コンテンツにスキップ

トルクメニスタンの大統領

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
トルクメニスタンの旗 トルクメニスタン
大統領
Türkmenistanyň prezidenti
大統領章
現職者
セルダル・ベルディムハメドフ(第3代)
Serdar Berdimuhamedow

就任日 2022年3月19日
種類元首
政府の長
呼称大統領(非公式)
閣下[1]
(外交)
所属機関
庁舎オグザン宮殿
所在地アシガバート
任命直接選挙
任期7年(再選可能)
創設1990年10月17日
初代サパルムラト・ニヤゾフ
職務代行者マジュリス議長
ドゥニャゴゼル・グルマノヴァ英語版
俸給年額 442,800 TMT[2]

トルクメニスタンの大統領(トルクメニスタンのだいとうりょう、トルクメン語: Türkmenistanyň prezidenti)は、トルクメニスタン国家元首たる大統領である。

概要

[編集]

憲法上の規定によると、トルクメニスタンの大統領は任期は1期につき7年で、国民の直接選挙により選出されるという事になっている。

しかし、同国では1991年の独立以来、個人崇拝色の強い独裁政治が行われており、1999年から2006年までは議会によりテュルクメンバシュ国父)の称号を与えられたサパルムラト・ニヤゾフによる終身大統領制が敷かれていた。ニヤゾフの死去後も、一定の改革は行われたものの引き続き独裁的な体制が継続している。

同国ではソビエト連邦からの独立後、憲法上は複数政党制が認められたものの、実際には唯一の与党であるトルクメニスタン民主党とその衛星政党である農業党ロシア語版、そして比較的新しく結成された産業・企業家党の3党しか合法的な政党は存在せず、他の政党は全て非合法化・弾圧されている[注 1]ため、大統領選挙は実施されても形式的なものであり、現職者又はその後継者が常に約9割あるいはほぼ100%に近い得票を得て当選する。

第2代大統領のグルバングル・ベルディムハメドフが2022年2月に世代交代を図るとして任期途中で辞任を表明したため、3月12日に大統領選挙が執行[3]され、大統領の長男で副首相のセルダル・ベルディムハメドフが得票率72.97%で当選した[4]

職務代行者

[編集]

憲法の規定により、マジュリス議長が代行する。議長が代行できない場合、第一副大統領(閣僚評議会副議長)が代行する。もうひとりの副大統領は外相を兼任している。

終身大統領ニヤゾフの死去により大統領が不在となった際には、第一副大統領のグルバングル・ベルディムハメドフが大統領代行となった[注 2]

大統領の一覧

[編集]
大統領 所属政党 在任期間 備考
001 サパルムラト・ニヤゾフ
Saparmyrat Ataýewiç Nyýazow
トルクメン共産党
(TKP)
1 1990年11月2日
- 1991年12月16日
16年 + 49日
0(1) トルクメニスタン民主党
(TDP)
[注 3]
1991年12月16日
- 1992年6月21日
党名変更
[注 3]
2 1992年6月21日
- 1999年12月28日
任期延長
[注 4]
1999年12月28日
- 2006年12月21日
終身大統領
00 グルバングル・
ベルディムハメドフ

Gurbanguly Mälikgulyýewiç
Berdimuhammedow
トルクメニスタン民主党
(TDP)
2006年12月21日
- 2007年2月11日
52日 大統領代行
(副大統領)
002 3 2007年2月11日
- 2012年2月12日
17年 + 164日
4 2012年2月12日
- 2013年8月18日
0(2) 無所属 2013年8月18日
- 2017年2月11日
党籍離脱
[注 5]
5 2017年2月12日
- 2020年2月11日
2020年2月12日
- 2022年3月19日
003 セルダル・
ベルディムハメドフ
[注 6]
Serdar Gurbangulyýewiç
Berdimuhamedow
トルクメニスタン民主党
(TDP)
6 2022年3月19日
- (現職)
2年 + 127日

脚注

[編集]

注釈

[編集]
  1. ^ 一例にトルクメニスタン共和党英語版が挙げられる。
  2. ^ ニヤゾフが2006年12月21日未明に没した際、オヴェズゲリドゥイ・アタエフが代行を務めることとなったが、彼は同日中に刑事訴追で解任された為、当人の代わりとしてベルディムハメドフが抜擢された。
  3. ^ a b ソ連からの独立後、トルクメン共産党からトルクメニスタン民主党へ党名を変更した。
  4. ^ 1994年に行われた国民投票の結果、2002年まで任期延長。
  5. ^ 2013年8月の党大会で、大統領職務の中立性確保と、多党制を促進するため民主党籍を離脱した[5]
  6. ^ 第2代大統領のグルバングルの長男。

出典

[編集]

外部リンク

[編集]