松村真一郎

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松村真一郎

松村 真一郎(まつむら しんいちろう、1880年明治13年)1月2日[1] - 1963年昭和38年)6月2日[2])は、日本の農林官僚貴族院議員参議院議員

経歴[編集]

京都府出身。1906年(明治39年)、東京帝国大学法科大学を首席で卒業し、農商務属兼農商務大臣秘書官となる[1]。同年、高等文官試験に合格し、特許局審査官と農商務参事官を兼任した[1]。さらに農商務書記官に昇進し、大臣秘書官を兼ねた[1]1910年(明治43年)、法制局参事官に転じ、行政裁判所評定官を兼ね、1918年大正7年)には法制局第一部長に就いた。その後、農商務省に戻って、畜産局長、商務局長、農林省水産局長、農林局長を歴任し、1929年(昭和4年)には農林次官に就任した。またその間の1921年(大正10年)にはワシントン会議に随員として出席している[3]

退官後の1933年(昭和8年)には貴族院議員に勅選され、日本競馬会幹事や日本米穀会社理事長、日本倉庫株式会社社長、魚類配給統制協会連合会長などを務めた[3]

戦後は第1回参議院議員通常選挙に当選し、そのほか中央競馬会長、全国農業共済協会長、中央選挙管理委員会委員長などを務めた[2]

栄典[編集]

親族[編集]

脚注[編集]

  1. ^ a b c d 『人事興信録』第5版
  2. ^ a b 『新訂政治家人名事典』
  3. ^ a b 『人事興信録』第13版(下)
  4. ^ 『官報』第1499号・付録「辞令二」1931年12月28日。

参考文献[編集]

  • 人事興信所編 『人事興信録 第5版』 人事興信所、1918年
  • 人事興信所編 『人事興信録 第13版(下)』 人事興信所、1941年
  • 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』 日外アソシエーツ、2003年