畑野君枝

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日本の旗衆議院議員 畑野 君枝
生年月日 (1957-01-28) 1957年1月28日(60歳)
出身地 日本の旗神奈川県川崎市
出身校 横浜国立大学教育学部
学位・資格 教育学士
教員免許中学校高等学校
前職 教員
参議院議員
所属委員会 文部科学委員会
法務委員会
世襲
選出選挙区 神奈川県選挙区→)
比例南関東ブロック
当選回数 1回(参1回)
所属党派 日本共産党
党役職 日本共産党神奈川県委員会副委員長
会館部屋番号 衆議院第2議員会館711号室
ウェブサイト 衆議院議員 はたの君枝
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畑野 君枝(はたの きみえ、1957年1月28日 - )は、日本政治家日本共産党所属の衆議院議員(1期)、日本共産党中央委員。参議院議員(1期)を務めた。

概要[編集]

神奈川県川崎市出身。横浜国立大学教育学部を卒業後、教諭として神奈川県内の高等学校、中学校に勤務。また、日本共産党に入党し日本民主青年同盟神奈川県委員長などを歴任[1]

1995年第17回参議院議員通常選挙において日本共産党から神奈川県選挙区に立候補するが落選。

1998年第18回参議院議員通常選挙において再び神奈川県選挙区に立候補し、共産党ブームや保守系候補が乱立したことも手伝い当選を果たす。なお、神奈川県選挙区で日本共産党の公認候補が当選したのは現時点でこの時のみである。

参議院では文教科学委員会等に所属。また、党内では参議院国会対策副委員長を務めた[1]

2004年第20回参議院議員通常選挙では再選を目指し神奈川県選挙区から立候補するが党の退潮の影響を受け落選。2005年の参議院補欠選挙2007年第21回参議院議員通常選挙において神奈川県選挙区から立候補するがいずれも落選。2009年第45回衆議院議員総選挙では比例南関東ブロックから比例単独候補(名簿登載順位第2位)として立候補するが落選。党本部より次回も衆議院議員選挙に擁立する方針が示され、同年10月に行われた参議院補欠選挙では岡田政彦が擁立された。2010年第22回参議院議員通常選挙では当初神奈川県選挙区に擁立予定であった岡田に代わり立候補するが落選。

2012年12月、第46回衆議院議員総選挙では比例南関東ブロックから比例単独候補(名簿登載順位第2位)として立候補するが落選。

2013年7月、第23回参議院議員通常選挙に、改選定数が「3」から「4」に増えた神奈川県選挙区に立候補するも、順位5位で敗れ落選。

2014年12月、第47回衆議院議員総選挙では比例南関東ブロックから比例単独候補(名簿登載順位第2位)として立候補し、当選した。この結果、2004年以来10年ぶりの国政復帰が決まった。

現在、日本共産党中央委員、党神奈川県副委員長[1]。衆議院の法務文部科学の各常任委員会に所属。

政策[編集]

  • 自身の政策として以下を挙げる[2]
  • 2015年12月1日衆議院文部科学委員会日本の大学が高学費である実態を明らかにした上で、安倍政権が進めようとしている国立大学に対する国からの運営費交付金の削減に抗議をした[2][3]
  • 選択的夫婦別姓制度の導入に賛成。「女性の社会進出が進み、また働く女性がふえる中で、結婚による改姓によって同一人物であることがわからなくなって、個人として積み重ねてきた信用や実績が途絶えてしまうという不利益や、あるいはプライバシーにかかわるストレス、精神的負担を訴える声も少なからずある。また、長い間親しんできた姓を変えることが自分らしさを失うことになるのではないかと感じている女性もいる。」と述べている[4]

議員連盟[編集]

子どもの貧困対策推進議員連盟[5]

脚注[編集]

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関連項目[編集]

外部リンク[編集]