椎木保

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椎木 保
しいき たもつ
生年月日 (1966-07-04) 1966年7月4日(57歳)
出生地 日本の旗 日本 東京都江戸川区
出身校 東海大学教養学部
前職 山一證券従業員
地方公務員鹿嶋市
所属政党旧日本維新の会→)
維新の党→)
(おおさか維新の会[注 1]→)
日本維新の会[注 1]
称号 教養学士

選挙区比例南関東ブロック千葉13区)→)
比例近畿ブロック大阪2区
当選回数 2回
在任期間 2012年12月21日[1] - 2014年11月21日
2015年10月9日 - 2017年9月28日
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椎木 保(しいき たもつ、1966年7月4日 - )は、日本政治家日本維新の会所属の元衆議院議員(2期)。

経歴[編集]

東京都江戸川区に生まれる。茨城県立鹿島灘高等学校卒業[2]東海大学教養学部卒業後、山一證券入社。その後退職し、茨城県公立小・中学校および高等学校、私立高等学校の教員となる。

私立鹿島学園高等学校茨城県立鹿島灘高等学校では、自身の野球経験を生かし硬式野球部の監督・コーチとして生徒の指導にあたる。

1994年より鹿嶋市教育委員会、鹿嶋市役所[注 2]に勤務。

2012年11月、日本維新の会の衆議院選挙公認候補予定者に決定。同年12月の第46回衆議院議員総選挙千葉13区から立候補。小選挙区では敗れたが、比例南関東ブロックで復活し初当選[3]。その後日本維新の会は分裂し、橋下徹大阪市長結いの党江田憲司率いる維新の党に参加した。

第47回衆議院議員総選挙大阪2区への国替えを命じられた。開票の結果、自由民主党左藤章に敗れ、比例復活もならず落選[4]

2015年10月9日、吉村洋文が大阪市長選立候補のため衆議院議員を辞職したことにより繰り上げ当選。しかしこの当時維新の党は再び分裂騒動の最中にあったため、橋下が新たに結成予定の「おおさか維新の会」(現在の日本維新の会)に参加しない旨の誓約書を党執行部に提出した[5]。しかし、同年10月31日に開催されたおおさか維新の会の結党大会に参加、誓約書を反故にして同党に合流することを発表した[6]。椎木は維新の党に離党届を提出したが、維新の党執行部は離党届を受理せず除籍処分とするとともに、国会議員辞職を勧告した[7](なお誓約書、議員辞職勧告共に法的拘束力は無く、椎木も議員辞職はしていない)。

2017年、第48回衆議院議員総選挙で日本維新の会公認で大阪2区から立候補。開票の結果、再び自由民主党の左藤章に敗れ、比例復活もならず落選。

2019年2月の党大会において千葉5区支部長に就任したことが発表され[8]、再度活動の拠点を千葉県に戻した。

2021年10月31日、第49回衆議院議員総選挙では3位に終わり、比例復活もならず落選。

政策[編集]

脚注[編集]

注釈[編集]

  1. ^ a b 大阪府内選出の衆議院議員だった2017年までは地域政党・大阪維新の会との二重党籍
  2. ^ 総務課、行財政改革推進室、都市計画課、国保年金課。

出典[編集]

  1. ^ 平成24年(2012年)12月21日中央選挙管理会告示第37号(平成二十四年十二月十六日執行の衆議院比例代表選出議員の選挙における衆議院名簿届出政党等に係る得票数、当選人の数並びに当選人の住所及び氏名に関する件)
  2. ^ 時事ドットコム:国会議員 椎木 保(しいき たもつ)
  3. ^ 2012衆院選 千葉13区 開票結果 選挙毎日
  4. ^ 2014衆院選 大阪選挙区 開票結果 選挙毎日
  5. ^ 維新、繰り上げ当選予定者が移籍否定の誓約書 読売新聞2015年10月6日閲覧
  6. ^ 「おおさか維新の会」結党、暫定代表に橋下氏 大阪選出の国会議員19人出席 産経新聞2015年11月1日閲覧
  7. ^ 維新の党、新党参加の国会議員7人を除籍処分 読売新聞2015年11月27日閲覧
  8. ^ しいき 保|役員・議員・支部長|日本維新の会
  9. ^ a b c d e f g 2014衆院選 毎日新聞候補者アンケート
  10. ^ 選択夫婦別姓アンケート、mネット、2014年

外部リンク[編集]