しらけ世代

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しらけ世代(しらけせだい)とは、ポスト団塊世代として1970年代青春期を送った世代をさす。新人類以前の1970年1977年頃に成人した世代(1950年1957年生まれ)を指すことが多い。団塊世代とバブル世代の間の世代であり、狭間の世代と言われることもある。

[編集] 概要

1972年あさま山荘事件をきっかけに学生運動が完全に下火になると、一つの時代の終わった無力感と学生運動への失望を背景に、「シラケ」という言葉が若者の間で流行し、「無気力・無感動・無関心」の三無主義を中心とする風潮が見られた。何をしても言っても「しらける」「しらけた」を連発し、冷めており、政治的な議論には無関心で、一種の個人主義に徹した世代である。

この世代(しらけ世代)のアニメーター映画監督押井守成田闘争に参加している。押井が大学に入学した頃に学生運動は下火になり、押井は自らの世代を「(学生運動という祭りに)遅れてきた世代」と語っている。しかし、この世代には「権力」・「権威」に強く反発したと言われる団塊の世代に対する反感が強い者も多いとも言われている。

若者の間において安保闘争全共闘が代表するような過激な政治志向が消えた後、四畳半フォーク井上陽水の歌った『傘がない』、ドラマ『俺たちの旅』、1980年代に書かれたあだち充の『タッチ』や高橋留美子の『めぞん一刻』に見られるようなノンポリ・個人生活優先・モラトリアムの傾向が強くなり、若者の「シラケ」を強く印象づけた。

一方、1970年代も終盤に差し掛かると、個人的な消費による自己実現を目指す風潮が生まれ、拝金主義ブランド指向の風潮が芽生え始める。この時期を象徴するのが松任谷由実(荒井由実として1972年デビュー)のニューミュージックや、「ブランド小説」とも呼ばれた田中康夫の『なんとなく、クリスタル』(1980年)である。こうした風潮は1980年代後半におけるバブル経済によって絶頂期を迎える。

[編集] 1950年~1957年生まれの有名人

[編集] 関連項目

先代:
団塊世代
1947年-1949年
日本の世代
しらけ世代
1950年-1957年
次代:
新人類
1958年-1967年