モナコ

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モナコ公国
Principauté de Monaco
モナコの国旗 モナコの国章
国旗 国章
国の標語:Deo Juvante
ラテン語:我、神のご加護と共にあらん)
国歌Hymne Monégasque(フランス語)
モナコ国歌
モナコの位置
公用語 フランス語
首都 なし(都市国家[注 1]
最大の都市 モンテカルロ
政府
モナコ公 アルベール2世
国務大臣英語版フランス語版 ピエール・ダルトゥフランス語版[1]
面積
総計 2.02km2194位
水面積率 極僅か
人口
総計(2020年 39,000[2]人(190位
人口密度 26,373.8[2]人/km2
GDP(自国通貨表示)
合計(xxxx年 xxx,xxxユーロ(€)
GDP(MER
合計(2009年690,190,000ドル(???位
1人あたり xxxドル
GDP(PPP
合計(2016年650,000,000ドル(???位)(2016年)
1人あたり 168,000ドル
建国
グリマルディ家による統治開始1297年
フランス帝国より独立1814年5月17日
第六次対仏大同盟より独立1814年6月17日
フランス・モナコ保護友好条約締結1861年
憲法制定1911年
通貨 ユーロ(€)(EUR[注 2][注 3]
時間帯 UTC+1 (DST:+2)
ISO 3166-1 MC / MCO
ccTLD .mc
国際電話番号 377
  1. ^ モナコ市街区が事実上の首都にあたる。
  2. ^ 1999年までの通貨はフランス・フランおよびモネガスク・フラン
  3. ^ モナコのユーロ硬貨も参照。

モナコ公国[注 1](モナコこうこく、プランシポテ・ドゥ・モナコ、フランス語: Principauté de Monaco)、モナコMonaco)は、イタリアリグーリア州に隣接するコート・ダジュールに位置する西ヨーロッパの主権都市国家ミニ国家である。北、東、西はフランスと、南は地中海と国境を接している。公国には38,682人の住民が住んでおり[3]、そのうち9,486人がモナコ人である[4]。世界で最も物価が高く、裕福な場所のひとつとして広く知られている。公用語はフランス語であるが、モナコ語リグリア語の方言)、イタリア語英語も話されており、多くの人が理解している。

面積は2.1 km2 (0.81 sq mi)で、バチカン市国に次いで世界で2番目に小さい主権国家であるが、1平方キロメートルあたりの人口が19,009人であることから、世界で最も人口密度の高い主権国家となっている。モナコの陸地の境界線は5.47km、世界で最も短い海岸線は約3.83km[5]で、その幅は1,700〜349mの間である。州内で最も高い場所は、レ・レヴォワール区のモント・アゲルの斜面にあるシュマン・デ・レヴォワールと名付けられた細い小道で、海抜は161mである。公国はイタリアとの国境から約15kmに位置している[6]。最も人口の多い区はラルボット/バス・ムーラン区で、2008年時の人口は5,443人である。埋め立てにより、モナコの国土は20%拡大した。2005年の面積はわずか1.974平方キロメートルであった。モナコ公国は、アルベール2世を国家元首とする立憲君主制を採用している。アルベール2世は立憲君主であるが、絶大な政治力を持っており、国務大臣が政府の長になる。国務大臣にはモナコ人とフランス人が就くことができ、君主は任命の前にフランス政府に相談する。1297年以来、グリマルディ家が一時的に中断しながらモナコを統治してきた[7]。モナコの主権は、1861年の仏・モネガスク条約によって正式に認められ、1993年には国連の正式な投票権を持つ国となった。モナコの独立性と独立した外交政策にもかかわらず、その防衛はフランスの責任である。しかし、モナコは2つの小さな軍隊を保持している。

19世紀後半、モナコ初のカジノであるモンテカルロ・カジノがオープンし、パリとの鉄道も開通したことで、経済発展が加速した[8]。その後も、温暖な気候や景観、ギャンブル施設の充実などから、観光地や富裕層の保養地としての地位を確立してきた。近年では、モナコは主要な銀行の中心地となり、サービス業や小規模で高付加価値の無公害産業に経済の多様化を図っている。モナコは所得税がなく、事業税も低く、タックス・ヘイヴンとして有名である。居住者の30%以上がミリオネアで、2018年には不動産価格が1平方メートルあたり10万ユーロ(14万2,000ドル)に達している[9]。モナコは正式には欧州連合(EU)の一員ではないが、税関や国境管理など、EUの一部の政策に参加している。フランスとの関係から、モナコは唯一の通貨としてユーロを使用しているが、それ以前はモネガスク・フランを使用していた。モナコは2004年に欧州評議会に加盟し、フランコフォニー国際機関(OIF)にも加盟している。また、F1グランプリの原型の一つであるストリートサーキットのモーターレース、モナコグランプリが毎年開催されている。また、フランスリーグ1に所属するサッカークラブチームASモナコがあり、何度もフランスチャンピオンに輝いている。海洋保護の研究の中心地[10]であるモナコには、世界で初めて保護された海洋生息地のひとつ、海洋博物館国連組織の中で唯一の海洋研究所である国際原子力機関環境研究所がある[11]

歴史[編集]

17世紀まで[編集]

フランスの侵攻 1860.
青がマントンロクブリュヌ、1860年のトリノ条約で分離独立した。オレンジが現在のモナコ。

モナコという地名は、現在のモナコの近隣に6世紀にあったポカイア人の入植地の名に由来する。その地はギリシャ語で「一軒家」を意味する Monoikos の名で呼ばれていた。ギリシア神話では、ヘラクレスが現在のモナコの地を通りかかり土地の神々を退散させたとあり、それにちなんで1つの神殿が作られた。その1つの神殿が「一軒家」に転じ、地名が生じた。

神聖ローマ皇帝ハインリヒ6世から1191年にこの土地を与えられたジェノヴァ共和国は、1228年に現在のモナコを建設した。1297年ギベリン(皇帝派)に占領されていたモナコの要塞に、フランシスコ会の修道士姿に変装し法衣の下に武装して侵入したフランソワ・グリマルディらは、要塞の占拠に成功した。グリマルディは、現在のモナコ公家であるグリマルディ家の始祖である[注 2]。そのため、グリマルディは、「狡猾な男」とあだ名される。1419年、グリマルディ家はアラゴン王国からモナコを購入し、正式な支配者となる。1528年アンドレア・ドーリアがジェノヴァの貴族層と庶民層の合体を企て、そのために政権を特定の28氏族へ集中させた。グリマルディ家はその一つに数えられた。また、1612年から prince の称号を自称し始めた。オノレ2世の時代にはフランス王ルイ13世の保護下に入ることでスペイン(アラゴン王国の後身)の支配を抜け出し、歴代のモナコ公は独立君主であると同時にフランス王の臣下(ヴァランティノワ公爵)として宮廷で高い地位を占めた[注 3]

18-19世紀[編集]

1793年フランス革命軍がモナコを占領・併合した。1814年までモナコはフランス第一帝政の直接支配下におかれた。1815年に催されたウィーン会議の結果、モナコはサルデーニャ王国の保護下に入った。サルデーニャはジェノヴァの後継である。

1858年プロンビエールの密約で、サルデーニャは、イタリア統一運動をフランスに支援してもらう代償として、1860年にはサヴォワサヴォワ県オート=サヴォワ県)とニース伯領(アルプ=マリティーム県)をフランスに割譲する。モナコ公の課す重税に倦み、サルデーニャへの併合を希望するマントンロクブリュヌは、モナコからの独立を宣言する。

シャルル3世1861年フランス・モナコ保護友好条約英語版を締結、領土の95%にあたるマントンとロクブリュヌをフランスに売却し、見返りにモナコ公国の主権を回復した。

20世紀[編集]

1911年、憲法を制定したことで立憲君主制となるも、モナコ大公は依然として絶対君主として振る舞い、アルベール1世はすぐに憲法を停止した。第一次世界大戦が勃発すると大公子ルイ(後のルイ2世)はフランス陸軍に志願、軍功をあげ将軍に上り詰めた。1918年、保護友好条約を再締結、フランスの保護国となった。ヴェルサイユ条約などの第一次世界大戦の講和条約においては、この条約を各国が承認する規定が設けられている。1922年、ルイ2世が即位する。モナコを文化・観光都市にする試みを続け、モナコ・グランプリの開催、ASモナコの創設などを行った。

第二次世界大戦中の1943年にイタリア軍がモナコを占領し、ファシスト政権を樹立した。ベニート・ムッソリーニの政権が崩壊すると、今度はナチス・ドイツドイツ国防軍が占領した。ドイツは同地でもユダヤ人の迫害を行った。

ルイが1949年に死去すると、孫のレーニエ3世が即位した。1956年にはハリウッド女優のグレース・ケリーと結婚した。1962年、新憲法を制定した。この憲法で死刑が廃止され、女性参政権が実現し、また最高裁判所が設置された。1993年にモナコは国際連合に加盟した。

現在[編集]

2005年、レーニエ3世が死去し、息子のアルベール2世が即位した。同年12月、フランス・モナコ友好協力条約を締結した。この条約は、グリマルディ家に跡継ぎがなくなっても公国は将来も存続することをフランスが保証する代わりに、モナコの防衛は今後もフランス軍が行うことを骨子としている。また、モナコの自主的外交における制限が緩和され、外国と国交を結ぶ際のフランスによる事前同意が不要になった。

モナコ全景(2017年)

政治[編集]

アルベール2世(2010年)

政体はグリマルディ家世襲する大公(公、プランス)を元首とする立憲君主制である。「公国」ながら日本ではしばしば元首を「大公」と呼ぶ背景は「公国」の概要の項目を参照。なお、1918年にフランスと結ばれた条約からモナコはフランスにより保護的な一定の主権の制限を受け、外交軍事はフランスが責任を持っていた。この条約により、モナコ大公の即位継承にはフランスの同意が必要となり、また大公家が断絶した場合はフランスに編入されることになっていた。

その後、2005年の新条約ではフランスとの特別な協調関係は維持するが、外交面での制限が緩和され、大公家が断絶してもモナコ公国の存続を保証した。

元首である大公のもとに、首相に相当する「国務大臣」が任命されて政府を組織する。「国務大臣」の下に、対外関係省、財務経済省、内務省、社会厚生省、設備・環境・都市開発省をそれぞれ所掌する5名の「政府顧問」が置かれており、これが他国での大臣に相当する。

外交関係[編集]

外交面では従来、モナコが他国と外交関係を結ぶ際にはフランスの事前同意が必要と定められていた。日本政府はこれをフランスとの条約とも併せて「国家主権の制限」と看做し、長らく正式な国交は樹立されなかったが、代わりにモナコ「名誉総領事館」(総領事館ではない)が、1973年に東京(東京都千代田区)に設置された。

外交に関するフランスとの規定は2005年の条約で改められ、フランスの事前同意が無くても国交を結べるようになり、日本とモナコの間でも2006年12月14日に外交関係が樹立され、2007年に駐フランス日本大使がモナコを兼轄することとなった。モナコ国内に大使館はない。それまではモナコは、日本政府が承認している国の中で唯一、外交関係を有していない国だった[12]。一方、モナコも日本を担当する大使を任命しているが、本国駐在であり、日本国内に大使館は置かれていない。

通商関係[編集]

モナコは、1963年5月13日の関税条約[13]によりフランスと関税同盟の関係にあり、EU関税法第3条第2項(a)の規定[14]によりEUの加盟国ではないがEUの関税領域となっており、フランスとの境界に税関は存在しない。日本・EU経済連携協定第1・3条3の「欧州連合の関税領域の区域であって1の規定の対象でないもの並びに附属書3-E及び附属書3-Fに規定する区域についても適用する」に基づき、モナコ産品について、日本は日本・EU経済連携協定に基づくEPA税率を適用する。

軍事[編集]

軍事面では、フランスが領土防衛の責任を持つ。モナコは大公銃騎兵中隊を有しているが、事実上警備・儀仗部隊であり、他に消防隊も市民防衛の一環として銃の訓練は受ける。2005年締結の条約により、「緊急事態」を除きフランス軍の派兵にはモナコの同意ないし要請が必要となった。

地方行政区分[編集]

モナコの衛星写真

旧市街地と新市街地があり、世界的に見ても人口密度が高い。

市町村のような地方公共団体は存在しないが、4つの地区(カルティエ)に分けられている。このため、首都も厳密には存在しないが、モナコ市街区が事実上の首都に該当する。

経済[編集]

モナコ市街
東側よりモンテカルロを眺める 2016年

モナコの人口は3万人余りであるが、2009年GDPは69億1900万ドルで、チャドベナンなどアフリカの人口1000万人程度の中規模国に匹敵する[15]。また人口56万人を擁する鳥取県県内総生産の30%程の経済規模である[16]。2008年または2009年の1人当たり国民総所得は18万3150ドルで、世界銀行によれば、統計のある国連加盟国・非自治地域中トップであり[17]、世界で最も裕福な地域の1つとされる[18][19]

主要な産業は観光で、特にカジノは、19世紀の一時期は国家収入の9割を占めていたこともある。なお、現在では5%以下であり、経営も半官半民のソシエテ・デ・バン・ド・メールへ移管されている。郵便切手の発行が重要な収入源となっていたこともある。

モナコはタックス・ヘイヴンのひとつとして知られており、(租税条約が結ばれている)他国からの移住者の多くは億万長者である。 2011年3月には、イギリスシンクタンクにより世界第51位の金融センターと評価されている[20]

モナコは欧州連合の加盟国ではないが、フランスとの通商関係が緊密で、通貨もフランスと同じユーロを使用している。2002年以前はモナコも独自のフラン硬貨「モネガスク・フラン」を鋳造していた。現在も各国が自由にデザインできる硬貨の裏面をモナコ独自のデザインにした独自のユーロ硬貨を製造する権利を有している。

化粧品製造が産業として確立しているため、周辺産業としてガラス加工、香水、化学薬品の製造が行われている。

交通[編集]

モンテカルロ駅

モナコ国内の鉄道は、モナコ政府ではなく、フランス国鉄(SNCF)が運営する。マルセイユニース~モンテカルロ~マントンヴェンティミーリアイタリア)間の路線の一部を成している。モナコ国内の鉄道路線は約1.7kmである。

1867年モンテカルロ駅英語版フランス語版が開業した。当初は地上に鉄道の線路が敷かれていたが、狭隘な土地の有効活用の目的もあり、1958年1964年にかけて、モンテカルロ駅から東の区間を地下化した。その後1993年1999年にかけて、モンテカルロ駅の移転・地下化と、モンテカルロ駅から西の区間を地下化した。これにより、モナコ国内の鉄道は、ほぼ全区間が地下線となっている。

パリから直通するTGVが1日1往復存在する。所要時間は約6時間。

タックス・ヘイヴン[編集]

モナコは個人居住者に対して所得税を課していない(1957年以降に移住したフランス国籍者は例外として税金をフランス政府に納める。これがフランスが併合を強要しない主な理由である)。所得税がないため、モナコ国外からほとんどの収入を得ている富裕者の多くがこの国にやってくる。F1ドライバーなどの有名人も多いが、その多くは実業家である。2000年のフランス国会議員は、モナコはカジノを含め、資金洗浄に対し監視が甘い政策で、モナコ政府による圧力があり司法当局が疑惑に対して適切に調査していないという疑いを報告した。

経済協力開発機構(OECD)のタックス・ヘイヴン報告では、モナコは2004年までリストアップされていなかったが、その後アンドラリヒテンシュタインリベリアマーシャル諸島などと共に、財政情報の公開や提供に協力的でないとして[21]、タックスヘイヴンとしてリストアップされた[22]国際通貨基金(IMF)も2003年までに他の36地域と共にタックスヘイヴンと認定した[23]

気候[編集]

ケッペンの気候区分では地中海性気候(Csa)に属する。は極端に暑くならず、冬は極端に寒くならない穏やかな気候で、降雪は10年に1度か2度しかなく非常に珍しい[24]

モナコの気候
1月 2月 3月 4月 5月 6月 7月 8月 9月 10月 11月 12月
平均最高気温 °C°F 12.3
(54.1)
12.5
(54.5)
14.0
(57.2)
16.1
(61)
19.4
(66.9)
23.0
(73.4)
25.8
(78.4)
25.9
(78.6)
23.8
(74.8)
19.9
(67.8)
16.1
(61)
13.4
(56.1)
18.5
(65.3)
日平均気温 °C°F 10.2
(50.4)
10.4
(50.7)
11.8
(53.2)
13.9
(57)
17.1
(62.8)
20.8
(69.4)
23.5
(74.3)
23.7
(74.7)
21.6
(70.9)
17.8
(64)
14.0
(57.2)
11.4
(52.5)
16.4
(61.5)
平均最低気温 °C°F 8.1
(46.6)
8.2
(46.8)
9.6
(49.3)
11.6
(52.9)
14.8
(58.6)
18.5
(65.3)
21.2
(70.2)
21.5
(70.7)
19.3
(66.7)
15.6
(60.1)
11.9
(53.4)
9.3
(48.7)
14.1
(57.4)
降水量 mm (inch) 82.7
(3.256)
76.4
(3.008)
70.5
(2.776)
62.2
(2.449)
48.6
(1.913)
36.9
(1.453)
15.6
(0.614)
31.3
(1.232)
54.4
(2.142)
108.2
(4.26)
104.2
(4.102)
77.5
(3.051)
768.5
(30.256)
平均降水日数 6.8 6.4 6.1 6.3 5.2 4.1 1.9 3.1 4.0 5.8 7.0 6.0 62.7
平均月間日照時間 148.8 152.6 201.5 228.0 269.7 297.0 341.0 306.9 240.0 204.6 156.0 142.6 2,668.7
出典:Monaco website[25]

文化[編集]

モナコのカトリック教会
Fontvielle、モナコ

言語は公用語に規定されているのはフランス語のみだが、その他リグリア語の一方言であるモナコ語イタリア語オック語の一つであるプロヴァンス語などが少数話される。また、外国籍者が多いことから英語も通じる。

宗教はローマ・カトリックが90%である。

祝祭日[編集]

日付 日本語表記 現地語表記 備考
1月1日 元日    
1月27日 聖ディボートの日
3月4月 イースター 移動祝日
イースターマンデー
5月1日 レイバーデー
5月 キリスト昇天祭 移動祝日
ウィットサンデー
6月 聖体節
8月15日 聖母被昇天祭  
11月1日 万聖節
11月19日 ナショナルデー
12月8日 聖母受胎祭
12月25日 クリスマス

スポーツ[編集]

関係者[編集]

出身者[編集]

スポーツ選手

居住その他ゆかりある人物[編集]

その他日本人関係者

脚注[編集]

[脚注の使い方]

注釈[編集]

  1. ^ 日本外務省の表記。「モナコ大公国」や「モナコ王国」と訳す場合もある。
  2. ^ 実際にはフランソワ(フランチェスコ)は4年後にはモナコを追われている。グリマルディ家のモナコ支配が固まるのは15世紀初めであり、現在のグリマルディ家はフランチェスコの直系子孫ではない(Anne Edwards The Grimaldis of Monaco)。
  3. ^ フランスの保護国となることで公家のフランス化も進んだ。また格式を保つため領民には重税が課せられた。

出典[編集]

  1. ^ モナコ公国(Principality of Monaco)基礎データ 4.政府 - 外務省
  2. ^ a b UNdata”. 国連. 2021年10月11日閲覧。
  3. ^ Population, total”. World Bank. 2019年9月18日閲覧。
  4. ^ Demography / Population and employment / IMSEE - Monaco IMSEE”. www.monacostatistics.mc. 2020年9月25日閲覧。
  5. ^ Monaco Statistics / IMSEE — Monaco IMSEE” (フランス語). Imsee.mc. 2016年8月3日閲覧。
  6. ^ Ventimiglia - Principato di Monaco”. www.distanza.org. 2020年4月8日閲覧。
  7. ^ In fact Francesco Grimaldi, who captured the Rock on the night of 8 January 1297, was forced to flee Monaco only four years after the fabled raid, never to come back.
  8. ^ Monte Carlo: The Birth of a Legend”. SBM Group. 2013年8月23日閲覧。
  9. ^ Beck. “The country running out of space for its millionaires” (英語). www.bbc.com. 2020年9月25日閲覧。
  10. ^ Monaco's Prince Albert II: Oceans are a 'family heritage,' with little time to save them” (英語). Los Angeles Times (2020年2月13日). 2020年9月26日閲覧。
  11. ^ Ocean Acidification International Coordination Centre (OA-ICC)”. United Nations. 8/4/2021閲覧。
  12. ^ “モナコ公国との外交関係開設について” (プレスリリース), 日本外務省, (2006年12月14日), https://www.mofa.go.jp/mofaj/press/release/18/rls_1214c.html 2021年9月5日閲覧。 
  13. ^ Journal officiel de la République française (Official Journal of the French Republic) of 27 September 1963, p. 8679
  14. ^ “REGULATION (EC) No 450/2008 OF THE EUROPEAN PARLIAMENT AND OF THE COUNCIL of 23 April 2008 laying down the Community Customs Code (Modernised Customs Code)”. the Publications Office of the EU. https://eur-lex.europa.eu/eli/reg/2008/450/2013-06-19 2019年2月27日閲覧。 
  15. ^ [1]
  16. ^ 県民経済計算
  17. ^ [2]
  18. ^ One in Three is a Millionaire in Monaco: Study”. ndtv.com. 2019年7月10日閲覧。
  19. ^ Alleyne, Richard (4 October 2007). "Prince Albert: We want more for Monaco". The Daily Telegraph.
  20. ^ The Global Financial Centres Index 9
  21. ^ Declaration of April 18th, 2004, by the representative of the OECD Centre for Tax Policy and Administration Gabriel Makhlouf regarding the list of alleged tax havens non-cooperatives countries comparable
  22. ^ Stage Report 2004: Project of OECD on the detrimental tax practices, OECD, Paris, 2004
  23. ^ « Financial Centres with Significant Offshore Activities » in Offshore Financial Centres. The Assessment Program. A Progress Report Supplementary Information, IMF, Washington, 2005
  24. ^ モナコ公国気温 - 旅行のとも、ZenTech”. www.travel-zentech.jp. 2021年5月19日閲覧。
  25. ^ "Climatological information for Monaco" – Monaco website
  26. ^ LES GRANDES DATES DE L'ATHLETISME A MONACO de 1900 à 2008 Fédération Monégasque d’athlétisme. 2011年7月30日閲覧
  27. ^ バイオグラフィー | 伊達公子 公式サイト - Kimiko Date|THE TENNIS DAILY” (日本語). kimiko-date.thetennisdaily.jp. 2020年8月27日閲覧。
  28. ^ asahi.com:中田英寿さんがモナコ市民権を取得 - スポーツ”. www.asahi.com. 2020年8月24日閲覧。
  29. ^ DUKESWALK デューク更家のウォーキングエクササイズ モナコダイアリー モナコに住む”. www.dukeswalk.net. 2020年8月27日閲覧。
  30. ^ 世界GP王者・原田哲也のバイクトーク Vol.3「『オレがオレが!』に日本人として立ち向かう」 | WEBヤングマシン|最新バイク情報”. WEBヤングマシン (2019年2月15日). 2020年8月27日閲覧。

関連項目[編集]

外部リンク[編集]

政府
日本政府
観光