姜英勲

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姜英勲
各種表記
ハングル 강영훈
漢字 姜英勳
発音: カン・ヨンフン
ローマ字 Kang Young-hoon
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姜 英勲(カン・ヨンフン、1922年5月30日 - 2016年5月10日)は、大韓民国政治家陸軍軍人。軍人としての最終階級は中将

略歴[ソースを編集]

平安北道出身。満州国建国大学を卒業。学徒出陣して日本陸軍少尉。

1946年4月25日付で軍事英語学校を卒業し、少尉に任官する(軍番10101番)[1]。同年、第8連隊第2大隊長(中尉)[2]。1949年5月14日、第12連隊長(大領[3]。1950年、陸軍本部人事局長。同年7月15日、第2軍団参謀長[4]。1951年4月27日、第3軍団副軍団長[5]。1953年、第2師団長。同年11月、国防部次官。1954年5月、連合参謀本部長[6]。1955年、国防部動員次官補。1956年、陸軍本部管理参謀副長。1959年、第6軍団長。1960年10月、陸軍士官学校校長。5・16軍事クーデターの参加を拒否したため西大門刑務所に収監[7]。1961年9月、予備役編入[8]

米国南カリフォルニア大学に留学し、政治学の博士号を1973年に修得する。外交安保研究員院長を経て、駐イギリスアイルランド大使や駐バチカン大使を歴任する。

1988年4月26日第13代総選挙で国会議員に当選し、同年12月16日に第21代国務総理に就任、1990年まで務めた。1990年9月、南北首相会談を実現[7]1990年11月、韓国政府代表として今上天皇即位の礼に出席。

出典[ソースを編集]

  1. ^ 佐々木春隆 『朝鮮戦争/韓国編 上巻』、89頁。
  2. ^ 佐々木春隆 『朝鮮戦争/韓国編 上巻』、175頁。
  3. ^ 佐々木春隆 『朝鮮戦争/韓国編 上巻』、199頁。
  4. ^ 佐々木春隆 『朝鮮戦争/韓国編 下巻』、156頁。
  5. ^ 6・25戦争史 第8巻 (PDF)” (韓国語). 国防部軍事編纂研究所. pp. 460. 2016年9月6日閲覧。
  6. ^ 總長에 李亨根大將 聯參本部長 姜英勳少將” (韓国語). 国史編纂委員会. 2016年1月31日閲覧。
  7. ^ a b “分断後初の南北首相会談を導いた「外柔内剛」姜英勲…享年95歳” (朝鮮語). ヨンハプニュース. (2016年5月10日). http://www.yonhapnews.co.kr/bulletin/2016/05/04/0200000000AKR20160504205500001.HTML 2016年5月11日閲覧。 
  8. ^ 姜英勳中將 豫備役編入” (韓国語). 国史編纂委員会. 2016年1月31日閲覧。

外部リンク[ソースを編集]

公職
先代:
李賢宰
韓国の旗 大韓民国国務総理
1988年2月25日~3月1日は代理
第21代:1988 - 1990
次代:
盧在鳳
先代:
金一煥
韓国の旗 大韓民国国防部次官
第4代:1953.11.9 - 1953.11.18
次代:
李澔
軍職
先代:
李翰林
韓国の旗 大韓民国陸軍士官学校校長
第15代:1960.10.10 - 1961.5.22
次代:
金容培