おたく
おたくまたはオタク(ヲタク)とは、1970年代に日本で誕生したサブカルチャーのファンの総称。独特の行動様式、文化を持つとされる。元来はアニメ・SFのファンに限定した呼称であったが明確な定義があるわけではなく、現在はより広い領域のファンを包括しており、その実態は一様ではない。
趣味に熱中している人物を指して、その趣味の分野に関わらずおたくと呼ぶ。
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[編集] 定義
おたくとは何かという問いには簡単に答える事ができない。その時々により、また論者によりその言葉が意味するものが変わるからである[1]。俗には、萌えや秋葉系といったキーワードと強く結び付けられることがある。
辞書的には、ある趣味・事物には深い関心を持つ(拘る)が、それ以外の広汎な知識、また社会性・社交性は欠けている人物として説明される[2][3]。おたくという言葉はもともと、1980年代のアニメ・SFファンの一部で二人称として[4]、また、その言葉を使うものにたいする蔑称として使われていた[5]。1983年に中森明夫が『漫画ブリッコ』のコラムでコミケに集まる集団を指しておたくと呼ぶと、アニメ・SFファンはおたくを自認するようになった。辞書の定義にあるような否定的な人物像は、アニメ・SFファンによって自嘲的な自己像として語られていたものである[6]。この言葉はアニメ・SFファンだけに限らず、普通とは見なされない趣味を持つ人、社交性に欠ける人に対しても使われるようになった[7]。
おたくは広い意味をもつ言葉となったため、おたくとその文化を再定義する試みはたびたび行われてきた。評論家の岡田斗司夫はおたく文化を創作作品の職人芸を楽しむ文化としてとらえていた[8]。精神科医の斎藤環はセクシュアリティがおたくの本質であり、二次元コンプレックスを持つのがおたくだとした[9]。哲学者の東浩紀はサブカルチャーとの結び付きを重視した[10]。
岡田によれば、1990年代頃からは否定的な意味は薄れ、肯定的に用いられるようにもなったという[11][12]。なにかの趣味に強いこだわりをもつ人物という意味でも使われる。この意味では、こだわりの対象に対して、所得や余暇時間のほとんどを費やす「消費性オタク」と、「自分の趣味を周りに広めたい」「創造活動をしたい」と考える「心理性オタク」とに分類される[13]。
[編集] 類語・類型
古くは伊達者や酔狂者ともいい、「伊達や酔狂ではない」といった慣用句は、本来は生業と趣味の違いをさしたものである。いわゆる生業としての糧を得るために物事に没頭や陶酔するのと、趣味で没頭や陶酔することを分け隔てて考えていた。その他に好事家や物狂いなどがあり、現在では、愛好家とされるが、物狂いや酔狂からの転用で、「~狂」や「~きちがい」など乱暴な言い回しがある。
[編集] マニア・学者との違い
強い興味や関心を持つという点でおたくはマニア・学者とあまりかわらない[14]。社会通念上、あるいは評価者が個人的に許容しにくい趣味(あるいは外見的な容貌や行動様式)をもつ人を偏見をこめて安易に一般人がおたくと呼ぶだけであり、明確な差は存在しない。好意的に表現する際にはマニア、否定的に表現する際にはおたくという意見も見られる[14]。また、自身をマニアと呼称して、おたくとの同一視を拒絶する者も存在する。近年は、ある物や趣味への没頭による創作よりも、物を消費することによっておたくと認知する人達も存在している。好意的に“博士”と呼ぶこともある。「立派なオトナ」が偏執的な嗜好を持っていても、職業に直結している場合(鉄道事業者社員の鉄道おたく、玩具メーカー社員の玩具おたく、アイドル評論専門の芸能評論家、魚類学者で大学准教授の「さかなクン」など)は学者扱いされやすい。漫画・アニメ好きのアイドル[15]や、おたくであることを大衆との接点としている芸能人や職業人もこれに類似するもので文化人などと呼ばれることもある。
おたく以前にも、何か特定の物に執着して社会通念上の評価を気にしない人は存在した。これらはマニアと呼ばれていた。ただ、マニア(mania)がその原義において「異常な熱中、熱狂、躁病、(希)精神の興奮」[16]を表すように、ある分野の情熱を芸術と言われるようになるまで創作能力を高めることがあることに対し、おたくは「おたく市場向け製品」が経済として成立しているために、ニッチな分野も様々に生まれて一定の属性によって消費している行為、及び彼らの持つ知識を呼称して「おたく趣味」としていることが多い。つまり、日本の消費至上主義的な社会では、一部の才能ある創作者(マニア=おたく)を多数の支持者(おたく≠マニア)が消費する図式があり、従来マニアと称された区分が大衆化・拡張され、おたくという言葉と同一視(広義のおたく)されつつあることが現状である。ここから「マニア」の側からの上記のような拒否が生じている。
社会学者の大澤真幸は、おたくと専門家・趣味人の区別として「意味の重さと情報の密度の不均衡」を挙げている。すなわち、通常であれば意味がある情報だからこそ集積されるという比例関係にあるのに対し、オタクの場合は意味の繋がりを持つことなく情報の集積それ自体が目的化しているのだという[17]。
[編集] 語史
[編集] 「御宅」という呼びかけ
大辞林(第二版)では「多く「オタク」と書く。二人称の「おたく(御宅)」を語源としエッセイストの中森明夫が言い始めたとする説が有力。1980 年代中ごろから用いられるようになった」とされるが[18]はっきりしない。用語としては私的な場面で用いられる二人称敬称(「お宅様」=あなたさま)であり、もともと山の手言葉としては一般的であった[19]。
[編集] おたく族
人間類型を指す語としておたくが最初に使用されたのは、月刊ログイン編集部の“アナログプログラマーツルタ”が、その類の人物を「おたく」と命名したことに始まるとされる(いつの話かは未詳)。当初は漫画、プラモデル、鉄道模型などが好きな少年らが、団地主婦の「御宅のお子さん…」というせりふを真似し、友人らを指して「御宅は…」ということが流行であったことから、そういった分類の少年らを指して「オタク」と編集部内で呼称するようになったことが起源。編集部に出入りしていたエディター野々村フミヒロにより、コラムニスト中森アキオ、文化人類学者の中沢新一らに伝わり、彼らの著書に掲載されるようになったことから新人類ブームの中、蔓延した。
その後、『漫画ブリッコ』でコラムニスト中森明夫が連載した『「おたく」の研究 』(1983年)の中で、アニメや漫画の愛好者が二人称として「御宅」という語を使う異質性から、その人間類型をおたくと呼称することが提案された。中森はオタクを非常に否定的な文脈で記述しており、ガンダムやヤマトなどのアニメマニアや漫画マニアの幼児性をあげつらうような蔑視的な記事であったため読者の反発を買い、編集者であった大塚英志との間で論争となった。
なお、「おたく」がマスメディアに取り上げられ始めた頃には、「太陽族」や「竹の子族」に準じて、「おたく族」と呼称された(ラジオ番組「ヤングパラダイス」より『おたく族の実態』など)。また、初期のコミックマーケットが開催された大田区産業会館が語源なのではないかという俗説があるが、駄洒落でしかない。
[編集] 「おたく」と「オタク」
大塚英志は「おたく」と「オタク」の違いについて、著書で以下のように述べている。
「おたく」なる語が「オタク」と片仮名に書き換えられるあたりから文部科学省や経済産業省や、ナントカ財団の類がちょっとでもうっかりするとすり寄ってくる時代になった。ぼくのところでさえメディアなんとか芸術祭という国がまんがやアニメを勝手に「芸術」に仕立て上げようとするばかげた賞がもう何年も前から「ノミネートしていいか」と打診の書類を送ってくるし(ゴミ箱行き)、そりゃ村上隆や宮崎アニメは今や国家の誇りってことなんだろうが、しかし「オタク」が「おたく」であった時代をチャラにすることに加担はしたくない。国家や産業界公認の「オタク」と、その一方で見せしめ的な有罪判決が出ちまった「おたく」なエロまんがはやっぱり同じなんだよ、と、その始まりの時にいたぼくは断言できる。国家に公認され現代美術に持ち上げられ「おたく」が「オタク」と書き換えられて、それで何かが乗り越えられたとはさっぱりぼくは思わない。だから「オタク」が「おたく」であった時代を「オタク」にも「おたく」にも双方にきっちりと不快であるべく本書を書いた。
— 「おたく」の精神史―一九八〇年代論(2004), 朝日文庫
[編集] 転用
「おたく」の語はそのイメージが在る種の曖昧性を含むこともあり、軍事・兵器オタク(ミリオタ)・パソコンオタク・鉄道オタク(鉄ちゃん、鉄子・鉄)、アイドルオタク(ハロー!プロジェクトヲタ、AKB48ヲタ、ジャニーズヲタ)その他○○オタク・○○オタという風に。特定の対象・分野の愛好者、ファンを指す語として使われる。
[編集] 秋葉原とオタクの関係
詳細は「秋葉系」を参照
[編集] 消費者層としてのオタク
野村総合研究所の調べでは、マニア消費者層(いわゆる「オタク層」)の2004年の市場規模は主要12分野で延べ172万人、金額にして約4,110億円に上り、オタクに共通する行動特性を抽出したところ「共感欲求」「収集欲求」「顕示欲求」「自律欲求」「創作欲求」「帰属欲求」の6つの欲求にまとめられるという[20]。
近年では「萌えおこし」等、地域振興に役立てる例も各地で見られる。またそれに便乗した異業種からの参入も見受けられる。それらには消費者層としてのおたくの購買意欲を刺激するものから、安易な便乗商法まで玉石混交である。
[編集] おたく/オタクの変遷
[編集] 時代的遷移
オタクは「時代」に合わせて変遷してきた[21]。
- 前史
- オタクという語が成立する以前にも趣味に生活より多くの時間と金銭をつぎ込むものはおり、古くは趣味人や数奇者(和歌や茶道に熱心な者)と呼ばれた[21]。たとえば戦国時代の武将古田織部などは「オタクの大先輩」と言われることもある[21]。また近世では海外の文物を受容する傾向はマニア・フリークあるいはディレッタント[22]と呼称されることが多かった。海外文化の受容については表面的な模倣を重視する層をスノッブ・キッチュと蔑視し、あるいはその軽薄で表層的な受容態度を逆に珍重してみずからをそう呼称することもあった。コレクターは古くからおり、ウルトラマンやバービー人形、ドールハウスなどの玩具コレクターは大人の趣味として一定の評価があり、隠然として存在した。映画スターや歌手を熱狂的に応援するアイドル嗜好はマスメディアの発展と軌を一にし、原点は江戸時代の歌舞伎絵にまで遡れるかもしれない。
- また、1950年代中盤から末にかけてのSFファンダム(ファンダム)が後のオタクの母体となったという指摘もあり、子ども向けと考えられていたものの中に大人でも楽しめるものが存在し、また、作品から派生する二次創作、サークルやイベントでの交流など、オタクの特徴とかさなる部分がある[21]。
- アニメブーム(1970年代後半~1980年代中期)[21]
- この頃のアニメーション作品の中には、従来の児童向けに混じって、中高生等の青少年層を対象とした、比較的ドラマ性の高い物が増えたことも、アニメーションブームを加速させた要因に挙げられる。この現象において『宇宙戦艦ヤマト』『銀河鉄道999』『ルパン三世』といった、一連のテレビ放送・劇場公開作品の大ヒットが、アニメ産業の急速な成長を促した。この頃は侮蔑や否定的な意味合いが比較的少ないアニメファンと言う言葉で呼ばれていた。やや遅れて、当初は子供向けとして企画された『機動戦士ガンダム』が登場。中高生のアニメファンに人気を博し、「ガンダムシリーズ」と呼ばれる一連の作品群と固有ファン層を派生させた。1978年にアニメージュが創刊され、1983年にはアニメイトが創業した。
- バブル景気時代(1980年代末期~1990年代初期)
- バブル景気の頃からプロダクション制導入に伴う大量生産期となり潤沢な資金力・労働力を背景に表現力が高度化したアニメーションに対し、尋常ならざる興味を抱く人が増加した。また同時期、、バブル景気に伴う余暇時間と可分所得の増大からテレビやビデオデッキ・高価なオーディオセットを個人用に購入するケースが増え、それらに耽溺する人が増えたことも、おたく増加の要因として挙げられる。この頃、「おたく」という人間類型の呼称が確立し一部では社会現象として着目され始めたと言われる。1985年にはスーパーマリオブラザーズが爆発的にヒットしファミコンおたく・ゲームおたくが登場し、ゲームに没頭し学業を疎かにする児童・学生が次第と社会問題となる。従来はサブカルチャー趣味を持つ者の間で使われる用語に過ぎなかった「おたく」であったが、1988年から1989年にかけて起きた東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件の犯人像から世間一般にも知られるようになり、事件の異様さも相まってネガティブイメージが同時に広まる[23]。
- エヴァンゲリオンとテレビゲーム(1990年代後半)
- 視聴者に対して・哲学的な問いを想起させる『新世紀エヴァンゲリオン』の登場は、学歴偏重社会の崩壊や景気鈍化傾向にあって、漠然とした不安を抱える青少年層に強い影響を与え、同作品の関連事象(セカイ系)は社会現象とまで言われた。一方、テレビゲームやパソコンゲームの高度化と普及に伴い、ゲーム市場が広がったことは、ゲーム関連企業にとっては大きな福音となり、多数のゲーム制作会社が勃興を繰り返した。1995年にWindows95が発売され家庭へのパソコン普及が進んだことで恋愛ゲームおたく・エロゲおたくなどが一般化した。またときめきメモリアルシリーズなどがキラーコンテンツとなり家庭用ゲーム機の世代交代が進んだ。
- エヴァ放映直後の1996年5月に岡田斗司夫は自著『オタク学入門』その最終章で、「オタクは日本文化の正統継承者である」と主張している。
- 一般市場化と氾濫(2000年代)
- 数多くの作品が登場する一方、DVDの普及により、かつての「ビデオテープ・ソフト一本1万円弱」などという傾向がなくなり、3千円〜5千円で安価に販売される映像ソフトの販売が一般化した。コンビニエンスストア店頭でも数多くの映画・ドラマ・アニメのDVDが販売されるようになると、「ビデオソフトを買って見る」という、かつてはコアなマニアやおたくに限定されたことを一般の消費者がするようになり、一般の社会でも普通に売られ普通に買われていくようになる。このためヤンキー文化、渋谷系などの、かつてはおたくと縁遠いと見られていた要素とおたく文化の結合も観察されるようになっている(痛車の要素を取り入れたVIPカー、渋谷系を取り込んだアニメソング「アキシブ系」など)。
- またパソコンやゲーム機の普及は、かつての専門家やマニア主導ではなく、娯楽家電の一種として家電製品並に普及したこともあり、裾野の広い市場を形成している。その一方でおたく向け商品の市場も拡大し、電気街として知られた秋葉原の様相を、漫画・アニメ・ゲームの街として激変させるに至っている。
- 2005年には株式会社ビブロスにより第一回全国統一オタク検定試験が実施され、またこれがTV、雑誌、ネット、日本以外の国の通信社からも大々的に取り上げられるという事象も発生した(その後、ビブロスが2006年に倒産したため2回目が実施された時点で消滅、終了。この結果は発表されていない)。
- こうした状況は経済界も注目している。たとえば、野村総合研究所の調査ではオタク市場(自作パソコン、アニメ、ゲーム、アイドル、コミック市場の合計)の市場規模は2900億円である。また、経済産業省は、日本のコンテンツ産業の国際展開の促進という観点から注目している。
- しかしコアなおたく向け商品が一般市場から見て特殊な商品群(ニッチ市場)であることには余り変化はない。メディアワークスの『電撃G'sマガジン』編集長である高野希義は2004年9月7日の「CEDEC 2004」において、おたく市場向けのいわゆる「萌えゲーム」がキャラクターの特徴のみを先鋭化させた、マニアにしか判らない世界と成りつつあり、衰退してしまうおそれがあるとする談話を述べた。高野は談話において双恋を紹介する際、テレビを広告塔として使いつつ王道に戻って10歳代の開拓を目指すと語った。
[編集] 世代的遷移
時代の変化に合わせておたくも変化してきた。1960年代生まれを第1世代とし、70年代生まれを第2世代、80年代生まれを第3世代とする、東浩紀の行った分類が現在の議論で広く用いられている[24][25]。ここでは個人の違いは捨象し、世代ごとの傾向を概観する。
- プレおたく世代(1950年代生まれ)[26]
- 基本的にSFファンで、劇画の登場により漫画は大人も読むものとして認められつつあったが、「アニメは子どものもの」という風潮の中で育った。「しらけ世代」と言われた世代にあって、成人後も趣味的に漫画を描いたり、漫画・アニメ・SFを特に好み玄人はだしの評論を行う一群が現れ、彼らはマニアと呼ばれた。彼らが開催したSF大会や日本漫画大会などは、その後の同人誌即売会に繋がる文化の先駆けとなった。
- オタク第一世代(1960年代生まれ)[21]
- 『宇宙戦艦ヤマト』に始まるアニメブームを起こし、コミックマーケットなど現在に至るイベントの基礎を築いた。「新人類」と言われた世代であり、幼少期には『ウルトラマン』『仮面ライダー』『マジンガーZ』といった怪獣・変身ブームの洗礼を受け、しばしば特撮への嗜好を持つ。
- 少年期に世界的なSFブームを迎え、『スターウォーズ』や『指輪物語』に代表される海外のSF・ファンタジー作品は日本のおたく文化にも大きな示唆を与えた。彼らが好んだ漫画やアニメ、SFは、学生運動を主導した焼け跡世代や団塊世代の抱いていた社会変革思想の対抗物として意識されていたため、彼らのオタク趣味全般に韜晦や理論化・体系化への指向が強い場合が多く、オタクコミュニティ内のジャーゴンとしてキーワード化を行っていた。
- オタク第二世代(1970年代生まれ)[21]
- 幼少期に『機動戦士ガンダム』に代表されるアニメブームの洗礼を受け、広くアニメなどが趣味の範疇に受け入れられた。これらの作品がSFを基底として、架空の技術体系を構築する手法をとったため、提供される側はその架空の技術体系を網羅したがる方向性も見られる。「ガノタ」(ガンダムオタク。ガン―オタが綴りから“ガノタ”と変形)に代表されるシリーズ作品内の知識体系のみに耽溺し、現実の知識体系とのすり合せを行わない傾向も派生させた。
- 末期新人類(バブル世代)と団塊ジュニア、1970年代後半生まれ(つながり世代)に相当し、 1980年代のテレビゲーム・パソコン趣味の担い手となり(ファミコン世代)、『少年ジャンプ』に代表される日本の漫画の隆盛期を担った。またこの時期にはライトノベルが成立し、この世代以降海外作品とおたく文化の繋がりは希薄になる。ロボットアニメ最盛期に育った世代でもあり、プラモデルもこれらの作品に関連した製品が登場して一大市場を築き、その受け手(消費者)となった。
- なおこの世代の親(1940年前後生まれ)は、『仮面ライダー』の石ノ森章太郎や『機動戦士ガンダム』の富野由悠季など、特撮の大作家が多い世代である。
- オタク第三世代(1980年代生まれ)[21]
- 1990年代後半に『新世紀エヴァンゲリオン』の洗礼を受け、セカイ系と言われるムーブメントの担い手となった[21]。この時期にはアニメやコンピュータゲームが趣味の一つとして市民権を得るようになり、メインカルチャーとサブカルチャーの差が薄れた時代に育った。そのため、オタク趣味に後めたさや韜晦意識を持たず、単に多様な趣味の一つとして、アニメやゲームを楽しむ者も増えた。
- 1980年代前半に生まれた世代(ネット娯楽世代)は、高校時代までにインターネットが普及し始めた世代であり、インターネットをテレビや雑誌などと同質の情報媒体として利用していることが窺える。これは、1970年代後半に生まれた世代(つながり世代)が、インターネットを独立した一つのメディアとして捉えたのとは対照的である。
- 第三世代以降の世代ではオタク趣味が一般的なものとなり、おたくコミュニティの拡散化と嗜好の分裂化・多様化がかなり進んでいる。
- オタク第四世代(1990年代生まれ)[21]
- インターネット利用が一般的な環境の中に育ち、従来の世代が遊び場や友達・仲間を広場や公園・路地裏に求めたのと同質の感覚で、コンピュータネットワーク上のネットコミュニティにも求めていった世代である[21]。インターネットなどを通じて知った海外のアニメ・コミック作品に傾倒したり、復刻ブームから1960年代~1970年代のアニメや漫画や玩具が容易に手に入るようになったことから、親(オタク第一世代)の少年時代に流行した作品に熱中するおたくも相当数生まれている。
- 第三世代と第四世代は世代文化に大きな違いがなく、嗜好や文化のかなりの部分が重なる。第三世代以降のおたくは、おたく趣味を楽しむことに対する恥や韜晦の意識があまりないことが、従来の内輪で楽しんでいた第二世代以前のおたくからは違和感を持たれることがある。かつておたくの対極と見られていたヤンキーでありながらおたく趣味を好む者も現れ、いわゆる痛車やレディース(女性暴走族)によるコスプレ[27]などに見られる暴走族文化との融合という現象も発生している(→暴走族#暴走族と社会)。
[編集] おたくと地域性
[編集] 日本
おたくの在り様に関しては、日本でも地方都市などでは関連媒体の流通量やコミュニティの有無などにもよって、若干の地域性が見出せる。この中には21世紀に入って急速に地方都市などにもおたく向け専門のチェーン店が進出するなど一様化も進むが、それでもコミックマーケットなど大都市圏に集中しがちな大規模な催しもの(イベント)もあり、2000年代では依然として「おたくの地域格差」も見られる。後述するように、特定の地域にそれら文化発信拠点が集中して発展する様子も見られる。
- 一般的に、北海道地方や東北地方はおたくにとって厳しい環境だと言われていた。しかし北海道・東北地方の中心都市である札幌市・仙台市等の政令指定都市では、各種ショップの出店が進んでいる[28]。ただし仙台市がある宮城県にはおたく文化の発信源の一つであるテレビ東京系列局がないという事情はあるが、近年の多チャンネル化により環境は以前より好転しており、2011年以降テレビ東京系列局が開局する計画もあり今後が期待される。また、東北地方に関しては保守的な地域と思われがちだが、日本の他の都市部以外の地方と比較して特に保守的であるという根拠はない。
- 同じ「地方」でも、瀬戸内の広島・岡山・松山と北陸の金沢は地方都市でありながら大手ショップなどがある程度進出しており、また地場資本のショップも多いなど、おたくにとって比較的暮らしやすい地域であると言われている。
- ケーブルテレビやCS放送の普及、またYouTubeの登場やネット通販の浸透などによって地域格差は解消されつつある一方で、大都市圏から外れた地域(特に宮城県以外の東北地方、テレビ北海道送信エリア外(道東方面)の北海道地方、石川県以外の北陸地方、瀬戸内以外の中国・四国地方、福岡県以外の九州・沖縄の各県{特に長崎県、大分県、宮崎県、鹿児島県、沖縄県})はネットやCS環境が整っている現代においても、オタク文化が育たないとされている。しかし、近年になってオタク文化が育たないとされている地域においてもオタク文化が盛んになって来ている地域がある。宮崎県は宮崎市中心市街地にある一番街にメイド喫茶が、南宮崎駅前のビルにはアニメグッズを取り扱うカフェもオープンしたりオタク系ベントが多数開催されたりしている。しかしオタク文化が育たないとされている地域は、元々オタク文化盛り上がる土台がないので、オタク文化盛り上がったとしてもオタク街が出来る程オタク文化が育つ可能性はゼロに近い。大都市の衛星都市以外の町村部や離島地域では、ネットは今も最高でISDN接続が関の山で、さらにはダイヤルアップ接続だけの地域もあり、ネット配信ができにくい環境も一因である(もちろんYouTubeも容易には見られない)。
- さらにこれらの地方は伝統を重んじオタク文化に関して不寛容な、いわゆる「教育県」である場合も多く(特に福島県・長野県・山口県)、テレビ局の放送内容に教育行政がローカル局(特に県が経営に参加することが多い第三セクター局)に注文をつけるケースも多いという。山口放送に至っては初代社長・野村幸祐が山口県教育委員会教育長だった。山口県のテレビでの状況については、山口県#テレビ・ラジオ放送を参照。
[編集] オタク文化の海外での受容傾向とその変化
海外では1990年代中後半より、一種の尊敬の意味を込めてオタク (Otaku) が使われていた。アニメ (Anime) を始めとする日本発のポピュラーカルチャー愛好者を指す名称であり、好んで自らを Otaku と称するものも存在した。
中華人民共和国でもおたく(御宅族)は日本と同様にゲームやインターネットなどといった屋内で遊べる娯楽に没頭、あるいはサブカルチャーなど特定の分野に詳しい人を指す言葉として定着している。そのイメージから、一般的な人々と比べると外出頻度の少ない人を指すこともある。現代では日本のコスプレ文化やアニメ・漫画に触れることが容易になっており、若年層を中心にサブカルチャーに興味を持つ人が増え、中国独自の文化も育ってきている。
台湾では映画「電車男」の上映以来、「オタク」の中国語表記として「阿宅」や「宅人」、「宅男」などの言葉が見られるようになった。メディアによって誇張されたそのイメージから本来の意味とは別に「外出頻度の少ない人」の意味として使用されることもある。
なお、日本のポップカルチャー全般を熱心に愛好する「日本おたく」は哈日族と呼ばれる。
[編集] オタク文化に対する日本と他の国における認識・受容の違い
オタク文化に対する受け止め方は、日本以外の国においては日本とはいくつかの点で異なる。その一つが欧米で古くから盛んに行われているファン大会 (Convention) という活動で、その年齢層も幅広い。
アニメコンベンションにおいては、Fan-cos や Reenactment (史的事実再現)と呼ばれるコスプレが行われる。SFやファンタジー映画の公開に観客がコスプレをしてくることが一般的であるように、ファン大会会期中、会場外でもコスプレを行うことが許されており、会場となる地域の市民もそれをイベント的なものとして受け止めている。コスプレ自体は日本でもファン活動として一般的だが、日本では会場外でコスプレ衣装のまま行動するのは「禁忌」という暗黙のルールが存在する。軍装や警察官のスタイルをする者もおり、これが軽犯罪法(第1条第15項)に抵触するためである。
但し、日本以外の国において Fan-art (二次創作のイラストやマンガ)や Fan-fic (二次創作の小説)、 Fan-sub (マンガ・アニメ作品の翻訳)といった形でオタク的な活動が行われることはあるが、日本のコミケのように商業的な行為との結び付きは殆ど見受けられない(寄付を求めることはある)。むしろ、採算を度外視して純粋に活動を楽しみ、ファン大会では交遊や情報交換を楽しむといった傾向が強い。
[編集] 英語における「おたく」の類似語
英語(米語)では、日本でのオタクに近い意味を表すためにはNerd(ナード)という言葉で表現され、パソコンオタクや電子工作オタクを指す場では geek(ギーク)が用られる。また(wizard)ウィザードの略語である(wiz)ウィズを単語の後に付けコンピューターウィズ等と使う表現もある。しかしこれは魔法使いと言う意味も含むため宗教的問題から、近年は余り用いられることはない。また、日本の成年向け美少女ゲームを由来として、オタクのことを(日本語の意味を知らずに)"hentai"と呼ぶアメリカ人もいる。
- アメリカのナードに付いて歌われた曲White & Nerdy参照。
- geek
- 日本では技術フェチとも訳され、機械類にフェティッシュな感情を示しかねない類型だともされるものの、日本のオタク文化における消費者としてのフェティシズムではなく、朝から晩までそればかりを考えていて、挙句の果てには終生の仕事としてしまうなどの「身も心も捧げる信奉者」という意味で使われる。
- nerd
- ナードを参照。
- dork, dweeb, goon, and doofus
[編集] 文献情報
- 「現代日本におけるコミュニケーションの変容」(広島修道大学論文集2004年9月30日)[5]、「おたくをめぐる言説の構成」(同、2005年9月30日)[6]相田美穂
- 「『おたく』のコスモロジー」石井久雄(日本教育学界大会研究発表要項1998年8月23日)[7]
- 「戦後ユース・サブカルチャーズをめぐって(4) : おたく族と渋谷系」難波功士(関西学院大学社会学部紀要2005年11月8日)[8]
- 「オタク文化の経済価値に関する経営学的考察」[29]
[編集] おたくに関係する地域・地域関連事象
「萌えおこし」も参照
おたくの文化・消費行動に特化した業態が集中する地域や、またはその地域に関連して発生した事象など。
- 秋葉原
- 神田神保町 - 1980年代から1990年代初期にかけて、同人誌やアイドル関係のグッズを扱う店が集積するオタクの街として知られていた。後に秋葉原にその機能が移った。
- 池袋 - 「乙女ロード」(または「オタク通り」)と呼ばれる地区があり、男性中心の秋葉原に対し、女性のオタク(腐女子)の人気を集めている。
- 中野ブロードウェイ - 「オタクビル」の異名を持つ。
- 立川[30]
- 曲師町(宇都宮市) - 宇都宮Festaにオタク系ショップが密集するほか、近隣にはコスプレ喫茶がある。また、中核市では唯一まんだらけがある。2007年にはメイド喫茶の@ほぉ〜むCafeが出店したが、同年秋に閉店した。
- 日本橋(大阪市) - 秋葉原、大須と並んで日本三大電気街の一つ。秋葉原のようにオタクの街でもある。
- 寺町通・新京極通(京都市) - アニメショップやゲームショップなどが数多く立ち並ぶ。
- センタープラザ(神戸市) - アニメショップなどが数多くある。
- 大須(名古屋市) - 電気街、オタク街でもあるがアメリカ村のような古着の街でもあり、巣鴨のような老人の街でもある。
- 放送会館(福井市)- 福井放送旧館。模型屋や同人誌の店が集中している。近隣にはアニメイトも。
- 紙屋町(広島市) -「大手町通り」より西側を中心に家電量販店、パソコンショップやおたく関連の店舗が並んでおり、さながら広島の秋葉原といわれている。
- 北天神(福岡市) - 北天神地区におたく関連のグッズを取り扱う店舗が増えている。
- 岡山表町商店街 - 中四国随一のメイド喫茶街でもあった。
- 千舟町(松山市)- 地方都市としては珍しくオタク向け店舗が集まっている地区。
- 札幌駅前〜狸小路 - 駅前には大手電化製品量販店、狸小路までの街道にはいくつかのオタク向け店舗がある。(ただし、固まっているとは言えない)。
- 徳島駅前ポッポ街周辺 - 南北2棟の2階建てで構成される屋根付き商店街。1Fにはキャラクター商品とコスプレ用品の専門店、2Fには(有)井上書房の運営するアニメイトFC徳島店と、サブカル系出版物にキャラクター商品が多数販売されている南海ブックス1・2号店がそれぞれテナント入居。うち南海ブックス2号店は成人向けのゲームタイトル・商品・出版物を中心に販売している。ufotable主導により毎年不定期で複数回開催されている大型サブカル系イベントマチ★アソビの主催会場となった(2011年1月下旬~2月上旬)。
[編集] 関連項目
[編集] 脚注
- ^ 榎本秋 『オタクのことが面白いほどわかる本』 中経出版、2009年5月30日、19ページ。ISBN 978-4806133582。
- ^ 「御宅」『デジタル大辞泉』 小学館。2010年9月2日閲覧。
- ^ 「おたく」『広辞苑』 岩波書店、第6版。
- ^ 岡田、『オタクはすでに死んでいる』42ページ
- ^ 岡田、『オタク学入門』12ページ「オタクの正体」
- ^ 森川嘉一郎「おたくと漫画」、『ユリイカ』第40巻第7号、青土社、2008年6月、196-202頁、ISSN 13425641、NAID 40016131656。
- ^ 岡田、『オタクはすでに死んでいる』54頁。
- ^ 岡田、『オタク学入門』。353頁。
- ^ 斎藤環 『戦闘美少女の精神分析』 筑摩書房〈ちくま文庫〉、5 2006、28ページ。ISBN 4-480-42216-1。
- ^ 東浩紀 『動物化するポストモダン オタクから見た日本社会』 講談社〈講談社現代新書〉、2008年11月20日、8ページ。ISBN 978-4061495753。「「オタク」という言葉を知らない人はいないだろう。それはひとことで言えば、コミック、アニメ、ゲーム、パーソナル・コンピュータ、SF、特撮、フィギュアそのほか、たがいに深く結び付いた一群のサブカルチャーに耽溺する人々の総称である。」
- ^ 岡田、『オタク学入門』。
- ^ 岡田、『オタクはすでに死んでいる』。57頁、62―65頁。
- ^ “オタクは遍在する――NRIが示す「5人のオタクたち」”. ITmediaニュース. (2005年10月6日) 2010年10月2日閲覧。
- ^ a b 榎本秋『オタクのことが面白いほどわかる本』中経出版、2009年6月5日(32ページ)
- ^ 西村知美はアニメージュでコラム「あにめってらぶりー」を担当していた。
- ^ YAHOO辞書:mania[1]
- ^ 大澤真幸 『不可能性の時代』 岩波書店、2008年、87頁。ISBN 978-4004311225。
- ^ goo辞書「おたく」[2]
- ^ 相手の自宅などを「御宅」と呼称する様式は日本全国に見られ、相手に対する一般敬称「御宅様」についても広く見られる。東京方言の「宅」は直接的には自分の夫を指し、「お宅の」は相手の夫を指す接頭語である[3]。私的な場面で用いる二人称敬称としての「お宅」は鈴木孝夫によれば一部のサラリーマン階級から始まったとされ、「あなた」でも「おまえ」「きみ」でもない、ヒエラルキー(身分・階級)に無関係な対称語を求めていた彼らの無意識の努力の現れではないかとする(「ことばと社会」鈴木孝夫1975/01 中央公論新社)。岡田斗司夫によれば慶應義塾幼稚舎出身のおぼっちゃま達が使い始めたとする(「オタク学入門」岡田斗司夫2000/10/10 新潮社)
- ^ 「マニア消費者市場を新たに推計、04年は主要12分野で延べ172万人、4,110億円規模」野村総合研究所(2005年10月6日)[4]
- ^ a b c d e f g h i j k 榎本秋『オタクのことが面白いほどわかる本』中経出版、2009年6月5日(50-66ページ)
- ^ 英,伊:dilettante、好事家。学者や専門家よりも気楽に素人として興味を持つ者
- ^ 東京・埼玉連続幼女誘拐殺人事件#影響を参照
- ^ 東、『動物化するポストモダン』。13ページ。
- ^ 東浩紀「オタク現象と日本のポストモダニティ」、『ユリイカ』第40巻第7号、青土社、2008年6月、220-233頁、ISSN 13425641、NAID 40016131659。
- ^ 団塊の世代とプレおたく世代とおたく第一世代(竹熊健太郎)
- ^ アキバ総研記事「「コスプレ暴走族(レディース)」が再び秋葉原に登場! その正体は…」
- ^ 「萌える仙台」 河北新報2005年11月3日
- ^ オタク文化の経済価値に関する経営学的考察
- ^ “立川/ 同人コミケ用語の基礎知識/ フロム中武/ 第一デパート” (日本語). 《ぱら☆あみ》的同人用語の基礎知識. 2009年10月8日閲覧。