ Intro
- 夜行列車と烏瓜 Midnight-train & Snake Gourd
- 雫が咲いたら If That Drop Blooms
- 虹 Rainbows
- B面
- くるりの一回転 Rotations
- オールドタイマー My Old Timer
- 家族の肖像 Family's Portraits
- 隠しトラック
- A面
- 収録曲
- チアノーゼ/ベースボールゲーム(1997年8月30日発売。カセットテープ/自主制作/¥200)
- もしもし(1997年11月21日 1,000枚限定デモCD(完売/廃盤)。発売元:Bad News Records/規格品番:BN-102)
- ファンデリア(1998年5月15日 発売元:Bad News Records/規格品番:BN-103)
[編集] シングル
| 発売日 | タイトル | オリコン | 規格品番 | 収録アルバム | |
|---|---|---|---|---|---|
| 1st | 1998年10月21日 | 東京 | 64位 | VICL-35032 | さよならストレンジャー |
| 2nd | 1999年02月24日 | 虹 | 56位 | VICL-35045 | |
| 3rd | 1999年08月25日 | 青い空 | 45位 | VICL-35075 | 図鑑 |
| 4th | 1999年11月20日 | 街 | 59位 | VICL-35097 | |
| 5th | 2000年04月05日 | 春風 | 29位 | VICL-35115 | |
| 6th | 2000年10月18日 | ワンダーフォーゲル | 20位 | VICL-35183 (限)VICL-35183A |
TEAM ROCK |
| 7th | 2001年01月24日 | ばらの花 | 20位 | VICL-35225 | |
| 8th | 2001年05月17日 | リバー | 37位 | VICL-35267 | |
| 9th | 2002年02月20日 | ワールズエンド・スーパーノヴァ | 13位 | VICL-35354 | THE WORLD IS MINE |
| 10th | 2002年05月09日 | 男の子と女の子 | 22位 | VICL-35393 | |
| 11th | 2003年09月17日 | HOW TO GO | 7位 | VICL-35569 | アンテナ |
| 12th | 2003年11月05日 | ハイウェイ | 19位 | VICL-35580 | オリジナル・サウンドトラック 『ジョゼと虎と魚たち』 |
| 13th | 2004年02月11日 | ロックンロール | 5位 | VICL-35607 (限)VICL-35607A |
アンテナ |
| 14th | 2005年02月23日 | BIRTHDAY | 10位 | VICL-35789 (限)VICL-35788 |
NIKKI |
| 15th | 2005年08月24日 | Superstar | 11位 | VICL-35863 | |
| 16th | 2005年09月22日 | 赤い電車 | 14位 | VICL-35884 (限)NCS-458 |
|
| 17th | 2005年10月26日 | Baby I Love You | 4位 | VICL-35895 (限)VIZL-150 |
|
| 18th | 2007年05月30日 | JUBILEE | 10位 | VICL-36281 | ワルツを踊れ Tanz Walzer |
| 19th | 2007年07月25日 | 言葉はさんかく こころは四角 | 14位 | VICL-36314 (限)VIZL-248 |
|
| 20th | 2008年09月03日 | さよならリグレット | 8位 | VICL-36455 | 魂のゆくえ |
| 21st | 2009年02月18日 | 三日月 | 11位 | VICL-36489 | |
| 22nd | 2009年04月29日 | 愉快なピーナッツ | 17位 | VICL-36496 | 魂のゆくえ |
| 23rd | 2010年07月28日 | 魔法のじゅうたん シャツを洗えば(ヴァージョン2) |
20位 | VICL-36599 (限)VIZL-392 |
言葉にならない、笑顔を見せてくれよ |
| 24th | 2011年06月01日 | 奇跡 | 12位 | VICL-36647 | オリジナル・サウンドトラック 『奇跡』 |
[編集] オリジナルアルバム
| アルバム | 発売日 | 順位 | 規格品番 |
|---|---|---|---|
| さよならストレンジャー | 1999年04月21日 | 16位 | VICL-60365 VICL-61760(再) |
| 図鑑 | 2000年01月21日 | 20位 | VICL-60530 VICL-61761(再) |
| TEAM ROCK | 2001年02月21日 | 8位 | VICL-60696 VICL-61762(再) |
| THE WORLD IS MINE | 2002年03月20日 | 5位 | VICL-60854 VICL-61763(再) |
| アンテナ | 2004年03月10日 | 3位 | VICL-61306 VICL-61764(再) |
| NIKKI | 2005年11月23日 | 3位 | VICL-61770 VICL-63197(再) VIZL-156(限) |
| ワルツを踊れ Tanz Walzer | 2007年06月27日 | 3位 | VICL-62510 VICL-63198(再) VICL-62410(限) |
| 魂のゆくえ | 2009年06月10日 | 5位 | VICL-63341 VICL-63340(限) |
| 言葉にならない、笑顔を見せてくれよ | 2010年09月08日 | 4位 | VICL-63550 VIZL-370(限) |
[編集] ライブアルバム
| アルバム | 発売日 | 順位 | 規格品番 | |
|---|---|---|---|---|
| 通常盤 | 限定盤 | |||
| Philharmonic or die | 2008年2月20日 | 9位 | VICL-62752 | VICL-62751 |
[編集] コンピレーションアルバム
| アルバム | 発売日 | 順位 | 規格品番 | |
|---|---|---|---|---|
| 通常盤 | 限定盤 | |||
| ベスト オブ くるり -TOWER OF MUSIC LOVER- | 2006年7月26日 | 3位 | VICL-61985、6 | VIZL-195 |
| 僕の住んでいた街 | 2010年5月26日 | 1位 | VICL-63630、1 | VICL-63632、3 |
| ベスト オブ くるり -TOWER OF MUSIC LOVER 2- | 2011年6月29日 | 8位 | VICL-63760、1 | |
[編集] 映画サウンドトラック
| アルバム | 発売日 | 順位 | 規格品番 |
|---|---|---|---|
| オリジナル・サウンドトラック『ジョゼと虎と魚たち』 | 2003年11月5日 | 26位 | VICL-61220 |
| オリジナル・サウンドトラック『奇跡』 | 2011年11月9日 | 187位 | VICL-63809 |
[編集] トリビュートアルバム
| アルバム | 発売日 | 順位 | 規格品番 |
|---|---|---|---|
| くるり鶏びゅ〜と | 2009年10月21日 | 8位 | BNCL-40 |
[編集] アナログ
[編集] DVD
| DVD | 発売日 | 順位(総合) | 規格品番 | |
|---|---|---|---|---|
| 通常盤 | 限定盤 | |||
| くるくる鮨 〜Quruli Video Clips 1998-2004〜 | 2004年7月21日 | 6位 | VIBL-176 | |
| くるくる節 〜Quruli Live Tour 2004 Documentary Film〜 | 2004年9月22日 | 17位 | VIBL-177 | |
| 横濱ウィンナー | 2008年5月21日 | 15位 | VIZL-430 | VIZL-283 |
| 武道館ライブ | 2011年8月24日 | 18位 | VIBL-615 | |
[編集] その他
- あやか市の動物園(2002年5月22日)トリビュートアルバム:HAPPY END PARADE〜tribute to はっぴいえんど〜
- どぉなっちゃってんだよ トリビュートアルバム:どんなものでも君にかないやしない「岡村靖幸トリビュートアルバム」
- EMOTIONAL RESCUE(2003年3月12日) ローリング・ストーンズ トリビュートアルバム:『IT'S ONLY ROCK'N ROLL (BUT WE LIKE IT LOVE)』/ZAZEN BOYSが提供した楽曲に岸田が謎のボーカリストSEXY JOEとして参加。
- Good-bye トリビュートアルバム:BEAT OFFENDERS 〜A TRIBUTE TO THE COLLECTORS
- SING A SONG〜NO MUSIC, NO LOVE LIFE〜(2004年11月23日)シングル:こっこちゃんとしげるくん
- 初花凜々(2005年5月25日)シングル:SINGER SONGER(別プロジェクト)
- ばらいろポップ(2005年6月29日)アルバム:SINGER SONGER( 〃 )
- Juice(2006年7月5日)シングル:くるりとリップスライム
- ラヴぃ(2006年7月5日)シングル:リップスライムとくるり
- 雪印マーガリン「ネオソフト」CMソング(2000年)
- 五月の海(2006年11月22日) オムニバスアルバム:みやこ音楽(トラック12)
- シャツを洗えば(2009年12月25日) シングル:くるりとユーミン (史上初の雑誌サイズ流通CDとして発売)
- 石巻復興節(2012年3月12日)シングル:くるり(チャリティーCD、石巻市内店舗と通販にて発売)
[編集] リミックス
- 広末涼子『RH Remix』(2001年8月29日) 大スキ!を岸田がリミックス。
- BACK DROP BOMB『REFIXX』(2002年5月22日) That's The Way We Uniteを佐藤と岸田が「NOISE McCARTNEY from QURULI」としてリミックス。
[編集] 未音源化楽曲
- 「サモ・ハン・キンポー」(2000年頃、ライブにて演奏)
- 「鍋の中のつみれ」(2008年 - 2009年にかけて、ライブにて演奏)
- 「カラスのボーカロ」(2008年頃、ライブにて演奏)~ 歌詞を変え、「べべブ」として『魂のゆくえ』に収録。
- 「夜汽車はいつも夢をのせて」 (2009年、京都音博にて石川さゆりを伴い初演。2011年、ライブにて演奏)
- 「その線は水平線」 (2010年、ライブにて演奏)
- 「いっぽ」 (2011年、ライブにて演奏)
- 「のぞみ1号」 (2011年、ライブにて演奏)
- 「石巻復興節」 (2011年、ライブにて演奏)
- 「ペンギンさん」 (2011年、ライブにて演奏)
- 「Wonderful Life」 (2011年大鵬薬品工業「チオビタドリンク」CMソング)
- 「METAL ZONE」 (2011年、ライブにて演奏)
- 「ウェイパー(味覇)」 (2011年、ライブにて演奏)
- 「コトコト琴電」 (2011年、香川県・琴電100周年イベント@仏生山工場ライブにて演奏)
- 「タカタカソフト(替え歌)」 (2011年、ライブにて演奏)
- 「my sunrise」(2012年サントリー「サントリー天然水」CMソング)
[編集] ラジオ
- NHK-FM 「くるり電波」 2012年4月より現在放送中(毎月最終週火曜 23:00~24:00)。
- JFN 「ラ・くるり」 2011年1月より、6年ぶりのラジオレギュラー番組として JFN21局ネットにて現在放送中。
- α-IMAGE ARTIST PROGRAM FOUL 54(α-STATION/土曜日/1999年1月 - 1999年3月)
- MUSIC FREAKS(FM802/日曜日/1999年10月 - 2000年9月)※岸田1人でDJを担当。
- OH! MY RADIO(J-WAVE/金曜日/2001年10月 - 2003年9月)
- TR2(J-WAVE/月曜日/2003年10月 - 2005年3月)
- くるりLOCKS!(TOKYO FM/SCHOOL OF LOCK!内/2007年3月)
[編集] 主なライブツアー
- 退屈退治 vol.3(1998年)
- 三日で激ヤセ驚異のキノコパワー(1999年)
- ワンマンライブツアー〜もうじき平成12年〜(1999年)
- 世田谷線旧型車輌を残そうキャンペーン(2000年)
- TEAM PARTY 2001 &TEAM PARTY 200,000,001(2001年)
- うんぽこどっこいしょ(2002年)
- QURULI アメリカ東海岸ツアー(2002年)
- くるりサマーコンサート'03〜浴衣入場無料(ウソ)〜(2003年)
- 安心しろ、秘孔ははずしてある(2004年)
- はぐれメタル純情派(2005年)
- はぐれメタル魔神斬り(2006年)
- くるり対バンツアー2006 〜毎日が地蔵盆〜(2006年)
- まZEPPご飯!(2006年)
- くるり ホールツアー2007「ふれあいコンサート」(2007年)
- くるり 対バンツアー2008 デラぜっぴん 〜混浴四重奏〜(2008年)
- くるりワンマンライブツアー2009〜敦煌(ドンファン)〜(2009年)
- くるりワンマンライブツアー2009〜とろみを感じる生き方〜(2009年)
- くるりライブ興行2010〜地獄の団体戦〜(2010年)
- くるり ニューアルバム発売記念ツアー〜言葉にならしまへん、笑顔を見しとくれやしまへんやろか〜(2011年)
- 磔磔でgudaguda(2011年)
- くるり×細野晴臣 東北ツアー(2011年)
- くるりワンマンライブツアー2011~湯気湯気帝国~(2011年)
[編集] 関連項目
- 公式ファンクラブ「純情息子」
- NOISE McCARTNEY RECORDS
- 京都音楽博覧会
- みやこ音楽祭
- 京浜急行電鉄
- みんなの鉄道
- ソウル・フラワー・ユニオン(岸田が敬愛。幾度共演。)
- 小田和正(クリスマスの約束2007、京都音楽博覧会で共演。)
[編集] 外部リンク
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