ドーム球場

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ドーム球場(ドームきゅうじょう、Domed stadium)は、ドーム状の屋根を備えた球技用スタジアム[注 1]日本ではドーム屋根を備えた野球場を指す事が多い。

「日本初のドーム球場」、東京ドーム
東京ドームの建築モデルとなったヒューバート・H・ハンフリー・メトロドーム(通称・メトロドーム)(2014年解体)[2]

日本

歴史

日本では1988年東京ドームが「国内初のドーム球場」として竣工した[3]。ヒューバート・H・ハンフリー・メトロドーム(通称:メトロドーム)をモデルに設計され[2]、メトロドームと同じ空気膜構造方式(エアドーム)を採用している。屋根には二重のテフロン膜を使用して、この幕の間に常時空気を送り込み、更にドーム内の空気圧を0.3%高めて膨張させている。ドーム開きとなった同年4月の公式戦開幕日、首都圏は季節外れの豪雪となったが、ドームの中では快適な野球環境が整えられたため「早速ドーム効果が現れた」と話題になった。

これを嚆矢として日本にはドーム球場が次々と建設され、1993年に国内2番目のドーム球場として「国内初の開閉式屋根」を取り入れた福岡ドーム[4]、1997年に大阪ドームナゴヤドームがほぼ同時期に、1999年には既存の屋外球場をそのまま活用し、足掛け3年の工期を経て段階的に屋根を架設するという世界でも稀な工法でドーム化した西武ドーム[5]、2001年には屋外のオープンアリーナで養生している天然芝のグラウンドを空気圧で浮上させドーム内に移動させる「ホヴァリングシステム」を世界で初めて採用[6]サッカーラグビーなどにも対応可能な札幌ドームが完成・開場した。

2014年現在、上述の計6箇所が日本野球機構(NPB)加盟球団の本拠地として使用されており、セ・パ12球団のうち半数の球団がドーム球場を本拠地としている。また、札幌ドームはサッカーJリーグコンサドーレ札幌のホームスタジアムにもなっている。

NPB本拠地球場

その他ドーム施設

NPB本拠地球場ほどの規模ではないが大館樹海ドーム秋田県大館市)、仙台市屋内グラウンド(シェルコムせんだい、宮城県仙台市)などでも硬式野球の実施が可能である。出雲ドーム島根県出雲市)はフィールドが狭隘で、且つ試合の実施に見合う天井高が確保されていないため、現在は硬式野球の公式戦は行われていない。

また硬式野球以外では札幌コミュニティドーム(つどーむ)、新天城ドーム有明コロシアムこまつドーム長浜ドーム四日市ドーム但馬ドーム豊田スタジアム御崎公園球技場(現:ノエビアスタジアム神戸)、北九州メディアドーム(小倉競輪場)、大分スポーツ公園総合競技場(現:大分銀行ドーム)などの施設が屋根を架設しており、これらのうち札幌コミュニティドーム、長浜ドーム、四日市ドームを除く施設は屋根の開閉が可能となっている。ただし、スライド式のルーフ状屋根を持つもの(有明コロシアム、豊田スタジアム、御崎公園球技場)はドーム球場(ドーム状屋根を持つ球場)に該当しない。

ドーム球場の特別ルール

ドーム球場で野球を行う場合に、屋根やスピーカーなどの懸垂物(屋根から垂れ下がっているもの)に打球が当たるなどの場合に、特別グラウンドルールを設定している。

東京ドーム

東京ドーム内部
フェア地域、ファウル地域に関わらず打球が天井に触れた場合
ボールインプレイ(プレイ続行)であり、地面などに触れる前に野手が捕球すれば打者はアウトである。地面などに触れた場合は、打球の位置によってフェアかファウルかが判定される。即ち、天井に当たらなかった場合と同じ扱いがなされる。
打球が外野の上部懸垂物に当たったり挟まったりした場合
ボールデッド(プレイ中断)になり、フェア地域では本塁打、ファウル地域ではファウルボール。
  • これによって本塁打が記録された初のケースは1990年6月6日のブライアント(近鉄)で、これ以後外野中央上空のスピーカーに打球を当てた選手にはスピーカーのメーカーから300万円が支払われることになっている。2008年6月7日にはフリオ・ズレータロッテ)が2人目の達成。
打球が天井に挟まった場合
ボールデッドになり、フェア地域の場合は二塁打、ファウル地域の場合はファウルボール
  • 2002年7月18日の巨人対横浜戦で松井秀喜(巨人)の打球が天井に挟まり、二塁打と認定された。後日このボールはドーム屋根裏より取り出され、本人の直筆サイン入りで野球体育博物館に展示されている。

福岡ドーム(福岡 ヤフオク!ドーム)

フェア地域、ファウル地域に関わらず打球が天井に触れた場合
東京ドームと同じ。
天井や懸垂物、鉄柱に挟まった場合
大阪ドームと同じ。ただし、フェア地域であれば打った選手に賞金500万円が支払われる。

大阪ドーム(京セラドーム大阪)

大阪ドーム(京セラドーム大阪)内部
フェア地域、ファウル地域に関わらず打球が天井に触れた場合
東京ドームと同じ。ただし、移動式屋根「スーパーリング」の最も外側のリングに入った場合のみ本塁打となる。
  • この本塁打を打ったことがあるのは中村紀洋(近鉄)のみで、アレックス・カブレラ(西武)は最も外側のリング下部に当たり、打球方向が変化して左翼上段スタンドに入った。
  • 2002年頃、当時近鉄の監督だった梨田昌孝の提案で、二番目に外側のリングの内側に入っても本塁打とするというルールに変更された。これは、中村が明らかに本塁打になるだろうと思われた打球が二番目に外側のリング内側に入り、落ちてきたところを遊撃手に直接捕られたということがあったため。
  • 2010年8月15日に行われた阪神対ヤクルト戦で、金本知憲の打球が天井に触れフェア地域に落ちた。本来ならば打球が当たった時点では上記の通りボールインプレイのはずだが、一塁塁審の坂井遼太郎はその時点でファウルボールと判定してしまった。その後審判員が協議したが結局判定がくつがえることなく、金本はファウルボールを打ったものとして試合が再開された。審判団は試合後に誤審を認めた[7]。なお、その打席で金本は本塁打を打っている。
ファウル地域側の天井に当たった場合
直ちにボールがプレイングフィールド側に戻ってきてもファウルボール。
天井や懸垂物、鉄柱に挟まった場合
ボールデッドになり、フェア地域の場合は二塁打、ファウル地域の場合はファウルボール。

ナゴヤドーム

ナゴヤドーム内部
フェア地域、ファウル地域に関わらず打球が天井に触れた場合
東京ドームと同じ。
打球が外野の上部懸垂物に当たったり挟まったりした場合
東京ドームと同じ。
  • 2009年5月7日の中日対広島戦で、トニ・ブランコ(中日)が左翼席上方の天井に吊り下げられたスピーカーに打球を当て、本塁打と認定された。ナゴヤドームではこれが初のケース。
打球が天井に挟まった場合
東京ドームと同じ。
内野中央にあるスピーカー
当たった場合はボールインプレイ。挟まった場合はボールデッドになるとともに二塁打になる。

西武ドーム(西武プリンスドーム)

フェア地域、ファウル地域に関わらず打球が天井に触れた場合
外野フェア地域の天井に当たった場合は本塁打となる。それ以外は東京ドームと同じ。
  • アレックス・カブレラ(西武ほか)が天井に当たる打球を連発し、本塁打を多く損したことに由来する。
天井や懸垂物、鉄柱に挟まった場合
大阪ドームと同じ。

札幌ドーム

外野部分の天井(フェア地域の天井パネルの奥から3枚目まで)に触れた場合
本塁打。
他の部分の天井に打球が触れた場合
東京ドームと同じ。

コンサート会場としてのドーム球場

日本国内で大規模なコンサートを開催する際にドーム球場を使用することが多い。また、全国主要都市のドーム球場で公演を行う通称「ドームツアー」が開催されている。1997年に大阪ドームとナゴヤドームが開業してから「4大ドームツアー」と冠して行われる場合が多くなり[8][9]、2001年の札幌ドーム開業後は東京・福岡・大阪・ナゴヤ・札幌の各ドームを網羅するコンサートを「5大ドームツアー」と呼ぶようになった[10][11][12]。西武ドームに関しては、プロ野球球団の本拠地であるが、一般的にはこれらに含まれない[注 2]。また、5大ドームに加えて西武ドームも使用して行うコンサートツアーを「6大ドームツアー」と呼ぶことがある[15]

それまで最高峰とされた日本武道館を会場規模や収容人数で遥かに上回る公演が可能であり、演出面でも様々な試みが行なわれている。ただ、国立競技場日産スタジアム味の素スタジアムなどの陸上競技場やサッカースタジアムのほうが収容人数は多く、これらを網羅するコンサートツアーは「スタジアムツアー」と呼ばれる。

一方、施設が大型で数万人単位の観客の動員が可能である面、施設使用料はコンサート会場として使用される施設の中でも一際高額であり、ステージ資材・機材なども施設に合わせて大型化・大量化するものが多いので、興行イベントとして設定される損益分岐点のハードルも高いものとなっている。この損益分岐点をクリアする為の有料チケット購入者数や、会場内で販売される関連グッズの売上などの目標値もより高いものとなるため、関連グッズの売行き動向やファン層の購買力・購買意欲そのものを総合的に勘案する必要があり、これらを踏まえてドーム球場をコンサート会場として使用できる全国規模で人気のあるミュージシャンが行う場合が多い。また、ミュージシャン自身も大型会場でのパフォーマンス力が要求されることになる。

ドーム球場は本来「野球場」を目的に屋根はドーム状、壁は円形の造りとなっているため、収容人数という点を除けばコンサート会場には不向きなことが多く、各ドーム球場によって音響や反射などが異なるために、入念な下調べと対策が必要となる会場でもある。

日本で最初となるドーム球場でのコンサートは東京ドームでの『BIG EGG OPENING EVENT』として開催された各種イベントの中で催行されている。最初にマーチングバンド世界選手権のゲストとしてTHE ALFEEが招かれ、後に単独公演としてミック・ジャガーBOØWY美空ひばりのコンサートが行われた。こけら落しとして美空ひばりのものが名高いが[16][17]、先に行われたオープン戦や他の公演にもこけら落としの表現がある[18][19]。アーティストとして初めて「5大ドームツアー」を行ったのはSMAPで(バンドとしてはGLAYが、ソロアーティストとしては桑田佳祐が最初)、西武ドームを加えた「6大ドームツアー」を最初に行ったのはMr.Childrenである。

ドームコンサートでの主な出来事

  • 1988年4月4日4月5日BOØWYが東京ドームで『LAST GIGS』を開催。バンド活動に終止符を打った。
  • 1988年4月11日、美空ひばりは日本人ソロ歌手かつ演歌歌手として初めてのコンサート『不死鳥コンサート』を開催[16][17]。復帰は絶望的と言われた難病から復活のためチケットは即完売し「伝説のコンサート」と呼ばれた。この後、横浜アリーナでもこけら落しコンサートや全国ツアーも開催予定であったが、東京ドームコンサートから1年2ヵ月後の1989年6月24日に帰らぬ人となってしまった。2015年現在、ドーム球場でワンマン公演を行った演歌歌手は美空ひばりだけである。
  • 1992年5月15日長渕剛が『LIVE'92 JAPAN』東京ドーム公演を開催。センターステージでの弾き語り形式でおよそ65,000人の観客を動員した。
  • 1993年12月30日12月31日X JAPANが東京ドームで行ったライブ『日本直撃カウントダウン X JAPAN Returns』はドーム球場で日本人ミュージシャンが最初に行った年越しライブ」である。このライブは、世界進出に向けて「X JAPAN」とグループ名を改名してから最初のライブでもあった。ライブでは1曲の演奏時間が30分弱ある「ART OF LIFE」を含む15曲を演奏し、1997年の解散ライブ『The Last Live』とともにファンの間では伝説のライブとなっている。
  • 2001年1月8日THE YELLOW MONKEYが初の東京ドーム公演の中でバンド活動を完全休止することを宣言した。復活を約束するも、3年後の2004年7月7日、正式に解散した。2004年12月26日には休止宣言をした東京ドームにメンバーが再集結し『THE YELLOW MONKEYの葬式』として1曲『JAM』のみを演奏した。事実上、2001年の東京ドーム公演がラストライブとなった。
  • 2001年6月29日ゆずが東京ドームで弾き語り形式のライブ『ふたりのビッグ(エッグ)ショー』を開催。
  • 2006年1月13日SPIRAL SPIDERSがインディーズバンド初となる東京ドーム公演を開催。観客動員数は200人と史上最少規模であった。客席はグラウンド上にござを敷いて設置された。
  • 2008年3月28日、前年に活動再開を発表したX JAPANが再開後初となるライブ『攻撃再開 2008 I.V.〜破滅に向かって〜 破壊の夜』を東京ドームで開催。機材トラブルなどで開演時間が予定より2時間オーバーした。さらにアンコールで演奏した「ART OF LIFE」の途中でYOSHIKIが失神しライブはそのまま終了するという怒涛の展開になった[20]
  • 2009年12月16日、アメリカのロックバンドガンズ・アンド・ローゼズが京セラドーム大阪で公演を行ったが、この日はオープニング・アクトを務めたムックの演奏終了後、機材トラブルにより開演時間が遅れて午後9時に開演。その後3時間演奏を行い、終演時間が翌17日午前0時1分となった[21]
  • 2010年12月25日、再始動したLUNA SEAが一夜限りで以前のバンド名“LUNACY”となり、黒服であれば入場無料となるライブ『LUNACY 黒服限定GIG 〜the Holy Night〜』を開催。抽選で選ばれた黒服の5万人が東京ドームに集った[22]
  • 2011年6月11日6月12日氷室京介が東京ドームで東日本大震災の復興支援を目的としたチャリティー・ライブ『KYOSUKE HIMURO GIG at TOKYO DOME “We Are Down But Never Give Up!!”』を開催。全編BOØWYの楽曲で構成されたライブは2日間でおよそ110,000人を動員し[23]、収益金・寄付金・義援金は岩手・宮城・福島の3県へ均等に配分して寄付された[24]

ドームツアーを開催したアーティスト

5大ドーム(札幌・東京・ナゴヤ・大阪・福岡)公演を行ったアーティスト
通算で5大ドーム公演を行なったアーティスト
西武ドームも含めた6大ドーム公演を行なったアーティスト
通算で6大ドーム公演を行なったアーティスト
  • B'z(1995年 福岡、1997年 東京ナゴヤ大阪・福岡、2001年 札幌西武・ナゴヤ・大阪・福岡)
  • AKB48(2011年 西武、2012年 東京、2013年 福岡札幌大阪ナゴヤ・東京)

その他各国のドーム球場

ドーム型屋根を備えた球場としては、オランダアムステルダムアムステルダム・アレナドイツゲルゼンキルヒェンフェルティンス・アレーナ(旧称・アレーナ・アウフシャルケ)がある。

オーストラリアメルボルンの開閉式屋根を備えた球技場(クリケットオージーフットボールなどで使用)であるエティハド・スタジアムや、オランダアーネムヘルレドームは、ドーム状の屋根ではないが「ドーム」と名づけている。

ドーム球場での試合中止事例

通常はドーム球場では屋外が天候不良でも球場内が影響を受けることはないため試合中止になることがないが、台風・水害などの自然災害発生時には球場が被害を受けて使用不能になることがあるほか、交通機関が運休して選手が移動できなくなり試合開催が不可能になったり、観客の行き帰りが困難になると判断されたりして、試合中止となる場合がある。

ここでは事情の如何にかかわらず、ドーム球場での試合が中止された事例を挙げる(ただし1998年の西武ドームはドーム化が完全に終わっていなかったためここには含めない)。

アメリカ・カナダ

歴史

兼用スタジアム

アメリカ合衆国では、1965年にメジャーリーグヒューストン・アストロズの本拠地として「世界初の全天候型屋根付き球場アストロドームが開場した。屋根付き球場建設の理由は、夏の暑さやの大量発生から球場内を守り、快適な環境を確保するためだった。当時は「スタジアムに屋根を付ける」という発想そのものがあまりなかったので、アストロドームは「世界8番目の不思議」と呼ばれた[注 4]。当初は屋外球場と同じ環境でプレーできるようにと太陽光を透過するアクリル屋根を設置したが、光が選手の目に入りプレーに支障をきたすことから、すぐに太陽光を通さない屋根に張り直した。この際、建設時から育てていた天然芝が光を遮られたことで生育がストップして枯れてしまったため、世界初の繊維による人工芝「アストロターフ」が開発された(詳細は人工芝の項を参照)。

当時は野球アメリカンフットボールの兼用が可能なスタジアムの建設が流行していた。アストロドームもアメリカンフットボールとの兼用を前提に設計されており、開場した1965年の9月からヒューストン大学のホームとして使用されていた[28]。1968年からはNFL・ヒューストン・オイラーズ(現・テネシー・タイタンズ)も本拠地として使用するようになった(ヒューストン大学は1997年まで、オイラーズは1996年まで使用)。以降、大リーグ本拠地のドーム球場として建設されたキングドーム(2000年に爆破解体)[27]ヒューバート・H・ハンフリー・メトロドーム(通称・メトロドーム)(2014年解体)[2]、「世界初の可動式屋根付きスタジアム」であるロジャーズ・センター(旧称・スカイドーム、カナダトロント)は、いずれも野球とアメフト(若しくはカナディアンフットボール)兼用スタジアムとなった。1990年にフロリダ州セントピーターズバーグに完成したフロリダ・サンコースト・ドーム(現・トロピカーナ・フィールド)も、開場当初は各種スポーツ競技が開かれていた。(その後、タンパベイ・デビルレイズ(現・タンパベイ・レイズ)誘致をきっかけに野球専用ドーム球場に生まれ変わった。ただし、アリーナフットボール会場としては使用されている)。

モントリオールオリンピックスタジアムは、開場から11年後の1987年に収納が可能な吊り下げ方式の膜状屋根が追加されドーム球場となった。モントリオールオリンピックスタジアムもまたカナディアンフットボールとの兼用球場である。

ボールパーク化

1992年に屋根の無い野球場として開場したオリオール・パーク・アット・カムデン・ヤーズがファンの絶大な支持を集めてからは、人工芝での選手の故障の多さが指摘されるようになったほか、青空の下、天然芝のグラウンドでの野球観戦を望む観客の意向が汲まれるようになり、野球専用のスタジアム「ボールパーク(ball park)」化が推進されている。ボールパークは「野球専用」・「天然芝のフィールド」・「観衆と選手の親近感、一体感を重視」・「戦前の古い球場や工場などを思わせるスタンドとその周囲をレンガ外壁の建物で囲むモダンクラシック」などを特徴としている。球場名も従来の「ドーム」・「スタジアム」から「パーク」・「フィールド」を称する施設が増えていった。メトロドームの後継として2010年に開場したターゲット・フィールドは、屋根の無いボールパークとして開場した。また、野球専用ドーム球場となっているトロピカーナ・フィールドについても、露天野球場への移転が計画されている[29]

ボールパーク化に伴い、ドーム状屋根に代わり開放時の屋根がフィールドを覆わないように配慮されたルーフ状の開閉式屋根を持つボールパークも建設されるようになっていった。キングドームに代わるセーフコ・フィールド、アストロドームに代わるミニッツ・メイド・パークチェイス・フィールドミラー・パークマーリンズ・パークが完成した。しかしこれらは「ドーム状屋根を持つ球場」に該当しないので「屋内球場」・「屋根付球場」・「全天候型球場」・「開閉式屋根付きボールパーク」などと呼ぶのが適切である。

MLB本拠地球場

密閉式ドーム球場
開閉式ドーム球場
開閉式屋根を備えたボールパーク

フットボール専用球場

アメフトのシーズンは9月から翌年1月までであるため、アメフト専用スタジアムでも暑さや寒さを防ぐためにメルセデス・ベンツ・スーパードームなどのドーム球場が続々と完成した(後にスーパードームではマイナーリーグの試合も開催されている)。カナダにおいてもフットボール専用球場であるBCプレイス・スタジアムが建設されている。

野球場ではいわゆる「ボールパーク」が主流となりドーム球場は減少傾向にあるが、フットボール専用球場としてのドーム球場は1990年代以降も建てられ続けている。

名称に「ドーム」が付いているが、ドーム型の屋根ではない。

ドーム球場計画

世界初のドーム球場・アストロドームの完成前の1958年6月ごろ、当時の日本テレビ社長・清水与七郎らが、東京都新宿区内の社有地(現・新宿六丁目地内。のちの日本テレビゴルフガーデン・新宿住宅総合展示場等立地)に、高さ70mを誇る全天候型の屋根付き球場を建設する構想を明らかにした。全面クレー舗装の屋内型野球場というものだったが、まだ空調設備の技術が未熟だったことなど問題点も数多く、結局実現には至らなかった。

1979年から1984年にかけて、名古屋市でもナゴヤ球場に代わる野球場として、ノリタケカンパニーリミテドにより名古屋市西区則武新町(同社の本社所在地で、現在同社の関連施設「ノリタケの森」が立地する場所)で「ノリタケドーム」を建設する計画があった[30]

1988年の東京ドーム完成後は、多くの都市圏でドーム球場の建設が検討されたが、福岡、大阪、名古屋、札幌の各市を除きその計画は軒並み頓挫した。1980年代後半に阪神球団が阪神甲子園球場の後継として「阪神ドーム」の建設を検討していた。2000年から2002年ごろには千葉市千葉マリンスタジアム(現・QVCマリンフィールド)を西武ドーム方式でドーム化する「千葉マリンドーム計画」が浮上したが、ファン・市民から好感触を得られなかったことから、計画が立ち消えとなった。仙台市では宮城球場(現・楽天Koboスタジアム宮城)に代わるドーム球場建設を検討していた(宮城野ボールパーク構想)。広島市でもドーム球場の計画があったが、財政事情や人工芝は選手への負担が大きい等の理由のため、ドーム化を断念した(詳細はMAZDA Zoom-Zoom スタジアム広島を参照)。

1999年から2001年ごろに横浜市が「横浜ドーム」の建設を検討していたが、実現には至らなかった。しかし、経済界を中心として「横浜ドームを実現する会」が再結成され、実現に向けた活動を始めている[31]

韓国ソウル特別市では1997年頃にLGグループを中心にしてドーム球場が計画され、2002_FIFAワールドカップで使用した後、LGツインズが本拠地として使用する予定であった。設計コンペも行われ優秀作が選定されたものの、用地取得の難航とアジア通貨危機のため、計画は白紙化された。なお、このドーム球場(Seoul Dome)のデザインは、設計者のウェブサイトで閲覧することができる[32]。また、釜山でもドーム球場の計画があるが、当事者の利害が絡み合い頓挫している[33]。2014年にアメリカのラスベガス・サンズが、ソウル市が保有する蚕室総合運動場一帯に複合リゾート開発プロジェクトを提案し、開場30年以上が経過している蚕室野球場を、開発が白紙になったヨンサン鉄道整備倉の敷地にドーム球場(3万席規模)を移転・新築するという案を出した[34]

韓国では、ソウル特別市九老区で韓国初となるドーム球場高尺スカイドームがある。当初は2011年完成目標であったが[35]、工期が延びて2015年9月に完成、10月に開場した[36]

台湾台北市でも台湾初の多目的ドーム施設「台北ドーム」(遠雄巨蛋)が建設中であり、2015年末に施設が完成する予定である[37][38]

脚注

注釈

  1. ^ ただし、現在では英語圏においても"dome"を単に屋根付きの競技場の意味で使用する場合がある[1]
  2. ^ アーティストによっては東京ドームを外し、近隣の西武ドームを組み込んだ上で「5大ドーム」と呼ぶことがある[13][14]
  3. ^ 通常公演では東京を除いた5大ドームおよびSSAスタジアムモードで開催されたが、追加公演では東京と大阪で開催[25]
  4. ^ 世界の七不思議を参照。

出典

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