北海道放送

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北海道放送
基本情報
英名 Hokkaido
Broadcasting Co.,Ltd.
略称 HBC
本社 〒060-8501
北海道札幌市中央区北1条西5丁目2番地
演奏所 本社と同じ
公式サイト http://www.hbc.co.jp/
ラジオ
放送対象地域 北海道
系列 JRNNRN
愛称 HBCラジオ
呼出符号 JOHR
呼出名称 ほっかいどうほうそう
開局日 1952年3月10日
親局 / 出力 札幌 1287kHz /  50kW
主な中継局 HBCラジオ#周波数を参照
テレビ
放送対象地域 北海道
ニュース系列 JNN
番組供給系列 TBSネットワーク
呼出符号 JOHR-DTV
開局日 1957年4月1日
リモコンキーID 1
デジタル親局 札幌 19ch
主な中継局 旭川 19ch
函館 17ch
室蘭 22ch
網走 22ch
帯広 19ch
釧路 45ch
特記事項:
デジタルテレビ放送では、
札幌局(親局)以外にコールサインが付与されない。
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北海道放送株式会社
Hokkaido Broadcasting Co.,Ltd.
種類 株式会社
市場情報 非上場
略称 HBC
本社所在地 日本の旗 日本
060-8501
北海道札幌市中央区北1条西5丁目2番地
設立 1951年11月30日
業種 情報・通信業
法人番号 6430001022390 ウィキデータを編集
事業内容 一般放送(テレビ・ラジオ放送)事業など
代表者 代表取締役社長・渡辺卓
従業員数 251人(2010年10月1日現在)
決算期 毎年3月31日
主要子会社 株式会社HBCフレックス
株式会社三新
株式会社HBCメディアクリエート
株式会社HBCビジョン
連結子会社) など
外部リンク http://www.hbc.co.jp/
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北海道放送本社・札幌放送局(HBC会館)
取材ヘリ(ベル 430朝日航洋が運航)

北海道放送株式会社(ほっかいどうほうそう)は北海道放送対象地域とする放送局である。略称はHBC。英称は Hokkaido Broadcasting Co.,Ltd.

親局となる札幌のコールサインはラジオがJOHR、テレビがJOHR-DTV。

ネットワークはテレビがJNN系単独ネット、ラジオはJRN系とNRN系のクロスネット。

会社概要

放送局・支社・支局

  • 旭川放送局:旭川市1条通8丁目542-4 一条緑橋通ビル3階(〒070-0031)
  • 函館放送局:函館市梁川町9-5(〒040-8616)
  • 帯広放送局:帯広市西2条南10丁目11 ISビル2階(〒080-8560)
  • 東京支社:東京都港区新橋2丁目13-8 新橋東和ビル3階(〒105-0004)
  • 名古屋支社:名古屋市中区錦3丁目23‐31 栄町ビル4F(〒460-0003)
  • 大阪支社:大阪市北区堂島1丁目6‐20 堂島アバンザ5F(〒530-0003)
  • JNN-HBC北京支局:中華人民共和国北京市建国門外外交人員公寓11-111
  • TBSモスクワ支局(特派員を派遣している)

番組制作を取りやめた放送局

  • 室蘭放送局:室蘭市山手町3-1-11(〒051-0012)
  • 北見放送局:北見市幸町2丁目1-28 フヂサワビル502(〒090-0036)[1]
  • 釧路放送局:釧路市城山2丁目4-34(〒085-0826)

上記の放送局はいずれも現存しているが、2003年4月以降独自番組の制作を取りやめており、ラジオ・テレビの送信、および取材拠点としての業務のみを行っている。

過去に存在した放送局など

  • 小樽放送局・苫小牧放送局(ともに支局とされていた時期あり):合理化により、札幌放送局に統合された(時期不明)。
  • 東北支社(青森市):合理化により、函館放送局へ統合された(時期不明)。

その他、かつては網走市紋別市に通信部もおかれていたが廃止された。

関係会社

  • 株式会社HBCフレックス
  • 株式会社HBCビジョン
  • 株式会社HBCメディアクリエート
  • 株式会社三新 - 放送設備の保守、VTR編集等

かつては札幌市内の手稲山一帯でスキー場・遊園地などからなる株式会社テイネオリンピア三菱マテリアルとの合弁で運営していたが、その後加森観光にすべて売却された。

放送局概要

  • 札幌テレビ放送(STV)がラジオ局を分社したことにより、道内の民放では唯一のラジオ・テレビ兼営局となった。
  • データ放送を実施しており、番組表サービス「Gガイド」を配信している。
  • 系列新聞は北海道新聞(道新)・道新スポーツ
  • 現在のマスコットキャラクターは猿がモチーフの「もんすけ[2]
  • HBCの初代社長を務めた阿部謙夫は当時の親会社であった道新から派遣され、開局当初は道新系列の放送局であったが、1972年に HBCと道新が協力して北海道文化放送(UHB)を開局した。UHB開局後、HBCと道新の資本関係はマスコミ資本の集中排除原則の兼ね合いから毎日新聞社と東京放送(現・東京放送ホールディングス)のように希薄になったが、ラジオニュースでは平日日中の00分時に「道新ニュース」30分時は「HBCニュース」の名称を使用し現在も引き続き良好な関係が続いている。なお、現在の筆頭株主は共栄火災海上保険である。
  • テレビドラマは1958年11月から「東芝日曜劇場」での制作に参加したほか、「近鉄金曜劇場」などの放送枠でもドラマを制作した。これらの放送枠から『うちのホンカン』『ダンプかあちゃん』『幻の町』などの作品を全国に送り出し、日本民間放送連盟賞や芸術祭賞などを数多く受賞。芸術祭賞では『オロロンの島』(1962年)が文化大臣賞を受賞している。「日曜劇場」がTBS制作の連続ドラマ枠になってからは他の2時間ドラマ枠にて年2本のペースでドラマを作り続けてきたが、キー局やスポンサー等の関係で現在は特別番組としてのテレビドラマを年1作程度制作しているほか、ラジオドラマの制作にも再び力を入れるようになった。2012年には「HBC創立60周年記念作品」として企画された連続ドラマ「スープカレー」を、全国ネットで全10回にわたり放送[3][4]
  • ドキュメンタリー番組も数多く制作しており、代表的な作品には『ヤンキー母校に帰る』や『大草原の少女みゆきちゃん』などがある。芸術祭賞でも制作番組が受賞しており、『地底の葬列』(1982年)・『ヒューマンドキュメンタリー いのちの記憶 -小林多喜二 二十九年の人生-』(2008年)が大賞を受賞した。
  • 上記の他、バラエティ番組も自社制作しており、一部はローカル枠を利用してゴールデンタイムに放送されたり、単発番組として全国放送もされている。
  • 2001年4月に気象庁より道内の放送局で唯一「天気予報業務許可業者」としての認可を受けたことに伴い、2001年12月に「HBCウェザーセンター」を開設、独自の天気予報が可能になった。
  • 道外でも、青森県の一部や北方領土でテレビの視聴やラジオの聴取が可能[5]

ロゴマークの変遷

  • TBSの美術部が制作した初代のロゴマーク(以下「旧ロゴ」と記載)は、1956年から2001年11月まで45年にわたり使用していた。テレビでは旧型の湾曲ブラウン管型の図形のなかに「HBCテレビ」のロゴを模ったものもあり、これは現在もマイク、記者腕章、本社駐車場内車庫の外壁、中継・機材車、札幌を除く道内各放送局の外壁、一部テレビ・ラジオの送信所と中継局に残っている。なお、本社社屋に掲示していたロゴマークは、旧ロゴと多少デザインが異なったものも掲げられていたことがある。
  • 創立50周年を迎えた2001年12月より、旧ロゴをスマートにした現在の文字ロゴ(2代目。以下「正式ロゴ」と記載)に変更された。主に本社社屋の外壁、放送機材、封筒、テレビ・ラジオの番組表、ホームページなどで使われている。また、札幌ドームレフトポール際のフェンスに広告掲示している「HBCテレビ・ラジオ」の表示にも使用しているほか、一部の送信所・中継局でも使われている(地上デジタル放送送信施設のあるテレビ送信所・中継局はほとんどがこのロゴマークとなっている)。
  • 2006年の春改編時からは、テレビ放送用の新ロゴ(3代目)も登場。「1からはじまるHBC」のキャッチフレーズで「B」の中に数字の「1」がデザインされ、グリーンで配色された新ロゴはデジタルテレビ放送のPRも兼ねて正式ロゴと2011年10月31日まで併用し、データ放送を含むテレビ画面のウォーターマークや表示アイコンのほかニュース速報・気象警報・交通情報、TBSニュースバードの取材クレジット表記などに使用していたが、2011年11月1日からは従来の正式ロゴに戻された。なお、テレビ送信所・中継局では当初より新ロゴを使用せず、旧ロゴや正式ロゴを掲示している。

番組表での局名表記

  • 北海道新聞ではテレビ・ラジオ欄とも「HBC」と略称のみで掲載。その他(道新以外に)道内で購読されている全国紙地方紙は「HBCテレビ」及び「HBCラジオ」と表記している(以前は道新でも1982年頃まで「HBCテレビ」及び「HBCラジオ」と表記していた)。
  • 青森県を中心とした道外地方紙では、東奥日報がHBCをはじめとする道内のテレビ・ラジオ番組をハーフサイズで掲載(ラジオ欄は「HBCラジオ」、テレビ欄は「北海道放送」と表記)。また全国紙においてもスポーツニッポンしんぶん赤旗の北東北版はHBCをはじめとする道内のTV番組を極小サイズで掲載している(道内ラジオはスポニチ北東北版がFMラジオ局のみ掲載、道内AMラジオ局を掲載しているのは東奥日報のみ)。

編成等の特徴

テレビ

  • フィラー番組『TBSニュースバード(旧称・JNNニュースバード)』は、当初札幌放送局のみの終夜放送(月曜未明の一部を除く)であったが、2005年3月28日から道内全域で終夜放送している。ただし、不定期に一部地域で放送休止(アナログ・デジタルの両方またはどちらか一方のみ)となる場合があり、メンテナンスの状況のよってはフィラー開始前のHBC天気予報とその前のテレビショッピングの放送も一部地域で休止となる場合がある(主に月曜日未明)。『TBSニュースバード』が放送休止(放送開始まで数分程度あるいは衛星配信そのものが休止)の場合は本社に設置されているお天気カメラの風景映像に音楽を交えて放送される。TBSニュースバードのフィラー放送開始以前は本社に設置されているお天気カメラの風景映像に音楽を交えて放送される形式だった(画面下にアナログテレビ放送終了の告知を表示。以前は次番組の予告を表示していた)が、これも当初は札幌放送局管内のみで他の地域では道内局独自のカラーバーまたはNTT中継回線テストパターンを流していたか停波していた。 『TBSニュースバード』のフィラー放送時、ワンセグでは随時、ワンセグ向けに独自の番組を放送することがある(午前4時台)。
  • 時刻出しの数字の切り替えではアナログは「クロスカット」、デジタルは「せり上がり」となっている。
  • 2009年1月12日からアナログ放送では画面右上に「アナログ」と表示されるようになったが、道内民放では唯一、CMに入る1秒前にフェードアウトで消去し、CM明け直後にフェードインで表示を行っている(自社送出番組など一部番組を除く)。
  • テレビでのプロ野球ナイター中継は、キー局であるTBSテレビで対巨人戦が放送される日に限り、日本ハム戦の中継に差し替えて放送することが可能となっている(2007年までは札幌ドームまたは福岡ドームでの対ソフトバンクのみ差し替え)。このような場合、甲子園球場での「阪神対巨人」戦はCS放送GAORA」での録画中継放送(生中継NHKNHK BS1BSハイビジョンで放送が行われるケースが多い)、そのほかの対巨人戦は「BS-TBS」、「TBSニュースバード」、「TBSチャンネル」の生中継で視聴可能。中部日本放送(CBC)・毎日放送(MBS、ごく一部の日程のみ)・中国放送(RCC)とは異なり、JNN協定に「単発特別番組など特例の場合を除き、後日放送を行うことは認められない」という規定があるため、ゴールデンタイムにネット番組を休止して独自のナイター中継を放送することは事実上困難である[6]。これは地元にプロ野球球団が存在する東北放送(TBC)・RKB毎日放送(RKB)でも同様の対応となっている(TBC・RKBともに一時CBCやRCCと同様にネット番組を休止して独自のナイター中継に差し替えていたことがある)。 なお、過去にHBCでゴールデン枠の対巨人戦が差し替えられたケースは2005年と2007年(3月30日、4月20日、5月18日)に3回ほどあったが、2004年と2006年はわずか1回の中継にとどまっている。その後、木曜日や週末などのローカル枠を利用してレギュラー中継枠を確保し、「Bravo!ファイターズ」の番組名で放送している。
  • 北海道のテレビ局ではで唯一、深夜アニメの製作を手がけている。『ああっ女神さまっ(テレビ第1期)』はTBSでは深夜に放送されていたがHBCでは朝6時から放送された(地上波ではHBCのみネット)。しかし第2期は枠の関係からか未放映(地上波ではMBSのみネット)となった。 近年はテレビ北海道(TVh)に次ぐ数の深夜アニメを放送していたが、現在は枠減少となり(特に土曜深夜の「ランク王国」終了後の時間帯が2007年10月期の『風魔の小次郎』以降アニプレックス制作の実写ドラマ枠に換わっている)2008年4月期には新作の放映が『マクロスF』のみとなった。過去にCBC・RKB・TBCと共同で深夜アニメ(『砂ぼうず』・『RAY THE ANIMATION』)を制作していた。なお、この2作品は数回再放送されている。また、一部UHFアニメも放送していた(『大江戸ロケット』など)。
  • 2004年10月から、それまで同時ネットだった24時台の番組が遅れ放送となった(なかにはもとからまたはネット打ち切りによる非放送のものも)。それから2年後の2006年10月、24時台の番組の同時ネットがようやく復活した。なお、2006年4月の改編より『イブニング・ファイブ』の一部や、『みのもんたのサタデーずばッと』(土曜5:45〜)の放送が開始されるなど、以前よりも編成に柔軟な姿勢が見られる。しかし、日曜日午後の日本ハム戦中継や2006・2007年の同球団の優勝時に組まれた特番によって、通常番組(『噂の!東京マガジン』や『ランク王国』、『オビラジR』など。『王様のブランチ』についてはBS-i(現・BS-TBS)で視聴可だった)が移動措置をとられず放送休止になるなどの編成方針に対して、日本ハムファン以外の視聴者からは不満の声もある。
  • ワンセグ放送のみ、番組情報が一切記載されない。

ラジオ

本社スタジオ

テレビ

テレビ第1スタジオ(120坪・HD)
1階に位置し、『グッチーの今日ドキッ!』『もくよう☆アプリ』『金曜ブランチ』その他各種特番で使用されるメインスタジオ。
テレビ第2スタジオ(60坪・HD)
4階に位置し、報道フロアに隣接している為『北海道NEWS1』『ひるおび!』内北海道ローカルニュースといった報道番組を中心に使用されているが、希に収録系番組でも使用される事がある。
テレビ第3スタジオ(10坪・HD)
プロ野球やJリーグなど中継番組処理やミニ番組制作、さらに系列局との素材配信等に使われている。

この他、ウェザーセンターと報道フロア内に顔出しブース(ともにHD)がある。報道フロアには「ニュースサブマスター」と呼ばれる報道サブを併設しており、テレビ第2スタジオや報道フロアのブースをコントロールしている。

ラジオ

沿革

1950年代

  • 1951年昭和26年)
  • 1952年(昭和27年)
    • 1月19日 - 午前7時より中波(AM)ラジオ試験放送開始。このときのスタジオは当時の送信所(札幌市東区北32条東15丁目。現・イオン札幌元町ショッピングセンター)に仮設された。現在は当地に「北海道民放第一声の地」の記念碑がある。これは1982年に開局30周年記念事業の一環として建立されたもの。当時の送信アンテナはトドマツ材を12本使用した高さ約80mの木柱で、木製アンテナは当時としても珍しかった。なお、この旧ラジオ送信所は現送信所へ移転する1971年まで使用された。第一声を担当したのは河内寿美子アナウンサー(当時)。「JOHR、JOHR、こちらは北海道放送でございます。ただいま周波数1230キロサイクル(当時)で試験電波を発射しております」であった。当時の収録音源は残っていない。また、使われたマイクはコード部分を切り取って保存していたが、2001年の創立50周年を機に技術スタッフが大規模な修復を施し、マイクの復元に成功した。そして、2002年1月18日放送の『テレポート2000』でもこれに関連したニュースで実際にこのマイクが使用された。
    • 3月10日 - 全国7番目、道内初の民間放送局としてラジオ本放送開始。開局当時の本社・スタジオは大丸ビル(札幌市南1条西3丁目。現・大丸藤井セントラル)4・5階に設置。
  • 1954年(昭和29年) - 函館市でテレビ試験放送開始(当時のコールサインは「JOHR-TVX」)。
  • 1956年(昭和31年) - 東京支社スタジオより全国ニュースを放送。山形放送(YBC)にもネットされる。
  • 1957年(昭和32年)
    • 4月1日 - アナログテレビ(コールサイン:札幌JOHR-TV)本放送開始。送信所は運用開始当初から手稲山に設置(日本のテレビ送信所では初のマウンテントップ方式によるもので、1956年12月完成。後述)。
  • 1959年(昭和34年)
    • 8月 - 【テレビ】JNN排他協定締結。これ以前より、テレビニュースはラジオ東京テレビ(KRT、現・TBSテレビ)の『東京テレニュース』を放送していた。
    • 9月 - 現在地に本社・札幌放送局の社屋(HBC会館)が完成。完成当時は本社機能とテレビ部門のみがHBC会館に移り、ラジオ部門は開局当時からの大丸ビルに残留していた。

1960年代

  • 1960年(昭和35年)
  • 1962年(昭和37年)
    • 4月 - 【テレビ】STVから移行した日本教育テレビ(NET、現・テレビ朝日)の教育番組のネット放送を開始。
  • 1965年(昭和40年)
    • 5月2日 - 【ラジオ】JRNの発足と同時に加盟。翌日NRNにも発足と同時に加盟。
  • 1966年(昭和41年)
    • 3月18日 - 【テレビ】カラー放送開始。第1号は3月20日に放送された米国テレビ映画『FBI』(TBS配給)だった。
  • 1967年(昭和42年)
    • 12月1日 - 社屋増築が竣工し、ラジオ部門もHBC会館に移転した。
  • 1969年(昭和44年)
    • 4月1日 - 【テレビ】教育番組を除くNETテレビ(現・テレビ朝日)の番組がすべてHTBへ移行。

1970年代

1980年代

  • 1982年(昭和57年)
    • 4月13日 - 【ラジオ】プリ・エンファシス方式による放送開始。

1990年代

  • 1992年(平成4年)
    • 8月1日 - 【ラジオ】札幌放送局でAMステレオ放送開始。ステレオ放送による第一声は車の通る外の風景音だった。
  • 1993年(平成5年)
    • 2月7日 - HBC網走送信所のケーブルが故障、網走管内全域でほぼ終日テレビが視聴不能になった。ラジオは不明。他の民放およびNHK北見放送局は影響を受けず放送を続けた。

2000年代

  • 2000年(平成12年)
    • 4月4日 - 【テレビ】札幌放送局で『JNNニュースバード』放送開始。当初は5:00からのサイマル放送で、フィラーとしては2002年4月から。現在は道内全域で放送されている。
  • 2001年(平成13年)
    • 本社・札幌放送局社屋外観の化粧直しが施された。
    • 4月 - 「HBCウェザーセンター」が開設され、独自の天気予報が可能になった。
    • 11月 - 開局50周年にともない略称・社名ロゴマークデザインが変更された。旧ロゴマークは1956年から2001年11月までの45年間使用されていたが、新ロゴマークに変更された現在も、マイク、記者腕章、本社駐車場内車庫の外壁、中継・機材車、札幌を除く道内各放送局の外壁、テレビ・ラジオの送信所と中継局(室蘭局測量山など一部の送信所・中継局と今後建物が新設および改修をされる際の地上デジタル放送送信所は新ロゴマークを使用)、関連会社「HBCフレックス」の社名ロゴは45年間使用されてきた旧デザインのまま使用されている。なお、社章(バッジ)は開局時に制定されたマーク(4本の輪の中心にHBCを入れたもの)を現在も引き続き使用している。
  • 2006年(平成18年)
    • 2月6日 - 【テレビ】地上デジタル放送対応のマスター更新(長年使用してきたこれまでのNEC製から東芝製に変更された)。
    • 6月1日 - 【テレビ】札幌放送局で地上デジタル放送開始。
  • 2007年(平成19年)
    • 10月1日 - 【テレビ】函館放送局・旭川放送局・帯広放送局・釧路放送局・北見放送局(網走)・室蘭放送局で地上デジタル放送開始。アナログ放送と異なり、上記の各放送局にはコールサインが設定されずいずれも札幌放送局の中継局扱いとなったため、各地域別の差し替えは行われず全道で同一の内容となる[7]

2010年代

  • 2010年(平成22年)
    • 3月1日 - 【ラジオ】札幌放送局がAMステレオ放送を終了し、モノラル放送に戻した。
  • 2011年(平成23年)
    • 7月24日 - 【テレビ】地上デジタル放送への完全移行により、アナログテレビ放送を終了。
  • 2012年(平成24年)
    • 3月17日 - 【ラジオ】開局60周年記念番組として「ミッドナイトカーナビラジオ午前一番!」「ラジオがある生活 あなたとつながるHBC」などを放送。
    • 4月14日 - 【テレビ】開局60周年記念番組となる連続ドラマ「スープカレー」を全国ネットで放送開始。

テレビネットワークの変遷

1957年
4月1日 - テレビ本放送開始。日本テレビラジオ東京テレビとネットを組む。
1959年
4月1日 - 札幌テレビ放送(STV)開局に伴い、日本テレビ制作番組の大半が移行された。またフジテレビ日本教育テレビともネットを組む(一般番組のみ)。
8月1日 - ニュースネットワークJNNに加盟。
12月31日 - この日をもって日本テレビ制作番組がSTVに完全移行。
1960年
3月1日 - 五社連盟に加盟しTBS系基幹局となるが、加盟前の編成は継続した。
1962年
4月1日 - STVからNETテレビ制作の教育番組が移行(引き換えに一部の一般番組がSTVに移行)。
1966年
4月1日 - フジテレビ制作番組が基本的にSTVに移行。なお、番販扱いの番組は北海道文化放送(UHB)開局後も放送された例があった(『阪急ドラマシリーズ』の一部作品など)。
1967年
6月 - 民間放送教育協会に加盟。
1969年
4月1日 - NET制作番組(民教協制作分を除く)が北海道テレビ放送(HTB)に移行し、TBSマストバイ局に完全移行(HTBは1968年11月3日に開局したが、全道でテレビ放送を開始したのは1969年4月1日であったため、この間は視聴者保護の観点からHBCで引き続き放送していた)。
1975年
3月31日 - HTBと関西発全国ネット番組を交換(五社連盟近畿広域圏加盟局が朝日放送から毎日放送に変更されたことにより、いわゆる「腸捻転状態」が解消された)。

テレビチャンネル

JNN系列のリモコンキーID地図
  • 地上デジタル放送では、原則として親局は1社1局とされた(総務省が定めたコールサインの割り当て原則による)ため、札幌放送局を除く道内各放送局にはデジタル放送のコールサインが付与されず、札幌放送局管内の中継局扱いとなる。ただしNHKは、札幌以外の各放送局にもコールサインが付与された。
  • 基幹送信所施設は札幌送信所のみ局単独で使用しているが、他の道内各基幹局の施設はすべて他の放送事業者と共同使用しており、中継局施設もすべて民放各局(一部はNHKも含む)と共同使用している。

札幌放送局 (JOHR-DTV)

地上デジタル放送のUHF送信アンテナは2011年7月24日まで使用したVHFアナログ放送用送信アンテナより高い位置に設置し、オレンジのかかった色のものとなっている[8]

1956年に完成したアナログ放送用VHF送信アンテナはST型の物を使用していたが、落氷雪対策および地上デジタル放送の共同実験施設としての使用と地上デジタル放送開始に伴うUHFアンテナの取り付けに対応するため、1970年代以降に送信鉄塔を別の位置に新設して従来の鉄塔よりも高くした上で、送信鉄塔の四隅にVHF送信アンテナを取り付ける形式に変更された。

当時、無謀とも不可能ともまで言われた手稲山テレビ送信所の建設は、現場までの道路を通す工事から着手し、その後建設工事は難航したものの大きな事故もなく送信所が完成した[9]。これにより全国でも類を見ない、標高1024mの手稲山に初めて設置されたHBCのテレビ送信所の電波が、遠く離れた場所でも届くことが実証された。

送信所の設置場所については手稲山を主張していた(電波をできるだけ遠くへ送信するため、標高の高い山頂に設置する)HBCと、さっぽろテレビ塔を主張していたNHK札幌放送局の間で主張や意見が対立していた。NHK札幌放送局とSTVは当初さっぽろテレビ塔に送信所を設置していたが、HBCが手稲山に送信所を設けたことで離れた場所でも電波が届くことが実証されたことから、後に両局とも手稲山に送信所を移設している。

中継局

  • 札幌宮の森:34ch 0.3W
  • 札幌円山:34ch 0.1W
  • 札幌山元:34ch 0.05W
  • 札幌定山渓:41ch 0.3W
  • 札幌藻岩下:34ch 0.3W
  • 札幌簾舞:42ch 0.3W
  • 札幌藻南:34ch 0.3W
  • 札幌西野:34ch 0.3W
  • 札幌宮の沢:34ch 0.3W(垂直偏波)
  • 夕張清水沢:32ch 1W
  • 夕張真谷地:36ch 0.01W
  • 夕張新千代田:28ch 0.05W
  • 歌志内:44ch 10W
  • 芦別:19ch 3W(垂直偏波)
  • 西芦別:34ch 0.3W
  • 赤平:29ch 0.3W
  • 上砂川:29ch 0.3W
  • 由仁:37ch 0.05W
  • 三笠幌内:33ch 0.01W
  • 美唄我路:33ch 0.01W
  • 小樽:32ch 50W
  • 小樽桂岡:44ch 0.01W
  • 小樽見晴:44ch 0.01W
  • 古平:44ch 0.01W
  • 余市:18ch 1W
  • 仁木銀山都:34ch 1W
  • 岩内:19ch 10W
  • 寿都:34ch 1W
  • 共和国富:41ch 0.1W
  • ニセコ:19ch 5W
  • 喜茂別:44ch 0.1W
  • 南喜茂別:20ch 0.3W
  • 南羊蹄:55ch 1W
  • 黒松内:19ch 3W
  • 赤井川:42ch 0.1W

旭川放送局

移転前のHBC旭川放送局

デジタル送信所はTVhを除く民放各局とNHK旭川放送局が共同で旭山(NHK-FM送信所隣)に新設した。送信鉄塔はNHKと民放各局が共同使用するが、局舎は民放各局のみ使用する。

旭川放送局は当初旭川駅前にあった「アサヒビル」に入居していたが、1991年9月に北海道旅客鉄道(JR北海道)旭川駅と一体化した局舎を新築し移転。しかし旭川駅の高架化に伴い2010年10月に現在地へ再移転した。

移転前の旭川放送局1階にはテレビ・ラジオそれぞれにスタジオがあった(ラジオスタジオは業務フロアにも1つあり)が、HBCではほとんど使わなくなったため、全面ガラス窓でサテライトスタジオとして使用可能であったラジオスタジオは、当時旭川駅舎内に本社があったコミュニティ放送局FMりべーる」に貸し出されていた。しかし2006年にHBCがスタジオの明け渡しを要請したため、FMりべーるは2006年5月に買物公園に面する「ヨシタケパークビル」へ移転。FMりべーるが使用していたスタジオは、現在地への移転まで地上デジタル放送のPR拠点として活用していた[10]。また、かつてはアナログハイビジョンの受信公開やCS放送各局のモニターが映し出されていた施設としてHBCメディアプラザ「AC’S」(エーシーズ)もJR旭川駅1号館2階にあり、一般客も入場できたが、数年後に閉鎖された。

中継局

  • 旭川台場:52ch 1W
  • 深川:45ch 10W
  • 幌加内:45ch 0.3W
  • 中富良野:16ch 10W
  • 富良野麓郷:16ch 1W
  • 富良野東山:29ch 1W
  • 空知金山:29ch 1W
  • 上富良野:29ch 0.3W
  • 南富良野幾寅:29ch 1W
  • 占冠:22ch 1W
  • 上川:29ch 5W
  • 上士別:19ch 3W
  • 士別温根別:45ch 0.3W
  • 和寒:16ch 3W
  • 和寒西和:48ch 0.01W
  • 名寄:29ch 200W
  • 留萌:48ch 10W
  • 小平:19ch 1W
  • 小平本町:20ch 0.01W(垂直偏波)
  • 小平港:16ch 0.01W
  • 羽幌:16ch 10W
  • 苫前:16ch 0.1W
  • 幌延:27ch 0.1W
  • 稚内:16ch 20W
  • 西稚内:16ch 0.3W
  • 北稚内:16ch 0.1W
  • 稚内上勇知:28ch 0.01W
  • 抜海:45ch 0.01W
  • 中頓別:41ch 100W
  • 枝幸:16ch 5W
  • 利尻仙法志:16ch 1W
  • 礼文:16ch 3W
  • 礼文船泊:28ch 0.3W

函館放送局

送信所施設はTVhと共同使用。

函館送信所から発射される電波は、津軽海峡を超えて青森県の一部地域でも直接受信または共同受信設備(CATV)を通じて視聴可能。

音声多重放送は、地上デジタル放送を開始した2007年10月1日(実際には2007年8月30日13時の試験放送)より実施された。

深夜のフィラー枠「TBSニュースバード」については、NTT中継回線とは別系統の回線(北海道総合通信網所有)を使用して放送している。STVがフィラー枠で放送している「日テレNEWS24(旧・NNN24)」も同様の体制で放送されている。

2007年10月1日から放送開始した地上デジタル放送はTVhのUHF送信アンテナをそのまま使用しているため、指向性がかけられている。これにより、青森県では函館市から距離が離れていない大間町周辺などの一部地域を除き、受信が困難な場合がある。

中継局

室蘭放送局

地上デジタル放送はTVhを除く民放各局が共同でデジタル送信所を新設し、2007年10月1日より放送開始した。

2003年3月までは放送センターが置かれていた。

中継局

  • 室蘭陣屋:19ch 0.01W(垂直偏波)
  • 室蘭輪西:34ch 1W
  • 室蘭母恋:15ch 0.3W
  • 室蘭知利別:15ch 0.3W
  • 登別:15ch 1W
  • 登別東:48ch 0.01W
  • 登別幌別:15ch 0.3W(垂直偏波)
  • 鷲別:34ch 0.1W(垂直偏波)
  • 苫小牧:41ch 10W
  • 苫小牧宮の森:62ch 0.01W
  • 洞爺:47ch 1W
  • 北洞爺:34ch 0.05W
  • 壮瞥:47ch 0.3W
  • 壮瞥滝之町:19ch 0.01W
  • 豊浦:19ch 1W
  • 浦河:15ch 50W[11]
  • 浦河柏:47ch 0.01W
  • 様似:27ch 1W
  • 西様似:47ch 0.3W
  • 静内:41ch 10W
  • 平取:55ch 1W
  • 平取振内:34ch 3W
  • 日高:45ch 0.3W
  • 日高銀嶺:22ch 0.1W
  • えりも:35ch 1W
  • えりも庶野:22ch 0.3W
  • えりも沢町:22ch 0.01W

帯広放送局

デジタル送信所はUHB、AIR-G'NORTH WAVEと共同使用。

開局当初は現在の送信所の近くに設置した超巨大パラボラアンテナで札幌局からの電波を受信して帯広地区に向けて再送信したり、釧路放送局などへの中継拠点として利用していた時期があった。これは日本電信電話公社(電電公社、現・NTT)の中継回線使用料が割高だったためで、その節約のための苦肉の策であった。

中継局

北見放送局

送信所施設はUHB、AIR-G'と共同使用。

2003年3月までは放送センターが置かれていた。

中継局

  • 網走新町:44ch 0.01W
  • 北見:32ch 50W[12]
  • 北見留辺蘂:19ch 1W
  • 北見若葉:19ch 0.01W
  • 常呂:42ch 0.01W(垂直偏波)
  • 置戸:47ch 0.3W
  • 訓子府:19ch 0.1W
  • 津別:32ch 0.3W
  • 遠軽:32ch 10W
  • 遠軽丸瀬布:47ch 3W
  • 佐呂間:19ch 1W
  • 佐呂間知来:19ch 1W
  • 佐呂間若佐:22ch 0.3W
  • 紋別:32ch 10W
  • 滝上:22ch 5W
  • 興部:19ch 0.3W

釧路放送局

地上デジタル放送の送信所は、TVhを除く民放各局とNHK釧路放送局が共同で釧路市春採8丁目(旧UHBアナログ送信所)に新設。鉄塔・UHF送信アンテナは2011年8月に開局したTVhを含め共同使用しているが、局舎は単独で新設したTVhを除く各局が共同使用している。

建設の模様は2006年10月15日放送の『HBC広場〜あなたがご意見番〜』でも紹介された。

2003年3月までは放送センターが置かれていた(現在はラジオ送信所機能のみ存続)。

中継局

  • 釧路阿寒:19ch 1W
  • 釧路阿寒湖畔:44ch 0.3W
  • 布伏内:18ch 0.01W
  • 白糠:44ch 0.1W
  • 弟子屈:19ch 1W
  • 弟子屈川湯:46ch 0.3W
  • 霧多布:20ch 1W
  • 根室:45ch 50W
  • 根室花咲:20ch 0.1W
  • 中標津:28ch 200W
  • 中標津西町:45ch 0.019W
  • 標茶ルルラン:22ch 0.3W
  • 羅臼:45ch 1W
  • 羅臼緑町:18ch 0.01W

ラジオ周波数

オープニング・クロージング

テレビ

1960年代前半?のオープニング・クロージング(白黒フィルム映像)
オープニングの映像の順番は「本社社屋空撮」(ここでHBCロゴが出る)→「ラジオ・スタジオカーとテレビ中継車」→「子供3人で家庭内のテレビ視聴」→「テレビスタジオの収録風景」→「テレビカメラのアングル」→「本社社屋正面側」→「雪上車で手稲山送信所に向かうのと手稲山送信所全景、それにスキーで滑り降りてくる場面」→「プロペラ機が飛び立つ場面」→「木材の伐採、漁業、ラジオを聴いている運転手の人々」→「プロペラ機から町並みの空撮映像」(ここでHBCロゴが出る)と流れていた。音声は混声合唱によるオリジナルソングが流れていた。
エンディングの映像の順番は「星の輝くイメージ映像にHBCのロゴ表示」→「本社社屋鉄塔」(ここでもHBCロゴを表示)→「家族そろっての家庭内のテレビ視聴」→「テレビスタジオでの打ち合わせ」→「草野球の投球と打撃」→「本社社屋全景」(ここで「明るく楽しいHBCラジオ・テレビ」と表示)と流れ、最後に、火の元・戸締りの様子と裁縫しながらテレビを視聴している映像に載せて「火災の多い季節になりました。お宅のストーブは大丈夫でしょうか。お休み前にもう一度火の元と戸締りを確かめましょう。きょうも1日HBCテレビをごらんいただきましてありがとうございました。明日もまたHBCのラジオ・テレビでお楽しみくださいますように。それでは皆様おやすみなさい。」というアナウンスが入る(顔出しあり)。≪2001年11月30日放送のHBC創立50年の特別番組の中でも紹介されていた。≫
1980年代
コールサイン・中継局表示は各管内の放送局ごとに差し替えてあった。
オープニング・エンディングは鳩をイメージしたイラストに「HBC」のロゴをつけた1枚画とアナウンスのみであり、
冒頭は「ただいまからHBCテレビ、今日の放送を開始いたします」と述べ、その後生放送で宿直のアナウンサーがスタジオからの顔出しで開始アナウンスを述べていた。
エンディングは「今日もHBCテレビをご覧いただきましてありがとうございました。(この後はHBCラジオでお楽しみ下さい。)これで今日の放送は全部終了いたしました。どちら様もご機嫌よくお休み下さい」とアナウンスされていた(カッコ内は日曜日など深夜の放送メンテナンスにより休止があった場合は省略されていた)。
1990年3月までのオープニング・クロージング
オープニングは「こちらは北海道放送HBCテレビです。これからごらんのチャンネルでお送りします」と道内7放送局のコールサインと設置されているすべての送信所・中継局を表示し、「HBCネットワーク 北海道放送」と表示。その後、「HBC-TV」「北海道放送」のロゴが入ったカラーバーを表示。熱気球のイラストをバックに、「おはようございます。きょうもあなたの生活にお役立ていただける番組を用意しております。HBCテレビとご一緒にお過ごしください」というアナウンスが流れる。
エンディングでは、「きょうもHBCテレビをごらんいただきありがとうございました。これで今日の番組はすべて終了しました。この後はHBCラジオでお楽しみください。素敵な番組を用意しております。火の元・戸締りをもう一度お確かめの上、お休みください」というアナウンスが流れる。最後に道内7放送局のコールサインと設置されているすべての送信所・中継局を表示し、「HBCネットワーク 北海道放送」と表示して終了となる。
1990年代前半のオープニング・クロージング
北海道の図を背景に、道内7放送局のコールサインを表示。その後、「HBC-TV」のロゴが入ったカラーバーを表示。熊のイラストをバックに、「おはようございます。きょうもあなたの生活にお役立ていただける番組を用意しております。HBCテレビとご一緒にお過ごしください」というアナウンスが流れる。
クロージングでは、ウサギが暗い部屋のベッドで眠りについているイラストを背景に「きょうもHBCテレビをご覧いただきありがとうございました。これで今日の番組はすべて終了しました。」のアナウンス、続いて三日月によりかかって寝ているウサギのイラストを背景に「火の元・戸締りをもう一度お確かめの上、お休みください」というアナウンスが流れる。
なお、「この後はHBCラジオでお楽しみください」というアナウンスは省略されていた。
1990年代後半のオープニング・クロージング
オープニングでは花畑の映像。クロージングは道内7放送局の社屋[13]とその周辺の風景の映像が流れていた。
2世代前のオープニング・クロージング
同局のキャラクター「もんすけ」による声の挨拶だった。道内7放送局のコールサインはホワイトバック画面に表示。当初は1956年から使用されていた正式ロゴを使用していたが、その後、2001年から現在使用中の正式ロゴの表示に変わっていた。
1世代前のオープニング・クロージング(クロージングは道内全域でTBSニュースバードのフィラー放送がない場合のみ)
コールサイン(アナログ放送では道内7放送局のコールサインを表示、デジタル放送では「JOHR-DTV」と表示)、「GOOD MORNING」、「GOOD NIGHT」の英文はテレビ放送用のロゴ文字を用いたものが使われていた。ナレーションも2001年から使用中の正式ロゴの表示も一切なし。内容はアナログ・デジタルで異なっていた。クロージングはその後使用されなくなり、通常番組終了後はすぐ札幌市内の天気カメラの映像に切り替わった。
2008年7月24日から2011年7月24日まではオープニング前にアナログ放送終了に関する告知をアナログ・デジタル両波で放送していた(「もんすけ」が頭を下げてデジタル受信の準備をお願いするイラスト付き。船越ゆかりアナによるナレーションとBGMが流れていた。)。
現在放送中のオープニング(2011年11月1日~)
ホワイトバック画面に上段は青文字で手書き風の「GOOD MORNING」を表示。下段は最初赤文字で「JOHR-DTV」を表示した後、一旦フェードアウトで消去し、フェードインの再表示で「HBC」(正式ロゴ)と表示。
BGMはないが、ナレーションは「おはようございます。JOHR-DTV。今日も一日HBCテレビでお楽しみください。」となっている。

ラジオ

音声多重放送

  • 北海道は放送区域が広大なため多くの中継施設を要することから、アナログテレビの音声多重放送は道内各放送局・中継局へのNTT中継回線使用料がマイクロ波を使用していた当時は高額だったため、札幌放送局のみで実施していた(他の道内民放テレビ各局も同様。NHKはすでにデジタル回線となっているが、民放テレビ各局は民放の全国回線のデジタル移行後もしばらくの間マイクロ波アナログ回線で運用していた)。
  • 地上デジタル放送の開始により、これまで全国で唯一アナログでの音声多重放送が実施されないまま残されていた函館・旭川・帯広・釧路・北見・室蘭の各放送局管内でも、道内民放テレビ局の音声多重放送を地上デジタル放送で楽しめるようになった。2か国語放送・ステレオ2音声放送・5.1chサラウンド放送を行わない限り、モノラル収録であっても常時ステレオ放送の状態となっている。

現在放送中の番組

テレビ

自社制作番組(全道放送)

TBS系列局制作・時差ネット番組

2012年4月現在。●印はMBS制作、▲印はCBC制作

その他

ラジオ

終了した番組

テレビ

自社制作番組(全道・全国放送)

報道・情報
早朝のワイド番組
  • ニュース朝一番
  • ニュースコール北海道
  • お天気クジラ朝ごはん
  • 朝のサラダ畑
  • 朝5時!早起き応援団
  • ダッシュ!
  • 早おきビタミン
午前の情報ワイド番組
午後および夕方のワイド番組
夕方のニュースワイド番組
ゴールデンタイムのローカル情報番組
その他の報道・情報番組
バラエティ
ドラマ
スポーツ
  • どさんこ体操(平日早朝の放送開始直後に5分間放送されていた)
  • 函館けいりんダイジェスト
    • けいりんダイジェスト(函館競輪休催期間に放送。主にいわき平競輪など)
  • 特報!スポーツギア
  • すぽーつどーむ北海道
  • スポーツどーむ
  • Eスポーツ
    • Eスポーツポケット
  • 1BAN!ファイターズ ※HD、プロ野球シーズンに放送
  • もっtoコンサドーレ
  • レラの魂
  • 週間トライ!NAVI(2010年6月-9月)
教養・ドキュメンタリー
番宣
CBC・RKB・TBCと共同制作のアニメ

関東地区では独立UHF局ネットで放送された為、UHFアニメにも分類されることがある。

ネット番組

TVh開局まで放送していたテレビ東京系番組
TVh開局後に放送していたテレビ東京系番組
TBS系列の遅れネット番組
バラエティ
MBS制作
CBC制作
ドラマ
MBS制作
教養・ドキュメンタリー
(最初の半年間のみ。後に同時ネットに移行)
アニメ・特撮
テレビ第1作および『逮捕しちゃうぞ フルスロットル』はHBCでは未放映
(TBSでは深夜放映であったが、HBCでは日曜早朝の放映)
MBS制作
(続編『流星の双子』はHBCでは未放映)[20]
CBC制作
腸捻転時代に放送されていたABC制作の番組
☆印は腸捻転解消時にHTBに移行した番組。
腸捻転解消後に放送されたMBS制作の番組
☆印はHTBから、★印はSTVから移行。
腸捻転時代の『アップダウンクイズ』は、スポンサーロート製薬の関係上HTBではネットされず、その時間帯はフジテレビ系のアニメ番組等を放送していた(UHB開局後はドラマ『闘え!ドラゴン』など東京12チャンネルの番組を放送)。
STV・UHB開局後に放送されたフジテレビ系の番組
NET(現・テレビ朝日)系の番組
民教協制作は除く。☆印はHTBに移行した番組。
日本テレビ系の番組
民間放送教育協会の番組
独立UHF局の番組(UHFアニメ含む)
その他

道内各放送局のローカル番組

旭川放送局
  • ふかがわ市民の広場
  • 稚内市民ニュース[21]
室蘭放送局
  • スポット苫小牧(函館放送局エリアでも放送していた)
函館放送局
  • こんにちは市長です
  • 道南トピックス
  • 函館讃歌
釧路放送局
  • 湿原探検タイム
  • 十条テレビショッピング
  • われら釧路っ子
  • レディス突然腕相撲
  • レディス突然尻相撲
  • お天気エコー
  • 斉藤聖峰明日の運勢
  • 釧新ポケットニュース
  • ブライダルガイド
帯広放送局
  • レッツゴーTOKACHI
  • 藤丸テレビショッピング
  • テレポートプラザ十勝&とかち
  • おびひろタウンガイド
  • 帯広・十勝情報BOX
  • 勝毎サロン
  • ウィークリーとかち
  • HBCハウジング情報
  • 卓田和広のチャ・チャ・チャ・チャレンジ
  • 速報!公立高校入試合格者発表(特別番組、年1回)
  • 広報おびひろ
  • とべとべ十勝

ラジオ

主な所属アナウンサー・キャスター一覧

アナウンサー

男性

  • 赤城敏正 (本社アナウンス部→釧路放送局→本社アナウンス部)アナウンス部長
  • 石崎輝明 (本社アナウンス部→旭川放送局→本社アナウンス部)
  • 小川和幸 (本社アナウンス部→釧路放送局→本社アナウンス部)
  • 加藤雅章
  • 鎌田強(本社アナウンス部→釧路放送局→本社アナウンス部→北見放送局長→本社ラジオ編成部→本社アナウンス部長→企画事業局担当局部長兼事業部長→大阪支社長兼営業部長→本社アナウンス部)
  • 川畑恒一 (本社アナウンス部→本社報道部・スポーツ部→本社アナウンス部)
  • 近藤肇 (気象予報士として、HBCウェザーセンターも兼務)
  • 桜井宏 (本社アナウンス部→帯広放送局→本社アナウンス部→函館放送局→本社アナウンス部)
  • 関博紀 (本社アナウンス部→旭川放送局→本社アナウンス部)
  • 卓田和広 (本社アナウンス部→帯広放送局→本社アナウンス部・スポーツ部)
  • 田村英一 (本社アナウンス部→北見放送局→本社アナウンス部長→本社編成制作局長)
  • 豊原慎二(2012年入社。元ザスパ草津選手)
  • 内藤克 (本社アナウンス部→北見放送局→本社アナウンス部→函館放送局→本社ラジオ制作部ディレクター→北見放送局長→本社アナウンス部)
  • 渕上紘行
  • 堀啓知
  • 水野善公高知さんさんテレビから移籍)
  • 山内要一
  • 山崎英樹 (本社アナウンス部→釧路放送局→本社アナウンス部副部長)

女性

気象キャスター

気象キャスターは全員、HBCウェザーセンター所属。

男性

女性

過去に在籍していたアナウンサー・キャスター

異動したアナウンサー・キャスター

男性

  • 足立利道(本社アナウンス部、旭川放送局、現在はラジオ制作部)
  • 新井理 (本社アナウンス部→旭川放送局→本社アナウンス部→大阪支社営業部→本社アナウンス部→本社テレビ営業部)
  • 大神政敏(本社アナウンス部、帯広放送局、現在はラジオ営業部)
  • 奥津雅人(本社アナウンス部、帯広放送局、本社アナウンス部、苫小牧放送局長、現在はラジオ制作部長)[22]
  • 管野暢昭(アナウンス部とスポーツ部を兼任していたが、スポーツ部専任となる)
  • 島森則夫(本社アナウンス部、HBCビジョン。現在はラジオ『朝刊さくらい』などでニュースデスクを担当しているほか、テレビのニュースでもナレーションを担当することがある)
  • 須田浩(報道部記者、『テレポート2000』のキャスターを担当後、現在は解説主幹)
  • 高橋重美(北見放送局、本社アナウンス部、現在は担当部長兼番組審議会事務局長)
  • 出口真治(釧路放送局記者、本社アナウンス部、旭川放送局、本社アナウンス部、室蘭放送局長、旭川放送局長兼北見放送局長=局次長待遇、企画事業局付次長、現在は帯広放送局長兼釧路放送局長)
  • 橋本能成(本社アナウンス部、帯広放送局、本社アナウンス部、現在は総務部)
  • 牧野秀章(本社アナウンス部、1995年〜1999年函館放送局、本社アナウンス部、現在は報道部記者)

女性

  • 武田明子(2006年3月1日から報道部記者。アナウンサー時代から務めていた『テレポート2000』のキャスターは2006年4月14日の番組終了時まで担当。HBCのキャラクター「もんすけ」の声(初代)も担当)

退社したアナウンサー・キャスター

男性

  • 石崎岳(元『テレポート6』キャスター。在籍時は報道部記者、退社後は衆議院議員へ転身したが、2009年8月の総選挙で落選)
  • 岡野隆
  • 小野塚勝(1967年より1968年まで本社アナウンス部。入社1年後HTB開局に伴いアナウンス要員として移籍。HTB報道制作センター長を経て解説委員で定年退職し、現在はトップシーン札幌 社長)
  • 木島豊(入社後、HTB開局に伴いアナウンス要員として移籍)
  • 佐藤則幸(1972年〜1994年本社アナウンス部。退社後に番組制作会社「テレベック」を設立、フリーアナウンサー「佐藤のりゆき」として、現在はUHBのりゆきのトークDE北海道』などに出演)
  • 菅原克彦(本社アナウンス部、釧路放送局。現在は出身地の宮城県でフリーアナウンサーとしてラジオを中心に活躍)
  • 田中徳志郎(本社アナウンス部。『ダイナミックサタデー』『ハロードライバー』『ベストテンほっかいどう』などを担当、後に体調不良のため退社。1992年3月逝去)
  • 白馬康治(本社アナウンス部。退社後UHBに移籍。1986年6月逝去)
  • 松永俊之 (1972年当時、帯広放送局→本社アナウンス部。2007年3月31日で定年退職後、引き続きフリーアナウンサーとしてHBCの番組をメインに担当している。元TBSアナウンサー松永邦久の実弟)
  • 村形貞彦(1973年10月から1975年3月まで『JNNニュースデスク』キャスターとしてTBSへ出向)
  • 横田久(本社アナウンス部、帯広放送局、本社アナウンス部長、本社報道制作局次長兼スポーツ部長を経て本社企画事業局長。2007年8月逝去)
    • 帯広放送局在籍時に、ローカルワイド番組『とべとべ十勝』を立ち上げた。
  • 遠藤清美
  • 菊池暁一郎 (退社後、AIR-G'でニュースなどを担当していた)
  • 坂上隆志
  • 沢口孝夫(元『テレポート6』キャスター)
  • 柴田恭(1967年7月放送の「TBS歌のグランプリ」で北海道庁・赤レンガ前からの中継で登場)
  • 杉浦滋男(本社アナウンス部、1962年メ〜テレ開局に関わり退社。1964年には東京12チャンネルにスポーツアナウンサーとして移籍。テレビ北海道開局時にはアナウンサーとして出向、その後退社。1997年12月逝去)
  • 藪淳一(1992年〜2008年9月。現在は幼稚園の理事長を務める傍ら、フリーアナウンサーとして『公立高校入試解答速報』なども担当)

女性

その他

インターネット動画配信

  • 道内ニュースは土日を含め、昼と夕方の毎日2回配信している(Windows Media Playerが必要)。

不祥事

  • 2008年12月22日に開設したさっぽろ雪まつりの特設サイト内で「韓日」という表現を用いたり、日韓両国で領有権が争われている竹島を「独島」と記述していた。この件はサイト開設当初より利用者による指摘がなされていたが、北海道放送は指摘に気付かないまま1ヶ月半も放置した。その後利用者がスポンサーに抗議したことで、北海道放送は2009年2月2日にようやく事態を把握。当該箇所を訂正した上で「報道機関としては、お恥ずかしい限りです」と謝罪した[23]

社史・記念誌

  • 北海道放送開業2周年 1954年発行、ページ数不明。
  • 北海道放送開局五周年 HBCテレビ開局記念 1957年発行、33ページ。
  • 北海道放送十年(北海道放送社史編纂委員会・編) 1963年7月発行、868ページ。
  • 北海道放送二十年(北海道放送社史編纂室・編) 1972年9月発行、868ページ。
  • 北海道放送三十年(北海道放送社史編纂委員会・編) 1982年9月発行、882ページ。
  • 北海道放送四十年(北海道放送社史編纂委員会・編) 1992年10月発行、990ページ。
  • スピーカーが風になりブラウン管が光になる時 北海道とともに50年 HBC(北海道放送創立50周年記念事業事務局・編) 2002年5月発行、517ページ。

関連項目

脚注

  1. ^ コミュニティ放送局「FMオホーツク」のスタジオも同じビル内にある。
  2. ^ 1992年8月のラジオ「AMステレオ放送」開始時は「ラジレオくん」というキャラクターも使用していた。
  3. ^ 「スープカレー」特設サイト
  4. ^ スポーツニッポン(2011年10月5日)
  5. ^ 1994年に北海道東方沖地震が発生した際、北方領土全域にも大きな被害を残したが、地震発生後しばらくの間、テレビの天気予報で北方領土の住民向けにロシア語テロップによる予報が行われた。
  6. ^ 2009年は水曜日20時台、2010年は木曜日19-20時台に中継されているが、これは元から系列各局がそれぞれ自由に編成ができるローカル枠の時間帯となっているため事実上、ネット番組の休止とはならない。
  7. ^ STVと異なり、アナログ放送でもすでに各地域別の差し替えを取りやめている。
  8. ^ 以前は実験用として白色のデジタル放送用UHF送信アンテナを設置していたが、実験終了と新しいデジタル放送送信アンテナへの交換を機に撤去された。
  9. ^ 当時の建設工事の様子を記録したフィルム映像が現存している。
  10. ^ FMりべーるの送信所はその後もHBC旭川放送局内に残されていたが、旭川駅の高架化に伴い5条通19丁目へ移転した。
  11. ^ デジタル中継局はアナログ放送を行っていたTVhの施設をそのまま使用し、民放各局で共同使用している。
  12. ^ デジタル中継局は旧HBCアナログ中継局の隣に新設し、2011年11月開局のTVhを含め民放各局が共同使用。送信鉄塔は旧HBCアナログ中継局のものをそのまま使用し、アナログ送信アンテナの下にデジタル送信アンテナを設置した。
  13. ^ 室蘭局のみ測量山のアナログテレビ送信所
  14. ^ 一時放送休止期間を経て2009年10月から2010年4月まで放送。
  15. ^ 45分版放送時代は土曜日午後にレギュラー放送の後に不定期放送に格下げされたが、2010年4月よりTBS同時ネットを機にレギュラー放送を再開し9月まで放送。
  16. ^ テレポート6の移行に伴い、途中から17:30からの遅れネットに降格。以後MBS制作アニメ・実写枠でも遅れネット継続
  17. ^ 過去に2008年10月~2009年3月、2010年4月~9月の期間で放送しており、2012年1月よりネット再開されたが、4月時点でのネットは不明。
  18. ^ 本放送中に東北地方太平洋沖地震発生の影響で放送中止されたが、2011年10月23日から毎週日曜深夜に未放映分も含めて再放送された。
  19. ^ 放送途中で同時ネットに復帰。同時ネットに復帰したその日(2002年3月30日)は1週遅れの回と同時ネットの回の2話連続放送だった
  20. ^ 『DARKER THAN BLACK』までのMBS木曜深夜枠放映作品は、HBCではCBCと同じく、MBSと同日ネットだったがCBCより早い45分遅れネットだった。『灼眼のシャナII(Second)』はHBCでは未放映。
  21. ^ 当初はSTVとともに放送していた。現在もSTVでは、アナログ放送・デジタル放送ともに旭川ローカルで放送している。
  22. ^ 社史によると、帯広放送局在籍時に地震報道のため、帯広局より全中の『JNNニュース』を放送したことがあった。
  23. ^ HBC「雪まつり」ページ 「韓日」「独島」記述に抗議「メル凸」”. J-CAST. 2009年2月5日閲覧。

外部リンク