アルメン・サルキシャン

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ナビゲーションに移動 検索に移動
アルメン・サルキシャン
Արմեն Սարգսյան
Sarkissian armen profile.jpg
第4代アルメニア共和国大統領
就任
2018年4月9日
首相 カレン・カラペチャン(代行)
セルジ・サルキシャン
カレン・カラペチャン(代行)
ニコル・パシニャン
前任者 セルジ・サルキシャン
第5代アルメニア共和国首相
任期
1996年11月4日 – 1997年3月20日
大統領 レヴォン・テル=ペトロシャン
前任者 フラント・バグラチャン
後任者 ロベルト・コチャリャン
アルメニア大使
任期
1998年 – 2018年4月8日
大統領 ロベルト・コチャリャン
セルジ・サルキシャン
首相 アルメン・ダルビニャン
ワスゲン・サルキシャン
アラム・サルキシャン
アンドラニク・マルカリャン
セルジ・サルキシャン
チグラン・サルキシャン
ホヴィク・アブラハミャン
カレン・カラペチャン
後任者 アルメン・リロヤン(代行)
個人情報
生誕 (1953-06-23) 1953年6月23日(66歳)
ソビエト連邦の旗 ソビエト連邦
Flag of the Armenian Soviet Socialist Republic (1952–1990).svg アルメニア・ソビエト社会主義共和国エレバン
国籍 アルメニア
政党 無所属
配偶者 ヌネ・サルキシャン
子供 2人
職業 政治家、物理学者、コンピューター科学者
署名

アルメン・サルキシャンアルメニア語: Արմեն Վարդանի Սարգսյան、Armen Sarkissian[1]1953年6月23日 - )は、アルメニアの政治家、物理学者、コンピューター科学者。首相や駐英大使を経て、現大統領[2](2018年 - [3])。

経歴[編集]

エレバン国立大学理論物理学・数学部卒業後、1976年から1984年まで同大学の物理学助手のち准教授を務めた。1988年には理論物理学部に複雑系コンピューターモデリング学科を立ち上げ、学科長に就任した。

その後、ケンブリッジ大学から客員研究員として招かれ、教授にまで昇格した[4][5]アルメニア共和国国立科学アカデミーやアルメニア国立競争力評議会のメンバーにも名を連ねた。

1991年10月、サルキシャンは在ロンドンアルメニア大使館を設立した。これは、アルメニアが西側諸国に初めて立ち上げた大使館であった。これを契機に、サルキシャンは欧州連合 (EU) やベルギーオランダルクセンブルクバチカン市国の外交団にも加わった。1995年から1996年には、EU駐在のアルメニア代表部長を務めた。

1996年11月には大統領のレヴォン・テル=ペトロシャンから首相に指名され、1997年3月20日までの4か月間在任した。首相辞任の理由については、公式には病気療養のためとされたが、国防相ワスゲン・サルキシャンとの確執が原因との見方も上がった[6]。その後は欧州復興開発銀行 (EBRD) の総裁特別顧問を経て、1998年から2000年までEBRD理事を務めた。

1998年には駐英大使に任命され、大統領に就任する2018年4月9日まで務めあげた。

サルキシャンはハーバード大学ケネディスクール学部長諮問委員会委員、シカゴ大学ハリス公共政策研究大学院学部長諮問委員会委員、国際研究交換委員会 (IREX) 理事など、複数の国際機関の役員を歴任した。イギリスのクイーン・メアリー・ウェストフィールド・カレッジ(現在のロンドン大学クイーン・メアリー・カレッジ)数学部からは、名誉上級研究員として招聘された。2013年からは、アルメニアのディジャンに本部を置くインターナショナルスクール評議会に務めている。

大統領職[編集]

アズナブル・センターの開所式で、フランス大統領エマニュエル・マクロン

2018年1月、サルキシャンは大統領のセルジ・サルキシャンから、2015年の憲法改正後初めて実施される大統領選に、与党の共和党から立候補するよう要請された[7]。セルジの後押しに加えて、アルメニア革命連盟やツァルキアン連合といった政党もこれを支持し、3月2日にサルキシャンは国会における投票の結果、大統領に選出された[2]。この大統領選に立候補したのはサルキシャンのみであった。

大統領就任式は4月9日に、エレバンのカレン・デミルチヤン・コンプレックスで行われた[8][9][10]。就任式終了後にはエラブルール国立墓地を訪問し、国防相のヴィゲン・サルキシャンとともに記念碑に花輪を捧げた[11]

サルキシャンの大統領就任式が行われた日、カレン・カラペチャン率いる内閣は総辞職した。新首相の選定には一週間を要したが[12]、4月16日に前大統領セルジ・サルキシャンが与党の国会議員の全員一致で首相に推挙され、4月17日に国会の承認を受けた[13]。しかし、セルジの首相就任に対して大規模な抗議行動が発生したため、セルジは6日後に首相を退いた[14]。このため、カラペチャンが暫定首相に任命されたが[15]、5月8日にニコル・パシニャンが59票対42票で次期首相に選出された。

5月26日、サルキシャンはグルジア民主共和国の成立100周年記念行事に参列するため、ジョージアトビリシを訪問した。これがサルキシャンにとって、初めての外国公式訪問となった[16]。滞在中にはジョージア大統領のギオルギ・マルグヴェラシヴィリや「ジョージアの夢」代表のビジナ・イヴァニシヴィリフィンランド大統領のサウリ・ニーニストらと会談した[17][18]

2018年6月には、大統領の権力と首相の権力の均衡を図る憲法改正を提案した[19]

2018年11月11日の第一次世界大戦終結100周年に際しては、スイス放送協会のインタビューの中で、アルメニア人虐殺に関し、トルコ大統領レジェップ・タイイップ・エルドアンに次のような言葉をかけたいと述べた[20]

"はじめに、大統領にご挨拶を送ります。われわれはともに話し合うべき問題を抱えていると思います。あなたはトルコの大統領、わたしはアルメニアの大統領です。わたしの家族、祖父母はエルズルムヴァン、そしてビトリスの出身で、それぞれの土地に家族の歴史があります。両国の関係について、話し合いを始めようではありませんか?わたしたち個人について話そうではないですか?"

2019年10月22日の即位礼正殿の儀に参列し、10月24日には迎賓館赤坂離宮で安倍晋三内閣総理大臣と会談を行った[21]

人物[編集]

妻はマテナダランに勤める研究者のヌネ・サルキシャン(1954年生)。2人の子がいる。イギリスに滞在経験があるため、アルメニア語とロシア語に加えて英語も堪能である。2011年12月まではイギリスの市民権も所有していた[22]。2019年4月時点で300万ユーロ(16億ドラム)以上の総資産がある[23]

脚注[編集]

  1. ^ この姓はラテン文字で Sargsyan とも表記されるが、本人は Sarkissian と表記している。これはロシア語名 Армен Саркисян をさらにフランス式に転写したもので、ソビエト連邦のパスポートの氏名欄にフランス式ラテン文字表記が併記されていたことに由来する。当時、外交で使用される言語はフランス語であった。
  2. ^ a b Armen Sarkisian (No Relation) Elected Next Armenian President” (英語). RadioFreeEurope/RadioLiberty. 2018年3月2日閲覧。
  3. ^ “Armenia lawmakers elect president as leader eyes 'super' powers - The Express Tribune” (英語). The Express Tribune. (2018年3月2日). https://tribune.com.pk/story/1649172/3-armenia-lawmakers-elect-president-leader-eyes-super-powers/ 2018年3月2日閲覧。 
  4. ^ Former Cambridge Professor to become candidate for Armenian President | News | The Cambridge Student”. Tcs.cam.ac.uk. 2018年7月15日閲覧。
  5. ^ Armen Sarkissian | World Economic Forum”. Weforum.org. 2018年7月15日閲覧。
  6. ^ Armen Sarkissian: Scientist, ambassador, prime minister, businessman”. mediamax.am. 2019年8月7日閲覧。
  7. ^ Source Panorama.am. “Armen Sarkissian elected fourth President of Armenia - Panorama | Armenian news”. Panorama.am. 2018年7月15日閲覧。
  8. ^ Armenia President-elect expected to take oath of office at Yerevan sports, concert complex”. News.am (2018年3月19日). 2018年4月18日閲覧。
  9. ^ Armenia’s new president to be sworn in at Demirchyan sports and concert complex”. Arka.am (2018年3月20日). 2018年4月18日閲覧。
  10. ^ APA IT. “Presidential inauguration held in Armenia”. M.apa.az. 2018年4月18日閲覧。
  11. ^ President Armen Sarkissian visits Yerablur Pantheon | Public Radio of Armenia”. Armradio.am (2018年4月9日). 2018年4月18日閲覧。
  12. ^ Armenia's Ruling Party 'Open' To Opposition Candidates For PM” (英語). RadioFreeEurope/RadioLiberty. 2018年3月12日閲覧。
  13. ^ Lawmakers Approve Sarkisian As Armenia's PM Despite Countrywide Protests” (英語). RadioFreeEurope/RadioLiberty. 2018年4月17日閲覧。
  14. ^ Hairenik (2018年4月23日). “Breaking: Serge Sarkisian Resigns as Prime Minister” (英語). The Armenian Weekly. https://armenianweekly.com/2018/04/23/breaking-serge-sarkisian-resigns-as-prime-minister/ 2018年4月23日閲覧。 
  15. ^ EADaily. “Karen Karapetyan to be Armenian acting prime minister”. https://eadaily.com/en/news/2018/04/23/karen-karapetyan-to-be-armenian-acting-prime-minister 2018年4月23日閲覧。 
  16. ^ Tbilisi: 15 Jul 2018, 20:34 EN (2018年5月25日). “Armenian President visits Georgia to join May 26 celebrations”. Agenda.ge. 2018年7月15日閲覧。
  17. ^ 09:09, 26.05.2018 (2018年5月26日). “Armenia President in Tbilisi, meets with Georgia ex-PM (PHOTOS)”. News.am. 2018年7月15日閲覧。
  18. ^ Source Panorama.am. “President Sarkissian meets with his Finnish counterpart - Panorama | Armenian news”. Panorama.am. 2018年7月15日閲覧。
  19. ^ Armenian President: Yerevan Lacks Constitutional Balance”. Voanews.com (2018年6月5日). 2018年7月15日閲覧。
  20. ^ http://old.armradio.am/en/2018/10/24/forgiveness-comes-after-recognition-armenian-presidents-message-to-turkeys-erdogan/
  21. ^ 令和元年10月24日 即位礼正殿の儀参列者との二国間会談等(7) | 令和元年 | 総理の一日 | ニュース | 首相官邸ホームページ
  22. ^ Sputnik. “Президент Армении предоставил Пашиняну доказательства” (ロシア語). ru.armeniasputnik.am. 2018年4月27日閲覧。
  23. ^ Sputnik. “Армен Саркисян потерял миллионы? Что мы знаем о доходах и имуществе нового президента” (ロシア語). ru.armeniasputnik.am. 2019年6月11日閲覧。

外部リンク[編集]


官職
先代:
セルジ・サルキシャン
アルメニアの大統領
2018年 –
現職
先代:
フラント・バグラチャン
アルメニアの首相
1996年 – 1997年
次代:
ロベルト・コチャリャン