即位礼正殿の儀

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即位礼正殿の儀
Enthronement Ceremony.jpg
即位礼正殿の儀で即位を宣言する第125代天皇明仁
ジャンル 「即位の礼」の中心儀式
頻度 天皇の即位ごと(一世一度)
会場 皇居宮殿正殿・松の間
会場所在地 東京都千代田区千代田1-1
開催国 日本の旗 日本
最終開催 1990年11月12日 (1990-11-12)
前回 〈第125代天皇 明仁
1990年(平成2年)11月12日
次回 〈第126代天皇 徳仁
2019年(令和元年)10月22日(予定)
参加者
来場者数 約2500人
ウェブサイト
www.kantei.go.jp/jp/headline/kouikeisyou_gishikitou/index.html
即位礼正殿の儀当日の皇居宮殿・正殿
1990年(平成2年)11月12日撮影
高御座の前で万歳三唱する海部俊樹元総理

即位礼正殿の儀(そくいれいせいでんのぎ)は、即位の礼の中心となる、即位した天皇日本国の内外に即位を宣明する儀式である。諸外国における戴冠式、即位式にあたり、皇居宮殿正殿松の間で行われる。

概要[編集]

萬歳旛

第125代天皇明仁が即位した際、1990年平成2年)11月12日に挙行された即位の礼の中心儀式の名称を「即位礼正殿の儀」と定めたのが初例。 かつて天皇の即位礼は京都で挙行され、特に明治天皇から昭和天皇までは即位礼紫宸殿の儀と称した。

正殿の儀も紫宸殿の儀もどちらも天皇が自らの即位を国の内外に宣明する儀式であり、諸外国のいわゆる「戴冠式」や「即位式」に当たる。このため国内外から賓客が招かれ、特に国外においては国家元首あるいは首脳が参列する。参列者は正殿に相対する長和殿の春秋の間に着席する。この時中庭に仮設ステージを設け、春秋の間に入りきらなかった出席者分の席を確保して全員が儀式を見学できるようにした。

正殿中央には階段が設置され、中庭には幡旗が立てられ、文官武官の装束を身につけた総理府宮内庁職員が「威儀物捧持者」として整列する。正殿松の間には高御座御帳台がしつらえられ、男性皇族皇太子親王)と三権の長らは高御座左側に、女性皇族(親王妃内親王)が御帳台右側に並ぶ。

式次第[編集]

  1. 三権の長、皇族、天皇、皇后の順に正殿松の間に参入する。
  2. 天皇、皇后が高御座、御帳台に昇る。
  3. 参列者がの合図により起立する。高御座、御帳台の帳が開けられる。
  4. 参列者がの合図により敬礼する。
  5. 内閣総理大臣が御前に参進する。
  6. 天皇の「おことば」がある。
  7. 内閣総理大臣が寿詞[1]を述べる。
  8. 内閣総理大臣が即位を祝して万歳を三唱する。参列者が唱和する。自衛隊により、21発の礼砲がうたれる。
  9. 内閣総理大臣が所定の位置に戻る。
  10. 参列者が鉦の合図により着席する。高御座、御帳台の帳が閉められる。
  11. 天皇、皇后が高御座、御帳台から降りる。
  12. 天皇、皇后、皇族、三権の長の順に退出する。

平成の即位礼正殿の儀[編集]

天皇の「おことば」[編集]

さきに、日本国憲法及び皇室典範の定めるところによって皇位を継承しましたが、ここに即位礼正殿の儀を行い、即位を内外に宣明いたします。
このときに当り、改めて、御父昭和天皇六十余年にわたる御在位の間、いかなるときも、国民と苦楽を共にされた御心を心として、常に国民の幸福を願いつつ、日本国憲法を遵守し、日本国及び日本国民統合の象徴としてのつとめを果たすことを誓い、国民の叡智とたゆみない努力によって、我が国が一層の発展を遂げ、国際社会の友好と平和人類福祉と繁栄に寄与することを切に希望いたします。

海部内閣総理大臣の寿詞[編集]

謹んで申し上げます。天皇陛下におかれましては、本日ここにめでたく即位礼正殿の儀を挙行され、即位を内外に宣明されました。一同こぞって心からお慶(よろこ)び申し上げます。ただいまは、天皇陛下から、いかなるときも国民と苦楽を共にされた昭和天皇の御(み)心を心とされ、常に国民の幸福を願われつつ、日本国憲法を遵守し、象徴としての責務を果たされるとのお考えと、我が国が一層発展し、国際社会の友好と平和、人類の福祉と繁栄に寄与することを願われるお気持ちとを伺い、改めて感銘を覚え、敬愛の念を深くいたしました。 私たち国民一同は、天皇陛下を日本国及び日本国民統合の象徴と仰ぎ、心を新たに、世界に開かれ、活力に満ち、文化の薫り豊かな日本の建設と、世界の平和、人類福祉の増進とを目指して、最善の努力を尽くすことをお誓い申し上げます。ここに、平成の代(よ)の平安と天皇陛下の弥栄(いやさか)をお祈り申し上げ、お祝いの言葉といたします。

憲法での規定[編集]

天皇について規定した日本国憲法第1章では即位の礼について言及はないが、国事行為として挙行される。即位の礼は、皇室典範第二十四条に「皇位の継承があつたときは即位の礼を行う。」と規定される。第125代天皇明仁の即位礼正殿の儀当日は「即位礼正殿の儀の行われる日を休日とする法律」によって国民の休日となった。

2019年令和元年)10月22日に、第126代天皇徳仁の即位礼正殿の儀が行われる予定で、この日は「天皇の即位の日及び即位礼正殿の儀の行われる日を休日とする法律」により国民の休日とする措置がとられる。

装束[編集]

1990年(平成2年)、即位礼正殿の儀に際して御装束を着用する天皇明仁、皇后美智子 1990年(平成2年)、即位礼正殿の儀に際して御装束を着用する天皇明仁、皇后美智子
1990年(平成2年)、即位礼正殿の儀に際して御装束を着用する天皇明仁、皇后美智子

明治天皇の即位礼の際に礼服が廃止され、以来即位礼では和風の装束が着用されている。これを「御装束」と称する。

  • 天皇:束帯黄櫨染御袍立纓御冠を着用し、を持つ。
  • 皇后:唐衣裳装束の着用。唐衣は白系統、表着は緑系統。( 皇后の料は、古くは赤色や青色の織物が多いが、後深草天皇即位の時、母后は白唐衣を用いた。また立后のときは唐衣と表着に白を用いるのが平安中期以降の慣例であり、これらを参照して大正以降即位の礼の皇后の料は白唐衣に緑系統の表着という組み合わせに固定化した。)髪型は御垂髪(おすべらかし)で平額を付ける。桧扇を持つ。
  • 男性皇族:束帯黒色袍に垂纓冠を着用。皇嗣のみ黄丹御袍を着る。笏を持つ。
  • 威儀物奉持者:束帯緋色袍または黒色袍に垂纓冠または巻纓冠を着用。
  • 女性皇族:唐衣裳装束。唐衣は紫。桧扇を持つ。
  • 三権の長:洋装礼服(燕尾服)。昭和天皇の即位礼の際は田中義一内閣総理大臣は黒色袍の束帯であったが、平成の儀式では洋装が採用された。

明治天皇より前の天皇の即位の礼では、主に大極殿が、これが焼失してからは紫宸殿が舞台であった。事情により大極殿があっても紫宸殿や豊楽殿、太政官庁で行われたことがある。唐風の装束で、皇族・貴族は礼冠に礼服で、天皇は冕冠袞衣を着用した。

高御座・御帳台[編集]

現在の高御座

平成の即位礼正殿の儀では高御座御帳台京都御所紫宸殿から皇居まで運ばれ使用された。松の間中央に高御座、正殿向かって右に御帳台がしつらえられた。

ギャラリー[編集]

脚注[編集]

  1. ^ 即位礼正殿の儀における海部内閣総理大臣の寿詞”. 2017年1月21日閲覧。 平成2年11月12日 データベース『世界と日本』日本政治・国際関係データベース 東京大学東洋文化研究所 田中明彦研究室

関連項目[編集]