セーフコ・フィールド

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セーフコ・フィールド
Safeco Field
セーフコ・フィールド
施設データ
所在地 1250 First Avenue S.
Seattle, WA 98194
起工 1997年3月8日
開場 1999年7月15日
所有者 Washington-King County
Stadium Authority
グラウンド 天然芝
建設費 5億1760万ドル (そのうち
キング郡が3億4000万ドルを負担)
設計者 NBBJ
建設者 Hunt-Kiewit (球場)Skilling Ward
Magnusson Barkshire (球場)
The Erection Company Inc. (屋根)
使用チーム • 開催試合
シアトル・マリナーズMLB)(1999年 - 現在)
収容能力
47,116人
グラウンドデータ
球場規模 左翼 - 331 ft (約100.9 m)
左中間 - 390 ft (約118.9 m)
中堅 - 405 ft (約123.4 m)
右中間 - 387 ft (約118.0 m)
右翼 - 327 ft (約99.7 m)
フェンス 8 ft (約2.4 m)

セーフコ・フィールドSafeco Field)は、アメリカ合衆国ワシントン州シアトルにある野球場である。MLBシアトル・マリナーズのホーム球場。バンクワン・ボールパーク(現チェイス・フィールド)に次ぐ世界2番目の開閉式屋根付き天然芝の野球場である。

右翼スタンドの上に収納された屋根は3枚の鋼鉄板で出来ており、重さは約1万1,000トン。開閉には20分ほどの時間を要する。貨物線の隣に建設されたため、列車の走る音が屋根に反響して球場内に響き渡る。

目次

球場の歴史 [編集]

マリナーズはキングドームを本拠地球場にしていたが、施設の老朽化に加え、ドーム球場の閉塞感などに対するファンの不満が高まっていたため、1990年代に入り新球場建設を決定。1995年10月14日、州議会臨時会において、新球場建設資金提供法案が可決され、地元自治体の支援を受け建設することとなった。

1997年3月8日に工事開始。当時マリナーズに所属していた人気選手ケン・グリフィー・ジュニアも出席した記念式典には3万人のファンが詰めかけ、新球場への期待の高さが見て取れる。

1998年6月4日には、地元の保険会社セーフコがネーミングライツを20年180万ドルで買い取ったことが発表され、球場名は「セーフコ・フィールド」になった。

フィールドの特徴 [編集]

  • 左中間が深く、右打者は苦戦する。外野が広いため、守備範囲の広い強肩の外野手が求められる。
  • 春先はシアトル特有の湿った空気でボールが重くなり、長打が出にくい傾向にある。
  • 内野の天然芝が長めなことやシアトルの湿った気候も影響してか、グランドボールを打った場合は打球が失速しやすい。右打者や左の鈍足打者は、外野へ抜ける当たりも失速して内野ゴロアウトとなる傾向が他の球場よりも多く見受けられる。また、球場別パークファクターでは、毎年のように「ヒットが出にくい球場」というデータになっている。
  • 上記のことから極端な投手有利球場と言われ、特に2012年に関してはメジャー史上初となる同一シーズンにおいて同一球場で複数回完全試合が達成された他、投手継投によるノーヒット・ノーランも記録している。余りにも投手有利な球場であるということからフェンスを動かして打者に有利にするという案もある[1]

改修へ [編集]

2012年10月、マリナーズのGMのジャック・ズレンシックは、セーフコ・フィールドの改修を決定した[2][3]

元々、オフに話し合う予定ではあったものの、10月の改修発表を急いだ理由としては、マリナーズ打者陣の本拠地とロードゲームでの極端な成績乖離だといわれている。以前から極端な投手有利が問題となっており、マリナーズを出た打者が他球場で活躍するという例が続出していた(特にエイドリアン・ベルトレの成績が顕著であった。)が、特に2012年に関してはメジャー史上初となる同一シーズンにおいて同一球場で複数回完全試合が達成された他、投手継投によるノーヒット・ノーランも記録しているなど、投手に有利な状態が際立っており、パークファクターも30球団中本塁打以外のすべての分野で最下位を記録した[4]。 特にジャスティン・スモークカイル・シーガーイチローの乖離は大きく、スモークはセーフコでは本塁打が4本しか打てず、打率も1割台だったのに対して、他球場では15本も本塁打を打つ。シーガーは本拠地では打率.223で本塁打も5本であったが、ロードゲームでは打率.293で15本塁打といった具合であった。

決定打となったのはイチローであり[要出典]、マリナーズ移籍前までは95試合で105安打、4本塁打、打点28、打率.261という成績で、特に本拠地では打率.214と大きく低迷していたが、ヤンキースに移籍後は67試合で73安打、5本塁打、打点27、打率.322と別人のような成績を残し、特に新しい本拠地となったヤンキースタジアムでは打率.359という成績であり、5本塁打もすべてヤンキースタジアムでのものであった。打順は当初下位打線として主に8番を打っていたが、シーズン終盤に2番打者への昇格を言い渡されポストシーズンでも全試合を上位でスタメン出場するなど復活を大きく印象付ける結果となった。ただしイチローがセーフコ・フィールドでここまで打てなかったのは2012年ぐらいで、同年終了時点のセーフコ・フィールドでの通算成績は打率.320、OPS.782であり、キャリア通算の打率.322、OPS.784と特に大きく乖離しているわけではない[5]

改修後は左中間が大幅に狭くなり(ライト方向もわずかに狭くなる)、右打者不利が是正されると予想されている。

主要な出来事 [編集]

野球 [編集]

その他 [編集]

  • 2003年3月30日、WWEレッスルマニアXIXが開催、54,097人が動員され同スタジアムの最大入場記録となった。

外部リンク [編集]

Gallery [編集]

脚注 [編集]

  1. ^ http://mlb.mlb.com/news/article.jsp?ymd=20120123&content_id=26446312&vkey=news_sea&c_id=sea&partnerId=rss_sea
  2. ^ http://seattletimes.com/html/marinersblog/2019323270_mariners_moving_fences_in_at_s.html
  3. ^ http://mlb.com/sea/ballpark/wall_dimensions.jsp
  4. ^ http://espn.go.com/mlb/stats/parkfactor
  5. ^ Ichiro Suzuki Career Batting Splits Baseball-Reference.com
前本拠地:
キングドーム
1977 - 1999
シアトル・マリナーズの本拠地
1999 - 現在
次本拠地:
n/a
-
先代:
ターナー・フィールド
MLBオールスターゲーム開催場
第72回(2001年
次代:
ミラー・パーク
先代:
スカイドーム
レッスルマニアX8
レッスルマニア会場
レッスルマニアXIX
次代:
マディソン・スクエア・ガーデン
レッスルマニアXX