氣志團
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氣志團(きしだん)は、千葉県木更津市出身と鹿児島県出身のヤンキー系ロックバンド。契約しているレコード会社はEMIミュージック・ジャパン。所属事務所はソニー・ミュージックアーティスツ。
自らのロックをパンク・ロックとヤンキーの融合「ヤンク・ロック」と提唱する。1980年代の不良を髣髴とさせるリーゼント&学ラン姿とそれに反して甘い青春を歌い上げる彼らは、KISSES(キッシーズ)と呼ばれるファンから熱狂的な支持を受けている。
『めちゃ2イケてるッ!』の人気コーナーだった「数取団」のモデルである。ナインティナインと綾小路翔が「オールナイトニッポン」のパーソナリティ同士としてつながりがあったため、彼等もこれを公認しており、同コーナーにゲスト出演もしている。
目次 |
[編集] メンバー
- 綾小路 翔(翔やん):VOCAL,DRAGON VOICE,MC&GUITAR
- 2004年に発売された波田陽区の『ギター侍のうた』で「30過ぎてますから!〜」と言われていたがこの時点ではまだ28歳だった。
- 早乙女 光(ひかる):DANCE&SCREAM
- 西園寺 瞳(トミー):GUITAR
- 星 グランマニエ(ランマ):GUITAR
- 白鳥 松竹梅(マツ):BASS GUITAR
- 白鳥 雪之丞(ユッキ):DRUMS&DRUNK
※生年が書かれていないものはいずれも生年非公表。
[編集] 来歴
木更津の不良界にカリスマ的存在として君臨した、「スーパースターヤンキー」綾小路“セロニアス”翔によって1997年結成された。名前の由来はマンガ『本気!』の“気志団”から[1]。また、当時の通称は「房総の狂犬」だった。
「大胆かつハレンチに、Vのベルトはバレンチノ!!」を合い言葉にライブハウスでGIGを展開する。なお、ライブやコンサートのことをGIGと呼ぶのは、BOØWYに倣ってのことである。ベストアルバム『死無愚流 呼麗苦衝音+3』にもジャケットにBOØWYのパロディを取り入れている。
2000年10月にはファーストミニアルバム『房総与太郎璐薫狼琉』をティンスターからリリースした[2]。なお、このアルバムは当時150枚程度しか売れておらず、倉庫には4000枚程度が眠っている、ということを綾小路自らが当時の深夜放送で語っていた。
2001年6月22日には『One Night Carnival』をリリース(ティンスターより)。同年7月1日には、渋谷ON AIR WESTにてワンマン・ギグ『氣志團現象~ハイウェイに乗る前に~』を決行。GIGは大盛況となり、入りきれない関係者からクレームを受ける程となった。その人気を知った業界各社からオファーが殺到し、東芝EMI社と契約した。
2002年、テレビドラマ『木更津キャッツアイ』に出演。このドラマで氣志團の知名度が更に向上した。その翌年には同ドラマが映画化され、その映画内では氣志團が木更津で野外ライブを行った。
2002年3月7日、NHKのトップランナーに出演。この番組で、トークのおもしろさが知れ渡り、バラエティ番組のオファーが来るようになった。
2002年3月30日、代々木公園野外ステージにてフリーGIG・3.30原宿暴動を敢行。2万人の集客を得る。代々木公園野外ステージでのフリーライブは、他にもthee michelle gun elephant や175Rが行っている。
2003年2月7日「筑紫哲也 NEWS23」の「金曜深夜便」にて民放の地上波に初出演。筑紫哲也氏を木更津に招待し思い出の地を回った。このとき初めて氣志團万博の計画を明かしている。
2003年8月30日に、ロックフェスティバル氣志團万博を開催し、4万人を集客した。前座はGLAYが務めた。
2004年1月3日、1月4日には、念願の日本武道館でGIGを敢行。その後、アメリカで行われたSxSWに出演した。
2004年7月24日、7月25日は国立代々木競技場第一体育館でGIGをし、この模様はNHK (BS2) でも放映された。
2004年11月25日にはベストアルバム発売、同日・弟分の微熱DANJIが氣志團の曲「甘い眩暈」でデビュー。
2004年11月27日、一連の氣志團現象を総括する氣志團現象最終章のツアーファイナルは、当初幕張メッセと発表していた会場を変更し東京ドームでGIGを敢行。ギターの星グランマニエが転落事故(通称【ポトリコポトリカ事件】)で入院したため5人でのGIGとなったが、無事成功に終わった。年末には初となる紅白歌合戦にも出場した。星グランマニエの立ち位置には、彼を模した人形の安全太郎君がいた。ドラマ冬のソナタでブレイクしたペ・ヨンジュンが7人登場する等その年の出来事を基にしたパフォーマンスが話題を呼んだ。
2005年12月31日、2回目の紅白歌合戦出演。曲目は昨年と同じ『One Night Carnival』(スキウタで選ばれたため)。フルメンバーとしては初の紅白出場である。紅白ではリーゼントのカツラをとるパフォーマンスを見せたがリーゼントは本物である(2004年の紅白歌合戦でも同様のパフォーマンスを披露した)。実際紅白で普段一時間以上かかるリーゼントを6分で仕上げたという記録の持ち主でもある。
2006年8月26日、27日の二日間、極東NEVER LAND(通常は富士急ハイランドと呼ばれている)にて『KISHIDAN 10th ANNIVERSARY SPECIAL 氣志團万博2006“極東NEVER LAND”』を開催。これで全都道府県を制覇した。
2009年4月25日26日、2年7か月ぶりの武道館でのGIG開催。各日1万2千人を動員。
[編集] その他
- 綾小路は高校時代の卒業アルバムの写真が丸坊主である事を「高校生当時は真面目な生徒であり卒業アルバム撮影前に同級生の不良から坊主頭にされてしまった」と言っている。実際、先述した「木更津の不良界にカリスマ的存在として君臨した」という公式の略歴はあくまでも彼のキャラクター作りの一環で、テレビ番組で当時の同級生達と同席した際にからかわれていたことがある。
一方で綾小路が実際に不良であったことは地元の人の証言や高校時代の写真などで証明されているという説もある。
- ちなみに彼の所属していた暴走族のチーム名は『SALLY』最近になりヤンキー界の重鎮こと岩橋健一郎が自身のブログにて氣志團の綾小路のいたチームとして紹介。『SALLY』のメンバーも『マジで氣志團の綾小路はチームに所属してたのか?』の質問に対し、『はい!勿論です。自分達のかなり上の先輩になります。』との返答をしている。
- なので実際にはヤンキーなのか疑問が残る。あくまでも「綾小路翔」というキャラクターが木更津の不良界にカリスマ的存在として君臨したという役作りなのかもしれない。
- 彼らの曲のタイトルや歌詞は模倣が多いが、パロディとしてこれは誰にでも解るようにしているためである。特に綾小路は1980年代から活躍しているバンドが趣である事もあり、BOØWY、BUCK-TICKや、ニューロティカ等の80年代インディーズ・パンクからの引用も多い(因みにニューロティカとはライヴで何度か競演もしている)。
- 綾小路は自分のアイドルとして岡村靖幸の名を挙げTM NETWORKファンである事を公言している。彼等をトークの話題に出す事も多い。
- 綾小路は小山田圭吾からの影響も強く、Cマークに特徴のある初期コーネリアスTシャツ(CORNELIUS TRATTORIA)のパロディ、“CERONIUS RALITTORIA”Tシャツを作るほどである。
- シングルやアルバムのジャケットも、過去の名盤のパロディである事が多い。メジャー第一弾アルバムは町田町蔵がリーダーだったINUの『メシ喰うな!』が、続く第二弾アルバムはブロンディの『妖女ブロンディ』(邦題)がモチーフになっている。ユニコーンの『服部』のパロディである『TOO FAST TO LIVE TOO YOUNG TO DIE』のジャケットには『服部』と同じ鳶職人のお爺さんの写真が使用されている。
- メジャーデビュー前にウルフルズの「事件だッ!」のミュージック・ビデオに全員そのままの格好で出演している(不良生徒役)。
- 綾小路と同一人物であろうとと言われていたDJ OZMAは、友人という発言をしていたが、結局彼の結婚報道でやはり同一人物という事が報道されている。ちなみにDJ OZMAは『第57回NHK紅白歌合戦』における騒動を起こし、のちにNHK会長橋本元一が「現場で使いにくい状況だと思う」と述べ、これにより綾小路・DJ OZMAおよび氣志團がNHK出入禁止となったと報じられた。また、公式ブログでもこの騒動について「モラルは大事」とコメントした。ちなみにDJ OZMAは氣志團の活動再開前の2008年末に芸能界を引退したことになっている。
- 綾小路が尊敬する人物の一人として、映画『ビーバップハイスクール』のヒロシを演じた清水宏次朗を挙げており、作品にはビーバップハイスクールのセリフ等もサンプリングしている。
- 綾小路は2006年12月7日に入籍、12月8日の公式のブログにて発表した。挙式は2007年6月16日に都内で行われた。
- 氣志團のファンを総称して“KISSES(キッシーズ)”と呼ぶ。
- メンバーにはそれぞれイメージカラー(綾小路翔=赤 早乙女光=青 西園寺瞳=紫 白鳥松竹梅=緑 星グランマニエ=オレンジ 白鳥雪之丞=黄)があり、KISSESの中でもどのメンバーが一番好きかで『赤組』『青組』などと呼び分けられ、その色の服や小物を身に付けてGIGに参加するKISSESが多いので誰のファンかはパッと見で大体判るようになっている。時には『紫混じりのオレンジ組』というのも存在するが、これは『一番好きなのはランマだけど、トミーも負けないくらい好き!』という微妙な心理を表す物である。グッズのツアーTシャツも六色販売される事が多く、どの色のTシャツが売れているかが人気のバロメーターの一つになっており、時折GIGのMCで綾小路が『最近は赤のTシャツの売れ行きが悪い』とネタにする事もある。
- メンバーの半分は本名と自称している(メンバーの氏名は漫画「有閑倶楽部」の登場人物に似ている)。
- 西園寺瞳はバンド活動が一時的オフの時、ギターを弾きたいと氣志團のプロデューサー阿部義晴に直談判しツアーメンバーに参加した。
- 星グランマニエと東京シュガーボーイズ(綾小路、早乙女を抜いた4人)名義で「ユニコーン・トリビュート」に参加した。
- 氣志團内でもメンバーの組み合わせにより色々な呼び方がある。「綾小路&雪之丞&西園寺=トニセン」「早乙女&松竹梅&グランマニエ=カミセン」「綾小路&早乙女=双璧・2TOP」「西園寺&雪之丞=屋台骨ーズ」「雪之丞&松竹梅=白鳥兄弟」「松竹梅&グランマニエ=双竜・ダブルドラゴン」「早乙女&グランマニエ=W妖精」「早乙女&松竹梅=MD(ミニデブ)コンビ」「西園寺&雪之丞&松竹梅&グランマニエ=悪楽器隊(わるがっきたい)」
- 女優・明星真由美は、2001年より女優業を休業して氣志團マネージャーとして活動した。自身もステージに立つなど積極的に氣志團の発展に貢献した。現在は女優復帰し、舞台を中心に活動中。ギターの西園寺とは同じ早稲田大学出身という説もあり、様々な談義に花を咲かす事もあった。
[編集] 髪形について
- 綾小路翔 - 金色のリーゼント。先端が額を覆う形になっている。
- 早乙女光 - 前方に突き出した形のリーゼント。先頭部分が少し膨らんだ形になっている。
- 西園寺瞳 - 上部に突き出した形のリーゼント。
- 星グランマニエ - 金色リーゼントでもみあげを目立たせている。
- 白鳥松竹梅 - リーゼント、あごひげを伸ばしている。
- 白鳥雪之丞 - スキンヘッドに、矢印の形に髪を残している部分がある。インディーズ時代は矢印型ではなく、卍型だった。
[編集] 作品
[編集] メジャー
[編集] シングル
- One Night Carnival(2002年5月29日、TOCT-4391)
- 恋人/Love Balladeは歌えない(2002年9月4日、TOCT-4414)
- スウィンギン・ニッポン(2003年6月11日、TOCT-4510)
- SECRET LOVE STORY(2003年10月29日、TOCT-4597)
- キラ キラ!(2004年2月18日、TOCT-4675)
- 結婚闘魂行進曲「マブダチ」(2004年6月16日、TOCT-4724)
- 族(2004年9月1日、TOCT-4758)グリコ乳業「カフェオーレ」CMソング
- 夢見る頃を過ぎても(2005年3月2日、TOCT-4845) 映画「ONE PIECE THE MOVIE オマツリ男爵と秘密の島」主題歌
- 俺達には土曜日しかない(2005年6月15日、TOCT-22263)
- You & Me Song(2005年9月7日、TOCT-22264)
- The アイシテル(2006年8月9日、TOCT-40014) KISHIDAN 名義でのリリース
[編集] オリジナルアルバム
- 1/6 LONELY NIGHT(2002年4月11日、TOCT-24763)
- BOY'S COLOR(2003年3月26日、TOCT-25010、25011)
- TOO FAST TO LIVE TOO YOUNG TO DIE(2004年3月17日、TOCT-25363、25364)
- 愛 羅 武 勇(2005年10月26日、TOCT-25820)
- SIX SENSES(2007年3月28日、TOCT-26212)
[編集] ベストアルバム
- 死無愚流 呼麗苦衝音+3(2004年11月25日、TOCT-25513)
- KISHIDAN GRATEFUL EMI YEARS 2001-2008房総魂~SONG FOR ROUTE127~(2008年6月11日、TOCT-26566~67(DVD付)、TOCT-26568~69(CDのみ))
[編集] インディーズ
[編集] シングル
- One Night Carnival(2001年6月22日、MSR-TIN-043)
[編集] ミニアルバム
- 房総与太郎薫狼琉(2000年10月6日、MSR-TIN-031)
[編集] DVD
- 氣志團現象-外伝-DVD「恋人」 (2002年9月26日)
- 氣志團現象完全版-2000-2002- (2003年3月5日)
- 氣志團万博2003 木更津グローバル・コミュニケーション!!~Born in the toki no K-city~ (2003年11月27日)
- 氣志團現象大全 -SAMURAI SPIRIT SUICIDE- (2004年7月26日)
- 氣志團現象最終章“THE LAST SONG”in東京ドーム (2005年2月23日)
- 氣志團現象番外編 NEVER ENDING SUMMER (2005年12月7日)
- 氣志團万博2006 極東NEVER LAND(2006年12月20日)
[編集] 出演番組
- オールナイトニッポン(ニッポン放送系、2001年10月~2003年9月、綾小路のみ)
- 氣志團×氣志團(フジテレビジョン、2003年12月)
- SCHOOL OF LOCK!木曜日(TOKYO FM系、2005年10月~)
- うたばん(TBS)
- ミュージックステーション(テレビ朝日)
[編集] 脚注
[編集] 関連項目
- ROCKIN'ON JAPAN
- 数取団
- 阿部義晴(プロデューサー)
- DJ OZMA
- コーネリアス
- 小山田圭吾
- ニューロティカ
- 日本のパンク・ロック
- 微熱DANJI
- GLAY
- まちゃまちゃ
- 宮本裕向(プロレスラー・登場曲として「one night carnival」を使用)
- 矢島美容室-メンバーであるナオミの顔が團長に偶然似ている。

